作家のビダー・ボイドは画家のフェルと知り合う。フェルはビダーのファンで、七千部の処女作『午前の光』の一冊を買い、その後の雑誌に発表された短編を追いかけて読んでいるという。フェルは自分がホモセクシャルだと告白しながら、彼女にどうしてニューヨークにきたのか、本を出すためなのかと尋ねる。するとボイドは答える。「いいえ、十五の時、両親が別れて母と姉と三人でテキサスから移って来たの。(中略)あたしは家で習作を書いて、ウエイトレスをしていた先で客だったエバンの父親と結婚して離婚して作家になっておしまい」と。
それに対して、フェルはいう。
「――本を読みながらいつも思っていたんだ。いったいどんな人だろうって。(中略)全部そうとは限らないけど、本ていうのは不思議だろ。
自分じゃ言葉にできなかったけど、確かに思ったり感じたりしたことが書いてあるんだ。でなきゃ生れる前か、ともかくどこかで知ってたことが――酷くなつかしい感じなんだ。
だからぼくは君や作家たちは何か特別な鍵を握ってるんじゃないかと思ってたよ、何かの秘密をね。(後略)」
『青また青』はビダー自身が語った個人史と自らの小説との通底、フェルと同様にホモである版権代理人テシックとその愛人ハースの関係とが交錯して物語は進んでいく。
ビダーのトラウマは十一歳の時に隣りに越してきた若い石油技師に恋し、彼を石油事故で失ったことだった。その晩、彼女は姉とテレビのショーを見ていて、尼僧姿の黒人女性が霊歌「漕げよマイケル」を歌っていた。だが真夜中になって、空が赤く、表が騒々しくなり、石油技師も消えてしまった。母から石油技師が急に引越したといわれたが、彼の写真を新聞で見つけ、それで初めて彼の名前がグレイ・ハートだと知った。愛の意味や死の存在もよく理解していなかったけれど、彼が突然消えてしまったことで、何もかもが変わってしまい、街のどこもかもが灰色に見えるようになった。彼の名前は何かお祈りの文句のようで、その名をいつも唱えていた。そしてある日気づいた。それは石油技師がなくなった後の自分の名前だったんだと。
ちなみに付け加えておけば、何年か経って、「漕ぎよマイケル」を歌っていたのがダイアナ・ロスだとわかった。このグレイ・ハートなる名前はナサニエル・ウエストの、アメリカの三〇年代の暗い世相と救いのない人間の心を描いたMiss Lonely Hearts (邦訳『孤独な娘』丸谷才一訳、ダヴィッド社)にヒントを得ているのではないだろうか。
この石油技師を失った夜は三回にわたってフラッシュバックされる。ビダーが小説家になろうとしたのは、何かを取り戻し、その喪失感から回復するためだった。しかし夢の中で、石油技師の代わりにテシックが顔を出し、君が小説家になりたいのであれば、ストーリー・テラーになるコツを教えてあげるという。「かんたんなのはね。幸せな主人公を不幸のどん底につき落とせばいいんだ。窓の外をご覧」と。またしてもあの夜のことが再現されるのだ。
その一方でビダーの周囲で次々に事件が起きていく。前夫の出現と脅迫、フェルの負傷とさらなる襲撃が重なり、必然的に彼女も犯人探求に赴くことになり、それを彼女は新しい短編に仕上げたのだ。タイトルは「ユーウツまたユーウツ(ブルーアンドブルー)」、すなわち本タイトルの『青また青』ということになる。
この作品はデフォルメして完全なフィクションをよそおっているが、テシックにいわせれば、ビダーの自伝で、「作家の姉にホモの版権代理人ヤクザのせがれの前夫!」と「わざとわかるように書いた」のだ。しかもハースが殺人鬼だと指摘しているのである。ビダーはいう。「発表するために書いたんじゃないのよ。(中略)あなたの言うとおりゴシップ雑誌並みの駄作よ。」しかしテシックは答える。「だがゴシップ雑誌並みに売れるかもしれん!」
しかしハースは原稿を盗み読み、テシックを刺し、ビダーに復讐するために、息子のエバンのいる保育園に向かった。ビダーはハースにピストルを構えるが、彼はナイフを手にして向かってくる。彼女はピストルを撃つが、ハースもビダーの首を絞める。すると彼女は気が遠くなる中で、またしも石油技師を求めて彷徨っている少女時代が浮かび上がってくる。もうひとつのトラウマというべき真相が。「――いつも思っていた。あの時死ぬべきだったんだと。そうだ、わたしは死にたかったんだ。小説など書かずに」
繰り返しフラッシュバックされる石油技師の記憶とは、少女のエロスというよりもタナトスへとつながるものであったのだ。「死よ、わたしは長いあいだ、お前を愛おしく思ってきたのだ。あの時死んだ自分を愛おしんできたのだ」。それゆえに『青また青(ブルーアンドブルー)』は『ユーウツまたユーウツ』へと転化することになる。
しかしそれは同時にテシックにしてみれば、ホモセクシュアルのメタファーともなり、事件後にハース・ファンクラブなるところからの脅迫状に対し、ビダーが「覚悟することね、もとより陽に背を向けた倒錯愛よ」というと、彼は「ユーウツまたユーウツだ!」と答えていることも、それを示唆しているように思える。
伸たまきがどのような漫画家なのかまったく知らないが、『青また青』はタイトルも物語も重層的で、新書館系列に位置する漫画家の一面を教えられたようにも思う。
なお伸たまきは2000年にペンネームを獸木野生に変えている。