出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話1184 水上斎訳『酒場』と木村幹訳『居酒屋』『夢』

 成光館版「ルーゴン=マッカール叢書」は本探索1179『死の解放』、同1180『芽の出る頃』の他に、もう一冊あり、それは水上斎訳『酒場』で、昭和三年十一月の再版とされている。「改訂」と付されているが、それは大正十一年の天佑社版の譲受出版を意味しているのだろう。ちなみに『芽の出る頃』とまったく同じ造本の六九〇ページだが、函がないことが残念だ。おそらく『酒場』のほうも、それなりの美しいものだったように思われるからだ。

f:id:OdaMitsuo:20210803111528j:plain:h120(成光館版)f:id:OdaMitsuo:20210803110843j:plain:h120(天佑社版)

 水上訳は大正十二年の新潮社の木村幹訳『居酒屋』より先駆けていて、その初訳者としての自負もこめた「小序」に、次のように記している。

 『酒場(ラソンムワール)』一篇は酒毒女淫に腐爛せる茶毒的空気に充たされたる巴里の一画を背景として一労働者の家族の凄惨なる生活を描ける一副の絵巻物である。かの作者が畢生の力作たるルーゴンマツカール叢書約二十巻の一部で続いて出版された名作『ナナ』の前篇又は姉妹篇ともみられる可き一大前篇である。

 そして「近頃彼れの作品の頻々として日本に移植せらるゝは吾人の実に歓喜措く能はざる所」という文言も見え、本探索1179で示しておいたゾラの翻訳が大正時代にひとつのムーブメントと化していたことを伝えていよう。それが新潮社の『ナナ』のベストセラー化として結実し、さらに続いていったことになる。したがって、水上は飯田旗軒に続くゾラの翻訳の功労者の位置を占めるといっていい。しかし水上は『日本近代文学大事典』に立項も見出されず、『芽の出る頃』の関口鎮雄と同様にプロフィルが定かでない人物であった。

f:id:OdaMitsuo:20210723104645j:plain:h110(『世界文芸全集』7)

 ところが黒川創の『国境[完全版]』(河出書房新社、平成二十五年)を開き、冒頭の小「漱石・満洲・安重松-―序論に代えて」を読んでいると、夏目漱石の手紙の中に、『ボヴァリー夫人』の訳者としての水上がいきなり出てくる。漱石は明治四十二年に満州と朝鮮を旅行した際に、『満洲日々新聞』の新聞小説に、水上の『ボヴァリー夫人』訳を取り決めてきたことを報告し、連載のために引き続き翻訳を慫慂しているのである。

国境 完全版

 その手紙を引用した後、黒川は水上のプロフィルも提出しているので、それを引いてみる。彼は薺(ひとし)の表記を採用している。

 手紙の相手、水上薺は、一八八〇年(明治一三)生まれ、東京帝大文科(英文学専攻)を一九〇五年(明治三八)に卒業した青年であり、第一高等学校時代から小山内薫と同級で、大学在学中には“水上夕波”との筆名で、「読売新聞」日曜付録、「帝国文学」「明星」などに、テニスン、シエリーバーンズ、ワーズワースなどの英詩の翻訳をさかんに寄せていました。(中略)
 大学卒業後、水上の関心は、教員生活の傍ら、ツルゲーネフ、モーパッサン、アナトール・フランスら、大陸作家の小説に移っていきました。当時、日本の知識層の青年たちの海外文学との接触が、大抵そうだったように、彼も、これらの作品を翻訳するには英語版からの重訳でした。加えて、「帝国文学」や「心の花」に、自伝的な自作小説を発表したりもしていました。

 これで水上が漱石の教え子で、『満洲日々新聞』に水上夕波名で初邦訳『ボヴァリー夫人』を、明治四十三年一月から四月にかけて連載した事情と経緯がわかる。だが黒川はそれが植民地の新聞だったこと、水上が出版の世界から姿を消してしまったこともあって、ほとんど知られていないと述べている。

  しかし水上は、成光館版の『酒場』が昭和に入ってからも重版されていたことを考えれば、その後も出版の世界に属していたと見なせよう。だがそのような大正時代の訳者のニュアンスは水上より二年遅れて、大正十二年に新潮社から『居酒屋』(『世界文芸全集』11)を翻訳刊行した木村幹にもいえる。だが彼のほうは『日本近代文学大事典』に立項を見出せるので、それを引いてみる。

 木村幹 きむらもとき 明治二二・一・一〇~?(1889~?)小説家、翻訳家、一高を経て東京帝大にすすみ、政治科、仏文科を二年ずつ在学。はじめ豊島与志雄、新関良三らと「自画像」に拠り、ついで佐藤春夫らの星座同人となり、創刊号に『銀座の帰り』(大六・一)『半処女』(大六・二)などを発表。創作集『駒鳥の死』(大八・三)が発禁となる。新聞記者なども勤めた。ゾラの『居酒屋』『夢』などを訳し、またジョルジュ=ペリシェーの『最近仏蘭西文学史』(大一二)などの著書がある。

 木村にしても水上と同じく、没年は不明のようだ。木村の『居酒屋』はフランス語からの訳で、重訳ではない。だが「訳者序」において、「食はんが為めに倉皇として辛くも成し遂げた、この訳書」、また「私は現在のミリユウにも翻訳業にも、出来る事なら早くおさらばを告げたい人間だ」との言が見えている。どのような翻訳に至る経緯と事情が絡んでいるのかは不明だが、私は『夢』を『夢想』として訳した者でもあるので、木村訳『夢』(『世界文学全集』19所収、新潮社)を詳細に参照し、同巻の『ナナ』と並んで、拳々服膺させてもらった。それが名訳だと感嘆したことがあったので、それらの言をそのまま受けとめるわけにはいかない。いずれ木村の小説のほうも読んでみたいと思う。

f:id:OdaMitsuo:20210803165141j:plain:h110(『世界文学全集』19)夢想 (ルーゴン・マッカール叢書)

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古本夜話1183 伊佐襄『正しい英語の知識』とユスポフ『ラスプーチン暗殺秘録』

 前回の伊佐襄と高橋襄治に関してもネット検索したところ、後者はヒットしなかったけれど、前者には『ラスプーチン暗殺秘録』や『正しい英語の知識』という訳書、著書があるとわかった。そこでこれらも早速入手することになった。
 
 先に『正しい英語の知識』を示せば、並製四六判、一四〇ページの英語学習書である。なぜかこの種の書に不可欠な著者の経歴が付されていないが、その「序」はあり、「英語を話し、読み、書くといふことが、今、どのやうに差し迫つた必要事であるかは、こゝに贅言するまでもないこと」と始まり、それが敗戦、占領下の一年後の「1946、8月」の日付で書かれているのは、まさに英語が「差し迫つた必要事」となっている社会状況と伝えているのだろう。
 
 前年には戦後最大のベストセラー『日米会話手帳』(誠文堂新光社)が出され、それに続いて類書も続出し、これらも十万部を超えるベストセラーになったとされる。それらの出版事情に加えて、『正しい英語の知識』の第一編「名詞」の最初の例文が「我等は日本人だ」の訳がWe are Japaneseとして出てくるのは象徴的である。

f:id:OdaMitsuo:20210808120342j:plain:h100 (『日米会話手帳』)

 この例からわかるように、『正しい英語の知識』は日本語の英訳事例集といっていいし、伊佐のかなり年期の入った英語の実力をうかがうことができる。この出版社は発行者を金子貞俊とする日本橋区堀留の美和書房で、昭和二十二年二月に刊行されている。金子と美和書房はここで初めて目にするが、印刷は研究社印刷所とあることからすれば、金子は研究社の関係者だったとも考えらえる。

 それだけでなく、美和書房という社名も気にかかる。拙稿「真善美社と月曜書房」(『古本探究』所収)において、前者の「アプレゲール・クレアトリス」叢書の『不毛の墓場』の馬淵量司にふれ、彼が昭和二十六年にポルノグラフィの翻訳出版や『近代出版史探索』84の岡田甫の著書などを主とする美和書院を設立していることを既述しておいた。美和書房と一字しかちがわないことからすると、何らかのつながりを想定してしまう。また訳者として伊佐も加わっていたのではないかと思ってしまう。

 『ラスプーチン暗殺秘録』のほうは昭和五年に芝区桜田鍛治町の大衆公論社から出され、発行者は森川善三郎となっている。こちらも双方とも未見だったが、奥付裏に既刊、近刊書七冊が掲載されているので、それらを挙げておく。富士辰馬訳『アメリカは如何に日本と戦ふか?』、向坂逸郎、鳥海篤助共訳『インテリゲンチア』、前田河広一郎『評論集「十年間」』、田中運蔵『赤い広場を横ぎる』、R・W・ローワン、早坂二郎訳『国際スパイ戦』、檜六郎『中・小商工農業者は没落か?更生か?』、猪俣津南雄『没落資本主義の「第三期」』である。原著者名がないのは記載されていないからだ。

f:id:OdaMitsuo:20210808163204g:plain(『インインテリゲンチア』)f:id:OdaMitsuo:20210808165840j:plain:h120(『赤い広場を横ぎる』)

 いずれこれらに言及する機会もあるだろうから、ここでは『ラスプーチン暗殺秘録』にしぼりたい。同書は旧公爵ユスポフ著で、ラスプーチンと同じく口絵写真にそのポートレートも見え、その「序」で、暗殺も含めた「ラスプーチンに関する思ひ出を、公にする」と述べている。伊佐も「訳者の言葉」として、ロシア帝政末期に「ロマノフ王家に現はれた妖僧ラスプーチンの存在ほど、怪奇にして、而も悲劇的なものはない」と記し、著者にも言及している。

f:id:OdaMitsuo:20210803102535j:plain:h130

 著者ユスポフ公は、この変慳極まりなき妖術師ラスプーチンの心臓に、拳銃を放つた最初の第一人者である。即ち、ラスプーチン暗殺事件の直接下手人たる点に於いて、その既述の正確を保証する。また、著者が、ロシア皇族中稀に見る才筆の士たる点に於いて、その文章の流麗、平明を裏書く。

 ユスポフはロシア皇帝の縁戚に連なる者として、ラスプーチンと接するうちに、「此の天才的悪漢の手から、露西亜の運命を救ひ出す為めには、極端なる手段に訴ふる必要がある」との結論に至る。自ら経験したラスプーチンの魔力とは降神を伴うような催眠術であり、皇帝一家に対しては病気を治癒する天賦の才だった。しかもそれはチベット伝来の霊薬とシベリアの森からもたらされた秘薬によるものだった。

 そしてユスポフは少数の同志と暗殺計画を実行することになる。それは毒殺を想定していたが、ラスプーチンに毒は効かず、銃殺することで計画は成就したかに見えたが、ラスプーチンは不死身の存在のようにして立ち上がってくるのだ。さらなる銃撃によってラスプーチンの死はようやく見届けられ、その死体は布に包まれ、ネヴァ河に投げこまれる。これらの暗殺のディテールは当事者ならではの緊迫感を保って報告され、このユスポフの一冊をベースにして、後年の様々なラスプーチン伝説や物語が編まれていったとわかる。

 『ラスプーチン暗殺秘録』を読みながら想起されたのは、『近代出版史探索Ⅳ』730のハルヴァ『シャマニズム』であった。この「シベリアの金枝篇」(田中克彦)はラスプーチンがシベリアを出自とするシャーマンだったのではないかとの思いを生じさせた。そしてラスプーチンそのものこそが、ヨーロッパ近代とロシア革命の狭間において出現した、前近代的異物、それもアルタイ諸民族のシャマニズムがもたらした「密教」的魔術師のような存在だったのではないだろうか。それゆえに暗殺による排除という運命をたどったとも考えられるのである。

シャマニズム―アルタイ系諸民族の世界像

 なお平成六年になって、『ラスプーチン暗殺秘録』 (青弓社)が出され、原書のフランス語版は一九二七年にパリのプロン書店から刊行されていることが判明した。伊佐訳は昭和五年=一九三〇年なので、こちらもフランス語版を原書とし、伊佐がフランス語にも通じ、『ジェルミナール』もフランス語から訳されていることの証明となろう。まさに伊佐と同じく、青弓社版にも訳者経歴の紹介がないのだが、この原はまだ未確認だけれど、友人の哲学者だと思われる。

ラスプーチン暗殺秘録

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古本夜話1182 伊佐襄訳『ジェルミナール』と高島襄治訳『ゼルミナール』

 昭和に入ると、ゾラの『ジェルミナール』は伊佐襄訳『ジェルミナール』(『新興文学全集』15,平凡社、昭和五年)、高島㐮治訳『ゼルミナール』(改造社、同九年)として刊行されている。

f:id:OdaMitsuo:20210802220611j:plain:h120 (伊佐襄訳『ジェルミナール』、本の友社復刻)f:id:OdaMitsuo:20210802215958j:plain:h120(『ゼルミナール』)

 前者の『新興文学全集』に関しては拙稿「平凡社と円本時代」(『古本探究』所収)で言及し、訳者の伊佐がプロフィル不明の人物であることを既述しておいた。それは同巻に『ジェルミナール』の翻訳だけが収録され、序も解説も訳者紹介もまったくないからだ。後者は本探索1176でふれたように、また奥付は裏に「ゾラ叢書」三冊が掲載されていることから、「叢書」第四篇としての刊行だと見なしていいように思われる。

 こちらの『ゼルミナール』には一九三四年=昭和九年付の訳者の「序」が置かれ、そこには次のような言が見える。「ルーゴン=マッカール叢書」の中でも、この作品は「十九世紀末に於いて労働者無産階級が台頭し始めたといふ事実を提示するもの」で、「その規模の広大さ、密度の纏綿さに於いて、断然、他の何の作よりも秀れてゐる大傑作」だと。この言からすれば、高島は前回の堺利彦と同様に、社会主義陣営に属する翻訳者と推測される。しかし堺と異なるのは高島が重訳ではなくフランス語から翻訳していることで、それは訳文を通じて伝わってくるし、私も『ジェルミナール』の訳者でもあるので、よくわかる。また堺訳と比較する意味で、まずは高島訳の冒頭を引いてみる。

 黒墨を流した様な真暗な夜の空には、星影一つ見えない。その下を一人の男が、マルシエーヌからモンスウへと通ずる大通の砂糖大根と盆地との間の六哩余の舗石道を、トボトボと、独りで歩るいてゐた。彼は自分の眼前の地面をさへ見ることが出来得なかつた。たゞ湿地と不毛地の上を、大海原の烈風の様に、疾走して来る三月風から、初めて広漠たる地平線の其処に存在することを感ずるのみであつた。空には一本の影をもとゞめず、舗道は真暗な濃霧の闇の中に、防波堤の様に、真直ぐに展けてゐた。

 さてこれを先行する伊佐訳の最初の一節と照らし合わせてみる。それは「墨を流した様な真暗な夜空には、星影一つだにない」で、「墨」と「黒墨」、「夜の空」と「夜空」、「だにない」と「見えない」が異なるだけで、その他は漢字やカタカナ表記のちがいはあるにしても、まったく同じである。

 ということは実質的に改造社の高島訳『ゼルミナール』は、平凡社の伊佐訳『ジェルミナール』のほとんどそのままの再版ということになろう。その事実は「襄」の一字が重なる伊佐と高島は同一人物で、どのような経緯と事情があってのことなのか不明だが、タイトル表記と訳者名と出版社を変え、再版されたことを意味している。そこに至るプロセスとして、ふたつのことが考えられる。

 昭和五年の『新興文学全集』所収の『ジェルミナール』はフランス語からの初邦訳だったが、品切となり、全集ゆえにその巻だけの重版はできず、数年が過ぎていた。しかしその後新訳は出されておらず、フランス語からの初邦訳版は入手が難しいままの状態が続いていた。それに加えて、伊佐=高島もそうした長きにわたる『ジェルミナール』品切状況を残念に思い、「ゾラ叢書」を刊行したしていた改造社へと再版を持ちかけたのではないだろうか。ただ平凡社と改造社の関係もあり、そのままでは再版できないので、タイトルと訳者名だけでなく、少しばかり最初の部分だけを修正しての出版となったように思われる。

 そうした持ち込み企画を示しているかのように、奥付の検印紙には発行者たる山本三生の印が押されていて、これは印税ではなく、改造社の買切原稿の事実を伝えている。またこの伊佐=高島のこともずっと留意しているのだが、『新興文学全集』のブレインを務めたのは『近代出版史探索』188などの吉江喬松であり、その関係者だと思われてならない。唯一の手がかりは『新興文学全集』に付されている月報代わりの「新興文学」と題する定期刊行物である。しかしこちらは一冊も目にしておらず、これからもその入手は難しいと考えられる。

 それだけでなく、『ジェルミナール』のフランス語からの初邦訳者で、平凡社と改造社から二度にわたって刊行したにもかかわらず、そのプロフィルがまった判明していないのは、伊佐=高島に何らかの特異な事情が秘められていたことになるのだろうか。近代翻訳史にも多くの謎が秘められているが、これはゾラをめぐる翻訳の謎のひとつである。なお伊佐にはユスポフ『ラスプーチンの暗殺秘録』(大衆公論社、昭和五年)もあるようだ。

f:id:OdaMitsuo:20210803102535j:plain:h120

 さてここで、このような機会だから、最後に先に引いた『ジェルミナール』の最初の部分に関して、私の新訳も示しておくことにしよう。

 星なき夜の平野は漆黒の暗闇に包まれていた。一人の男がマルシエンヌからモンス―に向かう大街道を歩いていた。この十キロにわたる道路はビート畑の間をまっすぐに通っていた。彼の前には黒い土さえ見えず、広大な地平は三月の風の吹き寄せによって感じられるだけだった。海にいるような激しい突風が十キロにわたる沼沢地やむきだしの大地を吹き払い、冷えこませていた。一本の木の影も空には映らず、道路は陰鬱な暗闇の只中をまっすぐな突堤のように伸びていた。
ジェルミナール

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出版状況クロニクル160(2021年8月1日~8月31日)

21年7月の書籍雑誌推定販売金額は820億円で、前年比11.7%減。
書籍は426億円で、同4.6%減。
雑誌は394億円で、同18.2%減。
雑誌の内訳は月刊誌が328億円で、同19.0%減、週刊誌は65億円で、同14.3%減。
返品率は書籍が41.4%、雑誌は43.9%で、月刊誌は43.3%、週刊誌は46.7%。
書店売上はコロナ禍と東京オリンピック開催もあり、全体的に低調で、学参や児童書はプラスだったが、コミックは『鬼滅の刃』の爆発的売れ行きも収まり、月刊誌の大幅なマイナスとなった。
いずれにしても、販売金額の大きなマイナス、高返品率を前提として、秋へと向かっていくことになろう。


1.『日経MJ』(8/11)の「第49回日本の専門店調査」が出された。
 そのうちの「書籍文具売上高ランキング」を示す。

 

■ 書籍・文具売上高ランキング
順位会社名売上高
(百万円)
伸び率
(%)
経常利益
(百万円)
店舗数
1カルチュア・コンビニエンス・クラブ
(TSUTAYA、蔦谷書店)
298,259▲15.64,235
2紀伊國屋書店98,141▲4.081368
3丸善ジュンク堂書店67,191▲9.2
4有隣堂51,497▲4.016852
5未来屋書店50,184▲1.3450244
6くまざわ書店41,768▲2.3240
7トップカルチャー(蔦屋書店、TSUTAYA)29,453▲3.545673
8ヴィレッジヴァンガード23,019▲30.5634
9三洋堂書店20,8194.852174
10精文館書店20,7877.161652
11文教堂20,182▲7.7390101
12三省堂書店19,840▲18.728
13リブロプラス
(リブロ、オリオン書房、あゆみBOOKS他)
16,550▲8.4▲6280
14リラィアブル(コーチャンフォー)15,76212.61,07910
15明屋書店14,9468.249483
16大垣書店11,9795.76038
17キクヤ図書販売9,941▲8.636
18オー・エンターテイメント(WAY)9,875▲0.621563
19ブックエース9,6222.521630
20京王書籍販売(啓文堂書店)6,046▲0.714124
ゲオホールディングス
(ゲオ、ジャンブルストア、セカンドストリート)
328,3587.64,7951,956
ワンダーコーポレーション42,949▲9.41,334
テイツー(古本市場他)24,00911.9783105

『出版状況クロニクルⅥ』の20年のところで、「来期はかつてないほどのマイナスになるだろう」と予測しておいたが、まさにそうなってしまった。それに前回の本クロニクルでCCCの赤字も伝えたばかりだ。
 CCCの15.6%減を始めとして、14社がマイナスであり、プラスの6社にしても、出店とコミック特需がなければ、マイナスに転じるであろう。
 ヴィレヴァンの30.5%減も象徴的だ。1990年代の書店パラダイムチェンジは、80年代の郊外店ラッシュに続いて、ヴィレヴァンのセレクト複合化、CCCのFCによる大型レンタル複合書店化であった。
 しかし今期のCCCとヴィレヴァンの大幅なマイナスは、そのトレンドが急速な失墜に見舞われていることを告げていよう。とりわけCCCの場合、FCとしてのトップカルチャー、オー・エンターテイメント、ブックエース、精文館も傘下にある。一方でネットフリックスなどの動画配信市場の成長は続いている。
 それらに直結するのは日販とMPDで、1990年代に日販はCCCのFC展開に連動し、危機を迎えたが、それが再現するのではないかと思われる。
 トーハンは『書店経営の実態』の発行は19年度版を最後にして、発行を中止する。1973年から出されていたが、これも象徴的だ。
 今期はブックオフからの回答がなかったようで、初めてランキングからもれている。これにも何らかの事情があるのだろう。
出版状況クロニクルVI: 2018.1~2020.12   f:id:OdaMitsuo:20210824110722j:plain:h120(『書店経営の実態』)



2.これも『日経MJ』(8/18)に「20年度コンビニ調査」も発表されている。
 その「全店舗売上高ランキング」を示す。
             

■コンビニ全店舗売上高ランキング
順位社名(店名)全店舗年間売上高売上高
前年度比増減率(%)
店舗数店舗数
増減率
(%)
1セブンイレブン・ジャパン4兆8,706億円▲2.82万1,167店1.0
2ファミリーマート2兆9,452億円▲6.81万6,646店0.2
3ローソン2兆5,433億円▲9.81万4,476店0.2
4ミニストップ2,909億円▲7.41,999店0.1
5セコマ(セイコーマート)1,837億円1.41,170店▲0.6
6山崎製パン(デイリーヤマザキ)1,542億円▲11.41,420店▲1.6
7JR東日本クロスステーション(NewDays)660億円▲34.0496店▲0.2
8ポプラ345億円▲25.5368店▲22.2

 国内の全店舗売上高は11兆886億円、前年比6.1%減。
 1981年度以降、全店舗売上高がマイナスとなったのは初めてである。
 平均日販は45万円、同10.8%減、来店客数は743.5人、同18.3%減。

 コロナ禍による影響を受けているにしても、コンビニの成長も止まったと考えるべきであろう。
 出版業界の1980年代から90年代にかけての成長は、コンビニの隆盛に負うところが大だった。それゆえに、80年代の雑誌とコミックのパラダイムはコンビニと郊外型書店によって支えられていた。
 しかし21世紀に入り、と同じくアマゾンの上陸、動画配信や電子コミックの隆盛、コロナ禍の襲来などによって、80年代以降のパラダイムは失墜し始めたといえよう。
 20年のアマゾン売上高は2兆1848億円、前年比25.22%増という勢いで、成長し続けている。
 本クロニクル158で、「LAWSON マチの本屋さん」ブランド1号店の開店をレポートしておいたが、出版状況から見て、多店舗化は難しいと判断せざるをえない。
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3.『文化通信』(8/2)が「電子書籍特集2021」を4面にわたって組んでいる。
 文春による佐伯泰英の時代小説123作品の電子化、青弓社の紙書籍と電子書籍の同時発売、ベネッセの「電子図書館まなびライブラリー」、TRCの電子図書館サービスの拡大がまずレポートされている。
 それに続き、ブックウォーカー、パピレス、モバイルブック・ジェーピー(MBJ)の電子事業の海外も含めた展開と現在が各1ページ、チャート入りで紹介され、啓蒙的に電子書籍の現在の内容と立ち位置を伝えている。

 前回の本クロニクルでもふれたように、21年上半期電子市場は2187億円、前年比24.1%増となっていて、そうした背景をふまえて、この特集が組まれたといっていいだろう。
 しかしここに出版社とコンテンツと読者はあっても、取次と書店はすっぽり抜けている。
 取次や書店を視野に収めない特集が組まれる時代を迎えていることを痛感させられる。
 これも前回書いておいたが、雑誌売上高は2758億円だから、下半期には電子市場と逆転してしまう可能性すらあることも認識しておくべきだろう。



4.中央社の決算は売上高225億5794万円、前年比8.0%増、営業利益3億9020万円、同65.1%増、当期純利益7952万円、同97.7%増。7年ぶりの増収増益となった。
 雑誌売上は134億円、同10.3%増、書籍は74億円、同2.1%増と、雑誌書籍ともに、コロナ禍の巣ごもりによるコミックのブームに支えられている。
 それに合わせて、27.6%という低返品率、及び販管費と一般管理費の11.5%減も相乗し、今期の決算となった。

 前回の本クロニクルで、中央社帖合の商店街の書店の閉店を伝えたが、今期の書店閉店は32店で、大型店は少なく、ダメージとならなかったことが了承される。
 やはりコミックに特化した取次の強みは、雑誌と書籍売上のバランスにもうかがえるし、それに低返品率が中央社の利点であり、栗田、太洋社、大阪屋と異なり、サバイバルを可能にしてきたことを示していよう。
 しかしコミック特需はずっと保証されるわけではないし、の電子コミックの影響も出てくるであろう。



5.文部科学省の2020年度「学校図書館の現状に関する調査」によれば、公立学校の1人当たりの年間貸出冊数は小学校49冊、中学校9冊、高校3冊。

 本クロニクル158で、「公立図書館の推移」を示し、2010年から2020年の間の個人貸出登録者数は5300万人から5800万人と増えているにもかかわらず、個人貸出冊数が7.1億冊から6.5億冊まで減少していることを見てきた。
 その要因は高齢化社会の進行、スマホの普及、児童の少子化と様々に考えられるけれど、学校図書館のこのようなデータから何を引き出せるだろうか。
 この数字からすると、高校図書館はほとんど使われていないようにも思える。大学進学率が60%に達しようとしているのに、貸出冊数はマイナスの一途をたどっているのかもしれない。
 ちなみに2018年の大学図書館貸出冊数を見てみると、大学図書館の年間平均貸出冊数は1万9720冊であり、これも1人当たりの貸出冊数に当てはめれば、高校と変わらない数字になってしまうかもしれない。



6.『週刊文春』と『週刊新潮』が電車の中吊り広告を中止。

 『週刊新潮』の創刊は1956年、『週刊文春』は59年で、同年には私たちの世代に馴染み深い『朝日ジャーナル』『週刊少年マガジン』『週刊少年サンデー』『週刊平凡』も創刊され、1960年代が週刊誌の時代となることを告げていた。
 そして1970年代は週刊誌売上は1000億円を越え、2300億円に達し、80年代から90年代にかけては4000億円、97年には5000億円に届こうとしていた。
 しかしそれからはつるべ落としのようで、2020年には1600億円と3分の1になってしまったのである。
 そのような21世紀における週刊誌の衰退に伴い、出版社系週刊誌としての『週刊文春』や『週刊新潮』の電車中吊り広告が消えていくのも、必然的な歴史というべきだろ。
 だが雑誌の寿命ではないけれど、出版社系週刊誌として、両誌が半世紀以上刊行されてきたことは特筆すべきことのように思われる。



7.インプレスHDがイカロス出版の全株式を取得し、完全子会社化。
 買収価格は仲介経費も含め、13億6600万円で、同社のグループ会社は15社となった。
 イカロス出版は1980年設立で、月刊誌『エアライン』を始めとして、航空関連本、陸海空、旅行、防災などの分野の専門書を刊行し、20年売上高は13億2700万円。

AIRLINE (エアライン) 2021年9月号

 インプレスHDの連結決算は本クロニクル157でふれておいたように、売上高140億円、純利益7億円と好調である。
 一方でイカロス出版はブランド力やコンテンツがあるとはいえ、実質的に赤字であり、本当にインプレスHDにとってシナジー効果と事業への有効な展開をもたらすのかどうか、見極め難い。
 もちろん特異な専門出版社の買収であるし、純資産も算定した上でのM&Aだと目されるけれど、相性はどうなのか、気になるところだ。
odamitsuo.hatenablog.com



8.『FACTA』(9月号)が「『ロック』錬金術師 渋谷陽一の背信』というレポートを掲載している。
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FACTA ONLINE
facta.co.jp

 それによれば、1972年創刊の『ロッキング・オン』によった渋谷は思想と理念を持ち、ロックを「規制秩序に異議を申し立てる革新的な文化と位置づけ、その論調は新左翼的ですらあった」。
 しかし赤字だった『ロッキング・オン』が80年代になって10万部に乗ると、86年に兄弟誌『ロッキング・オン・ジャパン』を創刊し、40万部のマス雑誌となる。
 それを背景に、渋谷は音楽フェスティバル事業へ参入し、興行家となり、現在のロッキング・オングループは雑誌ではなく、フェス事業が主体で、売上高は100億円に達し、ロック財閥と化している。

 このような批判は紋切り型で驚かないが、ミュージシャン小山田圭吾の差別主義のカミングアウトが『ロッキング・オン・ジャパン』94年1月号で、それを受けて『クイック・ジャパン』95年8月号がさらにそれをエスカレートさせたという事実は初めて知らされた。
 それで「あまりに残酷なため大手マスコミは具体的に言及」せず、なぜオリンピック辞退の背景が語られなかったかが判明したことになる。
 確かに『ロッキング・オン・ジャパン』や『クイック・ジャパン』の編集者の神経を疑ってしまうが、そうした人物がえてして雑誌編集長を務めていることも事実なのである。

ロッキングオン 2021年 09 月号 [雑誌]



9.『神奈川大学評論』(第98号)が特集「コロナ終焉後の世界」を組んでいる。

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 國分功一郎、白井聡の対談「ポスト・コロナを考える」を始めとして、充実した特集で、大学発とはいえ、「ポスト・コロナ」状況に関して様々に啓発される。
 実はこの2年近く、コロナ禍のために、近隣の大学の図書館を利用できず、教師たちとも話す機会がなく、コロナ状況の中での大学の現在が不明でもあった。
 『神奈川大学評論』はかつて寄稿したことから、ずっと献本されているのだが、コロナ禍状況の中にあって、大学発信の場として、このような雑誌メディアの必要性を強く実感している。他の大学にも同様の試みをと勧めている。
 とりわけコロナ禍を受けてからの数号は、特集として充実し、編集の意志を浮かび上がらせている。それぞれの特集だけを挙げる。「AIとシンギュラリティ—知識基盤社会の行方」「揺れ動くアメリカ—コロナと人権をめぐって」「『学問の自由』を考える」である。



10.萩尾望都『一度切りの大泉の話』(河出書房新社)読了。

一度きりの大泉の話

 石田美紀『密やかな教育〈やおい・ボーイズラブ〉前史』(洛北出版、2008年)以来の〈少女マンガ革命〉についての疑問が、この一冊によって解明された。
 そしてその背景には『血と薔薇』と薔薇十字社、『JUNE』とサン出版というリトルマガジン、及び小出版社が存在していたことを確認できる。
 いってみれば、この2誌は〈やおい・ボーイズラブ〉における『奇譚クラブ』と『裏窓』の役割を果していたことになる。
 薔薇十字社や『奇譚クラブ』に関しては、内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』(「出版人に聞く」10、論創社)、飯田豊一『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』(同12)を参照されたい。

密やかな教育: 〈やおい・ボーイズラブ〉前史 薔薇十字社とその軌跡 (出版人に聞く) 『奇譚クラブ』から『裏窓』へ (出版人に聞く)



11.加藤敬事の『思言敬事』(岩波書店)を読み終えると、ほぼ同時にその死が伝えられてきた。

思言敬事: ある人文書編集者の回想 現代史資料〈第1〉ゾルゲ事件 (1962年)

 これは「ある人文書編集者の回想」と付されているように、みすず書房の編集長、社長も勤めた加藤による出版回想録である。
 6で1960年代が週刊誌の時代だったと記したが、それは百科事典、文学全集、個人全集の時代でもあり、大部の資料集も刊行されていた。
 その代表的なものは『現代史資料』で、加藤はこの編集に携わっていた。現在から考えれば、このような大部にして長期にわたる企画を完結させた小出版社の編集力と営業力は信じられないように思われるけれど、60年代とはそのような時代だったし、出版の黄金時代であったかもしれない。
 加藤の筆はそのような『現代史資料』の編集、及びみすず書房を取り巻く著者や訳者のニュアンスをよく伝え、時代と出版物の誕生を映し出している。



12.ドメス出版の鹿島光代の死亡記事を見た。92歳であった。

 かつて彼女とドメス出版に言及する機会を得たのだが、情報提供者から関係者も多いので、止めてほしいとのことで、これまでふれてこなかった。
 しかし出版史にとってドメス出版も記録されるべきだと考えられるので、ラフスケッチを提供しておく。
 ドメス出版は1969年に医歯薬出版をスポンサーとして設立された。それは鹿島の夫が医歯薬出版に勤めていたからで、彼は多和田葉子の父の多和田英治と親しく、二人は早大露文科の同窓だった。多和田のほうも1975年にドイツ語の人文社会科学書を輸入販売するエルベ書店を立ち上げている。
 鹿島の夫は医歯薬出版で家庭問題や歴史部門をスタートさせていたが、亡くなってしまい、それらを鹿島光代が引き継ぎ、ドメス出版として始まった。
 これがドメス出版の誕生に至る前史である。当時、私はドメス出版の『今和次郎集』全9巻に注視していたので、関心が生じていたことになる。

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13.『出版状況クロニクルⅥ』で既述しておいたように、去年の夏はネットフリックスの『愛の不時着』で乗り切ったが、今夏はU-NEXTの動画配信がそれに代わった。

愛の不時着 dvd版 全16 日本語字幕 韓国ドラマ dvd TV+OST2 全16話を収録した10枚組 DVD

 たまたまマキノ雅弘監督、大友柳太郎主演『江戸の悪太郎』(1959年)を観たが、すっかり楽しませてもらった。この映画はマキノ自身も言及していないし、B級映画としてほとんど語られないが、戦後のプログラムピクチャーとして、芸達者な俳優を揃え、江戸の長屋の光景を描いて秀逸だと思う。半世紀後に観ても、充分に楽しめるのだ。
 出版物に例えれば、プログラムピクチャーは文庫新書に当たるけれど、半世紀後に現在の文庫新書が読むに耐えうるかどうかは疑問であるというしかない。
 なおU-NEXTは「見放題」の日本映画に力を入れていて、観ていなかった大島渚『飼育』もあり、何と山下耕作『総長賭博』、加藤泰『明治侠客伝 三代目襲名』も観ることができる。
 さらに新東宝までラインナップしてくれれば有難い。

江戸の悪太郎 [DVD] 飼育 [DVD] 博奕打ち 総長賭博 [DVD] 明治侠客伝 三代目襲名 [DVD]



14.『近代出版史探索外伝』は9月下旬発売。
 「外伝」にふさわしい『ゾラからハードボイルドへ』『謎の作者 佐藤吉郎と『黒流』』『ブルーコミックス論』の三本立て、文芸批評の「飯綱落とし」や「変移抜刀霞切り」をお目にかけよう。

近代出版史探索外伝   

 論創社HP「本を読む」〈67〉は「ジャン・ド・ベルグ『イマージュ』」です。

ronso.co.jp

 

古本夜話1181 中央社出版部『ゾラ著作異状なし』

 前回、関口鎮雄訳『芽の出る頃』を取り上げ、私が所持しているのは大正十二年の金星堂版の上下本ではなく、昭和二年の合本の成光館版で、こちらは特価本出版社による譲受出版であることを既述しておいた。また同書が『ジェルミナール』で、訳者の関口のプロフィルも定かでないことも。

 それに関連してネット検索をしたところ、『ゾラ著作異状なし』、関口鎮雄訳という一冊が出てきたので、早速入手した。今回はそのことを報告したい。これは背にそのタイトルが示された並製七九六ページの一冊で、表紙には背と異なり、『ゾラ著作/異状なし』と縦に並列で記され、その横には関口鎮雄訳とある。その下に本文ポイントよりも小さな字で『芽の出る頃』、及びそれをイメージさせるイラストが付されている。
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 出版社は神田区元佐久間町の中央社出版部で、昭和五年の刊行、発行者は前田千代蔵、奥付の検印部分には「不許復製」とあるので、中央社出版部が著作権を有するとわかる。ところが前回の成光館版と比べてみると、当然のことながら訳文、ページ数、本文組みもまったく同じだし、それもそのはずで、印刷者も神田区錦町の正本靕と同様なのである。異なっているのは成光館の定価二円五十銭に対して、一円九十銭と安いこと、それに並製の造本とタイトルで、明らかに「造り本」と見なせよう。

 発行者の前田千代蔵は『近代出版史探索Ⅱ』273でふれたように、大正二年創業の大阪の特価書籍卸店大文館の創業者で、『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』に示された昭和九年の「全国見切本数物卸商一覧」にも、大阪市西区薩摩堀東の前田大文館の名前が見える。とすれば、中央社出版部とは特価書籍卸店も兼ねた「造り本」出版社の前田大文館の別名だとわかる。

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 まず判明している出版の事実をトレースしてみる。ゾラの関口訳『芽の出る頃』は大正十二年に金星堂から刊行された。だがそれは譲受出版のかたちで、昭和二年に特価本出版社の成光館によって再版され、同五年には中央社出版部の『ゾラ著作異状なし』として出されたことになる。こうした出版の推移から、真相を追ってみよう。

 昭和二年の成光館版は特価本出版社としては異例の函入の美本、翻訳文学の大冊であり、二円五十銭という高定価を設定せざるをえなかった。それゆえに卸正味も高くなり、露店商ルートを主とする市場の売れ行きもよくなく、在庫が残ってしまった。その一方で、一冊一円という昭和円本時代のバブルははじけつつあったし、大量の円本が特価本業界に流れこみ始めていた。しかもそれらを主として引き受けたのは、他ならぬ河野書店=成光館であったのだ。

 そうした出版状況の中で、昭和四年に中央公論社が出版部を設立し、処女出版としてルマルク、秦豊吉訳『西部戦線異状なし』を刊行し、ベストセラーになっていた。これは『近代出版史探索Ⅲ』で言及しておいたように、服部之総による企画だったと推定される。実際に石川弘義、尾崎秀樹『出版広告の歴史』(出版ニュース社)にも示されているように、その営業を担った牧野武夫による絶妙なタイトルネーミングと秦の訳文もマッチし、初版二万部で始まり、二週間で十万部を軽く売り切ることになった。定価は一円五十銭だった。牧野に関しては拙稿「円本時代と書店」(『書店の近代』所収)を参照されたい。

f:id:OdaMitsuo:20210807114039j:plain:h125 (『西部戦線異状なし』) f:id:OdaMitsuo:20210807113141j:plain:h125  書店の近代―本が輝いていた時代 (平凡社新書)

 それに新聞広告も秀逸なキャッチフレーズに満ちあふれ、昭和五年にはルイス・マイルストン監督、脚本のユニバーサル映画も上映され、アカデミー作品賞、監督賞も受賞に至り、築地小劇場などによっても劇化されていった。そして流行語として「××戦線異状なし」という言葉も生まれたとされる。これが中央社出版部『ゾラ著作異状なし』の出版背景であった。

西部戦線異状なし 日本語吹替版 リュー・エアーズ ルイス・ウォルハイム DDC-036N [DVD]

 特価書籍卸店と「造り本」出版社の大文館の前田千代蔵は、成光館の『芽の出る頃』の残本を安く買い占め、それを「造り本」として改修したのである。それが『西部戦線異状なし』にあやかっているのはいうまでもないし、中央社出版部も同様で、中央公論社出版部から取られていることも明白だ。その発行所が東京に置かれているも、同書が東京の出版物だと思わせるためなのだ。

 そしておそらく『ゾラ著作異状なし』は大阪以西を販売市場としていたと推測される。巻頭地方において、さすがにここまでのパクリや便乗出版は難しかっただろうし、特価本業界としても、それはできなかったし、そこで販売市場も限定されたと思われる。ただ私にしても、かなり多くの「造り本」を見てきているけれど、翻訳書を対象にして、しかもゾラの『ジェルミナール』がこのような「造り本」として流通販売されていた事実は初めて知ったことになる。一方では、前回の堺利彦訳『ジェルミナール』が読まれていたのに、このような「造り本」も流通販売されていたのである。

f:id:OdaMitsuo:20210802105652j:plain:h120(堺利彦訳『木の芽立(ジェルミナール)』)

 しかしこれも翻訳出版史の事実に他ならないし、読者や読書史においても、見逃せない出版と考えられる。それは読者において、一冊の本のもたらす影響は出版社というよりも、その作品の内実であり、この中央社出版部版にしても、ゾラの『ジェルミナール』であるゆえに、どのようにして読まれていったのか、興味は尽きない。

ジェルミナール

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