出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2011-01-01から1年間の記事一覧

古本夜話163 田口掬汀、日本美術学院、『美術辞典』

これも小川菊松絡みになってしまうが、やはりずっと論じてきた草村北星と同様に、同時代の家庭小説家にして出版者であった田口掬汀についても、ここでふれておこう。田口のことは同じく拙稿「田口掬汀と中央美術社」(『古本探究3』所収)ですでに一度言及…

古本夜話162 誠文堂『大日本百科全集』の謎

これまでずっと小川菊松の『出版興亡五十年』を利用してきたので、ここで小川を主人公とする円本の話を、ひとつ記してみよう。 大正三年に誠文堂から『子供の科学』を創刊した原田三夫の、興味深い回想録『思い出の七十年』(誠文堂新光社)の中で、取次至誠…

ブルーコミックス論16 松本充代『青のマーブル』(青林堂、一九八八年)

松本充代を印象づけられたのは、『青のマーブル』の前年に同じく青林堂から出された『記憶のたまご』で、そこに収録されていた短編「ユメ」の二作によってであった。 『記憶のたまご』「ユメ(一)」は血にまみれたパジャマ姿の女性が描かれ、そこに「朝起きる…

古本夜話161 吉澤孔三郎と近代社『世界短篇小説大系』

前回近代社と吉澤孔三郎、新潮社との共同出版『近代劇大系』にふれた。既述したように、近代社の『世界童話大系』については『古本探究』で論じているが、その後やはり同社の『世界短篇小説大系』を購入したこともあり、この『大系』に関しても、一編書いて…

古本夜話160 小川菊松、宮下軍平「書画骨董叢書」と今泉雄作『日本画の知識及鑑定法』

草村北星とその出版事業に関して、間違いは多々あるとはいえ、貴重な近代出版史資料といっていい小川菊松の『出版興亡五十年』をしばしば参照してきた。 これらの草村の出版事業についての小川の記述、それは主として草村の様々な「編纂会」を組織し、予約会…

ブルーコミックス論15 やまじえびね×姫野カオルコ『青痣』(扶桑社、二〇〇九年)

同じ作者について、二度論じるつもりはなかったのだけれども、またしてもやまじえびねの『青痣(しみ)』を入手したこと、それにこのやはり「青」を含んだタイトルの作品が姫野カオルコの同名原作(『桃、もうひとつのツ、イ、ラ、ク』所収、角川文庫)を得て…

古本夜話159 草村北星『戦塵を避けて』、原智恵子、『ショパン・ピアノ曲全集』

残された資料が少ないこともあって、草村北星の全体像は描くことができなかったけれども、出版者としての軌跡を、明治三十年代の隆文館から昭和二十年における龍吟社の実質的な消滅に至るまで、ずっと追跡してきた。今回で草村北星に関する言及はとりあえず…

古本夜話158 龍吟社と彰国社

前回の建築工芸協会、『建築工芸画鑑』と『建築工芸叢誌』のラインは、大正時代後半と推定される岡本定吉の解散によって途切れてしまったわけではない。それは定かな軌跡をつかめないにしても、龍吟社、大塚巧芸社、彰国社という系譜をたどり、建築工芸協会…

ブルーコミックス論14 やまじえびね『インディゴ・ブルー』(祥伝社、二〇〇二年)

やまじえびねの作品を最初に読んだのは『LOVE MY LIFE』だった。その主人公で十八歳のいちこはママを七年前に失い、大学助教授とアメリカ文学翻訳者を兼ねるパパと二人暮らしである。ところが彼女はレズビアンで、弁護士をめざしている完璧な恋人エリーがで…

古本夜話157 建築工芸協会、岡本定吉、大塚稔

草村北星が隆文館を創業し、それと併走するかのように、大日本文明協会、龍吟社、財政経済学会などを設立してきた軌跡について、ささやかながらたどってきた。それらに加えて、さらに建築工芸協会も組織し、『建築工芸画鑑』と『建築工芸叢誌』(ともに柏書…

古本夜話156 国木田独歩『欺かざるの記』、佐久良書房(左久良書房)、隆文館

草村北星が金港堂に入る前に星亨の機関紙『民声新報』に在籍し、その編集長の国木田独歩と親しくなったこと、隆文館の『人體美論』の出版が、独歩社の猟奇的殺人事件の犯人の手記『獄中之告白』を見倣ったものではないかという推測を既述しておいた。前回引…

ブルーコミックス論13 よしもとよしとも『青い車』(イースト・プレス、一九九六年)

「青い車」a Blue Automobile は冒頭の短編で、それがタイトルに採用されているし、また表紙カバーもその短編の登場人物の姿が描かれたものなので、よしもとにとっても、思い入れの深い作品だと考えられる。それを物語るかのように、「この短編はマンガ史に…

古本夜話155 財政経済学会と『新聞集成明治編年史』

草村北星が龍吟社を興すに伴って様々に試みたのは、編集と製作、流通販売の分社化に加え、流通販売の革新も同様だった。そのことについて、誠文堂新光社の小川菊松が『出版興亡五十年』の中で、次のように書いている。 『出版興亡五十年』 草村北星が創立し…

出版状況クロニクル43(2011年11月1日〜11月30日)

出版状況クロニクル43(2011年11月1日〜11月30日)10月までの出版物売上推移から判断すると、今年の出版物販売金額は1兆8000億円前後と推定される。ピーク時の1996年は2兆7000億円近くあったわけだから、9000億円という巨額なマイナスとなる。これを次のよう…

古本夜話154 龍吟社、大本教、『白隠和尚全集』

草村北星は隆文館を大正九年に退いた後、龍吟社を設立したとされている。その年代に関してだが、小林善八の、最も詳細だと思われる八百社近くに及ぶ、「明治・大正時代の出版業興廃表」(『日本出版文化史』同刊行会、昭和十三年)によれば、龍吟社は大正十…

ブルーコミックス論12 松本大洋『青い春』(小学館、一九九三年、九九年)

(93年版) (99年版) 松本大洋の短編集『青い春』のタイトルを見ると、高校時代に読んだヘンリー・ミラーの『暗い春』(吉田健一訳)を思い出す。それは一九六五年に集英社から出された『世界文学全集』6のミラー所収の作品で、英語タイトルはBlack Spring…

古本夜話153 埴谷雄高とヘッケル『生命の不可思議』

三百冊を超えるという「大日本文明協会叢書」の十五冊ほどしか所持していないけれども、拙稿「市島春城と出版事業」(『古本探究』所収)で、様々な十冊とルドルフ・シュタイナーの『三重国家論』、本連載72でクラフト・エビングの『変態性欲心理』、同7…

古本夜話152 草村北星と大日本文明協会

草村北星と大日本文明協会の関係については拙稿「市島春城と出版事業」(『古本探究』)の中で、流通販売の問題も絡めてラフスケッチしておいた。 本連載149でふれた「近代文学研究叢書」第六十七巻の「草村北星」において、明治四十一年に大隈重信を会長…

ブルーコミックス論11 鳩山郁子『青い菊』(青林工藝社、一九九八年)

鳩山郁子はずっと「青」と「少年」に執着してきた漫画家である。私は『スパングル』(青林堂、後に青林工藝社)と『青い菊』の二冊を読んでいるにすぎないが、そのように断定してもかまわないだろう。(青林工藝社版)『スパングル』の表紙は鮮やかな藍色の…

古本夜話151 隆文館の軌跡

草村北星(松雄)によって明治三十七年に創業された隆文館は、大正九年に北星の個人経営から、資本金二十万円の株式会社へと切り換えられた。これを機にして、北星は隆文館から身を引き、経営は北星と同じ熊本県出身の代議士松野鶴平、及びこちらも同じ代議…

古本夜話150 刀江書院『シュトラッツ選集』と高山洋吉

刀江書院と訳者の高山洋吉については戦後編でふれるつもりでいたけれども、前回の川崎安の『人體美論』はそれらの著者と著作を範とし、資料も同様なので、隆文館と異なる出版社の話になってしまうが、ここで続けて一編を書いておきたい。川崎は『人體美論』…

ブルーコミックス論10 魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス、一九九七年)

紫がかった青である「花色」の表紙カバーに『blue』のタイトルと著者名が白抜きで銘打たれ、その横に若い女の顔と上半身がピンクの細い線で描かれている。そしてページを開いていくと、次のようなエピグラフめいた言葉が記され、この『blue』の物語の在り処…

古本夜話149 草村北星、隆文館、川崎安『人體美論』

前回の三浦関造の『革命の前』の版元は隆文館だと記した。奥付の正式な社名は隆文館株式会社である。この隆文館を興した草村北星については、以前に拙稿「家庭小説家と出版者」(『古本探究3』)で、出版者というよりも『浜子』(『明治家庭小説集』所収、…

古本夜話148 三浦関造『革命の前』、ブラヴァツキー、竜王文庫

本連載144「三井甲之と『手のひら療治』」において、三井の『手のひら療治』も同時代の太霊道、肥田式強健術、岡田式静坐法などの影響を受け、それらを統合して「国民宗教儀礼」に高めようとするものだったと既述した。 そしてさらに三井が『手のひら療治…

ブルーコミックス論9 山本直樹『BLUE』(弓立社、一九九二年)

(弓立社)(光文社)(双葉社) (太田出版)山本直樹はここで取り上げる『BLUE』を始めとして、性を物語のコアにすえてきたといえるだろう。それは彼が森山塔などのペンネームで「エロ」を描いてデビューしてきたことと関連しているにしても、山本にとって直…

古本夜話147 「赤本」としての築田多吉『家庭に於ける実際的看護の秘訣』

これまで書いてきたように、明治末期から大正時代にかけて、様々な健康法のブームがあり、それらを背景にして健康雑誌やスポーツ雑誌が創刊されたのであり、昭和四十九年の『壮快』(マキノ出版)の創刊とパラレルに始まった戦後の多彩な健康法の隆盛も、そ…

古本夜話146 桜沢如一『食物だけで病気が癒る新食養療法』と『新食養療法』

本連載113「藤沢親雄、横山茂雄『聖別された肉体』、チャーチワード『南洋諸島の古代文化』」において、横山が藤沢に言及した同書の「附録」である「玄米、皇国、沈没大陸」のタイトルを示しておいた。 それは次のような文章から始まっている。「現在は玄米…

出版状況クロニクル42(2011年10月1日〜10月31日)

出版状況クロニクル42(2011年10月1日〜10月31日)中小から大手に至る、書籍をメインとする大半の出版社が、かつてない大量返品によって、取次売上が激減している。これが一過性のものであるのか、それとも数ヵ月続くのか、またその果てに何が起きるのか、ま…

ブルーコミックス論8 山岸涼子『青青の時代』(潮出版社、一九九九年)

山岸涼子の『青青(あお)の時代』は英語タイトルとして、The Blue Era も添えられているが、全四巻に及ぶ物語の中に、ダイレクトな「青」への言及や「青」にまつわるエピソードは何も記されていない。 それでもあえてその痕跡や手がかりをたどろうとすれば、…

古本夜話145  安彦良和『虹色のトロツキー』、『合気道開祖植芝盛平伝』、出版芸術社

大正から昭和にかけての新たなる宗教や霊術、治療法や健康法をめぐる人々の中に、武術家たちをも見出すことができる。そのうちの二人はいずれも二十世紀末になって、安彦良和により、コミックの中に召喚され、主人公に寄り添う特異なキャラクター像を表出さ…