出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

29 聖隷福祉事業団と日本力行会

◆過去の「謎の作者佐藤吉郎と『黒流』」の記事
1 東北書房と『黒流』
2 アメリカ密入国と雄飛会
3 メキシコ上陸とローザとの出会い
4 先行する物語としての『黒流』
5 支那人と吸血鬼団
6 白人種の女の典型ロツドマン未亡人
7 カリフォルニアにおける日本人の女
8 阿片中毒となるアメリカ人女性たち
9 黒人との合流
10 ローザとハリウッド
11 メイランの出現
12『黒流』という物語の終わり
13 同時代の文学史
14 新しい大正文学の潮流
15 『黒流』の印刷問題
16 伏字の復元 1
17 伏字の復元 2
18 ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』
19 モーパッサン『ベラミ』
20 ゾラ『ナナ』
21 人種戦としての大衆小説
22 東北学院と島貫兵太夫
23 日本力行会とは何か
24 日本力行会員の渡米
25 アメリカと佐藤吉郎
26 ナショナリズム、及び売捌としての日本力行会
27 『黒流』のアメリカ流通
28 浜松の印刷所と長谷川保


 

29 聖隷福祉事業団と日本力行会

少しばかり脇道にそれてしまったが、この長谷川の『夜もひるのように輝く』の中に、妻となる安川八重子の若き日の姿も描かれている。それは『聖隷福祉事業団の源流―浜松バンドの人々』には記されていないものだ。彼女は浜松市立高女を卒業し、成績のよい者しか採用されない国鉄に勤め、浜松駅の出札掛りになるが、同僚による切符の横領があり、同僚を疑いの目で見る自分がいやになり、国鉄を辞めてしまう。
夜もひるのように輝く

 こうして彼女は辞職して、月給はずっと安かったが、開明堂印刷工場の校正係女工となった。もともと市立高等女学校時代からすでに西田幾多郎の『善の研究』や倉田百三の『愛の認識の出発』や有島武郎の小説などを熟読していた八重子にとって、この職場は楽しかった。
 『二宮尊徳全集』の校正をしながら、報徳の司法のきびしさ精密さに感激し、それはそのまま心の糧となるのだった。彼女は近ごろ、武者小路実篤の新しき村の機関誌「生活者」に載せられていた倉田百三の「ギリシャ主義とキリスト教主義」の記事を読んでキリスト教に興味をもち、日本キリスト浜松教会の集会にも出席している。そこには俊介も出席していた。

ここに大正時代における、ひとりの高等女学校を卒業した知的環境が物語られている。そして何よりも彼女が勤めた「開明堂印刷工場」とは紛れもなく『黒流』を印刷したところであろう。『二宮尊徳全集』は昭和二年に完結している二宮尊徳偉業宣揚会刊行の全三十六巻だと思われる。『聖隷福祉事業団の源流―浜松バンドの人々』収録の「年表」に含まれている「“聖隷社”の動きと人々」によって、長谷川保と安川八重子の動きを追ってみると、大正十年に長谷川は日本力行会海外学校に入学し、十二年に卒業し、クリーニング店で修行し、関東大震災後に浜松に戻り、浜松伝道所にて受洗する。十三年に安川八重子が同伝道所の礼拝に出席し、聖隷社クリーニング店創業の十五年に彼女も受洗している。二人の結婚はかなり後で昭和五年である。

ここからはまたしても推測でしかないのだが、おそらく安川八重子は『黒流』の刊行された大正十四年に開明堂に勤めていた。長谷川保と佐藤吉郎は日本力行会で知り合い、東京の印刷所では差し障りのある『黒流』の印刷を、安川八重子が勤めている開明堂に紹介したのではないだろうか。もちろん校正などは彼女が担当したと考えられる。それに開明堂は当時の地図を参照すると、浜松伝道所の近傍に位置していたと思われる。ただ残念なことに、『聖隷福祉事業団の源流―浜松バンドの人々』の中に開明堂は登場しておらず、『黒流』の奥付にある印刷者の尾藤光之介の名前も「人名索引」に見当たらない。『黒流』の奥付に記された「大売捌所」の日本力行会と印刷所の開明堂について、ここまで追跡してきたが、これ以上の手がかりはつかめない。

そしてまた日本力行会から会史の借用を受けたのだが、その際にこれは在庫があるということで、『力行会海外移住史料室蔵書・目録集』を恵贈された。開いてみて驚いたことに、蔵書目録の作成は旧知の近代文学研究者の和田敦彦によるもので、まさに海外移住史料を中心とする二千二百冊、三千タイトルを収録している。力行会は早い時期から図書室も備え、出版社や取次や印刷所も兼ねていたので、収集された文献はこの分野における最大の分量だと思われるが、これもまた残念なことに、佐藤吉郎の『黒流』は含まれていないのだ。日本力行会の流通取次ルートで海外各地の力行会員たちに配本されたと考えられるのだが、その内容ゆえにある時期から禁書扱いを受け、処分されてしまったのだろうか。和田の言によれば、日本力行会図書にはまだ多くの蔵書が所蔵され、目録作成は継続しているという。しかしこの図書室の蔵書の傾向から考えると、『黒流』のような小説が所蔵されている可能性は低い。やはりある時期に日本力行会の記憶から佐藤吉郎の『黒流』は忘却、もしくは抹殺されてしまったように思えてならない。それは作者が文壇の周辺におらず、また文芸出版社から刊行されなかったことも含めて、近代文学史や出版史においても同様だったのではないだろうか。

次回へ続く。