出版状況クロニクル42(2011年10月1日〜10月31日)
中小から大手に至る、書籍をメインとする大半の出版社が、かつてない大量返品によって、取次売上が激減している。これが一過性のものであるのか、それとも数ヵ月続くのか、またその果てに何が起きるのか、まったく予断を許さない状況下に、多くの出版社が置かれている。
私は1999年に『出版社と書店はいかにして消えていくか』(ぱる出版、のち論創社)を上梓して以来、この失われた十数年の出版業界の状況について、「出版敗戦」と見なし、再販委託制に基づく出版社、取次、書店からなる出版業界が「限界集落」と化し、その挙げ句に「深層崩壊」に見舞われていると指摘してきた。そしてまたこれからは「想定外」の出来事も生じてくるのではないかとも。
東日本大震災と原発事故から半年以上が経ち、今年も余すところ2ヵ月になってしまった。しかし大震災も原発事故も、まだほとんど復興や解決には至っていない。
出版業界もまさに同様で、年末から来年にかけて、何が起きようとしているのだろうか。
1.この失われた十数年を通じて、当然のことながら出版社、取次、書店全体がものすごく貧しくなった。それは著者や読者も同じであると考えていい。ちなみにどれほどの出版物売上が失われたかを、ピーク時の1996年と比べて算定し、表化してみる。
年 | 出版物売上高 (億円) | 前年比(%) | 96年との 増減比較(億円) |
1996 | 26,564 | 2.6 | ― |
1997 | 26,374 | ▲0.7 | ▲190 |
1998 | 25,415 | ▲3.6 | ▲1,149 |
1999 | 24,607 | ▲3.2 | ▲1,957 |
2000 | 23,966 | ▲2.6 | ▲2,598 |
2001 | 23,250 | ▲3.0 | ▲3,314 |
2002 | 23,105 | ▲0.6 | ▲3,459 |
2003 | 22,278 | ▲3.6 | ▲4,286 |
2004 | 22,428 | 0.7 | ▲4,136 |
2005 | 21,964 | ▲2.1 | ▲4,600 |
2006 | 21,525 | ▲2.0 | ▲5,039 |
2007 | 20,853 | ▲3.1 | ▲5,711 |
2008 | 20,177 | ▲3.2 | ▲6,387 |
2009 | 19,356 | ▲4.1 | ▲7,208 |
2010 | 18,748 | ▲3.1 | ▲7,816 |
計 | - | ▲29.4 | ▲57,850 |
[何と失われた出版物売上はこの14年間で5兆7850億円であり、10年度売上の3倍に及ぶ巨額なものになってしまう。それに比べて、欧米の出版業界はこの間ずっと成長し、近年でも微増微減の状態である。したがってこれは繰り返し記しているように、日本だけで起きている特異な出版危機なのだ。それはまた国内文化産業としての出版のドラスチックな失墜の軌跡を示していることにもなり、日本の「文化敗戦」状況をまぎれもなく伝えている。
しかもその数字は依然として落ち続け、11年は9千億円、12年は1兆円のマイナスを記録することになろう。そうなれば、出版業界自体が空中分解しかねない最悪の危機を迎えるかもしれない。本当に残された改革のための時間は少なくなっているのだ]
2.『出版ニュース』(10/中)にニッテンの安藤陽一による「出版社・書店売上ランキング2010」が掲載されているので、09年、及び増減率も並列して、総合出版社に分類された20社の売上を示す。
出版社名 | 2009年 | 2010年 | 増減率 |
集英社 | 133,298 | 130,470 | ▲2.1% |
講談社 | 124,500 | 122,340 | ▲1.7% |
小学館 | 117,721 | 111,113 | ▲5.6% |
学習研究社 | 76,346 | − | - |
文藝春秋 | 29,659 | 25,473 | ▲14.1% |
角川書店 | 29,416 | 28,000 | ▲4.8% |
新潮社 | 27,800 | 29,700 | 6.8% |
光文社 | 24,500 | 22,031 | ▲10.1% |
NHK出版 | 21,439 | 18,697 | ▲12.8% |
岩波書店 | 18,000 | 18,000 | 0.0% |
マガジンハウス | 16,800 | 14,800 | ▲11.9% |
PHP研究所 | 14,567 | − | - |
朝日新聞出版 | 13,362 | 13,176 | ▲1.4% |
ダイヤモンド社 | 12,009 | 14,110 | 17.5% |
徳間書店 | 11,751 | 11,149 | ▲5.1% |
東洋経済新報社 | 10,621 | 9,902 | ▲6.8% |
幻冬舎 | 9,305 | 8,500 | ▲8.7% |
日本文芸社 | 7,269 | 7,134 | ▲1.9% |
中央公論新社 | 6,959 | 6,473 | ▲7.0% |
実業之日本社 | 5,958 | 6,211 | 4.2% |
平凡社 | 2,928 | 2,928 | 0.0% |
日本経済新聞社 | − | 5,064 | - |
[2010年の落ちこみはそれほど大きいものではないが、10年前の売上高は集英社1452億円、講談社1893億円、小学館1613億円で、3社だけでのトータルで1319億円のマイナスになっている。これはトップの集英社の1年分の売上に相当し、上位3社が雑誌の凋落の影響をこうむっているとわかる。
また安藤による「出版社売上額推移」は06年2兆6802億円に対して、10年は2兆1281億円で、5521億円のマイナスとなっている。1は出版科学研究所によるものだが、その2776億円の減少に比べ、倍近いマイナス数字で、安藤による数字も近年の出版業界の危機を明らかに示している]
3.日販とトーハンは東日本大震災の被災書店からの「被災返品」を100%通常入帳し、11月に精算予定。
[この「被災返品」は対象出版社1800社のうち6割が通常入帳や歩安入帳で、取次と交渉に入っているが、残りの700社とはまだその交渉のテーブルにもついていないようだ。出版社の苦しさもわかるが、被災書店を支援する意味で、速やかな精算に至ることを願う。
なお本クロニクルでも被害総額について何度かレポートしてきたが、それがようやく確定したようだ。被災書店は1都1道15県に及び、被災返品総額16億円、原発事故区域内被災商品2億円、取次倉庫と流通途上の被災商品2億円の約20億円であり、当初は50億円と見積られていたことに比べれば、半分以下だったことになる。しかしこれは被災商品だけであって、さらに店舗などに加え、実際には金額に算定できない多くのものが失われてしまったことを忘れるべきではない]
4.これも本クロニクルで伝えてきたが、大型店の開店が続いている。
ジュンク堂甲府店820坪、MARUZEN&ジュンク堂静岡店675坪、精文館新豊田店600坪、コーチャンフォー北見店1950坪、ブックオフスーパーバザー八王子店1700坪。
その一方で58年の歴史を有する栄松堂東京駅店の閉店が伝えられている。
[取次とタイアップした書店、もしくは取次子会社の書店のナショナルチェーンの大型店出店はどこまで続いていくのだろうか。
ゼロサムゲームどころか、市場がスパイラル的に収縮している中での最近の大型店出店は、成功したとの声がほとんど挙がっていない。それでも地場の書店との共存を不可能なものにしている。
精文館の187億円の売上高、3年連続増収増益の決算が公表されたが、それはひとえに出店による成果であり、出店がなされなければ、たちまちマイナスへと転じていくだろう。
それはどのナショナルチェーンも同様である。だがそれを支えてきた取次の体力が失われようとしていて、大型店出店は今年がピークのようにも思え、むしろ来年はその大型店出店の反動が押し寄せてくるのではないだろうか]
5.学参の朋友出版が自己破産、負債は10億円。朋友出版は1959年設立で、学習ドリルや教科書準拠問題集を刊行し、89年には12億円の売上高を計上していたが、10年には5億円にまで減少していた。
[本クロニクルでも既述しているが、戦後の日本の出版業界の成長は雑誌と学参の全盛によって支えられていた。取次や書店の収益もそのふたつに多くを負っていたのである。しかしそのひとつの柱である雑誌が凋落し、もう一方の柱である学参も衰退過程に入って久しい。
朋友出版の自己破産はそれを象徴している。朋友出版が提供していたドリル棚は、かつて学参コーナーのあるどの書店でも見られたが、最近はあまり見なくなっていたような気がする]
6.ほるぷ出版が特別清算。負債は日販に対する2億6000万円。
[ほるぷ出版に関する話はかなり入り組んでいる。まず書籍の全集などの訪問販売ほるぷがあって、1960年代から80年代にかけて、取次や出版社にとっても一大勢力ともいえる売上を占めていた。そのほるぷが日本近代文学館と提携し、近代文学書の復刻を企画するにあたって、編集制作会社としてのほるぷ出版を設立した。ただそれらの経緯もあって、2社は同じと目されていた。ところが99年12月にほるぷが負債36億円で自己破産し、2000年の日販創業以来の赤字の一因になった。
この処理をめぐってだと思われるが、新しいほるぷ出版が、日販と有志出版社で設立され、海外絵本の出版を手がけていた旧ほるぷ出版も吸収し、03年日販の子会社となり、オンデマンド出版などを刊行していた。しかしオンデマンド出版も児童書出版もすでに事業譲渡され、今回の解散に及んだとされる。
しかしほるぷ出版は8月に「新体制」人事を発表しており、今回の処置は唐突な印象を伴う。清算の話が伝わってきたのは最近のことであり、日販の事情から急遽清算になったということなのだろうか]
7.ミロブックサービスが破産。負債は1億2000万円。同社は1968年設立で、グラフィックデザイン、写真、美術、建築関連の専門書や雑誌を刊行し、10年売上高は1億円を計上していた。
[出版社の倒産にあたって、書店在庫はどのように処理されているのだろうか。
以前は返品期限内の委託品は、取次のその版元の委託口座から相殺できるので、書店が返品すれば入帳となっていたし、常備品についても同様の処置がとられていた。
だが現在は倒産出版社などの複数の話によれば、出版社の倒産が明らかになった時点で、その版元の商品はすべて返品不能品となり、書店でバーゲンしたりして処分するしかない状況になっているようだ。書店のワゴンセールはすべてがそのような返品不能品だとわかる。
それならば取次に残った出版社の支払い残高はどのように扱われるのか、その扱いと行方はまだ確かめるに至っていない]
8.角川GHDはリクルートからメディアファクトリーを80億円で買収。
メディアファクトリーはリクルートの書籍出版部門の分社化として、1986年に設立され、コミックのアニメ化やキャラクター商品化のクロスメディア展開を得意とし、11年売上高は189億円で、10年連続の黒字となっている。
[角川GHDの10年売上高は1359億円であるので、これにメディアファクトリーの年商を加えれば、2で見たような小学館、講談社、集英社の売上高を抜き、第1位に躍り出ることになる。
80億円の買収コストをかけたにしても、角川GHDは上場以来の悲願を達成したことになる。しかしこれで角川GHDは出版情報誌『ダ・ヴィンチ』を始め、コミックやライトノベルのMF文庫を傘下に収め、さらなる若年層に向けたメディミックス化を進めていくだろう]
9.小学館の子会社、小学館クリエイティブは同じく子会社ヒーローズが創刊するコミック月刊誌『ヒーローズ』の発売元として、セブン-イレブン独占販売商品として刊行。『ヒーローズ』は初版30万部、460ページ、定価200円。
[小学館クリエイティブの社長は「定価200円のコミックを書店流通しても迷惑をかけるだけ」と訳のわからない弁解をしているが、このようなセブン-イレブンとの独占販売企画は書店を不快にさせるだけだということに気づいていないのだろうか。小学館クリエイティブは戦後のコミック名作の復刻を出すという、それなりにいい仕事をしているのに、おそらくコミックの販売の歴史を知らないのだ。
ブックオフの株式買収もしかりだったが、小学館の書店に対する配慮のなさは特筆に価すると思う。町の中小書店が懸命に売ってくれたからこそ、戦後の小学館の繁栄がもたらされたのではないか。
そのくせ一方では、『小学館こども大百科キッズペディア』などの計画販売の拡販協力を、書店に対して訴えているのだから、矛盾もはなはだしいと思う。日書連もそれらのことに抗議すべきだろう]
10.手塚プロが中国の大手出版社の北京出版集団と提携し、手塚治虫のコミックを主とする月刊コミック誌『北京卡通』を創刊。初版は10万部。
本クロニクルで、角川GHDの同じく月刊コミック誌『天漫』の創刊を既述したが、講談社も台湾のメディアグループと合弁会社を設立し、2社に続くという。
[日本におけるコミック市場の成長は、戦後生まれの膨大な読者層の存在を前提にして、週刊コミック誌の創刊をきっかけにして、毎週ごとに大量のコミックが全国的に流通販売されるようになり、それによってこれもまた大量の部数を売るコミック単行本市場が出現した。
それが日本におけるコミック成長の見取図であり、中国でも実現するのだろうか。おそらくそれは週刊コミック誌の創刊と成功が、そのメルクマールとなるように思われる]
11.MBO(経営陣が参加する株式買収)によって上場廃止したCCCも、本格的に中国進出に挑むとされているが、動きがあわただしい。
シャープとの共同出資会社TSUTAYA GALAPAGOSの株式売却による業務提携の解消、電子書籍、映像配信、宅配レンタルを始めとするネットエンターテインメント事業をTSUTAYA.com へ一元化、耷出版社との広告・マーケティング事業展開のための共同出資会社チームワークスの設立などが今月だけでも伝えられている。
[これらに代官山の大型店出店が続いていくシナリオなのであろうが、MBOの動機として語られた本格的な中国進出のビジョンはまだ具体的に提出されていない。中国に進出するとなれば、日販とMPDの協力が不可欠であり、足並みが揃っていないのではないだろうか]
12.ゲオのほうも揺れ動いている。社員によるリベート受領、横領、役員によるインサイダー取引疑惑など、相次ぐ不祥事と経営の混乱を背景に、創業者のパートナーだった沢田喜代則会長が代表権を返上し、同時に森原哲也社長も代表権のない副会長に退き、創業家出身で筆頭株主の遠藤取締役が社長に就任。
[持ち株会社化、及び現経営陣と創業家をめぐる経営主導権の対立からと見られているが、CCCにしても、ゲオにしても、ポストレンタルの時代に入ったことを象徴するような動きであり、出来事のように思える。
レンタルだけでなく、ゲオの主力であるゲームソフトも同様で、任天堂の中間決算の初めての赤字も明らかになった。これらのCCCやゲオの動向は、日販やトーハンにどのような波紋や影響をもたらしていくのか、今後の問題となろう]
13.深刻化するばかりの出版危機状況下にあっても、サンマーク出版の『片づけの魔法』、学研の『DVD付き樫木式・カーヴィーダンスで即やせる!』など3点、WAVE出版の「石田ゆかりの12星座シリーズ」のミリオンセラー化が達成されたという。また小説の『謎解きはディナーのあとで 2』の計画販売予約は55万部に達したとされる。
[売れる本と売れない本の、目もくらむような現在の落差がここに示されているのだろう。
しかし日本の戦後の出版業界を支えてきたのはベストセラーではなく、エロ雑誌とコミックと大衆小説であり、それらを抜きにして日本の出版を語ることはできない。今月はそれらの歴史をささやかに示す3冊が刊行されたので、14から16にかけてふれてみる]
14.『週刊アサヒ芸能』が創刊55周年を迎え、「男と女のスキャンダル史!」と銘打った「創刊55周年特別記念号」を刊行した。まずはめでたい。
[「アサ芸を奮わせた魔女たち」のグラビアから始まり、「山口組抗争と覇権」と続き、犯罪、有名人スキャンダル、性風俗からなる「記念号」は『アサ芸』の「55周年」にふさわしい特集となっている。
ストリートジャーナリズム週刊誌の真髄とは、まさに魔女たちのヌード、ヤクザ情報、セックスとスキャンダルと犯罪、それらを通じての権力批判であることを、この一冊は知らしめている。本クロニクルの読者はぜひこの「永久保存版」を買うべきだ。
なお同誌の記者だった佐々木崇夫の『三流週刊誌編集部』(バジリコ)を併読すれば、さらに興味深い]
15.川本耕次の『ポルノ雑誌の昭和史』(ちくま新書)が刊行された。これもまた14と並んで、本クロニクルが推薦する必読の一冊。
[川本は自らが携わったアリス出版編集者の体験を縦糸にして、1970年代から始まった正規の取次を通さない通販本、自販機本、ビニール本の歴史を初めてリアルなパースペクティヴのもとに語り、これまで知られていなかったもうひとつの70年代以後の出版史を提出してくれた。
同書に関しては、私も言及したいことが山のようにあるのだが、それは差し控え、これらのアンダーグラウンド的出版社が、東京雑誌販売、日本雑誌販売、大阪特価、三協社といったスタンド取次の傘下から生まれてきた事実だけを記しておきたい。それは一つの流通革命であり、そこから多くの出版社が派性し、80年代以後の出版業界を活性化させる水源となったからでもある。
ちくま新書には同書を補足する一冊として、まだまとめられていない竹熊健太郎の「天国桟敷の人々」の刊行を期待したい]
16.『COM』の「40年目の終刊号」が朝日新聞出版から、「総目次」完全掲載で刊行された。
[私は青林堂の『ガロ』のほうの読者だったので、『COM』に関してはあまり読んでいなかった。だからこの「40年目の終刊号」で多くのことを教えられ、啓発された。
とりわけ巻末の「COMまんが家全紹介」「『ぐら・こん』作家一覧リスト」「COMインデックス」に目を通すと、『ガロ』と並んで、『COM』が新人作家たちの揺籃の地であり、両誌のようなリトルマガジンによって実質的にデビューしたのだとわかる。その後のコミック全盛時代も両誌の存在によって支えられ、今日に及んでいるのである。
たまたま10月にポット出版から復刊された石ノ森章太郎の『ジュン』、本クロニクル38でふれた復刊ドットコムによる手塚治虫の『火の鳥』にしても、これらは『COM』に連載された作品なのだ。そういう意味において、まだ『COM』の時代は終わっていないともいえる]
17.「出版人に聞く」シリーズは、〈7〉の菊池明郎の『営業と経営から見た筑摩書房』が11月上旬に刊行される。〈8〉の鈴木宏の『書肆風の薔薇から水声社へ』も続刊予定。〈9〉の古田一晴の『名古屋とちくさ正文館(仮題)』は編集を終えたが、こちらは来年の刊行になるだろう。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》