出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル45(2012年1月1日〜1月31日)

出版状況クロニクル45(2012年1月1日〜1月31日)

今年は出版業界にとって、本当に正念場の一年だと思われる。書店の年末年始の売上も低迷し、総じて10%近いマイナスだったと伝えられている。取次調査によれば、日販は8.8%減、トーハンは7.4%g減で、2012年の困難さを象徴するような始まりである。
失われた15年によって、出版社、取次、書店のいずれもが疲弊し、危機へと追いやられ、それが臨界点に達していることはいうまでもないだろう。
そこに「想定外」の出来事も起きてくるかもしれない。だからこそ、その認識と覚悟の上に、この一年をくぐり抜けていかなければならない。
本クロニクルは今年も発信されていくが、このリードの12月のところには何を書き記すことになるのだろうか。


1.出版科学研究所による11年の出版物推定販売金額が出された。それによれば、1兆8042億円で、前年比3.8%減。

内訳だが、雑誌は9844億円で、前年比6.6%減、書籍は8198億円で、前年比0.2%減。それらの年間推移を示す。

■2011年 推定販売金額
 推定総販売金額書籍雑誌
(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)(百万円)前年比(%)
1128,326▲1.661,435 3.666,891▲5.9
2169,797▲4.082,905▲2.586,893▲5.5
3209,629▲3.7111,533▲1.398,096▲6.4
4150,038▲7.368,944▲2.881,094▲10.8
5119,116▲5.653,440▲4.065,676▲6.9
6147,276▲0.164,153 6.683,123▲4.7
7126,911▲8.850,501▲7.876,410▲9.5
8133,023▲1.553,7781.079,245▲3.2
9168,317▲1.883,4423.084,875▲6.1
10153,044▲2.367,4671.485,578▲5.0
11140,968▲4.758,3101.182,659▲8.5
12157,770▲3.863,943▲0.193,828▲6.1
合計1,804,215▲3.8819,849▲0.2984,366▲6.6

[本クロニクルで繰り返し言及してきたように、ピーク時の1996年は2兆6564億円だが、その15年後は8522億円の販売金額が失われてしまったことになる。

それは11年の書籍売上を超えるもので、失われた金額がいかに大きいが歴然である。しかもこれも本クロニクルでずっと指摘してきたが、このような出版危機は日本だけで起きている現象なのだ。異常な出来事だといっていい。だからこそ早急な流通システムの改革に取り組まないかぎり、まだ売上の減少と危機は続いていく]

2.アルメディアによる11年の書店の出店、閉店数が発表された。それを示す。

■2011年 年間出店・閉店状況(面積:坪)
◆新規店数総面積平均面積◆閉店数カウント総面積平均面積
1491823086817,01987
2192,17011473644,19466
3466,76614791833,82846
4438,45219745423,41881
5193,23117058493,86079
6203,67418442404,118103
7253,05012260583,92668
882,87535963533,90474
9212,0499823231,76777
10265,4692101231017,61675
11225,39824547433,47381
12194,86725655464,20091
合計27248,91918076668351,32375
前年実績23041,50518074965952,67780
増減427,414▲11724▲1,354▲5
増減率(%)18.317.9▲0.32.3▲2.6▲6.0

[表に見られるように、出店、閉店とも前年を超えている。しかし閉店は東日本大震災の影響をカウントしても、開店の3倍に及び、1日2店が閉店に追いやられている状況を示している。08年までは閉店がほとんど1000店を超えていたから、減ってきたのは少しは回復したのではないかという観測は誤解で、書店の危機が恒常化して久しく、しかもまだ続いていることを露骨に告げている。

それに11年の出店はナショナルチェーンによって大型化し、1000坪を超える出店も7店を数え、これらの地方都市における大型出店は、地域の既存書店に大きな影響を与えることは確実で、今年はその余波を受けた閉店も増えると予測される]

3.栗田出版販売の決算は売上高442億円で、前年比4.4%減、6年連続減収となり、経常損失2億円で、こちらも3年連続、総損失は1億6000万円。

[『出版状況クロニクル3』(近刊)で、太洋社の売上高がやはり6年連続減収だったことを既述したが、これらは中堅取次も限界にきていることの証左となろう。

栗田は赤字について、震災被害と歩戻しを原因としているが、既存書店やヤマダ電機との取引も含め、中堅取次も利益が上がらない構造になっているのだろう。希望退職、本社移転などのリストラも発表されている。かつての青山ブックセンターのような、書店との関係も不測の事態をも考慮に入れておくべきかもしれない]

4.茨城のブックエースがCCCを3億円、日販を1億円とする第3者割当増資。これにより2社が合計で議決権ベース34%を占め、CCCが筆頭株主で、取締役を派遣。

[ブックエースは北関東に30店を展開し、茨城県内では123億円という最大の売上高であり、そのうちの25店がTSUTAYAのCD・DVDフランチャイズに加盟している。この第3者割当増資によって、ブックエースはレンタルFCのみならず、雑誌書籍のFC「TSUTAYA BOOKS」にも組みこまれていくのだろう。折しも「TSUTAYA BOOKS」は664店で、雑誌書籍売上は1000億円を超えたと報道されている。

このような増資はレンタルの不振によって成長が見こめなくなったCCCによる囲い込み戦略であり、そのことによってMPDの売上の確保をめざしているのではないだろうか。

しかしこうした比率の書店への増資と囲い込みがさらに進行していけば、CCCとMPDが今まで以上に実質的に日販に君臨するという構図になっていくのではないだろうか]

5.首都圏の主要書店で構成される悠々会の新年会で、紀伊國屋書店の高井昌史社長が、取次システムを改革し、買切、時限再販、責任販売への取り組みを推進し、書店マージンの拡大をめざすべきだと発言。

[これも『出版状況クロニクル3』で既述しているが、日書連の大橋会長が10年末の出版販売年末懇親会で、売れ残り商品の最終処分決定権を与えてほしいと発言した。それに対して、書協の副理事長の菊池明郎が出版流通改善協議会で、時限再販の活用で対応できると表明した。

それからほとんど進展もなく一年間が過ぎ、さらに踏みこんだ高井の発言となったのである。

今年はこの時限再販の行方が出版業界の最大の問題となるだろうし、もしその方向に進まないのであれば、さらなる危機へと追いやられていくことは確実だ。

なおこれは蛇足かもしれないが、紀伊國屋は社長が交代したことで社内が明るくなったと伝えられている]

6.ジュンク堂は大阪屋東京支社内にある自社倉庫在庫を5〜6万点に倍増し、客注、補充品のスピードアップを図る。

またCHI グループの共通インフラとして、丸善書店文教堂にも商品供給を予定し、アマゾンとの対抗に備える。

[大阪屋はアマゾンとジュンク堂との取引シェアが高まり、売上高が上昇すると、それとパラレルに書籍比率が上がり、利益を生み出せないという、いわばインフレスパイラル状態に陥っている。

このようなCHI グループ傘下にあるジュンク堂の動向も、つきつめればアマゾンとの取引条件まで歩み寄ることを迫られるかもしれず、出版社との取引関係の見直しに手をつけざるをえない段階に入っていると推測される。

取次も様々に揺れ動いていて、流通システムの改革なくしてサバイバルできない状況になっているのは明白である]

7.『文化通信』(1/9・16)にヴィレッジヴァンガードの菊地敬一会長へのインタビューが掲載され、現在のヴィレヴァンの事業規模も紹介されているので、まずそれを示す。

JASDAQ上場、資本金22億円、売上高398億円、経常利益35億円、当期利益16億円。正社員307人、臨時雇用者2481人。直営店315店、FC店22店。

店はこの他にもヴィレッジヴァンガードダイナー9店、同new style 31店に加え、子会社のエスニックファッション雑貨のチチカカ64店、香港ヴィレヴァン3店などもあるので、連結店舗数は432店に達している。

次に菊地のインタビューを要約する。


*国内市場規模は東京100店、中部30店、大阪50店、各都道府県5店だと思うので、まだ出店余地はある。

*海外出店は香港を橋頭堡と考え、台湾、韓国、そして中国へという想定をしている。

ヴィレヴァンはビジネスモデルがチェーンオペレーションではなく、マネジメントモデルであり、店にバラツキが出ても、店長に100%権限を委譲していることもあり、FC展開は縮小。赤字はだめで売上は問うが、利益は問わない。

*社員は基本的に全員バイトで入り、OJT(企業内教育訓練)を経て、3年から3年半で店長、社員となる。

*現在の社員は初期と異なり、今は雑貨屋でついでに本が置いてあるという感じで入ってきている。

*出版物は大阪屋の見計らい配本によっているが、現在の書店業界は業界としては未来がない。

*まだ書店に可能性があるとすれば、売ることの主権を出版社でなく書店が持つことだが、その逆になっていることが最も問題だ。

*最後に菊地の言葉をそのまま引用する。

店長が生き生きと自分のやりたいことをやって、それが売り上げにつながるという確信があります。好きな仕事で働きたいという人たちに、環境を与えればいいだけです。それが当社のビジネスモデルです。

[いささか耳ざわりのいいところばかりの紹介と要約になってしまったけれど、現在の書店業界、いや出版社や取次も含め、店や社員、アルバイトに関しても、ここまで明快なビジョンをもって発言できる人物は菊地以外にいないと思う。

ただ菊地の、書店が主権を持つ発言であるが、その主権が書店を主体とする取引システムの改革なくしては達成できないことは明白である。ヴィレヴァンにしても、このような成長は雑貨と出版物の組み合わせによるもので、出版物だけの売上で、それが実現したわけではない。雑貨にしてもレンタルにしても、複合店化しなければ成長もサバイバルもなかったという、80年代からの書店市場の問題がそこに横たわっている。

菊地のことを持ち上げるばかりになってしまうが、「僕は20坪くらいの本屋をやりたいです。自分でできる珠玉のような本屋です」との言は、70年代以後に書店業界に入った多くの人たちの夢を代弁しているようにも思える。もし当時流通システムの改革がなされ、書店に主権が移っていたら、現在の無残な危機とはまったく異なる出版状況を迎えていたことだろう]

8.『創』『新潮45』のそれぞれ2月号が、「出版社の研究」と「『本屋』は死なない」という出版社と書店に関する特集を組んでいる。

創 2月号 新潮45 2月号

『創』は毎年恒例の業界関係者の鼎談と大手出版社の状況レポート、『新潮45』は昨年10月に出た自社の石橋毅史の『「本屋」は死なない』のパブリシティ特集と考えていい。

それゆえにふれるまでもないかもしれないが、この期に及んでの両者における現在の出版危機の認識、及び出版業界の歴史と構造への視点の欠如はやはり問題であり、とりわけ後者には言及しておくべきだろう。

また『「本屋」は死なない』は新潮社から出されたこともあり、書評も多く出て、『新潮45』のような特集も組まれることで、現在の書店を語る上でのカノンとなりかねない危惧をも覚えているからだ。

まず何よりも石橋が書店業界のためというより、恣意的にしても私的レポートにすぎない自著を、『「本屋」は死なない』と題して刊行したことはあざとすぎると思う。彼は『新文化』の記者を経て編集長でもあったわけだから、今世紀に入ってからだけでも1万店に及ぶ書店が閉店に追いやられていった事実をよく承知のはずだ。つまり『北斗の拳』ではないが、「書店はもう死んでいる」事実に毎日直面しながら、業界紙の日々を過ごしていたことになる。

またそのような書店の閉店ラッシュの原因が、郊外店のバブル出店と再販委託制という出版流通システムの行き詰まりと破綻、及びCCC=TSUTAYA、日販、ブックオフ丸善のカルテットによって展開された複合店化と新古本産業の成長にあることもよく知っているはずだ。

石橋は特集の「芳林堂がめざした『理想の書店』」において、それなりに「出版不況」を語り、書店の危機は本や客の個別性と向き合うことなく、本を並べ、返品する構造から抜け出せないことから生じているとし、単品管理販売をめざした「本屋」芳林堂について、岩波ブックセンター柴田信のインタビューを通じ、論じていく。しかしその芳林堂の70年代を描く試みは、すぐに90年代以後のPOSシステム導入とアマゾンのことに飛んでしまい、その間に書店に何が起きていたかの言及がまったくない。ちなみに付け加えておけば、70年代までは書店の閉店はほとんどなかったのである。

どうして「理想の書店」の単品管理システムが挫折していったのか。それこそが80年代に起きた郊外型書店のバブル出店と再販委託制の実質的破綻、90年代におけるレンタルとの複合店、及びブックオフに代表される新古本産業の隆盛であり、それらにふれることなく、現在の書店状況を語ることはできないのに、石橋はあえてそれらにふれない。それはやはり特集で、電子書籍を語っている津野海太郎も同様で、もう少し欧米と異なる日本の出版業界の特殊性、歴史と構造を踏まえた上で発言すべきだろう。

しかし日本の出版業界の危機はずっとそのようなさまざまに欠如した視点から語られ、続いてきた。それは佐野眞一『だれが「本」を殺すのか』、津野が主宰した『本とコンピュータ』も同様であり、これらの言説は、真の出版危機をミスリードする役割を果たしてきた。石橋の本もそのようなラインに位置づけてはならない。恣意的にして私的な書店レポートに他ならないからだ。彼のモチーフがどこにあるかは明白で、それは言うまでもないことだろう。

それでも最後に『新潮45』の特集の救いとなっているのは、「書店匿名座談会」で、「配本の仕組みから変えないと」「本当は全部注文品でいいんですよ」「注文した数だけ入ればね」「もちろんそれが大前提」という現場の肉声であり、それはヴィレヴァンの菊地の書店の主権発言とリンクしている]

「本屋」は死なない 誰が「本」を殺すのか 本とコンピュータ最終号

9.昨年も多くの出版業界関係者が亡くなり、本クロニクルでもその追悼を述べてきた。今年になっても次々と鬼籍に入っていく人たちが続いている。それらの人たちを一人ずつ挙げ、同じように追悼をと考えていたら、地方・小出版流通センターの川上賢一が「地方・小出版流通センター通信」(No425)でまとめて言及しているので、それを引く。

  東京出版販売(現トーハン)の書籍仕入部に長く働き、学校図書館運動の推移をはじめ東販で児童書の定着・普及に尽力された関根登さんが昨年初秋に他界されたことを年末に知りました。センターの設立の立役者・出版評論家の小林一博さんとも懇意(小林さんは元・炭鉱夫、関根さんは廃炭公団)で、当社の設立初期にはいろいろお世話になりました。関根さんが子どもの本の普及に力を注いだのは、「未来の読者を育てる児童書」という信念があったのでしょうし、消えゆく炭鉱の姿を見て、将来に繋がる仕事だと思っていたのだと推察します。
関根さんが活躍されたのは、日本の大衆消費社会が拡大しはじめた60年代後半から80年代ですが、当時東販も注目し組織としての書店の販売方式を創り出し、全国の書店人に注目されていた、「芳林堂の単品管理方式」(詳しくは、柴田信著「出版販売の実際」日本エディタースクール刊参照)を創り上げた一人である江口淳さん(享年65歳)も7日交通事故で急逝されました。70年代に入り、番頭さん丁稚さんが担う本屋から、学卒の労働者としての「書店員」が多く雇用され、組織として運営・販売する「会社としての書店」となり始めた時代、その形を編み出した方だと思います。

また、先代は文化の届かない信州の山奥にまで文化を!と、雑誌の「スタンド販売方式」を作り出し、それを引き継ぎ「スタンド戦争」などとも言われましたが、続いて日本にフランチャイズ方式を書店に導入し「ブックボックス」チェーンを展開した長野・平安堂の平野稔さん(元会長)も年末に他界されました。信州の地方出版物の販売力は、店売・外商両面で圧倒的でお世話になった版元も多いと思います。

更に新年3日に亡くなった、都市型大型書店のモデルをつくり、海外店舗展開も積極的に進められた、日本一の書店チェーンを育てあげた、紀伊國屋書店元CEO松原治氏の業績は、マスコミ等で多々紹介されていますのでそれに譲ります。

年末・年始にわたり接した訃報は、この方たちが作られた土壌の中で、本を売ってきた私共としては寂しくもあり、感慨ひとしおです。先人の仕事を凌駕する業界にしたいものです。

[昨年の死者たちに続き、ここに示された人々の死は戦後の出版業界の終わりを象徴しているような気がする。しかし多くの先人たちも、自分たちが築き上げてきた出版業界が未曾有の危機に追いやられていることに対し、無念の思い、こんなはずではなかったという思いを払うことなく、鬼籍に入っていったのではないだろうか]

10.「クール・ジャパン」の掛け声のもとに、コミックやアニメの、欧米からアジアに至るまでの進出や開拓、現地コミック誌の刊行やアニメのテレビ放映などについて、『出版状況クロニクル3』で伝えてきた。またヨーロッパではその勢いが下火になっていることに関しても。

そのことに関連して、村上隆が『朝日新聞』(11/7)のインタビュー「世界でトップを取る」で、次のように答えている。

日本のアニメやマンガは「クール・ジャパン」として海外で評判になっていて、村上もその旗手と見られているのではないかという質問に対し、

クール・ジャパン』なんて外国では誰も言っていません。うそ、流言です。日本人が自尊心を満たすために勝手にでっち上げているだけで、広告会社の公的資金の受け皿としてのキャッチコピーに過ぎない。外国人には背景や文脈のわかりづらい日本のマンガやアニメが少しずつ海外で理解され始めてはいますが、ごく一部のマニアにとどまり、到底ビジネスのレベルに達しておらず、特筆すべきことは何もない。(後略)

それでも日本政府は「クール・ジャパン」のアニメや玩具、ファッションなどを海外に売り出そうとしているという質問に対し、

それは広告会社など一部の人間の金儲けになるだけ。アーティストには還元されませんし、税金の無駄遣いです。今やアニメやゲームなどの業界は、他国にシェアを奪われ、統合合併が相次ぎ、惨憺たる状態。クリエーターの報酬もきわめて低いうえ、作業を海外に下請けに出すから、人材も育たない。地盤沈下まっただ中です

[日本の出版業界の活路のひとつは海外進出であるとされてきたし、CCCも中国進出を唱えている。しかし村上の言が正しいとすれば、それもまたフィクションでしかありえない。CCCの盟友で『クラウド時代と〈クール革命〉』を著した角川GHD角川歴彦は、このような村上の見解に、自らのビジョンを正面から突きつける説明責任があるのではないだろうか。

クラウド時代と〈クール革命〉

村上の一週間前のインタビューは、川久保玲の「ファッションで前に進む」で、彼女は次のように言っていた。

すぐ着られる簡単な服で満足している人が増えています。他の人と同じ服を着て、そのことに何の疑問も抱かない。服装のことだけではありません。(中略)ファッションとは、それを着ている人の中身も含めたものなのです。最近はグループのタレントが多くなって、みんな同じような服を着て、歌って踊っています。私には不思議です

これらの言葉は「服」や「ファッション」を本とベストセラーに置き換えれば、そのまま出版業界に当てはまってしまうものである。そのような状況を危惧すると彼女は言っているのだ。

村上や川久保の言葉は、現在の出版も含めた日本の文化状況に対する危機の言葉=クリティックである。しかし作家たちはこの二人に匹敵する言葉や意識を有しているであろうか]

11.読書普及活動を推進してきた出版文化産業振興財団(JPIC)が一般財団法人化。財産相当額は7億円で、中高生向け読書講座、大学読書人大賞、ひとり読みを始める子どもに本を紹介するブックトーク講座などの読書推進事業や調査研究に向けられる。

[このような公的読書推進機関のことを考えると、10 における村上の「クール・ジャパン」をめぐる官僚の存在、あるいは電子事業に関する各省のヘゲモニー争いを思い浮かべ、管理された読書といった言葉が想起される。

それは最近出た『週刊ブックレビュー20周年記念ブックガイド』NHKサービスセンター)を読んだ印象にもつきまとっている。いかにもNHK的なセレクションであり、それをよく示すように、8『「本屋」は死なない』岡崎武志によるベストワンに挙がっている。

これらに公共図書館学校図書館を加えていくと、日本の出版業界を支えてきたエロ雑誌、大衆小説、コミックという三本柱は排除されていくと考えるしかない。それらを売ってきたのは町の中小書店だったし、そこに読書の自由と秘密すらも潜んでいたのに、公共的な読書機関が中枢を占めるようになれば、出版の魅力は半減してしまうであろう]

週刊ブックレビュー20周年記念ブックガイド

12. アメリカの最大手書店バーンズアンドノーブルは電子書籍端末「ヌック」の販売、コンテンツ事業を本体から切り離す方向で提携先を探すと表明。

詳細は『ウォール・ストリート・ジャーナル』(1/6)Barnes & Noble Seeks Next Chapter ”参照。

[要するにバーンズ・アンド・ノーブルも倒産したボーダーズに続いて本の売上が低迷し、外部資金の調達の必要に迫られ、また電子書籍端末もアップルやアマゾンとの競合もあり、売却を決意したということになろう。

日本の電子書籍端末も東芝「ブックプレイス」、ソニー「リーダー」、パナソニック「UT−PB1」の3社が出揃い、スマートフォンやタブレットPCとの競合状況となった。だが一方でシャープの「ガラパゴス」のように退場する機種も出ている。また電子書籍も様々に簇生しているが、市場が活性化しないのに乱立気味になっていることから、いずれ整理されることになるだろう。

これらに関連するものとして、
『ニューヨーク・タイムズ』(1/28)に“The Bookstore's Last Stand ”という記事が出ている。バーンズ・アンド・ノーブルが地方独立書店を駆逐してしまったために、電子書籍時代を迎え、バーンズ・アンド・ノーブルがこれからチェーンを維持していけるかどうかが出版社にとって大きな問題で、その点において、両社は協力関係にある。詳細はこちらを参照]

13.ハースト婦人画報社が10年8月から昨年12月に書けて復刻した『コドモノクニ』全5巻が、1冊4725円という高定価にもかかわらず、6万部を超えるヒットとなっている。

『コドモノクニ』は国木田独歩の独歩社の編集者だった鷹見久太郎が設立した東京社から、大正11年に創刊した童画童謡誌であり、多くの画家と詩人の参加を得た近代絵雑誌にして絵本の発祥であった。

私は本ブログで鷹見本雄の『国木田独歩の遺志継いだ東京社創業・編集者鷹見久太郎』の書評を書き、『コドモノクニ』の内容も紹介しているので、そのすばらしい雑誌の片鱗を見てほしい。

この復刻は東京社の後身のハースト婦人画報社のフランス人社長イヴ・ブゴンが社内の資料庫で発見し、復刻に至るきっかけになったという。

折しも昨年十二月に平福百穂の『日本洋画の曙光』が岩波文庫で復刻された。これは岩波書店から昭和五年に限定三百部の先駆的秋田蘭画研究書として、多くの美しい図版入りで刊行されたものだが、ほとんど知られていなかった。

また平福は新潮社とも関係が深く、その他の出版物についても、私は本連載「古本夜話」163 などで、平福たちによる日本美術学院、中央美術社、『美術辞典』などに言及している。

『日本洋画の曙光』『コドモノクニ』も含め、近代の出版遺産はまだまだ埋もれているものも多いと思われる。再発見による復刻もひとつの出版のあり方だと考えていい]

コドモノクニ [f:id:OdaMitsuo:20100215140335j:image:w90,h110] 日本洋画の曙光

14.「出版人に聞く」シリーズ〈8〉の鈴木宏『書肆風の薔薇から水声社へ』、〈9〉の古田一晴の『名古屋とちくさ正文館』は刊行が遅れているが、拙著『出版状況クロニクル3』は2月下旬刊行予定。

《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》

「今泉棚」とリブロの時代 盛岡さわや書店奮戦記 再販制/グーグル問題と流対協 リブロが本屋であったころ 本の世界に生きて50年 震災に負けない古書ふみくら 営業と経営から見た筑摩書房

以下次号に続く。


 


以下次号に続く。