2010-01-01から1年間の記事一覧
ロス・マクドナルドの影響は日本だけでなく、同時代のスウェーデンにも伝播し、それはマイ・シューヴァル/ペール・ヴァールーの「マルティン・ベックシリーズ」として出現している。シューヴァルとヴァールーは夫婦で、いずれも新聞、雑誌社に勤めた後、結婚…
昭和初期 艶本時代の梅原北明を中心とする出版人脈について、様々に言及してきたが、具体的に名前が挙がっているのは氷山の一角であり、その他にも編集者、翻訳者、洋書輸入業者、画家、それに印刷、製本、用紙関係者を含めれば、たちまち数倍の人数に及ぶだ…
ロス・マクドナルドの影響は日本のハードボイルドやミステリだけでなく、広範な分野に及んでいて、意外に思われるかもしれないけれど、時代小説にもその投影を見つけることができる。それは藤沢周平の「彫師伊之助捕物覚え」三部作の『消えた女』『漆黒の霧…
前回取り上げた太洋社書店の『さめやま』だけでなく、梅原北明の文芸市場社に端を発する文芸資料研究会、発藻堂書院、南柯書院、東欧書院、温故書屋、国際文献刊行会、風俗資料刊行会などの出版物の書影をあらためて見てみると、それらのポルノグラフィの装…
ロス・マクドナルドの娘リンダ失踪事件を背景にして書かれ、彼の代表作と見なされる『ウィチャリー家の女』『縞模様の霊柩車』『さむけ』の三部作は、それぞれ昭和三十七年、三十九年、四十年と続けて「ハヤカワポケットミステリ」として翻訳刊行された。訳…
戦後の『奇譚クラブ』から始めたのに、戦前の艶本時代のことに深く入りこんでしまった。だが気になる手持ちの本がまだあるので、もう少し続けさせてほしい。山口昌男の『「挫折」の昭和史』 (岩波書店)の中に、「知のダンディズム再考―『エロ事師』たちの…
ロス・マクドナルドの個人史における悲劇はさらに繰り返されていく。それはやはり リンダをめぐる事件であった。これもまた既述したように、トム・ノーランの評伝Ross Macdonald : A Biography によって、よく知られた事実となった。オイディプスが娘のアン…
岩田準一の『男色文献書志』 に列挙された書物群を見ていくと、同じ人物を扱ったものが三作あることに気づく。それらは岡本起泉の『澤村田之助曙草紙』(島鮮堂、明治十三年)、矢田挿雲の『澤村田之助』(報知新聞出版部、大正十四年)、林和の「田之助色懺…
出版状況クロニクル28(2010年8月1日〜8月31日)記録的な今年の猛暑の中での7月売上高が公表されつつある。 スーパーは前年比1.2%減、百貨店も同1.4%減、コンビニは猛暑による飲料やアイスクリーム需要が伸び、14ヵ月ぶりにプラスとなる0.5%増だった。 それ…
『三つの道』に象徴的に表われたギリシャ神話や悲劇、及びアメリカ特有の精神分析的自我心理学を物語のベースにすえ、「リュウ・アーチャーシリーズ」は書き始められたと考えていいだろう。それらはシリーズの第二作『魔のプール』において、はっきりとした…
岩田準一の『男色文献書志』 にまとめられた明治以後の大半の文献が、埋もれたままで放置されていると既述したが、その代表的な著者と著作を挙げれば、中山太郎とその仕事であろう。それに中山は、岩田が南方の他に「先生」と仰いでいる一人でもあり、また岡…
ゾラが『テレーズ・ラカン』(小林正訳、岩波文庫)や『クロードの告白』(山田稔訳、河出書房)を書いた後、「ルーゴン=マッカール叢書」へと向かったように、ロス・マクドナルドもまた「リュウ・アーチャーシリーズ」以前には、本名のケネス・ミラー名義で…
昭和初期円本時代は同時に「艶本」の時代だったと書いてきたが、それはまた性科学雑誌と性典ブームの時代でもあった。それを担ったのが既に記した澤田順次郎、羽太鋭治、田中香涯の三人で、かつて『彷書月刊』(二〇〇一年一月九日号)が「性科学の曙光」と…
ここでようやく「ハメット・チャンドラー・マクドナルド・スクール」と称された三人目のロス・マクドナルドを登場させることができる。この命名はミステリー評論家アンソニー・バーチャーによるもので、アメリカの正統的ハードボイルドの系譜を表象している…
数回前にプロレタリア文学と文芸市場社が表裏一体の関係にあったのではないかと書いておいたが、その出版物から見ると硯友社まで含まれていて、文芸市場社の周辺には以前に言及した北島春石のような硯友社系統の作家たちも存在していたと思われる。ポルノグ…
ハードボイルドとフランス小説の関連といえば、かならずケインの『郵便配達はいつも二度ベルを鳴らす』 がもたらした、カミュの『異邦人』 (窪田啓作訳、新潮文庫)への影響について語られる。実際に渡辺利雄も『講義アメリカ文学史』 でふれているし、『英…
前回に引き続き、宮武外骨と男色文献の関連を書いてみる。大正二年に外骨は小林一三の社屋提供と資金援助を受け、日刊新聞『不二』を創刊する。その一面論評主任が天王寺中学の元教師の大林華峰であったことから、彼の友人で今宮中学校の教師を務める折口信…
ハメットやチャンドラーがヒーローとしての私立探偵を造型することで、二人のハードボイルドの世界にくっきりとした華を添えたことと異なり、ジェームズ・ケインの『郵便配達はいつも二度ベルを鳴らす』 において、そのようなキャラクターやヒーローは出現し…
出版状況クロニクル27(2010年7月1日〜7月31日) まだ幸いにして大きな倒産は起きていないが、出版社、書店、古本屋の売上は ほぼ最悪の状態になっている。 創業・開店以来、最悪だといういくつもの声すらも聞こえてくる。もちろんそれは取次も例外ではない…
南方熊楠と岩田準一の長きにわたる書簡による男色談義にもかかわらず、あえて両者がふれなかったと思われる一冊がある。それは紅夢楼主人の『美少年論』で、岩田は『男色文献書志』 の745にこれを掲載している。 その解題によれば、著者を紅夢楼主人とする『…
昨年、このブログでも述べておいた、前リブロの今泉正光へのインタビューが実現に至り、三月初旬に彼が住む長野を訪ねてきた。興味深い話題をつめこんだ内容のインタビュー集の編集を終えたところだ。「今泉棚」と称されたリブロ時代の、まさに当人によるオ…
もう一冊「同性愛」という言葉を含んだ単行本がある。それはドクトル・アルベール著、花房四郎訳『同性愛の種々相』で、昭和四年に文芸市場社から、発行者を中野正人とする「談奇館随筆第四巻」として刊行されている。岩田準一の『男色文献書志』 にも花房四…
『ハヤカワミステリマガジン』一月号の「ハメット復活」特集で、小鷹信光と対談している諏訪部浩一は、〇八年に『ウィリアム・フォークナーの詩学1930−1936』(松柏社)という著作を上梓し、フォークナーにおける新世代の研究者として出現した。 この諏訪部…
[古本夜話] の連載は先が長いので、一度たりとも休みたくないと思い、週一回更新を守り、10ヵ月続けてきた。 だが何度か注意を促したにもかかわらず、ExLibrisという匿名の人物が本ブログ、及び[古本夜話]をただクサすことだけを目的として、執拗に御託宣を…
さらに仮説を続けてみよう。アメリカプロレタリア文学やハードボイルドだけでなく、私はゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」とフォークナーの「ヨクナパトファ・サーガ」にも多くの共通性を感じてしまうのだ。しかしウィリアム・フォークナーの場合、従来の研…
江戸川乱歩も『男色文献書志』の「序」で述べているが、岩田準一がこの本を「後岩つつじ」と命名していたことからわかるように、北村季吟の『岩つつじ』に強く感化され、文献渉猟の道へと歩み出したのである。 それは『伊勢物語』 から始まり、昭和十八年刊行…
ハメットのことばかり書いてきたが、チャンドラーについても一章を割いておこう。ハードボイルド小説を読み始めた中学時代には、チャンドラーが先行していたことも事実であるからだ。しかも同じ創元推理文庫で読んだのだ。私たち戦後世代にとってとりわけ顕…
十年間にわたって岩田準一と交わされた書簡による男色談義は、昭和十六年に南方熊楠が死去したことで終わりを告げる。岩田準一は十八年に『男色文献書志』の草稿を完成したが、彼もその刊行を見ずに二十年一月に亡くなっている。岩田も北村季吟に触発された…
出版状況クロニクル26(2010年6月1日〜6月30日) この数ヵ月で近隣の書店が2店続けて閉店した。1店は地場の書店、もう1店は地方チェーン店で、両者とも郊外店ラッシュの80年代に開店している。大型店でない80年代型郊外店の時代が終わりつつあるのだろう。 …
ずっと重いテーマばかり続いてしまったので、少しばかり異なる間奏曲的な一章を挿入してみたい。もはやクイックフォックス社という出版社を覚えている読者は少ないと思われる。これは一九七〇年代に設立された外資系出版社で、詳細は不明だが、数年間の出版…