出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2011-01-01から1年間の記事一覧

古本夜話144 三井甲之と『手のひら療治』

大正時代に百花斉放したかのような多様な健康法について言及していくときりがないのだが、手元に本があるので、もうひとつだけふれてみたい。それは三井甲之の『手のひら療治』である。ただし同書は昭和五年にアルスから刊行されたものでなく、二〇〇三年に…

ブルーコミックス論7 白山宣之、山本おさむ『麦青』(双葉社、一九八六年)

一九八〇年代に刊行された双葉社のA5版の「アクション・コミックス」は『青の戦士』の他に、もう一作「青」のタイトルが付された二冊本を送り出している。それは白山宣之と山本おさむの共作による『麦青』である。 俳句の季語に「青麦」があることは承知し…

古本夜話143 岡田虎二郎、岸本能武太『岡田式静坐三年』、相馬黒光

『食道楽』の村井弦斎が肥田式強健術と同様に興味を示したのは、これも当時ブームになっていた岡田式静坐法であった。すでに述べておいたが、明治末から大正時代にかけて、このふたつだけでなく、多くの健康法が流行し、現在に至るまでの民間療法の起源はこ…

古本夜話142 肥田春充『国民医術天真法』と村井弦斎

井村宏次の『霊術家の饗宴』(心交社)が明らかにしたのは、大正時代における霊術家たちの台頭ばかりでなく、同時に近代医学に接するような多彩な治病法や健康法も続々と名乗りをあげ、それらが現在でも存続していることである。これは同書に言及はないが、…

ブルーコミックス論6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)

ミステリアスなボクサーがいる。その名を礼桂(レゲ)という。年齢とプライバシーは定かならず。デビューは昭和50年4月、戦績は32戦12勝20敗、12勝はすべてKO勝ち、20敗もすべてKO負け。全日本ライト級の三位から十位を上下。だが彼のパンチ力のある試合は熱狂…

古本夜話141 島木健作『生活の探求』と柳田民俗学

前回の昭和十三年刊行『土に叫ぶ』は、羽田武嗣郎の証言によれば、「たいへん当たり」、発売元の岩波書店から毎月三千円の支払いがあったという。この本の定価は一円八十銭であるので、部数は定かでないにしても、ベストセラーに類する売れ行きだったことを…

古本夜話140 松田甚次郎『土に叫ぶ』と羽田書店

本連載136「国柱会、天業民報社、宮沢賢治」に続き、もう一編 宮沢賢治にまつわる出版譚を記しておく。 昭和十三年に出版された松田甚次郎の『土に叫ぶ』は、宮沢賢治の後輩として盛岡高等農林学校に学び、山形県最上郡の自らの村へと帰ってきたひとりの…

ブルーコミックス論5 安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)

(青林堂版 箱) (光文社文庫版)安西水丸の『青の時代』(後に光文社文庫)は くすんだ青紫である紫苑色の箱入りで、本体は箱よりも色が薄いコバルトブルーで装丁されている。このタイトルを見ると、たちどころに三島由紀夫の『青の時代』と、ピカソの「青…

古本夜話139 田中守平と太霊道

前々回ふれた井村宏次の『霊術家の饗宴』(心交社)は「プロローグ」として、「霊術家の運命」が冒頭にすえられ、大正九年七月、名古屋から中央線で二時間あまりの大井駅の場面から始まっている。数万の群衆が待ち受ける中、特別仕立ての列車から現われたの…

古本夜話138 円地文子の随筆集『女坂』

前回 昭和十四年に人文書院から出された円地文子の随筆集『女坂』にふれた。少しばかり連載のテーマとずれる間奏的一章となってしまうが、この際だから続けて書いてみる。またこれは戦後へと持ちこまれてしまうにしても、いずれ円地の夫に関して言及するつも…

ブルーコミックス論4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)

佐藤まさあきは一貫して犯罪にこだわってきた劇画家である。六十年安保のかたわらで、政治的テロリストとして構想された『影男』、土門拳の写真集『筑豊のこどもたち』に表出する戦後の貧しさに触発され、炭鉱出身の少年が狼となって権力に立ち向かう『黒い…

出版状況クロニクル41(2011年9月1日〜9月30日)

出版状況クロニクル41(2011年9月1日〜9月30日)東日本大震災に続く、かつてない台風の被害に伴い、「深層崩壊」というタームが語られるようになってきている。これはあらためていうまでもないかもしれないが、台風による山崩れや崖崩れにおいて、滑り面が深…

古本夜話137 人文書院と日本心霊学会

明治末期から大正時代にかけて、日本に深い影響をもたらしたと思われる英国心霊研究協会のメンバーたちの「心霊問題叢書」の刊行、またマックス・ミューラーの『東方聖書』に範を求めた高楠順次郎を中心とする、いくつもの宗教書出版プロジェクトについて、…

古本夜話136 国柱会、天業民報社、宮沢賢治

本連載106「望月桂、宮崎安右衛門、春秋社」のところで書いたように、一燈園の西田天香の『懺悔の生活』が春秋社のベストセラーとなったにしても、それで春秋社が一燈園の専属出版社化したわけではないし、むしろ現在では一燈園と西田のことは忘れられ、…

ブルーコミックス論3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)

この「ブルーコミックス論」を始めるにあたって、青林堂の「現代漫画家自選シリーズ」の川本コオ『ブルーセックス』をまず取り上げるのは、あえて意図したことでもないし、牽強付会でもない。この連載を考えた時、最初に浮かんだコミックが『ブルーセックス…

古本夜話135 三富朽葉と大鹿卓『獵矢集』

前回に続いて三富朽葉のことを記しておく。第一書房の豪華本というと、『三富朽葉詩集』の一冊しかもっていない。それはいかにも第一書房らしい装丁で、四六判、八百ページ余、背革、天金、マーブルの表紙、シンプルなデザインの箱入りである。奥付には大正…

古本夜話134 厚生閣『日本現代文章講座』と春山行夫

少し飛んでしまったが、厚生閣と春山行夫についてのもう一編を書いてみる。これは古本屋で見つけるまで知らないでいたし、それまでこのシリーズに関するまとまった文章を目にしたことがなかった。それは『日本現代文章講座』全八巻で、昭和九年に厚生閣から…

ブルーコミックス論 2

序2 これまで英語、日本語、フランス語と続けてきたので、それぞれの「青」のイメージについて、ここでラフスケッチしてみる。ミシェル・パストゥローは『ヨーロッパの色彩』(石井直志、野崎三郎訳、パピルス)において、「青」は西欧総人口の半分以上が常…

古本夜話133 仲小路彰のささやかな肖像

ラフスケッチの繰り返しにすぎなかったけれど、スメラ学塾へと集結していった「パリの日本人たち」を中心に紹介してきた。これがとりあえずのスメラ学塾関連の連載の終わりになるので、ここで言及を遅延させてきた、その中心人物である仲小路彰にふれておか…

古本夜話132 富沢有為男『地中海』『東洋』『侠骨一代』

スメラ学塾は残された第一次資料がほとんどないようなので、小島威彦『百年目にあけた玉手箱』の記述からだけでは、その明確な立体図や二千人に及んだという塾生の実態、そこで行なわれた講義や講演がリアルに浮かび上がってこない。それは西田幾多郎門下の…

 ブルーコミックス論 1 

序1 数年前にグレアム・グリーンの短編「ブルーフィルム」に言及したことがあった。 その短編はイギリス人のカーター夫妻が夕刻にホテルのティールームで話している場面から始まる。二人は倦怠期を迎えている夫婦で、子供はなく、東南アジアの一国にきてい…

古本夜話131 生活社、鐡村大二、小島輝正

考えてみれば、すでに四十年以上前から気になっている出版社があって、出版業界のことを調べるようになってからも、かなり注意しているのだが、詳細を把握できない版元が存在する。それは前回取り上げた米倉二郎『東亜地政学序説』の生活社である。これは確…

古本夜話130 座談会『世界史的立場と日本』、米倉二郎『東亜地政学序説』と高嶋辰彦

前回言及した「出版新体制」や大東亜戦争の始まりとパラレルに、やはり西田幾多郎の弟子にあたり、当時の京都学派を代表する高坂正顕、西谷啓治、高山岩男、鈴木成高が『世界史的立場と日本』(中央公論社)を昭和十八年に刊行する。これは『中央公論』に昭…

46 とりあえずの終わり

◆過去の「謎の作者佐藤吉郎と『黒流』」の記事 1 東北書房と『黒流』 2 アメリカ密入国と雄飛会 3 メキシコ上陸とローザとの出会い 4 先行する物語としての『黒流』 5 支那人と吸血鬼団 6 白人種の女の典型ロツドマン未亡人 7 カリフォルニアにおける日本人…

古本夜話129 田代金宣『出版新体制の話』と昭和十年代後半の出版業界

小島威彦と仲小路彰たちによって、昭和十四年に立ち上げられた世界創造社、戦争文化研究所、スメラ学塾のかたわらで、日本では国家総動員法が公布され、イギリスとフランスがドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が起きていく。そして翌年には日独伊三国同盟…

出版状況クロニクル40(2011年8月1日〜8月31日)

出版状況クロニクル40(2011年8月1日〜8月31日)「重厚長大 昭和のビッグプロジェクトシリーズ」(ジュネオンエンタテインメント)というDVDがある。これは東京タワー、佐久間ダム、名神高速道路、青函トンネルなどの工事過程を映像に収めたアーカイブで、戦…

古本夜話128 ロバート・キャパ『ちょっとピンぼけ』とダヴィッド社

「パリの日本人たち」の一人である丸山熊雄の『一九三〇年代のパリと私』(鎌倉書房)を読んで初めて知ったのは、彼らと報道写真家のロバート・キャパが親しく、川添紫郎と井上清一のアパートに転がりこんでいたという事実だ。そのような前史があったために…

45 敗戦と『紀ノ上一族』

◆過去の「謎の作者佐藤吉郎と『黒流』」の記事 1 東北書房と『黒流』 2 アメリカ密入国と雄飛会 3 メキシコ上陸とローザとの出会い 4 先行する物語としての『黒流』 5 支那人と吸血鬼団 6 白人種の女の典型ロツドマン未亡人 7 カリフォルニアにおける日本人…

古本夜話127 アルス版「ナチス叢書」と『世界戦争文学全集』、ゾラ『壊滅』

小島威彦の『百年目にあけた玉手箱』第四巻で、北原白秋の弟が経営するアルスの「ナチス叢書」は小島の編集との記述に出会い、長年の出版に関する疑問が解明されたように思った。私はゾラの「ルーゴン=マッカール叢書」の翻訳と編集に携わっていた時期があり…

古本夜話126 『伊太利亜』、『イタリア』、『戦争文化』

『伊太利亜(一九三八年)』という雑誌的な印象を受ける一冊があって、それを十五年ほど前に入手している。菊版ソフトカバーの黒地の表紙に、イタリアの国旗が斜めにレイアウトされ、イタリアのモダニズムを感じさせる。表紙には「XVII E.F.」とあるので、Er…