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ブルーコミックス論51 名香智子『水色童子K.K.』(小学館、二〇〇四年)

水色童子K.K.1 水色童子K.K.2 水色童子K.K.3


この『水色童子K.K.』を取り上げるべきか、いささか迷ったのだが、これもタイトルはブルーに属しているし、挙げておくべきだと判断したのである。本連載で後述することになるボリス・ヴィアン『北京の秋』(岡村孝一訳、早川書房)というブラックユーモアとSFの混合のような作品がある。そのタイトルの由来についてヴィアンは、内容は北京とも秋とも何の関係もないけれども、あえて『北京の秋』にしたと伝えられている。
北京の秋

『北京の秋』の例を挙げたのは、やはりコミックにもタイトルに示されたイメージとその内容がまったく異なっている作品があるからだ。それが今回取り上げる名香智子『水色童子K.K.』に他ならない。最初このタイトルを見た時、「水色」の色彩はもちろんのこと、「童子」なる言葉に引きつけられた。「童子」はわらべや子供の意味だけでなく、仏教用語として、仏道修行のために寺院に入り、仏典などを学習し、法会には高僧の出行の供を務める童児といった定義も含まれている。それに私たちの世代は、かつて田辺虎男原作、南村喬絵『白馬童子』少年画報社)というテレビ化されたコミックがあったことも記憶している。それに最後の「K.K.」とは何のイニシャルなのか。それゆえに私が『水色童子K.K.』の三巻本を購入したのは必然的な行為といえよう。
水色童子K.K.1 (マンガショップ

ところが読んでいくと、そのような私の予測が完全に間違っていたことに気づかされた。「水色」は色彩とは関係なく、「童子」もわらべや子供と無縁で、「K.K.」に至ってはきわめて即物的なものでしかなかったのである。

それを説明する前に、まず登場人物たちを紹介しておかなければならない。古城守水音(こじょうもりみずね)は売れっ子まんが家だったが、あまりの忙しさに嫌気がさし、廃業してしまう。彼と同居しているのは占い師の加納一色(いっしき)で、久しぶりに街に出た水音は、ひとりの女性と知り合いになる。それは警察を辞めたばかりの元刑事柊都来(とら)だった。そして水音と都来が関わった事件をきっかけにして、一色と三人で探偵生活に挑んでいくことになる。この三人はカバーの絵にも明らかなように、名香の人物描写、及び「フラワーコミックス」の特質ゆえに、男女の区別が定かでない造型である。

実は水音が知り合った都来を事務所兼自宅に連れていくのだが、その豪邸には「水色童子K.K.」という表札が掲げられていた。都来は「水色童子株式会社…?」なのかと考える。つまりこれがそのままタイトルに転用されていたのである。

水音は都来に一色との関係を語る。俺たちは家が隣同士だったことから幼なじみで、小学生の時に俺と一色の双方の両親が一緒に旅行に出かけ、その旅行先でバスが事故にあい、二人とも同時に両親をなくしてしまった。俺には姉さんがいたが、それから一色と俺たち姉弟は家族のように暮らしてきた。そして姉さんと一色が結婚し、一色が義理の兄となった。その姉さんは半年前に病気で死んでしまった。俺よりも愛する妻をなくした一色のほうがつらいし、傷も深いだろうと。

そしてその一色の口からタイトルの由来も明かされる。

 「水色童子K.K.」は古城守水音の「水」、加納一色の「色」そして水音の姉で俺の妻の童子(わらべこ)からとった水色童子K.K.という会社なんだ。(中略)
 しかし今となっては水色童子の名前をみるたびに童子がいないことを思い知らされる……」

水音が姉をなくしたように、一色が妻をなくしたように、会社や建物もその管理者というべき童子を失ってしまったのである。双方の両親の死と喪失を背景にして、姉と妻を兼ねる一人の女性も三角形の頂点とする新家族が生まれた。そのことによって、弟は売れっ子のまんが家、夫はよく当たる占い師となっていったが。彼女の死はまず弟のまんが家の仕事を終焉させる。両親の死を通じて新しい家族が再生したように、それらの死や終焉をきっかけにして新たな再生が求められなければならない。まずその童子(わらべこ)の不在の代わりを務める女性が発見され、それが兄も含めた家族全員が警察関係という都来であることによって、物語もまたタイトルとまったく関係のない探偵推理コミックへとシフトしていくことになる。

最初の物語は「神隠し事件」で、三人が事件を追い求めていくのだが、こちらは章題通り、子供が遊園地で行方不明になったものである。新たな再生のためには子供の不在もまた必要であるかのように始まっているといえよう。

しかし探偵推理コミックとしてはあまりもご都合主義的ストーリーで、水音がアジア系外国人に財布をすられ、都来と知り合い、一色のもとに行方不明の子供の母親が占いを頼みにきて、その事件に関連して、都来は母親と面識があったとわかる。そして占いで誘拐犯のアジトが浮かび上がり、その誘拐目的は臓器売買だとされ、水音は外国人の居場所を突き止める。だが見つかってしまい、窮地に陥るが、そこに都来や一色が救助にかけつけ、子供も助かり、「神隠し事件」は解決に至る。そして童子(わらべこ)の代わりに都来が掃除のアルバイトにくることが決まる。水音と一色の二人だけだと、「どうしても暗いトンネルから抜け出せない。俺たちにはなにかが必要なんだ!」と結ばれている。

結局のところ、最後まで物語の展開もタイトルが会社であること以外に、何の関係もない。だからこれらの紹介や説明は、「水色」という色彩に関してはまったくの徒労であり、それを確認するために記したことになる。

これだけ「水色」とも何の関係もないコミックもめずらしいし、落とさずにふれておくのも一興かと思い、ここに一文を草してみた。

次回へ続く。

◆過去の「ブルーコミックス論」の記事
「ブルーコミックス論」50 吉田基已『水の色 銀の月』(講談社、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」49 かわかみじゅんこ『軽薄と水色』(宙出版、二〇〇七年)
「ブルーコミックス論」48 大石まさる『みずいろパーフェクト』(少年画報社、二〇〇八年)
「ブルーコミックス論」47 グレゴリ青山『マダムGの館 月光浴篇』(小学館、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」46 豊田徹也『アンダーカレント』(講談社二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」45 漆原友紀『水域』(講談社、二〇一一年)
「ブルーコミックス論」44 たなか亜希夫『Glaucos/グロコス』(講談社、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」43 土田世紀『同じ月を見ている』(講談社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」42 marginal×竹谷州史『月の光』(エンターブレイン、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」41 喜国雅彦『月光の囁き』(小学館、一九九五年)
「ブルーコミックス論」40 平本アキラ『俺と悪魔のブルーズ』(講談社、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」39 中村珍『羣青』(小学館、二〇一〇、一一、一二年)
「ブルーコミックス論」38 山田たけひこ『マイ・スウィーテスト・タブー ―蒼の時代』(小学館、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」37 山岸良子『甕のぞきの色』(潮出版社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」36 金子節子『青の群像』(秋田書店、一九九九年)
「ブルーコミックス論」35 原作李學仁・漫画王欣太『蒼天航路』(講談社、一九九五年)
「ブルーコミックス論」34 原作江戸川啓視、漫画石渡洋司『青侠ブルーフッド』(集英社、二〇〇五年)
「ブルーコミックス論」33 原作江戸川啓視、作画クォン・カヤ『プルンギル―青の道―』(新潮社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」32 高橋ツトム『ブルー・へヴン』(集英社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」31 タカ 『ブルーカラー・ブルース』(宙出版、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」30 立原あゆみ『青の群れ』(白泉社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」29 高田裕三『碧奇魂 ブルーシード』(新装版講談社、二〇一〇年)
「ブルーコミックス論」28 秋里和国『青のメソポタミア』(白泉社、一九八八年)
「ブルーコミックス論」27 やまむらはじめ『蒼のサンクトゥス』(集英社、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」26 原作・高山 路爛、漫画・やまだ哲太『青ひげは行く』(集英社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」25 柳沢きみお『青き炎』(小学館、一九八九年)
「ブルーコミックス論」24 島本和彦『アオイホノオ』(小学館、二〇〇八年)
「ブルーコミックス論」23 石川サブロウ『蒼き炎』(集英社、一九九〇年)
「ブルーコミックス論」22 志村貴子『青い花』(太田出版、二〇〇六年)
「ブルーコミックス論」21 羽生生純『青(オールー)』(エンターブレイン、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」20 入江亜季『群青学舎』(エンターブレイン、二〇〇四年)
「ブルーコミックス論」19 さそうあきら『さよなら群青』(新潮社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」18 篠原千絵『蒼の封印』(小学館、一九九二年)
「ブルーコミックス論」17 木内一雅作・八坂考訓画『青龍(ブルードラゴン)』(講談社、一九九六年)
「ブルーコミックス論」16 松本充代『青のマーブル』(青林堂、一九八八年)
「ブルーコミックス論」15 やまじえびね×姫野カオルコ『青痣』(扶桑社、二〇〇九年)
「ブルーコミックス論」14 やまじえびね『インディゴ・ブルー』(祥伝社、二〇〇二年)
「ブルーコミックス論」13 よしもとよしとも『青い車』(イースト・プレス、一九九六年)
「ブルーコミックス論」12 松本大洋『青い春』(小学館、一九九三年、九九年)
「ブルーコミックス論」11 鳩山郁子『青い菊』(青林工藝社、一九九八年)
「ブルーコミックス論」10 魚喃キリコ『blue』(マガジンハウス、一九九七年)
「ブルーコミックス論」9 山本直樹『BLUE』(弓立社、一九九二年)
「ブルーコミックス論」8 山岸涼子『青青の時代』(潮出版社、一九九九年)
「ブルーコミックス論」7 白山宣之、山本おさむ『麦青』(双葉社、一九八六年))
「ブルーコミックス論」6 狩撫麻礼作、谷口ジロー画『青の戦士』(双葉社、一九八二年)
「ブルーコミックス論」5 安西水丸『青の時代』(青林堂、一九八〇年)
「ブルーコミックス論」4 佐藤まさあき『蒼き狼の咆哮』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」3 川本コオ『ブルーセックス』(青林堂、一九七三年)
「ブルーコミックス論」2 序 2
「ブルーコミックス論」1 序 1