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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

古本夜話15 「変態十二史」と「変態文献叢書」

「世界奇書異聞類聚」と並んで、梅原北明たちが企画出版したシリーズとして、その広範な人脈を知らしめている「変態十二史」と「変態文献叢書」にも言及しておく必要がある。これは「変態」という言葉によって、エロ・グロ・ナンセンスの時代を象徴させ、後の新潮社のビジュアル変態版『現代猟奇尖端図鑑』などに先駆けた企画だったと思われるし、全冊ではないが、十冊ほど所持しているからだ。まずはそれらのラインナップを記し、梅原一派の広がりを示しておく。

●「変態十二史」
第一巻 武藤直治 『変態社会史』
第二巻 村山知義 『変態芸術史』
第三巻 藤沢衛彦 『変態見世物史』
第四巻 井東憲  『変態人情史』
第五巻 伊藤竹酔 『変態広告史』
第六巻 澤田撫松 『変態刑罰史』
第七巻 宮本良  『変態商売往来』
第八巻 梅原北明 『変態仇討史』
第九巻 斎藤昌三 『変態崇拝史』
第十巻 青山倭文一『変態遊里史』
第十一巻 藤沢衛彦 『変態交婚史』『変態浴場史』
(前者が印刷中に押収されたので、代わりに後者が同巻で刊行)
第十二巻 藤沢衛彦 『変態妙文集』
 付録 第一巻  内藤弘蔵 『変態妙文集』
      第二巻  井東憲  『変態作家史』
      第三巻  斎藤昌三 『変態蒐癖志』
●「変態文献叢書」
第一巻  佐々木指月 『変態魔街考』
第二巻  文芸資料研究会編 『変態風俗資料』
第三巻  中村古峡  『変態性格者雑考』
第四巻  刊行せず
第五巻  松岡貞治  『性的犯罪雑考』
第六巻  封酔小史  『会本雑考』
第七巻  刊行せず
第八巻  畑耕一   『変態演劇雑考』
追加第一巻  佐藤紅霞  『人類秘事考』
   第二巻 石川巌   『軟派珍書往来』
   第三巻 泉芳蓂   『印度愛経文献考』

この「変態十二史」と「変態文献叢書」はいずれも文芸資料研究会から刊行されているが、発行人の住所や名前から考えて、「変態十二史」は文芸市場社から、「変態文献叢書」は福山印刷所に移って刊行されたと見なせよう。

その事情について記せば、大正十四年十一月に梅原北明と伊藤竹酔が組んで創刊したプロレタリア文芸雑誌『文芸市場』は、昭和二年からエロ・グロ風俗誌へと変換したが、月々の赤字が重なり、多額の負債が生じてしまった。最大の債権者は福山印刷所で、北明、竹酔、福山福太郎が協議の結果、文芸資料研究会を創立し、その出版物で利益を上げ、負債を埋めることになった。そこで企画されたのが、「変態十二史」で、予約出版「世界奇書異聞類聚」の会員リストに加え、新聞広告も掲載したこともあり、申し込み会員四千人を突破したと伝えられ、限定千部どころか、三千部を頒布し、多大の利益を得たのである。

これをきっかけにして、梅原の出版人脈が様々な出版社を興し、昭和艶本時代を出現させることになる。その一人が福山印刷所の福山福太郎で、「変態十二史」の驚くべき成功と毎日届く郵便振替の購読予約による日銭の味が忘れられず、その続編として「変態文献叢書」の刊行を決意する。

この編集に参画したのは、後に三笠書房を興すことになる若き日の竹内道之助であり、彼はその経験をモデルに小説「薊(あざみ)」(『地獄の季節』所収、三笠書房)で書いている。この短編については以前にも言及したことがあるが、福山印刷所と「変態文献叢書」、及び梅原の艶本出版の内幕、読者への予約直接販売、警察による押収と検挙などをリアルに描き、艶本時代の実話小説として読むことができる。その意味で、この「薊(あざみ)」は出版史における貴重なドキュメントとなっていて、いずれ近代出版史に関連する小説集を編みたいと思っているが、その際には外すことのできない一編であろう。

しかし内容の問題はともかく、「変態十二史」と「変態文献叢書」の執筆メンバーを見て、よくこれだけの人々が集結し、短期間でこれだけのシリーズを仕上げたことにあらためて驚く。おそらく推測するに、昭和円本時代は多くの著者や訳者が総動員され、ありとあらゆる分野の書物が円本化された。そのことによって、出版業界はバブル的に沸騰し、魑魅魍魎と化していた。そこに梅原北明を始めとする「艶本紳士」たちが登場し、裏通りの円本時代とも称すべき艶本時代を現出させた。そしてそのアンダーグラウンド的な出版人脈は確固として成立し、戦後まで継続されていったと見なすべきだろう。

だがここで挙げた「変態十二史」と「変態文献叢書」は古本屋や古書目録でまだよく見かけるが、印刷中や校正中に押収され、刊行頒布できなかったものも含まれ、いずれも全巻を揃えることは難しいと思われる。それでも単品の場合は簡単に見つかるだろうし、これらの和本仕立ての本は和綴で背表紙もなく、円本時代でも特殊な造本なので、古本屋で見かけたら、ぜひ一度手にとってほしい。