出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

2016-01-01から1年間の記事一覧

古本夜話587 矢内原忠雄『南洋群島の研究』

本連載584で、鶴見祐輔が設立した太平洋協会は、彼自身も関係していた太平洋会議や太平洋問題調査会の延長線上にあるのではないかという推測を述べておいた。また同580において、東亜研究所の「東研叢書」として、米太平洋問題調査会編『太平洋地域の…

古本夜話586 エドモンド・ウィルソン『金髪のプリンセス』

これは戦後の出版になってしまうけれど、いつか書こうと思いながらも、なかなか機会が得られず、二十年以上が過ぎてしまっているので、ここで書いておきたい。それは前回に六興出版部と吉川晋にふれたからで、その一冊は昭和三十六年に吉川の手により、六興…

出版状況クロニクル101(2016年9月1日〜9月30日)

出版状況クロニクル101(2016年9月1日〜9月30日) 16年8月の書籍雑誌の推定販売金額は1042億円で、前年比4.7%減。 書籍は482億円で、同2.9%減、雑誌は559億円で、同6.2%減。 雑誌の内訳は月刊誌が450億円で、同7.7%減、週刊誌は109億円で、同0.1%増。 …

古本夜話585 太平洋協会編「太平洋図書館」と六興出版部

前回ふれた川村湊の『「大東亜民俗学」の虚実』の中で、川村は太平洋協会が「太平洋図書館」というシリーズも刊行していたと述べ、鶴見祐輔によるその刊行の辞の一部も示しているが、出版社名を記していないことからすれば、おそらく未見のままでの再引用だ…

古本夜話584 太平洋協会編「南太平洋叢書」と泉靖一、鈴木誠共著『西ニューギニアの民族』

これは美作太郎の『戦前戦中を歩む』の中でもふれられていないが、泉靖一、鈴木誠共著『西ニューギニアの民族』が昭和十九年十一月に日本評論社から刊行されている。太平洋協会編の「南太平洋叢書」3としてで、B6判並製一三四ページの造本と用紙は粗末になっ…

混住社会論153 三崎亜紀『失われた町』(集英社、二〇〇六年)

二〇〇六年に三崎亜紀の『失われた町』が刊行された。この物語はガルシア・マルケスの『百年の孤独』(鼓直訳、新潮社)の消えてしまうマコンドという村、及びその住人であるブエンディア一族の記憶をベースとする変奏曲のように提出されている。 それだけで…

古本夜話583 ハウスホーファー「地政学的基底」と『日本』

前回の『新独逸国家大系』第三巻の中に、ミュンヘン大学教授カール・ハウスホーフェルの「地政学的基底」が収録されている。そこには独逸国有鉄道中央観光局日本支局という名入りの、一九三九年の「大独逸国」の折り込みカラー地図が付され、その地政学を彷…

古本夜話582 日本評論社と『新独逸国家大系』

前回ふれた美作太郎の『戦前戦中を歩む』の中で、昭和十年に日本評論社から『ムッソリーニ全集』が刊行されたことについて「この『兆候』は、ひとり日本評論社に限られたものではなかった」し、すでに数年前からファシズムやナチズムに関連する本が多く出さ…

混住社会論152 エヴァン・マッケンジー『プライベートピア』(世界思想社、二〇〇三年)とE・J・ブレークリー、M・G・スナイダー『ゲーテッド・コミュニティ』(集文社、二〇〇四年)

マッケンジーは『プライベートピア』(竹井隆人・梶浦恒男訳)の中で、本連載59 のハワードの田園都市構想がアメリカに移植されるにつれて、コーポラティヴな思想と方向性を失うかたちで発展していったことを、まず指摘することから始めている。それはジェ…

古本夜話581 東京政治経済研究所『一九二〇−三〇政治経済年鑑』

本連載564「大川周明、井筒俊彦、東亜経済調査局」で、昭和七年に先進社から刊行された東亜経済調査局編『一九三〇年一九三一年支那政治経済年史』を紹介しておいた。[f:id:OdaMitsuo:20160908111403j:image:h120]そこで満鉄は初代総裁の後藤新平の「文装…

古本夜話580 柘植秀臣『東亜研究所と私』と「東研叢書」

前々回、大東亜戦争下にあって、回教の学術研究を目的とする機関として、回教圏研究所、東亜経済調査局、東亜研究所を挙げておいた。前二者に関しては本連載564などで言及してきたので、今回は後者の東亜研究所にふれてみたい。幸いなことに柘植秀臣の「…

混住社会論151 ミネット・ウォルターズ『遮断地区』(東京創元社、二〇一三年)

今世紀に入って、それも団地を背景とするミステリーがイギリスでも刊行されているので、やはり続けて挙げておきたい。本連載62や69などで、フランスの団地における叛乱や暴動に言及してきたし、ちょうど森千香子の「フランス〈移民〉集住地域の形成と変…

出版状況クロニクル100(2016年8月1日〜8月31日)

出版状況クロニクル100(2016年8月1日〜8月31日) 16年7月の書籍雑誌の推定販売金額は1068億円で、前年比5.7%減。 1を見ればわかるように、今年になって最大の落ちこみで、これにオリンピックが重なった8月が控えているのだから、大幅なマイナスはさらに続…

古本夜話579 グラネ『支那人の宗教』と津田逸夫

前回「東亜研究叢書」について、その十三冊を挙げ、そのうちの既刊本は五冊だが、どれだけ刊行されたのかは不明だと既述しておいた。また「以下続刊」との記載があったものの、時代状況からすれば、それは困難だったのではないかと推測していたからだ。しか…

混住社会論150 三冊の日本住宅公団史

2009年に『週刊ダイヤモンド』(9/5号))が「ニッポンの団地」特集を組んでいた。これが現在まで続く団地をめぐる様々な特集や言説、出版などの先駈けになったように思われる。 1955年に日本住宅公団が設立され、翌年に大阪の金岡団地や千葉の稲毛団地の竣…

古本夜話578 生活社、『東亜問題』、「東亜研究叢書」

前回『概観回教圏』における竹内好の「日本」を紹介し、そこで学術研究を目的とするものに回教圏研究所、東亜経済調査局、東亜研究所があるとの指摘を記しておいた。 (『概観回教圏』)満鉄調査部の東亜経済調査局に関しては、本連載564の「大川周明、井筒…

古本夜話577 回教圏研究所編『概観回教圏』

イスラム問題をめぐる日本の状況は大東亜戦争の始まりとともに、さらに注視が高まり、研究も進められていったようで、昭和十七年には回教圏研究所編『概観回教圏』なる一冊が誠文堂新光社から刊行に至っている。 (『概観回教圏』)その口絵写真には東京モスク…

混住社会論149 カネコアツシ『SOIL[ソイル]』(エンターブレイン、二〇〇四年)

(第1巻) (第11巻) 消費社会の風景はまったく映し出されていないのだが、郊外のニュータウンそのものを舞台とする不気味な物語がずっと書き続けられてきた。それは小説でなく、コミックで、カネコアツシの『SOIL[ソイル]』 という大作である。エンターブレ…

古本夜話576 笠間杲雄『沙漠の国』

本連載573で、『メッカ巡礼記』の鈴木剛が連合国によって安全な航海を保障された安導券を有する輸送船の阿波丸に乗り、日本をめざしていたが、昭和二十年四月にアメリカの潜水艦に撃沈され、二千余名の乗船者たちとともに海の藻屑と化してしまったことを…

古本夜話575 レンギル『ダニューブ』、埴谷雄高、山本夏彦

前回、地平社の単行本をリストアップしたが、そこにエミール・レンギル著、伊藤敏夫訳『ダニューブ』という一冊が含まれていたことを覚えているだろうか。先にいってしまえば、訳者の伊藤敏夫は埴谷雄高のペンネームで、この名前は妻の結婚前の伊藤敏子から…

混住社会論148 奥田英朗『無理』(文藝春秋、二〇〇九年)

本連載で、郊外消費社会が全国的に出現し始めたのは一九八〇年代だったことを繰り返し書いてきた。だからその歴史はすでに四半世紀の年月を経てきたことになる。それ以前の六〇年代から七〇年代にかけての郊外はまだ開発途上にあり、新しい団地に象徴される…

古本夜話574 地平社、『民俗芸術』、早川孝太郎『花祭』

前回の鈴木剛『メッカ巡礼記』の版元である地平社についても、ふれておきたい。その奥付住所は東京市神田錦町、発行者は田中秀雄となっている。巻末広告の出版リストを示す。 * アラビアのロレンス著、柏倉俊三・小林元共訳『沙漠の叛乱』上下 * ハロルド…

古本夜話573 鈴木剛『メッカ巡礼記』と田澤拓也『ムスリム・ニッポン』

大東亜戦によって、吾が共栄圏内に多数の回教徒を包容せんとする今日に於て、回教研究は吾等に取りて必要欠き難き現実当面の問題となった。大川周明『回教概論』(ちくま学芸文庫) これも浜松の時代舎で見つけ、購入してきた一冊だが、本連載567の田中逸…

出版状況クロニクル99(2016年7月1日〜7月31日)

出版状況クロニクル99(2016年7月1日〜7月31日) 16年6月の書籍雑誌の推定販売金額は1147億円で、前年比3.4%減。 書籍は543億円で、同1.2%減、雑誌は604億円で、同5.4%減。 雑誌の内訳は月刊誌が490億円で、同4.3%減、週刊誌は113億円で、同9.8%減。 返…

古本夜話572 クリスティー『奉天三十年』と岩波新書

前回の衛藤利夫選集ともいうべき『韃靼』に収録されなかった一冊があって、それは昭和十年に大亜細亜建設社から刊行された『満洲生活三十年・奉天の聖者クリステイの思出』である。その理由はこれがクリスティー著、矢内原忠雄訳『奉天三十年』のタイトルで…

古本夜話571 衛藤利夫『韃靼』と翻訳書

これも三回続けてイブラヒムがタタール人=韃靼人であること、大日本文明協会のこと、嶋野三郎が満鉄の東亜経済調査局で『露和辞典』を編んだことを取り上げてきたが、これらに関連する人物と著書があるので、それにもふれておきたい。それは衛藤利夫の『韃…

混住社会論147 伊井直行『ポケットの中のレワニワ』(講談社、二〇〇九年)

本連載23から26 にかけて、一九八〇年代に日本へと漂着したベトナム難民やインドシナ半島のボートピープルをテーマとする小説を取り上げてきた。二〇〇九年に刊行された伊井直行の『ポケットの中のレワニワ』は、その難民たちの二一世紀に入ってからの行方を…

古本夜話570 嶋野三郎と『露和辞典』

本連載564「大川周明、井筒俊彦、東亜経済調査局」の最後のところで、やはり大川と同様に東亜経済調査局に在籍し、ロシア語辞典を編纂し、代々木上原に回教寺院を建立した嶋野三郎の名前を挙げておいた。 かつて竹林滋他編『世界の辞書』(研究社)を読ん…

古本夜話569 大日本文明協会叢書『土耳其帝国』

前回イブラヒムの『ジャポンヤ』において、繰り返し会談し、言及が多いのは大隈重信で、しかも早稲田大学も何度か訪れていたようだ。そのうちの一度は大隈講堂で、日暮里に住んでいたトルコ系エジプト人のアフマド・ファズリーの講演会が開かれた時だった。…

混住社会論146 吉田修一『悪人』(朝日新聞社、二〇〇七年)

吉田修一の『悪人』の冒頭には、まずその物語のトポロジーを提出するかのように、三瀬峠を跨いで福岡市と佐賀市を結ぶ全長48キロの国道263号線の現在の風景が描かれている。その起点は福岡市早良区荒江交差点で、一九六〇年代半ばから福岡市のベッドタウンと…