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古本夜話41『岩つつじ』と「未刊珍本集成」

南方熊楠横山重から「稚児物語草子類」の出版リストを送られ、これに『岩つつじ』と『藻屑物語』を加えてはどうかと岩田準一に手紙を出したことを記したが、『岩つつじ』に関しては岩田が『男色文献書志』に取り上げ、解題を付している。著者の北村季吟江戸前期の歌人俳人、古典学者で、岩田の解題によれば、『岩つつじ』は延宝四年に刊行の「もっぱら歌集物語等より衆道に関する文献を摘録して編纂注記せるもの」であり、「本朝における古典の衆道文献集としてその量は問わず、実は最初にして唯一のものなり」とされている。

『岩つつじ』の書誌として[三十幅。軟派珍書往来。花街叢書]が挙がっている。これらの三種はいずれも未見だが、「三十幅(みそのや)」は大田南畝の蔵書印のひとつで、『大田南畝全集』 岩波書店)の第十九巻所収の「叢書細目」を見ると、巻十二が『岩つつじ』とある。大正十一年に『三十幅』は国書刊行会から四冊の活字本で出版されている。『軟派珍書往来』は西鶴の研究者にして出版者の石川巌の著書で、「変態文献叢書」の一冊として、昭和三年に文芸資料研究会から出され、「花街叢書」も大正時代に石川が編集刊行したもので、どちらもその中に『岩つつじ』の収録があると思われる。

さらに石川について付け加えれば、彼は吉野作造たちの『明治文化全集』 日本評論社)の編纂メンバーであり、澁澤敬三のアチック・ミューゼアムの客員のような立場にあった。伊藤竹酔のところで、伊藤が澁澤に頼まれ、民俗資料の買い入れをしたことを記しておいたが、岩田もまたアチック・ミューゼアムの客員と考えてよく、男色文献人脈は民俗学明治文化研究会の人々とも交差していたことになる。

さてこの『岩つつじ』であるが、岩田が挙げた他に、昭和八年に出された「未刊珍本集成」の第一輯に収録されている。奥付を見ると、発売所は神田区表神保町の文新社、発行所は文新社内古典保存研究会、発行者は北村字之松、編集者は蘇武録郎と今関良雄の連名である。

「未刊珍本集成」は「非売品」扱い、全十二巻の予定で刊行されたが、発禁処分を受け、第四輯で中絶したようだ。蘇武録郎は大正時代に向陵社という出版社から、禁止物刊行会や江戸文学研究会を名乗り、『梅暦』や『浮世草紙』を刊行している。だがどのような人物なのか、詳細はわからない。斎藤昌三『三十六人の好色家』 創芸社)で、言及にもれた人物として名前を挙げているのを知っているだけで、文新社や今関良雄についても同様である。
三十六人の好色家

「未刊珍本集成」のこともずっと忘れていたのだが、〇八年一月号から六月号にかけて『新潮』に連載された丹尾安典の男色イコノロジー研究「いはねばこそあれ―男色の景色」(〇九年『男色の景色』 として出版)を読み、そこに「未刊珍本集成」所収の『岩つつじ』への言及を目にし、この巻だけを所持していたことを思い出したのだ。
男色の景色

探してみると、裸本で疲れが目立つ本が出てきた。確かに『岩つつじ』が収録され、解説によれば、「恐らく男色に関する文献中最古のもの」で、国書刊行会本は原本と相異する点があるので、厳密に原本と照合したとされている。丹尾の言及があるにしても、『岩つつじ』はほとんど読まれることもないだろうから、ここでその内容を少しばかりたどってみる。「未刊珍本集成」版の『岩つつじ』は四十ページほどだが、「全」とある。

北村季吟は「岩つつじ叙」で、男色を詠んだ歌は多くはないが、「古今集よりはじめ敷島の道の草双紙また歌ならぬ絵物かたりの中などにてもやさしく捨てがたきことあれば見るにしたがひて書をあつめつつ岩つつじとなん名づくめる」と述べ、まず最初に『古今和歌集』の次の一首を引いている。

思ひ出づる ときはの山の岩つつじ
    いはねばこそあれ恋しき物を

この歌の現代語訳を示す。『古今和歌集』 (「新潮日本古典集成」)の奥村恆哉校注による。

 あなたのことを思い出す時は、常磐の山の岩つつじではないが、口に出して言わないだけで、本当は恋しくてたまらない。

古今和歌集

これは「読人不知」となっているが、北村は北畠親房の『古今抄』を引き、弘法大師の御弟子真雅僧都に向けられた貞観寺僧正の作だと注釈を加えている。またここから「いはねばこそあれ」のタイトルを引いた丹尾は、男色の祖である空海実弟、もしくは弟子の真雅がまだ少年だった在原業平を詠んだ歌という説を紹介している。それだけでなく、この『岩つつじ』は男色という解読格子を用い、様々な和歌集や物語などに秘められた景色を浮かび上がらせていて、それは『徒然草』にまで及んでいるのである。

さてこの『岩つつじ』を収録した「未刊珍本集成」第一輯にはその他に四編が含まれ、その中に『東京妓情』も入っている。実は山崎俊夫のことを調べるために、編著である生田耕作のエッセイ集を何冊か読んだ。すると『紙魚巷談』(倒語社)の一節が『東京妓情』にあてられていたのだった。その書影も掲載され、明治十六年刊行の上中下の三巻本で、明治初期の欧化時代における東京の二十数ヵ所の花街誌である。著者の酔多道士は戯文で鳴らした田島象三の号とされ、彼は確か『本道楽』の寄稿者だったはずだ。『本道楽』のことは拙稿「『本道楽』について」(『古雑誌探究』 所収)を参照されたい。
古雑誌探究

私は『岩つつじ』のみならず、『東京妓情』のような本についても語る素養にかけているが、『岩つつじ』と同じ巻に入っていることに興味をそそられる。その他の三編も挙げておくべきだろう。それらは『桃源集』『西鶴栄花咄』『一角仙人四季桜』である。この五編は「未刊珍本集成」に埋もれたままになっているのかもしれない。これには内容見本があるようなので、いずれ入手してその全巻の内容を確かめてみたい。

この一文を書いてから、『岩つつじ』が須永朝彦訳『岩津々志』として、1999年に刊行された『同性愛』 (『書物の王国』10、国書刊行会)にも収録されていることを知った。
同性愛

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