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ブルーコミックス論22 志村貴子『青い花』(太田出版、二〇〇六年)

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志村貴子『青い花』というタイトルから、ドイツロマン派のノヴァーリスの同名作品『青い花』(青山隆夫訳、岩波文庫)を思い浮かべてしまうが、内容的にはまったく異なっていて何ら共通するものはない。その「青」はミスティックなものではなく、少女のひとつのメタファーであろう。
青い花

志村の作品は女子高における「ガール・ミーツ・ガール」ストーリーを一貫して描いたものであり、いわば女子高的空間と時間の流れの中を生きる少女たちを表象する試みだと考えられる。これは大正時代に書かれた吉屋信子『花物語』にその起源を見て、昭和に入っての中原淳一による少女を描いた絵が相乗効果を強く喚起させ、日本のオリジナルな物語のひとつの分野として確立された少女小説の系譜上に成立している。その特有のイメージは、戦後にも確固たる水脈として小説、映画、演劇などにも継承され、それはまたペギー葉山が歌った、岩谷時子作詞「学生時代」などにも顕著に表われている。『青い花』はそのことを象徴するように、第1巻の最初の章のタイトルが「花物語」とあり、吉屋信子へのオマージュを伝えているように思われる。

花物語 学生時代

しかし吉屋の『花物語』には様々な花に託した多くの物語が収録されているのだが、「青い花」といったタイトルやそれに見合った物語はない。それゆえに志村は『花物語』を祖型としつつも、コミック表現との関係性をふまえた上で、新しい現代の「花物語」を提出することを意図したのではないだろうか。

『青い花』全6巻は第1巻の最初の「花物語」と同様に各巻の章が小説や映画のタイトルから引かれ、演劇がテーマでもあるので、「嵐が丘」「鹿鳴館」などは文字通り劇中劇をも示唆している。だがそれらに混じって、吉屋以来の少女小説にとっては違和感を想起させるタイトルが挿入され、物語を異化する役割を果たすのではないかとの予感を覚えさせるのだ。だがそのことにふれる前に、先に「ガール・ミーツ・ガール」ストーリーの流れを紹介しておかなければならない。

嵐が丘 鹿鳴館

最初の「花物語」の見開きページのそれぞれに、二人の女子高生が異なる制服姿で立っている。右側の小柄なセーラー服の少女は奥平あきら=あーちゃんで、今年から藤が谷女学院の一年生である。左側のネクタイにワンピースの制服を着た大柄で眼鏡をかけた少女は万城目ふみで、こちらは松岡女子高校のやはり一年生である。藤が谷女学院は附属もあるお嬢様学校、松岡女子高校は進学校とされている。

この二つの女子高は横須賀線鎌倉駅のそれほど遠くないところに位置しているらしく、二人はその電車通学で知り合いになる。しかしその主たるきっかけは二人がともに痴漢の被害にあっていたことで、その被害状況において、外見と相違し、あーちゃんがしっかり者であることに対し、ふみの泣き虫だというキャラクターの対照性がまずは明かされている。

まさにこの出会いが「ガール・ミーツ・ガール」を告げているのだが、二人が共通して痴漢にあっていたという発端は、『青い花』の物語が性を伏線としながら進行していくことを暗示させているように思われる。しかもその後、二人が幼なじみであったことも判明する。それは二人の関係が幼年期から一気に少女期へとジャンプして展開されることを意味しているのだろう。

物語はそのように二人とふたつの女子高をめぐって進んでいく。あーちゃんは演劇部に入り、ふみは文芸部に入る。ふみは三年のバスケ部部長のクールな杉本恭己(やすこ)に魅せられ、また訪れた藤が谷女学院の建物と雰囲気に感激してしまう。その「寄宿舎/お茶会/ローズパーティ/密会/降霊会/図書館の張出し窓」といった彼女の連想は、ペギー葉山「学生時代」と重なるもので、これが近代日本のミッション系女子高がもたらしたモードなのであろう。

女学院を訪れたことで明らかになったのは、「先輩」=恭己がここに在籍し、演劇部にいて、『嵐が丘』ヒースクリフを演じたという事実だった。彼女は演劇部の顧問教師から「図書館の君」とも呼ばれていたのだが、その教師が彼女の気持ちに応えようとしなかったので、「先輩」は転校したのだった。「先輩」という言葉に伴って、「演劇部/上演劇/男役/顧問教師/図書館/生徒と教師の禁断の恋」といったモードが加わることになる。回廊の前の庭における「先輩」とふみの「いい雰囲気」を、あーちゃんは「恋路の邪魔」をするように覗き見ている。
場面は変わって、松岡女子高校の図書室に移り、そこにかつての藤が谷の「図書館の君」とふみがいる。書棚をはさんでの会話から、書棚だけの一ページが出現し、そこには次のような言葉が書きこまれていた。

 スチール棚に囲まれた
 図書室が
 私と先輩が
 はじめてキスをした
 場所

あーちゃんとふみはお互いに「私の初恋の人」だった。そこに「先輩」が登場し、「いつもの場所にふみちゃんはいないのだった」とあーちゃんは思う。三人の関係はどうなっていくのだろうか。

「先輩」が『嵐が丘』ヒースクリフの役を担った演劇祭の後、ふみとの関係はレズビアンバイセクシャル問答も出たにもかかわらず、進展していかなかった。そして夏休みの別荘での避暑、「先輩」のイギリス留学の決意と旅立ちへと進み、ふみとの関係は終わってしまう。それは二人の間にエロスが成立しなかったことに原因が求められる。「先輩」がヒースクリフを疑似的に演じたにもかかわらず、ふみはその恋人キャサリンにはなれなかったのだ。また吉屋信子『花物語』から『青い花』を一直線に貫いているのはバイセクシャルの色彩であってはならず、それはかならずレズビアン的な関係がひたすら称揚されなければならないのだ。それゆえにあーちゃんが存在していることになる。

そしてついにふみはあーちゃんに告白する。それは第4巻の「愛より速く」の章においてである。彼女はあーちゃんを好きだといい、次のように続ける。

 「あーちゃんの好きと私の好きはちがうの。私、むかし、千津ちゃん(いとこでかつての恋人だったが、結婚してしまい、それがふみのトラウマになっている―引用者注)とときどきセックスした。私の好きは好きな人とそういうことをする好きなの」

この告白は章題の「愛より速く」に象徴されている。『愛より速く』斎藤綾子による性に対する女性からの「肉食系」レポートといってよく、あらためて80年代にJICC出版局から出されたこの本の影響の強さを思い起こさせる。しかしこれは何の説明も施されていないので、ほとんど気づかれていないかもしれない。だが斎藤綾子の『愛より速く』がこの『青い花』の重要な物語の転回点と触媒であることは間違いないだろう。
愛より速く


そしてこの告白以後の物語が第5巻、6巻へと続いていく。その結末がどうなるのかはここでは言及しない。そのことに関して、読者はぜひ読んで確かめてほしいと思う。

次回へ続く。

◆過去の「ブルーコミックス論」の記事
「ブルーコミックス論」21 羽生生純『青(オールー)』(エンターブレイン、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」20 入江亜季『群青学舎』(エンターブレイン、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」19 さそうあきら『さよなら群青』(新潮社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」18 篠原千絵『蒼の封印』(小学館、一九九二年)
「ブルーコミックス論」17 木内一雅作・八坂考訓画『青龍(ブルードラゴン)』(講談社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」16 松本充代『青のマーブル』(青林堂、一九八八年)
「ブルーコミックス論」15 やまじえびね×姫野カオルコ『青痣』(扶桑社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」14 やまじえびね『インディゴ・ブルー』(祥伝社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」13 よしもとよしとも『青い車』(イースト・プレス、一九九六年)
「ブルーコミックス論」12 松本大洋『青い春』(小学館、一九九三年、九九年)
「ブルーコミックス論」11 鳩山郁子『青い菊』(青林工藝社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」10 魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス、一九九七年)
「ブルーコミックス論」9 山本直樹『BLUE』(弓立社、一九九二年)
「ブルーコミックス論」8 山岸涼子『青青の時代』(潮出版社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」7 白山宣之、山本おさむ『麦青』(双葉社、一九八六年))
「ブルーコミックス論」6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)
「ブルーコミックス論」5 安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)
「ブルーコミックス論」4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」2 序 2
「ブルーコミックス論」1 序 1