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古本夜話1001 南の会『ニューギニア土俗品図集』

 前回のレヴィ=ブリュルの『原始神話学』は主としてニューギニアのマリンド族、ドブ族、マリンド=アニム族などの諸部族と神話をテーマにしていた。

f:id:OdaMitsuo:20200212211833j:plain:h115 (弘文堂版)

 そのことで想起されたのは、南洋興発株式会社蒐集『ニューギニア土俗品図集』という一冊である。これは四六倍判、函入上製、アート紙使用、本文一三三ページ、それに図版六三枚が付され、昭和十二年に出版されている。発行者、発行所は麹町区内山下町の東洋ビル内の南洋興発株式会社、著作者は芝区白金台町の藤山工業図書館内の南の会とある。同じく奥付には「非売品」と明記されているので、取次や書店を通じて流通販売された書籍ではない。それでも印刷は精巧社、図版は大塚巧芸社が担っていることからすれば、印刷や造本が同時代の学術書に見合うレベルでの出版であると推測できる。ただ私の入手した一冊はこの上巻だけであり、その三年後に出たらしい下巻は未見なので、上巻の印刷や造本と同じなのかは確認できていないことを付記しておく。

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 その本体の扉には南の会の同人として岡正雄、小林和生、杉浦健一、中野朝明、松本信広、八幡一郎が名を連ね、彼らが編集を担ったとわかる。本連載936や941などで、岡や松本に言及してきたが、ここに彼らの昭和十年代のポジションの一端が垣間見えていることになろう。この『ニューギニア土俗品図集』の「序」は南洋興発株式会社社長松江春次によって記されている。それによってニューギニアの当時の社会状況と自然と「奥地の土人は今尚ほ石器時代の夢を遂うている有様で地上に於ける最原始境」の詳細、この会社の発端と実像が浮かび上がってくるので、その部分を引いてみる。

 (前略)私は内南洋開拓の進展と共にニュー・ギニアに着目し、昭和六年蘭領ニュー・ギニアに於て三万余町歩のダマル樹脂林其他の権利を買収し、昭和七年初めて此の神秘境に渡り、北部海岸を周航して実地踏査を行つたのであるが、ニュー・ギニア全土は鬱蒼たる大森林を以て蔽はれ、地は豊沃、土民は柔順、殊に驚くべきは其の気候であつて、海岸地帯に於てすら何等酷暑と云ふが如きものを感ずることなく、(中略)それで大いにニュー・ギニア開発に確信を得、其後ダマル、棉花、緬業等の諸事業を起す(後略)。

 さらに続けて近年の金鉱や石油資源の発見にもふれ、「神秘の扉も今後は急速に開かれて行くのではないか」と予測している。その記述は本連載872の高橋鐵の南方小説を彷彿させ、それが昭和十年代の南洋幻想と表象だったことを教えてくれる。またこれらのニューギニア土俗品はそこで「勇名を馳せた故小嶺磯吉氏の蒐集に係る貴重な土俗品を譲受」したものであり、その「整理研究」を松本を始めとする南の会に依頼し、ここに刊行の運びとなったとも述べられている。

 「凡例」によれば、本書は図録と標本目録の刊行を目的とし、上巻には利器、武器、舟檝、舞踏、信仰などに関係するものだけを掲載し、その他のものは下巻に回すとある。その内容はニューギニア島の他にビスマルク群島、ソロモン諸島よりの蒐集も含むもので、次のような内容となっている。槍、弓矢、楯、短刀、斧、杖、漁具、舟、舞踏用具、木偶・護符及呪物、鼓に分けられ、松本が槍、短刀、杖、舟、舞踏用具、木偶・護符及呪物と最も多岐にわたって執筆しており、そのために彼が南の会の代表者となっているのだろう。

 写真図版の中で最も私の関心を引くのは、プロフィルはわからないけれど、小林知生が担当している11の鼓である。私が鼓に注視するのは、そこに挙げられている3つの鼓に似たものをふたつほど所持しているからだ。まず小林の註釈を聞いてみよう。「南洋諸島嶼の土民が祭礼時は勿論のこと常時も頗る舞踏を好むことは広く知られてゐるところであるが、その伴奏としての楽器中最も重要なものは鼓である」と始まり、それらは木材を刳り抜き、その一面には皮を張り、他面は筒抜けになっているのが特色であると続いている。そして胴部に一個の把手がつくられ、そこに人面鳥獣などの彫刻がほどこされ、表皮は蜥の皮が最も多い。

 まさにこのような鼓を以前にリサイクルショップで見つけ、『古本屋散策』のカバー写真の女神像と同様に、玄関の置物にしているのである。こうした鼓はオセアニアから遠くアフリカにも拡がり、また中国における六朝以後の遺物、もしくは文献上で知られる「腰鼓及荅臘鼓」と形態上は同じだとされる。とすれば、私の入手したふたつの鼓はどこからもたらされたものなのであろうか。ニューギニアや中国というよりもひろく東南アジアを想定したほうが正しいようにも思われる。

古本屋散策

 その鼓ばかりでなく、ここに挙げられた多くの写真図版は南洋興発一同と小嶺磯吉が撮ったニューギニアとビスマルク群島周辺の風景、人物写真ともに、私たちの出自をも問うているようで、見入って止まないことを記しておこう。
 なおこの『ニューギニア土俗品図集』に関する言及は管見の限り、山口昌男の『回想の人類学』(聞き手 川村伸英、晶文社)に見出されるだけで、そこで山口は岡正雄にふれ、次のように語っている。それを牽いてこの稿を閉じる。

回想の人類学

 これは世間の人は全然知らないんだけど、パプア・ニューギニアに親子で熱中してね、オセアニアの事物を集めていたんだよ。(中略)それについてのカタログが二冊出ているんだけど、それは全然知られていないんだよ(中略)。松本信広(神話学)とかそういう人物が関わっていてね。(中略)岡氏はどれくらいオセアニアにコミットしたのか判らないけど、カタログそのものは相当細かい編集をやっているんだ。戦後、それについても語らなかったね。


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