出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル48(2012年4月1日〜4月30日)

出版状況クロニクル48(2012年4月1日〜4月30日)

先月 記したように、山下耕作『総長賭博』を40年ぶりに映画館で観たこともあって、続けて同じく東映仁侠映画の名作、加藤泰『明治侠客伝 三代目襲名』『緋牡丹博徒 お竜参上』なども、DVDで観てしまった。

総長賭博 明治侠客伝 三代目襲名 緋牡丹博徒 お竜参上

あらためて思い出すと、1960年代が戦前を舞台とする仁侠映画の時代で、70年代になると、戦後史を背景とする深作欣二『仁義なき戦い』に代表される実録路線へと転換していく。

仁義なき戦い

この転換はヒーローが鶴田浩二高倉健から菅原文太に代わっただけではない。前者においてヒーローがアンチヒーローを倒すことにカタルシスがもたらされたことに対し、後者の場合はもはやアンチヒーローも交換可能な存在でしかなく、戦後的システムを象徴するように描かれている。つまりシステムを改革しなければ、「仁義なき戦い」はいつまでも続き、死者を出すだけなのだ。

その一方で、出版業界の70年代のことを考えてみると、書店状況のドラスティックな変化が始まろうとしていた。ブック戦争に続く、筑摩書房三省堂の倒産に表われた出版不況の中での郊外店や大型店の出店、メディアミックスによる角川商法の席巻、80年代には複合店と郊外店の出店ラッシュ、90年代にはブックオフ公共図書館の増殖、今世紀に入ってはアマゾンと電子書籍が加わり、日本の出版業界を支えてきた中小書店は衰退の一途をたどっている。そしてかつてない出版危機を迎えてしまったのだ。

改革のための残り時間は少ない。これもまた、再販委託システムを利用した「仁義なき戦い」ゆえに生じたものと見なすこともできよう。菅原文太もその第一部で言っていたではないか。

「あとがないんじゃ、あとが」


1.深刻きわまりない現在の出版危機の構造を直視することなく、出版業界の関心と動向は、ただひたすら電子書籍をめぐる問題に向けられ、今年はアマゾンのキンドルの発売もあり、間違った前提を含んでさらに過熱していくだろう。

だからこそその前に、電子書籍を迎え撃つ日本の現在の紙の本の実態をはっきり認識すべきなのだ。それらはムック、文庫、コミックの分野に特質的に表われている。コミックは本クロニクルの2月に掲載しておいたし、後述もするので、ここではムックと文庫の表を示す。

■ムック発行、販売データ
新刊点数平均価格販売金額返品率
(点)前年比(円)(億円)前年比(%)前年増減
19996,59911.5%9151,3201.9%43.5▲0.5%
20007,1758.7%9051,3240.3%41.22.3%
20017,6276.3%9311,320▲0.3%39.8▲1.4%
20027,537▲1.2%9321,260▲4.5%39.5▲0.3%
20037,9906.0%9191,232▲2.2%41.52.0%
20047,789▲2.5%9061,212▲1.6%42.30.8%
20057,8590.9%9311,164▲4.0%44.01.7%
20067,8840.3%9291,093▲6.1%45.01.0%
20078,0662.3%9201,046▲4.3%46.11.1%
20088,3373.4%9231,0621.5%46.0▲0.1%
20098,5112.1%9261,0912.7%45.8▲0.2%
20108,7622.9%9231,0980.6%45.4▲0.4%
20118,751▲0.1%9341,051▲4.3%46.00.6%
*ムック扱いの廉価軽装版、コミックスを除く


■文庫マーケットの推移
新刊点数推定販売金額返品率
(増減率)億円(増減率)
19954,739 2.6%1,396▲4.0%36.5%
19964,718▲0.4%1,355▲2.9%34.7%
19975,057 7.2%1,359 0.3%39.2%
19985,337 5.5%1,369 0.8%41.2%
19995,461 2.3%1,355▲1.0%43.4%
20006,095 11.6%1,327▲2.0%43.4%
20016,241 2.4%1,270▲4.3%41.8%
20026,155▲1.4%1,293 1.8%40.4%
20036,373 3.5%1,281▲0.9%40.3%
20046,741 5.8%1,313 2.5%39.3%
20056,776 0.5%1,339 2.0%40.3%
20067,025 3.7%1,416 5.8%39.1%
20077,320 4.2%1,371▲3.2%40.5%
20087,809 6.7%1,359▲0.9%41.9%
20098,143 4.3%1,322▲2.7%42.3%
20107,869▲3.4%1,309▲1.0%40.0%
20118,010 1.8%1,319 0.8%37.5%

[欧米の電子書籍化が高定価のハードカバーや新刊を目玉にして進行していることに対し、日本の出版業界は雑誌と書籍によって成立し、しかもその内訳は雑誌においてムックとコミック、書籍において文庫や新書が大きなシェアを占めている。それに後者の発売は、雑誌と変わらない月刊誌形式によっている。

まずムックから見ると、07年以降は8000点を超え、週刊、月刊誌の倍以上が刊行され、大型化した書店の雑誌売場の定番商品となっていて、平均価格は1000円を超えていない。11年はムック市場を牽引してきた宝島社のブランドムック低迷によって、4年振りのマイナスとなっているが、定期雑誌の不振を補うために刊行点数は増えていくだろう。この表にはコンビニ向けコミック廉価版はカウントされていないので、この刊行点数1406点、販売金額232億円を加えると、ムック市場はさらに膨らむことになる。

次に文庫だが、新刊点数はこの10年で1.5倍近く増えている。だが売上はもはや増えておらず、微減状況にあるといっていい。ちなみに販売冊数も同様で、2億1000万冊台に置かれ、新刊平均価格は628円となっている。

つまり日本の出版状況とは、週刊誌、月刊誌、ムック、コミック、文庫、新書を合計すると、1兆2300億円、すなわち出版物売上の70%近くが廉価出版物によって占められているのだ。

しかもそのような出版状況に重なって、コミック、文庫、新書を100円均一で売っている、ブックオフを始めとする新古本チェーンの数千店に及ぶインフラ、無料貸し出しの公共図書館3000館などが存在している。そのような中で、それらを読むためにわざわざ端末と電子書籍を買うだろうか。いたとしても、それがただちに大勢を占めるようにはならないことを断言してもいい。

これが日本の紙の本をめぐる出版、流通、販売、読書環境の現実であり、電子書籍を喧伝している人々は、このような日本特有の事実を明確に認識した上で、そのビジョンを描いているとは決して思えないのである]

2.全出版社を対象とする電子出版の制作、配信、販促、管理などを目的とする出版デジタル機構が、5年後に100万点、2000億円の売上を目標とし、出版社11社の出資によって設立。

新文化』(4/5)にその代表取締役植村八潮へのインタビューが掲載されているので、それを要約する。


*資本金は現在の3億2400万円から、170億円になる予定。それは講談社小学館集英社の各2億円の増資、大日本印刷凸版印刷の各3億円の出資、官民ファンド産業革新機構150億円の投資による。

*その資本金の大半は電子出版の制作費に向けられ、出版社から電子書籍化を請け負った場合は出版デジタル機構が100%立て替え負担し、売上で相殺。

電子書籍所有権は出版社から完全パッケージで持ちこまれたものは出版社、出版デジタル機構で制作したものは売上で制作費が回収されるまで、データ所有権と販売権は同機構にある。著作権は著者に属する。

*販売価格は電子書店の委託販売(エージェンシー)モデルでは出版社、電子書店による卸売(ホールセラー)モデルでは電子書店が決めるが、それ以外の契約についてもそれぞれ対応していく。

出版デジタル機構の制作した電子書籍の出版社からの卸価格は一律一方的ではなく、個々に協議する。

*同機構がめざすのは出版社の電子書籍ビジネスのサポートであり、その本質は市場を拡大するための公共インフラである。

*そのことで紙の本に良い影響を及ぼし、またリアルな書店でも電子書籍が売れるようにしたい。リアルな場だからコンテンツは売れるし、20坪の書店で100万点のデータを見れるようにし、リーダー端末を持ちこみ、検索し、試し読みして、紙の本やオンデマンド、電子書籍を注文できるようにする。そのために電子書籍環境を整備しなければならない。

[本クロニクルでも既述してきたように、出版デジタル機構のスキームは経産省、日本インフラセンター(JPO)、パブリッシングリンクのラインをベースにして形成され、官民ファンドから150億円の出資を受けることは、同機構の議決権をファンドが握ることを意味し、実質的にそこでの電子書籍化が官主導によって推進されることを意味していよう。

そこにあるのは電子書籍事業のヘゲモニーの争奪戦とアマゾンへの対抗で、中小書店を守るなどという意図はまったく眼中にないと思われる。

それも大いなる問題だが、植村が言及している最後のリアル書店電子書籍の関係は、あまりにも能天気にして幼稚なイメージであり、このようなビジョンに先の3社の他に角川書店勁草書房、光文社、新潮社、版元ドットコム、文藝春秋平凡社有斐閣も賛同し、出資したのかと考えると、まさに唖然とする。

要するに各社とも落ち続ける一方の売上を電子書籍によって回復したいという願望によっているのだろうが、想像力と1で示したような出版状況認識が欠如していると見なすしかない。それゆえにこそ、失われた10数年を傍観して過ごし、未曾有の出版危機に追いやられてしまったのだと実感してしまう。

これも1で言及したが、日本の出版業界は欧米と異なり、書籍だけではなく、雑誌とコミックを加えた3つの分野によって形成されている。その11年の売上を示す。失われた10数年を示す意味で、カッコ内はピーク時の96年の売上である。

  書籍 8199億円 (1兆931億円)
  雑誌 7591億円 (1兆3098億円)
  コミック 2253億円 (2535億円)

このような分野別売上に対し、10年の電子書籍は650億円で、その内訳はコミックを中心とするケータイ電話市場が572億円と88%を占めている。

この数字はともかく、出版デジタル機構がめざすという電子出版2000億円は11年のコミックに匹敵するものだ。このコミックの売上は4億5216万冊の販売、それも初版400万部という『ワンピース』を始めとする、書籍とはケタがちがう大ベストセラー、新刊1万2000点をベースにして、初めて可能な数字である。

ワンピース

これらのコミック状況とケータイ市場の現在を考えれば、電子出版も単価の問題から見ても、コミックの売上部数に近い数字を上げなければ、2000億円を達成することはできない。日本の出版業界の歴史と構造から判断すると、このような電子書籍構想そのものが机上の空論にすぎないのは自明である。そしてこのような歴史、構造、状況の錯誤から生じたとしか思えない構想は、かつての消費税の内税処理と同様のトラウマを、これからの出版業界にもたらすにちがいない。

もし仮にこの電子出版2000億円が5年後に達成されたとしても、その時にはすでに前述の紙の3つの分野のマイナスがそれ以上に生じ、現在のような取次も書店も必要ではなくなる事態を招き、それは出版社も同様だと推測される]

3.日本出版インフラセンター(JPO)による「経産省委託事業」である「電子出版と紙の出版物のシナジーによる書店活性化事業調査報告書」が出され、経産省のホームページで読むことができる。

これはJPOの「書籍等デジタル化推進事業」の検討委員会「フューチャー・ブックストア・フォーラム」の活動報告書で、全体の目標を「電子出版と紙の出版物による書店活性化」とし、ハイブリッド型書店の実現、地域コミュニケーションとしての書店役割の強化、新業態の開発という3つの柱を設け、5つのワーキンググループによる、333ページの調査報告書になっている。

[出版デジタル機構の主旨が電子書籍事業の推進による出版社の売上の落ちこみの回復を目的としているように、このJPOによる「報告書」はその書店版といってよく、電子出版と紙の本の両者を売ることでの書店の活性化を意図して編まれている。もちろんそれらは表面的なものであるにしても。

しかしはっきりいって読むに値する報告書ではなく、官僚的レポートそのもので、その文章に危機感はまったく感じられない。これをカノンとしてはならない。第1章における問題提起の意味の曖昧性、第2、3章の調査、実験の恣意的な設定、第4、5章における絵に描いた餅のような活性化に向けた研究と提言の中のどこに、危機にある中小書店を救う道が示されているといえるのだろうか。

「フューチャー・ブックス・フォーラム委員名簿」(p9)、「書店ビジョン研究WG会議メンバー」(p249)を見ると、アリバイ的な書協、雑協、取協、日書連、大手書店の役員などの他に、出版文化産業振興財団、国立情報学研究所、文化通信、出版学会、JPOのメンバーがいて、実質的に後者がこの事業を仕切っているのだろう。

わけても東京電機大出版局長で、出版学会の会長職にあった植村八潮は、前述の出版デジタル機構の代表取締役、及び「フューチャー・ブックス・フォーラム」の副会長であり、その役割と露出度からいって、彼が中心人物の一人と見なすことができよう。

しかしその発言をすでに検討したように、出版業界の歴史と構造、状況をふまえた上で、その任についているとはとても思えない。

かつて未来社の西谷能雄が私に苦々しげに言ったことがあった。大学出版会のことしか知らないのに、出版学会の中枢を占め、出版に関して発言している人たちは、民間の中小出版の実情や苦しさといった本当のことは何もわかっていないと。この発言に関し、西谷は故人であるが、その生前の出版論から考えて実名を挙げてもかまわないとの判断に基づいている。

また「書店ビジョン研究WG」は、本クロニクルなどで私に批判された人々が顔を揃えていて、これも笑ってしまうのである。ここに記されている分析や意見にしても、私がずっと一人で出版状況をレポートし、言及してきたことを抜きにして、成立しないだろう。それにこの人たちはこれまでまともな同時代出版状況分析を提出してきていない。

これらのメンバーの中に、書店の現場と事情に最も通じた「出版人に聞く」シリーズに登場している人々が、どうして召喚されていないのかも考えてほしい。結局のところ、ここには中小の書店や出版社に通じている人々はほとんどいないといっていいだろう。それを確かめる意味で、時間が許す読者はぜひこの「報告書」を一読してほしい]

4.電子書籍市場をめぐって、『週刊朝日』(4/27)が「楽天が電子書籍に参入表明」と題し、三木谷浩史社長にインタビューしている。それも要約してみる。

*出版界が縮小しているなか、電子書籍は出版業界が復活する大きな起爆剤となると思っている。

*電子書籍端末の登場は「革命」だ。

*買収したカナダの電子事業会社Kobo社の電子書籍端末「Kobo」を買いやすい手頃な価格で出す。

*アマゾンとちがい、楽天は日本の会社なので、出版業界と共存共栄でやりたい。だから価格決定権を握ろうとする競合他社とは異なるスタンスで、安売りはしない。

*日本のマンガを世界中に発信したい。大きなビジネスになる。

*今の日本の書籍市場の9000億円の半分の4500億円は、早ければ5年後に電子書籍になる。

*今年前半までに「Kobo」と電子書籍を発売予定。


5.アマゾンと学研ホールディングス、主婦の友社、PHPなどの40社が、電子書籍配信「キンドル」に関する契約に合意、角川GHDもそれに続くとされる。

[電子書籍配信をめぐる楽天とアマゾン、及びそれこそ「競合他社」の動きが具体的なかたちで、これから続々と明らかになり、それに横並びに連なっていく出版社の姿も浮かび上がってくるだろう。これらのネット企業と出版社に共通する視点は、端末とコンテンツが普及すれば、電子書籍売上は急成長するという希望的観測、幻想である。

しかし12で見たように、日本の出版状況を冷静に検討すれば、そこで挙げられている2000億とか4500億円といった数字が販売本数からいっても、机上の論理にすぎない。楽天の三木谷にしても、その発言からして、日本特有の出版状況を認識していないのは明らかで、それは端末メーカー、ネット企業、配信書店に共通している現象だと考えられる。

またしても『仁義なき戦い』(角川文庫)であるが、原作ともいえる美能幸三の手記は「つまらん連中が上に立ったから、下の者が苦労し、流血を重ねたのである」との一言で終わっている。もちろんこの言葉に自戒もこめてのことだが、電子書籍問題も、そのような危惧を孕んで進行しているように思えてならない]
仁義なき戦い

6.『日経MJ』(4/8)がJPOの「報告書」が出されたことを背景に、一面で「『稼ぐ書店』(新たなページ)」と題する特集を組んでいる。そのリードは次のようなものだ。

「書籍のネット通販は拡大し、電子書籍の本格普及は目前に迫る―。そんな今、次代の書店の姿を探る動きが活発になっている。経済産業省が主導する出版流通改革は旧来の慣習からの脱皮を目指す。」

そしてジュンク堂新宿店の閉店に絡んで、他の小売業種と坪効率が示されている。それも挙げておこう。

  ジュンク堂 126万円
  紀伊國屋書店 209万円
  ビッグカメラ 878万円
  ロフト(雑貨) 239万円
  東京デリカ(バッグ) 229万円

[ジュンク堂の売上では好立地の店舗の高い賃貸料は払えないのであり、それは書店業界に共通している。再販委託制下の粗利益22%の限界を露骨に表わしていることになる。

それゆえにこの特集は「稼ぐ書店」の未来像を
「報告書」にのっとって、「地域密着型」「おすすめ型」「空間・時間消費型」の3つを提示しているが、これは早くも現われた「報告書」の悪影響だと考えるしかない。

「地域密着型」こそは、かつての商店街の書店のあり方で、リピーターを主として地元に根づき配達もしていたのに閉店に追いやられた。「おすすめ型」はそのような店員も客も不在であり、「空間・時間消費型」は一部の店でしか成り立たないとすぐに指摘できよう。

それゆえに絵に描いた餅のような提案だと既述しておいたのである。このような言説と提案に対して、誰が責任を取るのであろうか]

7.JPOの「報告書」が出される一方で、ナショナルチェーンや地方チェーンの書店経営者たちはどのように考えているのだろうか。

たまたま今月は三洋堂の加藤和裕社長と平安堂の平野伸二郎社長が、それぞれ『日経MJ』(4/20)と『文化通信』(4/2)のインタビューに答えている。

加藤の言を要約する。
 
*1万3000店ある日本の書店は10数年後に5000店ほどに減る可能性が高い。

*店舗過剰、ネット出通販拡大により、書店経営は厳しく、従来モデルで生き残るのは困難で、新刊やDVDレンタルから中古本や雑貨にシフトし、保険商品も取りいれ、旅行商品も検討中で、多角化を進めている。

*来年までに全86店の改装を終え、本を扱う、消費者ニーズにかなった新しい形の小売店モデルをめざす。


平野の言も要約する。 
*高沢産業傘下に入ったのは、この数年の書店業界の急激な変化を考え、10年後に生き残っているのか疑問であったからだ。

*グループ入りし、子会社となったことで、資金繰り、投資案件、新規オープンなどがスムーズになるメリットが大きい。

*フランチャイズのジャパンブックボックス(JBB)のビジネスモデルは破綻し、94年の220億円の売上高は、昨年には91億円になっていた。

*既存店のリニューアル、スクラップアンドビルドを進めるとともに、長野県の再ドミナントをめざす。

*書籍だけでなく、今取り組んでいる文具に雑貨に加え、様々な商品、サービスを提供していく新しい業態も考えている。

[両社とも、再販委託制に基づく低い粗利益の雑誌や書籍ではこれからの経営は困難であり、それらに他の商品とサービスを加えた、所謂ヴィレジヴァンガードのような業態をさらに進めたバラエティーストアを構想しているのだろう。このようなインタビューにも、再販委託制の疲弊が投影されている]

8.日書連が日販、トーハンに対して、返品入帳に関し、優越的な地位の濫用により、不当な取引制限を行なっているとし、公取委に申告を決定。

[これは昨年に出した日書連の返品の「同日精算」要望に関して、日販、トーハンがゼロ回答だったためにとられた処置である。だが「同日精算」については、大手ナショナルチェーンなどでは既得権となっているはずで、これは実質的に大手チェーンと中小書店の返品入帳格差を公取委に申告することになろう。この申告の行方はどうなるのか]

9.ジュンク堂が近鉄百貨店の子会社ビッグウィルの株式86%を取得。ビッグウィルは近鉄店舗内を中心に書店とレンタル業を営み、年商は22億円。

またブックファースト41店を展開する阪急リテールズは、書店販売のブックファースト事業を分社化し、新会社ブックファーストを設立し、同社は阪急電鉄100%出資の阪急阪神ホールディングス流通部門のグループ会社となる。

7で見た三洋堂や平安堂の再編の動きと同様に、関西でも様々な再編が始まろうとしているのだろう]

10.出版社の新企画が自己破産。

[出版社の知名度は低いにしても、刊行雑誌名を出せばすぐにわかると思う。これは1962年設立で、『盆栽世界』や『自然と野生ラン』などを出していた出版社である。後者などはランのブームの際にはかなり人気があった雑誌で、『盆栽世界』も趣味誌としては歴史があり、それなりに読者もついていた雑誌だと記憶している。これは何度も書いてきたが、雑誌を中心にして形成されてきた近代の「趣味の共同体」が次々に崩壊していることの表われだと考えられる。

その他にも児童書などのパロル舎の倒産も伝えられている。

また先月に続いて、印刷会社のマルス、ゲーム雑誌などの編集プロダクションの超音速の倒産も起きている]

11.エンターブレインのヤマザキマリの『テルマエ・ロマエ』は映画化もあって、既刊4巻で500万部に達し、これから出る第5巻は初版100万部と伝えられている。

テルマエ・ロマエ
[私は本クロニクルでも既述してきたように、エンターブレインと『コミックビーム』とそのコミックのファンなので、本当に寿ぎたいと思う。しかもビームコミックスの大半を読んできたこともあって、奥付にある編集長奥村勝彦の名前を覚えてしまったほどだ。鈴木みその『マスターピース・オブ・オールナイトライブ』第4巻の「ERエログロ乱発」に奥村が登場し、その内幕を次のように語っている。

コミックビーム マスターピース・オブ・オールナイトライブ 4

「マンガ家なんてえのは一歩間違えりゃ社会不適合者よ。ビームなんてな、中でもアブネエやつそろえた病院みてえなとこだ」

つまり『コミックビーム』は病院で、自分は医者で、連載中のマンガ家たちは入院患者だといっているのだ。その病院に空きベッド待ちの多くの新しい患者がやってくるが、ほとんど病気ではなく、有望な患者は年に1人か2人しかいない。その診断は「オレが面白れと思えば何だってOK」だ。奥村の他に編集者はそれぞれ専門医の岩井、ヒロセ、藤井の3人で、いずれもここにポートレートとともに描かれている。それゆえに彼らが送り出すコミックの面白さと質が保証されているのだとわかる。だから『テルマエ・ロマエ』のヒットも偶然ではないのである。それが失われてしまい、ルーティンワークのような編集や出版が行なわれていることも、出版業界の危機と関係しているのではないだろうか。

なお『創』(5・6月号)が恒例のマンガ特集を組んでいて、ヤマザキマリの写真が掲載され、その横にいる、コミックの中に描かれているのと少し異なる奥村の姿を初めて見ることができた。

折しもコミックの編集といえば、『編集王』の土田世紀の訃報が届いた。彼の『同じ月を見ている』は秀作であったことを思い出す]

創 5・6月号 編集王 同じ月を見ている

12.理論社の創業社小宮山量平が亡くなった。

[昨年の元みすず書房の小尾俊人に続いて、またしても戦後の出版史の重要な証人を失ってしまったことになる。
理論社は最初社会科学書の出版社で、それから児童書へとシフトしていき、近年の倒産に至り、実質的にそこで半世紀にわたる軌跡は途絶えてしまったと見なせるだろう。。

その理論社については社史も出されておらず、小宮山もまた小尾と同様に、まとまった出版回想録を残してくれなかったので、重要な出版史がここでも空白のままになってしまった。

小宮山に関しては「出版人に聞く」シリーズの候補者に挙げ、打診してみる予定でいたところ、鬼籍に入ってしまい、本当に残念である]

13.『思想』(3月号)によって、フリードリヒ・キットラーの死を知った。

思想
[キットラーの存在は1999年に筑摩書房から出された『グラモフォン・フィルム・タイプライター』で知り、明らかにフーコーの影響を受けた、マクルーハンとは地平を異にする、新たな文化史家の出現を感じた。

ただ難解なために、どこまで読みとれたのかは心許ないところもあったが、拙著『ヨーロッパ 本と書店の物語』にも援用させてもらった。

その後主著とされる『書きこみのシステム1800・1900』や『文化学の文化史』の翻訳を待っていた。だがそれがかなえられる前に、まだ68歳で亡くなってしまったことになる。

奇しくも『出版ニュース』(3/下)の伊藤暢章の「海外出版レポート・ドイツ」に、巨大書店網であるヴェルビルド出版グループの書店やターリア書店が次々に売りに出されているというニュースが報じられていた。このようにドイツの流通販売事情のドラスティックな変貌についてのキットラーの意見を聞いてみたかったが、こちらもかなえられなかったことになる]

グラモフォン・フィルム・タイプライター ヨーロッパ 本と書店の物語

14.『ダ・ヴィンチ』5月号が「京都で、本を。」の特集を組んでいる。

ダ・ヴィンチ 5月号 男の隠れ家 4月号

[本クロニクルで、『男の隠れ家』4月号の書店と古本屋特集を紹介しておいたが、その京都版といったアイテムが感じられる。
私は京都のことを何も知らないので、色々と教えられ、それらの京都マップも織りこまれ、「完全保存版」は羊頭狗肉ではないと思った。

それに「京都で、本を。」の間にはさまれたいつもの『ダ・ヴィンチ』的な記事、情報がこの特集とアンバランスで、それがとてもおかしい]

15.絓秀実の『反原発の思想史』が筑摩書房から刊行され、いくつもの書評を見ているが、私見によれば、これは60年代以後の出版史として読むことができる。

反原発の思想史

実は「出版人に聞く」シリーズとして、近いうちに『図書新聞』の井出彰へのインタビュー『書評紙の戦後と現在』を予定しているのだが、絓は井出の後の『日本読書新聞』編集長であり、そのようなアングルゆえに、このような出版史も描けることを実感した次第だ。そうしたアングルも含めて、井出ならではの戦後出版史もぜひ聞いてみたいと思う。

「出版人に聞く」シリーズの刊行がしばらく中断している。しかしこれは中止になったわけではなく、すでに4本はゲラとなり、進行中である。

ただ著者の都合によっているので、もうしばらくお待ち頂きたい。