出版状況クロニクル34 (2011年2月1日〜2月28日)
年末に忘年会を兼ねて、知多半島の先にある島に出かけた。その島の周囲は6キロ、人口は2000人余、沿岸漁業が中心で、新鮮な魚介料理を味わうことができる。私はこの島を好み、四度目の訪れになる。夕食後に同行の友人がマッサージを頼んだので、8時すぎに60代半ばであろう女性が部屋にやってきた。たまたま私が本を読んでいるのを見て、彼女はマッサージをしながら、私に話しかけてきた。
わたしは西村京太郎のファンで、十津川警部シリーズはみんな読んでるわ。それ以外に赤川次郎の警察物も読んでいるけど、他のものはおもしろくないね。でも今まで読んだなかで一番おもしろかったのは、若い頃出会った城戸禮という作家の小説なのよ。名古屋に出かける人がいるたびに、探してきてくれと頼むのに、いつも見つからないという返事で、もう一度読むことができなくて、本当に残念なの。
城戸禮について記す余白はないので、彼のことは『日本ミステリー事典』(新潮社)でも参照してほしいが、昭和30年代において、彼は貸本屋のベストセラー作家であった。城戸ばかりでなく、戦後の時代の終わりとともに、多くの作家たちが忘れ去られていった。
その島には当然のことながら書店も古本屋もない。今度この島を訪れる時には春陽文庫の城戸禮を何冊か携え、彼女へのおみやげにしようと思う。
1.アルメディアによる2010年の書店の出店、閉店数が発表された。それを示す。
月 | 新規店 | 総面積 | 平均面積 | 閉店 | 総面積 | 平均面積 |
1 | 3 | 510 | 170 | 60 | 3,480 | 63 |
2 | 9 | 915 | 102 | 74 | 6,204 | 103 |
3 | 36 | 5,711 | 159 | 111 | 9,199 | 102 |
4 | 35 | 6,126 | 175 | 75 | 4,932 | 71 |
5 | 8 | 2,350 | 294 | 35 | 3,232 | 95 |
6 | 10 | 1,363 | 136 | 60 | 4,769 | 87 |
7 | 14 | 3,034 | 217 | 50 | 4,589 | 98 |
8 | 8 | 585 | 73 | 32 | 2,572 | 86 |
9 | 25 | 6,182 | 247 | 61 | 4,607 | 81 |
10 | 36 | 6,603 | 183 | 57 | 3,310 | 68 |
11 | 26 | 3,667 | 141 | 68 | 3,103 | 54 |
12 | 20 | 4,459 | 223 | 66 | 2,680 | 49 |
合計 | 230 | 41,505 | 180 | 749 | 52,677 | 80 |
前年実績 | 286 | 56,891 | 199 | 951 | 69,891 | 73 |
増減 | ▲56 | ▲15,386 | ▲18 | ▲202 | ▲180 | 7 |
[出店は230店、閉店は749店で、いずれも09年よりもマイナスになった。
新規出店における09年状況の中で特筆すべきは、売場面積上位10店のうちで、MARUZEN&ジュンク堂とジュンク堂が6店を占めていることだろう。大阪梅田、鹿児島、広島、渋谷、吉祥寺、岡山と750坪から2000坪を超える大型店で、出店の影響が本格的になるのはこれからだ。
またこれらのCHIグループの連続的出店が全国各都市で今年もささやかれていて、日書連加盟の地場書店を苦境に追いやることは必至だ。かくしてDNP資本を背景とする大型店出店というハード戦略による書店再編が加速して進められていく。
その行方に待ち受けているものは何なのだろうか]
2.本クロニクルでもずっとその危機を言及してきたアメリカの書店チェーン第2位のボーダーズが倒産。1971年創業で、都市部を中心にして大型店を展開し、05年には1200店を超えた。現在でも670店余を抱えているが、その3割を閉め、金融会社からも融資を受け、再生を図るとしている。
720店を展開する第1位のバーンズ・アンド・ノーブルも赤字が続き、業績は低迷し、こちらも予断を許さない状況にある。
[電子書籍の影響が強調されているが、アメリカの10年の電子書籍市場は急成長したといっても、430億円ほどで、09年の日本の電子書籍市場規模の574億円を下回っている。これがアメリカの現実の数字であり、電子書籍狂騒曲の実態なのだ。
だからボーダーズの倒産は、大型リアル書店とアマゾンなどのネット書店との競合の帰結と見るべきだろう。それと考えられるのは、マスマーケット戦略とチェーンストア理論に基づいた書店の大型店展開が限界に至ったことではないだろうか。
出版物は個人が同じ商品を反復して買うことはないし、本も書店もあくまでミニマーケットで、そこに本質的な存在理由と意味があった。しかしそこに他産業と同様のマスマーケット戦略とチェーンストア理論が導入され、大型のリアル書店の一時的な隆盛がもたらされた。だが大型リアル書店よりもはるかに利益率の高いネット書店が生まれたことで、たちまちのうちに崩壊してしまったと見なすこともできる。
そのような大型リアル書店とネット書店の競合のあおりを受け、日書連加盟店にあたるアメリカの独立系書店も次々と閉店に追いこまれ、93年の4300店に対して、10年には1400店と減少の一途をたどっていて、それは日本と同様の現象を生じさせている。日本と異なり、救いなのは、アメリカの書籍販売金額はこの6年間は250億ドル前後で推移し、日本のようなドラスチックな凋落は示されていない。もっとも日本の場合、書籍と雑誌をトータルした出版物販売金額であるにしても。
これからアメリカの書店はどのような方向に進んでいくのだろうか。それは日本の出版業界の行方を必然的に示唆することになる]
3.CCCの創業者である増田宗昭社長がMBO(経営陣が参加する企業買収)の実施を発表。700億円で全株式を取得し、東証1部上場廃止をめざす。
[本クロニクルでも既述してきたように、CCCの売上高の82%を占めるTSUTAYA事業はDVDレンタルの価格競争が激化し、既存店売上高は13ヵ月連続前年割れし、直営店も営業赤字が続き、DVD・CDレンタルと雑誌書籍販売の複合店モデルは成長の限界に達し、株価も低迷し続けている。
さらにこれも本クロニクルで追跡してきたように、アメリカのDVDレンタル大手の2社の破綻とネット配信の台頭もあり、日本のレンタル市場の行方も問われる段階に入っていることは明らかだ。
そのような時期におけるMBOであるから、パートナーに他ならない日販やMPD、及びフランチャイズ店に対する影響は甚大だと思われる。
幻冬舎のような出版社と異なり、CCCはフランチャイズ展開と株式上場をセットにして企業成長を図ってきたわけだから、上場廃止はフランチャイズ展開の限界をも告げているのかもしれない。
『日経MJ』(2/7)が「CCC、屋台骨組み直し」と題し、次世代TSUTAYA構想、3年以内の中国でのFC展開などに言及しているが、Tポイント事業はともかく、具体的なイメージが伝わってこない。
CCCのFCを主体とする成長は、日販にその金融と物流を担わせたゆえに成立したのであり、次世代TSUTAYA構想も中国FC展開も、パートナーとしての日販の協力を抜きにして語れないだろう。日販の対応とMBOが成立するのか見守りたい]
4.CCCが1986年に日販と提携して以来、本格的にレンタルを兼ねた複合店モデルが書店に導入され、90年代からゼロ年代にかけてはビデオ、CD、DVDといった雑誌や書籍以外の第3商品の時代もあった。
『キネマ旬報』(2/下旬号)に2010年の「レンタル市場概況」がレポートされている。その中に「ビデオレンタル店数推移」の掲載もあるのでそれを抽出し、表化してみる。
年 | 店数 |
1996 | 9,803 |
1997 | 8,626 |
1998 | 8,264 |
1999 | 7,610 |
2000 | 6,257 |
2001 | 6,544 |
2002 | 6,915 |
2003 | 6,300 |
2004 | 6,094 |
2005 | 5,709 |
2006 | 5,360 |
2007 | 5,006 |
2008 | 4,463 |
2009 | 3,860 |
2010 | 4,076 |
[売場面積の大型化はあるにしても、店舗数は15年間で4割に減少し、しかもナショナルチェーンの占有率が高くなっていったことを示している。10年末段階で、TSUTAYAが1398店、ゲオが1061店であるから、両社で6割のシェアを占めていることなる。
そのような状況において、09年からゲオが仕掛けた100円レンタル戦略は今年になっても続いているわけだから、TSUTAYAのFC店を直撃したことは想像に難くない。
ゲオの創業者はレンタル低料金泥仕合をやったら、直営店システムのゲオが勝つと断言していたが、それが現実化し、とりあえずはゲオが勝利を収めたということなのだろうか。ゲオと組んでいるのはトーハンであるから、その結果はトーハンと日販に対して、どのような影響を及ぼしていくのだろうか]
5.1でふれたようなMARUZEN&ジュンク堂やジュンク堂の大型店の全国展開、4にあるようなTSUTAYAの大型複合店のナショナルチェーンとその成長の限界のかたわらで、アメリカのリアル大型書店を苦境に追いやったアマゾンなどの日本におけるネット書店はどのような状況にあるのか。
『日経ビジネス』(2/14)の特集「通販に学ぶスゴ技誘客術」に10年の通販企業売上高ランキングが掲載されているので、それを示す。
社名 | 売上高(億円) | |
1 | アマゾン | 4,000 |
2 | ジャパネットたかた | 1,492 |
3 | 千趣会 | 1,473 |
4 | ニッセンホールディングス | 1,415 |
5 | ベネッセコーポレーション | 1,291 |
6 | ティーエイチシー | 1,103 |
7 | ジュピターショップチャンネル | 1,090 |
8 | ベルーナ | 822 |
9 | QVCジャパン | 811 |
10 | ファンケル | 737 |
11 | セシール | 704 |
12 | デル | 600 |
13 | ディノス | 580 |
14 | スクロール | 557 |
15 | フェリシモ | 490 |
16 | ユーキャン | 471 |
17 | サントリーウエルネス | 470 |
18 | オルビス | 465 |
19 | オークローンマーケティング | 459 |
20 | 日本生活協同組合連合会 | 370 |
[アマゾンの突出した売上高が歴然である。出版物売上のシェアは判明していないが、09年の書店首位の紀伊國屋の売上高が1145億円だから、それを上回っていることは確実で、売上高、利益率から考えても、日本の出版物売上のトップに位置することになろう。しかもそれはわずか10年で達成されているのだ。
ネット通販は成長を重ね、05年には3.5兆円、09年は6.7兆円まで急増し、百貨店売上高を抜き、15年には11兆円を超えると予測されている。ランキング表にはネットショッピングモールゆえに掲載されていないけれども、アマゾンに対抗する楽天市場の販売額合計は8000億円に及んでいる。
ネット通販における物流センターとロジステックスの固有の特質、当日も可能な配送、送料無料、カード決済などの顧客に対するスピード、コスト、サービスを備えた機能はさらに進化し、いずれはコンビニやスーパーの売上高に迫ることになろう。
このような状況の中にあって、出版社はネット通販と共存しつつ、しかも取次や書店とともにサバイバルして行く方向を模索しなければならないとすれば、どのような道が残されているのか、それが真剣に問われなければならないのだ]
6.朝日新聞の「GLOBE」(2/7)が「MANGA、宴のあとで」と題して、日本のポップカルチャーと「クール・ジャパン」を象徴する海外でのコミック売上の減少をレポートしている。
フランスにおける「バブルがはじけた?」ゆえなのか、「もう売れるタマがない」状況、アメリカでの「過ぎ去ったマンガブーム」などが報告され、両国でのそれぞれ100億円市場規模からのマイナス現象を伝えている。
[このレポートはこれまでに前例がないと思われるので、ぜひ読んでほしい。
実は海外のこのような状況は日本のコミックの現在を映し出しているからだ。70年代から90年代にかけて、コミックにめざましい勢いのあった時代には、すべての分野のコミックが活性化し、トータルで売れていた印象がある。またそのようにしてコミックは売上を伸ばしてきた。
しかし書籍と同様にコミックも一極に集中し、売れるものと売れないものが極端な乖離を起こしつつある。例えば尾田栄一郎の『ワンピース』だが、今月発売の第61巻は初版380万部で、累計売上冊数は2億冊に及び、『ワンピース』だけで10年は130億円を売ったという。集英社の売上高は1304億円だから、『ワンピース』だけでその1割を稼いだことになる。それこそフランスの状況ではないが、「バブルがはじけ」、「売れるタマがない」事態を迎えれば、どうなるのか、それはいうまでもあるまい。
コミックが「クール・ジャパン」を象徴し、海外でもゆるぎなき地位を獲得するにはまだ時間が必要なのだろう]
7.6で言及した『ワンピース』だが、ブックオフは高価買取コミック銘柄として、250円での買取を店頭で表示している。これもまた一極集中化現象がブックオフでも同様であることを意味していよう。またそれは人気商品をめぐる買取競争が激化していることの表われでもある。
『日経ビジネス』(2/21)が「仁義なき古書買い取り合戦」を掲載し、文教堂における『KAGEROU』の定価30%の買取、30%引きの販売例を報告している。
[文教堂のケースの場合、『KAGEROU』は税込み定価1470円だが、本体価格の30%の420円で買われ、バーコードシールが貼られ、ビニール包装され、30%引きの980円で売られることになる。そして同じ店頭には新刊の『KAGEROU』が定価で並べられ、古本と新刊の並列販売が現実に行なわれている。いうまでもなく古本のほうが粗利は4割強で、新刊より利益率が高いし、文教堂ではすでに新刊本の一部に「eco-bookプロジェクト」と銘打った30%買取サービス表示のタグをつけているようだ。
このような販売手法は速やかに書店に導入されていくだろうし、広範に普及した場合、ブックオフだけでなく、ベストセラー商品の循環市場を新刊書店も形成することになる。その市場の成長は出版社と取次へとはね返っていくのは自明であろう]
8.岩田書院の「新刊ニュースの裏だより」(No.673)が『浅井了意全集』の出版部数について書いている。それによれば、初回から3回が500部、4回が400部、5回が350部、定価は初回が15000円、3回から18800円であるが、各巻実売は初回配本から3年以上経って、140〜210部だという。
[浅井了意については名前を知っているだけだったので、文学辞典を引いてみると、江戸時代の仮名草子作者で、質量ともに優れた作品を著した第一人者、全国に名を知られた最も早い職業作家、近世文学の前期の一巨人とあった。
とすれば、大学の国文学科のある図書館は必備と思えるが、実売部数からいって、ほとんど入っていないのだろう。考えさせられるのは、これは浅井了意全集刊行会編となっていて、責任編集者として8人、編集委員として10人の名前が挙がっている。彼らはしかるべき近世文学の研究者であろうから、一人ずつせめて10冊を大学図書館のみならず、公共図書館、関係先、弟子筋に販売促進活動をすれば、200部くらいは売れると思われる。しかしそのような努力もなされていないのだろうし、研究者が本を買わない現実をあからさまに告げている。岩田の「買い支えてくれないと、出版事業が成り立たなくなってきている」との言は、読者のみならず、研究者にも向けられているのであろう]
9.神戸のロードス書房の古書目録『ロードス通信』(第28号)は地方史を厚く取り扱うことを特色としているが、次のような店主の「ご挨拶」が冒頭に述べられていた。
前半の兵庫県地方書に関心の有るお客様には、すぐに御理解されると存じますが、当店も遂に、根本的な値段体系の変更を致しました。西宮市史、神戸市史、伊丹市史他、内容から判断すると情け無いような値段に変わり果ててしまいました。数年前から変更を迫られていたのですが、対応が遅くなったのは、一瞬時の嵐のようなもので、身を伏せていれば通り過ぎてしまうものでは、と淡い夢を見ていたからです。在庫は捌けない、それであるから業者市やお客様から買えない、が続き、遂にいかに値段体系等について不満があろうとも、現実の相場に追随しなければならないものと観念致しました。ネットの値段も参照され、御懇意の書店の値段とも見比べられ、どの時点が底値なのか一時的なバカ安なのかは予測不能でありますが、ご購入の検討をして下さいますようお願い申し上げます。 |
[ちなみにそれらの市史の「現実の相場」に見合った「バカ安」の値段を列挙しておく。
『神戸市史』全9巻 31500円 『宝塚市史』全8巻 4200円 『伊丹市史』全7巻 11025円 『川西市史』全8巻 4200円 『尼崎市史』全14巻 14700円 『西宮市史』全8巻 31500円 これらの市史の従来の古書価には通じていないが、この安さはただ事ではないように思われる。地方史の基本文献すらも、もはや誰も買わない時代になってしまった現実を語ってあまりある。かくして郊外ショッピングセンターに象徴される過剰消費社会の前史も出自も見えなくなり、そこを彷徨う群衆的消費者のイメージだけが浮上してくる。わずかでも売上に協力しなければと思い、『宝塚市史』を注文した。当たるであろうか]
〈付記〉
『宝塚市史』全8巻 4200円が当たり、送られてきた。菊判箱入り、5千ページ余に及ぶ市史は、古代から現代を用意周到に俯瞰した労作である。その内容に比して、あまりの安さゆえに多くの申しこみがあり、外れると思っていたが、送られてきたことからすると、私以外にオファーがなかったのであろうか。
10.東アジア出版人会議編『東アジア人文書100』(みすず書房)が出された。
[東アジア出版人会議は中国、香港、台湾、韓国、日本の3国5地域の出版人有志が東アジアにおける書物興隆、及びかつて存在した書物の共有と交流の関係である「東アジア読書共同体」の再生をめざすもので、過去50年間をコアとする100冊を選んでいる。
日本の26冊を除くと、中国と韓国が26冊ずつ、台湾と香港がそれぞれ22冊選書されている。それらの74冊を見てみると、恥ずかしながら1冊も読んでいないし、著者も書名も未知だった。
日本語に翻訳されているのは11冊しかなく、欧米の文献に比べ、これらの翻訳が少ない出版状況があらためて浮かび上がる。
アジアの小説は井村文化事業社、めこん、企業のメセナ出版などによってかなり刊行され、近年は中国の小説も多く出版されるようになってきているが、人文書に関しては立ち遅れているといわざるをえない。
この一冊は中国語版、韓国語版もほぼ同時期に刊行されるようだから、これを機にして相互翻訳出版の活性化を望んで止まない。
近いうちに私も李沢厚の『中国の伝統美学』(平凡社)を読んでみるつもりだ]
![]() |
![]() |
11.『中央公論』(3月号)が4年目になる「新書大賞2011」特集を組んでいる。
[恒例の宮崎哲弥と永江朗による「新書『冬の時代』」をめぐる対談が掲載されているが、彼らはこの13ページにわたる対談を次のような言葉で閉めている。その二人のセリフを引いてみる。
「そもそも、私自身が書店の新書の棚を見て注意を喚起された経験が一度もなかった。こうしてあらためて全ラインナップを総覧しても、これはマストで読まなきゃと思える本はほとんど見当たりません」(宮崎)
「正直な話、九割はわざわざ紙に印刷しなくてもいい本だったというのが、私の感想です」(永江)
本クロニクルでも出版物の劣化が出版売上高の凋落とパラレルではないかと述べてきたが、この二人の言によって、新書の劣化もピークに達していることがわかる。
それでも「新書大賞」を始めとする多数の賞は続けられていくのである]
12.江戸の出版事情を絵草紙屋や黄表紙に焦点を当てて論じた、鈴木俊幸の『絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ』と『江戸の本づくし』(いずれも平凡社)が続けて刊行された。
[江戸時代の出版について詳しいわけではないけれど、両書とも多くの挿絵や図版を配置し、とても楽しく読むことができる。しかもテーマは謹厳な「書物」ではなく、江戸を象徴する「草紙」の世界であるから、この二冊を読むと、江戸期の絵草紙屋に入り、立ち読みをした気分になる。
『絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ』には大きくて鮮明な明治二十年代初めの絵草紙屋の写真が収録され、これは他にない貴重な資料のようだ。この写真からいくつもの証言が残されている絵草紙屋の実像が伝わってくる。
しかしこの時期を境として、出版社・取次・書店という近代出版流通システムがスタートし、絵草紙屋は次第に姿を消していったのである]
![]() |
![]() |
13.論創社の「出版人に聞く」シリーズ3として、流対協会長で、緑風出版の高須次郎の『再販/グーグル問題と流対協』が3月上旬に刊行される。
これまでほとんど知られていなかった消費税をめぐる公取委の問題と書協の対応などが初めて公開される。そして失われた十数年の出版業界の根底に横たわっている責任者不在のシステムと構造が浮かび上がってくる。
出版社、取次、書店を問わず、必読の一冊である。
《「出版人に聞く」シリーズ》
![]() |
![]() |
![]() |
〈追記〉
[古本夜話]はタイトル通り古本に関する連載だが、これまでの70余編がそれぞれ点ではなく、線としてつながり、面として広がっていくことに、具眼の読者はすでにお気づきであろう。本連載はささやかであるにしても、新たな近代出版史、文学史、文化史を浮かび上がらせる意図のもとに、書かれている。それゆえに先は長く、また先を急いでもいるので、3月から木、土曜日の2回更新とする。月曜日の[古本メモ]と合わせ、続けてのご愛読を乞う。