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古本夜話997 藤澤衛彦と六文館『日本伝説研究』

 もう一編、『神話伝説大系』に関して付け加えておく。本連載991でリストアップしたように、この第十三巻は『日本神話伝説集』で、藤澤衛彦によって編まれている。

f:id:OdaMitsuo:20200112112209j:plain:h100(近代社版)

 その内容は「神話」が『古事記』『日本書記』『今昔物語』、「伝説」が『日本霊異記』『三国伝記』『宇治拾遺物語』『古今著聞集』「神社考」「本朝故事因縁集」「因果物語」「本朝霊応記」「民間伝説」からの抽出アンソロジーと見なせよう。それゆえに七七〇ページのうちで「神話」は二〇〇ページ、「伝説」が五七〇ページという構成で、編者の意図は「神話」よりも「伝説」に向けられていることが明白である。

 藤澤については本連載443などで、彼が梅原北明一派のアンダーグラウンド出版「変態十二史」シリーズの著者であり、またリトルマガジン『伝説』を主宰する伝説学者だったことや三笠書房版『日本伝説研究』にふれておいた。その際には引かなかったけれど、今回は『日本近代文学大事典』の立項を挙げてみる。

f:id:OdaMitsuo:20200210114725j:plain(三笠書房版)

 藤沢衛彦 ふじさわもりひこ 明治一八・八・二~昭和四二・五・七(1885~1967)民俗学者、児童文学研究家。東京生れ。明治四二年明治大学文学科卒。昭和七年、明治大学専門部教授として風俗史学と伝説学担当、二一年文学部社会科および新聞科専任、三三年定年で講師となり、民俗学と新聞史を担当した。いっぽう社会的活動めざましく、大正三年、日本伝説学会を創立、『日本伝説叢書』『日本歌謡叢書』など刊行、一一年、芦谷芦村の日本童話協会創立に協力、そのほか日本児童文学者協会、日本童話学会、日本アンデルセン協会などの設立と育成につとめた。(後略)

 戦前の藤澤の「日本伝説叢書」や「日本歌謡叢書」は未見だが、『全集叢書総覧新訂版』を繰ってみると、前者は大正六年刊行で、藤沢衛彦編とあることからすれば、私家版とも考えられるし、それは「日本歌謡叢書」も同様かもしれない。『日本伝説研究』のほうはその後、六文館版を入手している。それは全六巻のうち第五巻が欠けているけれど、第六巻には「総目次」が付されているので、その全容をうかがうことができる。

全集叢書総覧新訂版 f:id:OdaMitsuo:20200208121308j:plain:h115(六文館版)

 これは先の『総覧』によれば、昭和六年、この六文館版は「酒顛童子物語(鬼賊退治英雄伝説)」から始まって、「中将姫行状記(蓮の曼陀羅伝説)」に至る五十五の伝説は、第一巻の「序」に見える「それが純日本民族所産の伝説であるか、或はまた、他民族の伝説の移動し来つたものであるか」という視座から追跡されていく。それゆえに「百合若大臣(英雄伝説)」や「巨人伝説考(大夫法師考・アマンヂヤク考)」などのように、ギリシャ神話との比較、類似にも及んでいる。それは本連載で指摘した大正期が「童話」と並んで、「神話」や「伝説」も発見され、比較研究されつつある時代だったことを告げていよう。もちろんそれらが同時代の西洋のトレンドであったことはいうまでもないが。

 それらはともかく、六文館版を入手したことで、これまで明らかではなかった『日本伝説研究』の出版史を知ることができたのである。第一巻の「序」はまず大正十一年十一月付で記され、その後に同十五年六月の「著者又識」が付け加えられている。ルビは省略する。

 本書は、大正大震災前、重版二千五百部を発行した後、売切の儘、震火災に紙型を焼失し、暫く絶版となつてゐたが。第二巻刊行と同時に、頻りにその再版を慫慂されるので、ここに多少の増補改訂をなし、第二巻に準じて挿絵四十八葉を加へて、再刊するに至つた。従つて、改訂版の頁数は、初版より六十二頁を増加してゐる

 続いて第二巻を見てみると、「序」は第一巻の一年後の大正十二年八月付だが、「著者又識」は第一巻より一年早い同十四年七月付で記され、第二巻は製本中にすべてが大震災で焼亡してしまい、十四年になって、再刊が実現したとある。つまり先の引用に示されているように第二巻再刊後に絶版だった第一巻が出されてことになる。そして第一、二巻とも「第三版発行について」が昭和六年十一月で付け加えられている。

 さらに第三巻を繰ってみると、昭和六年八月付の「序」に続き、「緒言」が置かれ、関東大震災と藤澤と著作の関係に及んでいる。

 震災は、一方わが努力の「日本伝伝説叢書」(既巻十三巻)を、其刊行会と未発行十二巻分の原稿と共に焼失せしめ、「日本歌謡叢書」又僅に三巻を刊行し得たのみで続稿数巻を焼失せしめて、事業中絶の余儀なきにいたらしめた。其後「日本伝説研究」の発行所である書肆の再興するあつて、第一、第二巻の改訂再版を見、続いて第三巻の続稿を印刷に付したが、校正三百頁にして書肆の休業に伴ひ中絶に会した。

 この書肆は拙稿「天佑社と大鐙閣」(『古本探究』所収)の後者であり、こちらも関東大震災によって休業へと追いやられたのだ。しかし幸いなことに、大鐙閣と六文館の協約が成立し、藤澤の『日本伝説研究』も含めて、大鐙閣の版権が六文館へと移った。しかも藤澤と「六文館主鹿島君は旧知の間」であり、第三巻以降も刊行可能となったのである。昭和十年年には全八巻の「増訂版」も出されるに至っている。

古本探究

 ちなみにこの六文館の鹿島佐太郎は拙稿「藤井誠治郎『回顧五十年』と興文社」(『古本屋散策』所収)の興文社の鹿島光太郎、もしくは鹿島長次郎の息子ではないだろうか。その発行図書目録に、鳥居きみ子の大冊『改訂土俗上より観たる蒙古』もあるので、これが入手できたら、さらに追跡してみようと思う。

古本屋散策


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