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ブルーコミックス論6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)

青の戦士


ミステリアスなボクサーがいる。その名を礼桂(レゲ)という。年齢とプライバシーは定かならず。デビューは昭和50年4月、戦績は32戦12勝20敗、12勝はすべてKO勝ち、20敗もすべてKO負け。全日本ライト級の三位から十位を上下。だが彼のパンチ力のある試合は熱狂的人気に包まれ、ボクシングフリークたちは彼を「負け星のメイン・イベンター」と呼んだ。

『青の戦士』の第一ページは駐められるオートバイの車輪、降り立った男の足とヘルメット姿、そしてトリスの小瓶を飲み干し、ゴミ箱に投げ捨て、ヘルメットを手にして歩いていく場面から始まっている。この谷口ジローの描くイントロダクションを目にしただけで『青の戦士』の物語に対する期待が高まったことを覚えている。あらためて考えてみれば、あれからもはや三十年が過ぎてしまったのだ。

熱気あふれる後楽園ホールの試合は礼桂のKO負けで終わるが、対戦相手も致命的ダメージを食らうものだった。たまたまその試合を見ていたのは元ライトヘビー級世界チャンピオンで、凄腕のトレーナー兼プロモーターのダンジェロだった。彼は「三流ボクサー」と目されていた礼桂の破壊力を秘めたパンチを見て、「神秘的な(ミステリアス)……戦士(ボクサー)よ……」と確信する。そして礼桂の所属ジムにトレードを申しこむ。それは「時代錯誤(アナクロ)か?……あるいは激動の時代の前兆(まえぶれ)か !? 」との言葉がリングの情景のかたわらに添えられ、『青の戦士』の物語の導火線に火がつけられたことを示している。

ダンジェロの目的は礼桂をラスベガスでの巨額の金を賭けたデス・マッチでデビューさせ、メキシコの闘牛場でのセミファイナル戦に出場させ、そこで勝利を得て、さらにパナマの国立サッカー場での世界チャンピオン戦へ持ちこむことにある。

どうしてダンジェロは礼桂に執着するのだろうか。それは礼桂がアルコールでハンディをつけ、力をセーブしている謎めいた「青い戦士(ブルー・フアィター)」で、「“青” ……ブルー……そうさ、海のようにミステリアスな」存在に他ならないからだ。ダンジェロは自らを画商にたとえ、礼桂にいう。「無名の天才画家を、彼に相応しいソフィスティケイトされた観賞者に引き会わすのが画商の役割というもの」で、その「ふさわしい相手と場所を私が選ぶ」と。そしてダンジェロに誘われ、礼桂はアメリカへと旅立った。

その一方で、ダンジェロの関係者によって礼桂の周辺と過去が探られていく。仕切場で電動起重機(リフト)も使わず、肉体労働にいそしむ姿、それはパンチ力の源泉のように映った。ヘルスエンジェルのメンバーからのラブコールを受けている礼桂に、白人の青年が近づき、「シモムラ」と呼び掛ける。その白人青年は、礼桂が八年前にネパールの奥地で瞑想生活を送っていた「シモムラ」だと語る。その「シモムラ」は「高僧から印可を授された」、「我々ヒッピー仲間では伝説的な男だった」が、その後カトマンズから中東行きのバスに乗り、消息を絶ったようなのだ。

礼桂プロジェクトキャンペーンに参加した作家のノーマンが一枚のアブストラクト絵画を示し、その話の後を引き取る。カトマンズを去った礼桂は六年前にパリの画廊の女性オーナーに囲われ、絵を描いていたと述べる。さらに礼桂の日本脱出理由について、当時の赤軍三島事件などの渦中にいて、その「礼桂の眼」から「人を殺した男の眼」であり、「ヨーロッパ過激派のセクト」との関係していたのではないかという推理を話す。しかしノーマンのベストセラーになるであろう、礼桂を題材とする「“作品”は総てが終った後にしか、発表の機会(チャンス)は無い!」

そして礼桂の泥酔時における様々な心電図を始めとする精密検査が施され、彼の特異な体質が説明される。「高等動物では、退化しつつある闘争本能を司る部位脳幹上部のR領域の過激な高揚と、大脳皮質の高度な地勢がせめぎあっている」ために、「内なる不条理で危険な闘争」に耐えきれず、アルコールを必要とし、また「格闘の場で彼の“生”に対する根元的(ラジカル)な怒り」が未知のホルモンを誘引すると。その横たわる礼桂の顔は「茨の冠で血を流した……あの男」に似ているとドクターは呟く。

このようなプロセスとディテールを経て、物語は最後の世界チャンピオン戦へと進められていく。ダンジェロがいうように、礼桂は「青の戦士」として、「世界を旅して……けっきょく、死に場所をリングに定めた」のであろうか。

この『青の戦士』の連載刊行された一九八〇年代をあらためて考えてみると、山本直樹連合赤軍事件をモデルにした『レッド』に象徴される左翼の「赤」の時代から、ミステリアスな「青」、つまり宗教やオカルティズムの時代へと移行しつつあったと見なしうるかもしれない。
レッド

それを体現する人物としての礼桂、すなわち「青の戦士」が造型される。謎めいた出自と経歴、定かでない日本脱出、チベットから中東を経てパリに至る放浪、過激派にして殺人を犯したと推定された画家、日本へ帰還してのボクサーデビュー、そして前述したような特異な体質、これらのすべてがミステリアスな存在を形成する記号となり、ヒーローとしての「青の戦士」を、狩撫麻礼谷口ジローはかなり意図的に提出したように思われる。

この二人のコンビは『青の戦士』をネガとすれば、次の『LIVE! オデッセイ』をポジとして、同じように帰ってきた男をヒーローとして、ブルースを歌わせている。こちらにも同時代の音楽のジャンルとしての「青」が投影されているのだろう。
LIVE! オデッセイ

なお原作者名の狩撫麻礼、主人公名の礼桂、物語のバックに流れる音楽、ストーリー展開はカリブ海のジャマイカで生まれたレゲエとそのスーパースターのボブ・マーリーの投影であることは言うまでもないが、紙幅の関係であえて言及しなかった。これらのついては牧野直也のコンパクトな好著『レゲエ入門』音楽之友社)などを参照されたい。

レゲエ入門

次回へ続く。

◆過去の「ブルーコミックス論」の記事
「ブルーコミックス論」5安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)
「ブルーコミックス論」4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」2 序 2
「ブルーコミックス論」1 序 1