出版状況クロニクル56(2012年12月1日〜12月31日)
2012年の本クロニクルを通じて、出版業界にとって正念場の年ではないかと記してきた。
それと連動するように、出版物売上高は落ちこむ一方で、これまでよりもさらに深刻な危機的状況へと追いやられている。そのことによって、ただでさえタイトであった、出版社、取次、書店のキャッシュフローが枯渇し始めている。12月の出来事にもそれがあからさまに表われ、13年は広範に及んでいくことが予想される。
それゆえに12年で止めるつもりでいた本クロニクルも、続けざるをえないことになってしまった。このような最悪の状況下にあっても、危機の実態を不断に告げるのは、依然として本クロニクル以外にないからだ。
これはすでに制度疲労を伴った再販委託制下においてなされた、1980年代以後の書店のバブル出店と大型化、出版社のバブル新刊発行、それらとパラレルに出現した複合書店と新古本産業の帰結だった。
そのようなプロセスの中で、出版業界の失われた15年が進行していたのであり、肝心な出版流通システムというソフトの改革はまったくなされないままに、ここまできてしまったといえる。またこの出版危機が日本だけで起きている特異なものであることも、本クロニクルで既述してきたとおりだ。
その中で出版物の意味と価値はひどく失墜し、もはや失われてしまったかのようでもある。ニーチェは『反時代的考察』において、人々が読書に飽き、著者も含めて自分がつくった書物、読んだ本を暖炉にくべ、たきつけのようにする時代がくるかもしれないし、それは後になってみれば、暗黒時代と呼ぶようになるといった意味のことを述べていた。
だが、もはや書物は たきつけにもならず、ただ捨てられる時代を迎えてしまったのだ。
1.出版科学研究所による2012年1月から11月までの出版物推定販売金額を示す。
月 | 推定販売 金額 | 前年同月比 (%) | 書籍 | 前年同月比 (%) | 雑誌 | 前年同月比 (%) |
1 | 119,254 | ▲7.1% | 56,300 | ▲8.4% | 62,954 | ▲5.9% |
2 | 167,797 | ▲1.2% | 86,495 | 4.3% | 81,303 | ▲6.4% |
3 | 213,657 | 1.9% | 113,928 | 2.1% | 99,729 | 1.7% |
4 | 141,512 | ▲5.7% | 64,723 | ▲6.1% | 76,789 | ▲5.3% |
5 | 118,355 | ▲0.6% | 52,056 | ▲2.6% | 66,299 | 0.9% |
6 | 140,994 | ▲4.3% | 60,245 | ▲6.1% | 80,749 | ▲2.9% |
7 | 121,694 | ▲4.1% | 47,863 | ▲5.2% | 73,831 | ▲3.4% |
8 | 132,241 | ▲0.6% | 56,739 | 5.5% | 75,502 | ▲4.7% |
9 | 157,619 | ▲6.4% | 80,516 | ▲3.5% | 77,103 | ▲9.2% |
10 | 144,767 | ▲5.4% | 62,659 | ▲7.1% | 82,107 | ▲4.1% |
11 | 134,062 | ▲4.9% | 57,056 | ▲2.2% | 77,006 | ▲6.8% |
[11月までの推定販売金額は1兆5919億円で、前年比3.3%減。書籍は7385億円で、同2.3%減。雑誌は8533億円で、同4.2%減。
12月のマイナスが5%とすると、1兆7419億円となるから、11年度が1兆8042億円であるので、出版物推定販売金額は12年もまた600億円ほど落ちこむことになろう。
マイナス金額は07年672億円、08年676億円、09年822億円、10年607億円、11年706億円と推移したことからすれば、まだ下げ止まっておらず、13年もそれは続き、推定販売金額は1兆7000億円を割ってしまうであろう]
2.日販とトーハンの2012年(11年12月〜12年11月)のベストセラーが発表された。
日販 | トーハン | 書名 | 著者名 | 出版社 |
1 | 1 | 聞く力 | 阿川佐和子 | 文藝春秋 |
2 | 2 | 置かれた場所で咲きなさい | 渡辺和子 | 幻冬舎 |
3 | 3 | 新・人間革命(24) | 池田大作 | 聖教新聞社 |
4 | 4 | 体脂肪計タニタの社員食堂/続・体脂肪計タニタの社員食堂 | タニタ | 大和書房 |
5 | 5 | 舟を編む | 三浦しをん | 光文社 |
6 | 6 | 大往生したけりゃ医療とかかわるな | 中村仁一 | 幻冬舎 |
7 | 7 | 人生がときめく片づけの魔法(1.・2) | 近藤麻理恵 | サンマーク出版 |
8 | 9 | DVD付き 実はスゴイ!大人のラジオ体操 | 中村格子、秋山エリカ監修 | 講談社 |
9 | 13 | 美木良介のロングブレスダイエット他3点 | 美木良介 | 徳間書店 |
10 | 12 | 日本人の知らない日本語(3) | 蛇蔵、海野凪子 | メディアファクトリー |
11 | 10 | 50歳を超えても30代に見える生き方 | 南雲吉則 | サンマーク出版 |
12 | − | 「折れない心」をつくるたった1つの習慣 | 植西聰 | 青春出版社 |
13 | 18 | 心を上手に透視する方法 | T・ハーフェナー 福原美穂子訳 | サンマーク出版 |
14 | 17 | 謎解きはディナーのあとで(1・2) | 東川篤哉 | 小学館 |
15 | 11 | 「空腹」が人を健康にする | 南雲吉則 | サンマーク出版 |
16 | 16 | こびと大百科 | なばたとしたか | 長崎出版 |
17 | 14 | 采配 | 落合博満 | ダイヤモンド社 |
18 | 15 | かいけつゾロリ はなよめとゾロリじょう他1点 | 原ゆたか | ポプラ社 |
19 | − | 弱った体がよみがえる人体力学 | 井本邦昭 | 高橋書店 |
20 | 8 | 不滅の法 宇宙時代への目覚め | 大川隆法 | 幸福の科学出版 |
− | 19 | 黒子のバスケ 他2点 | 平林佐和子、藤巻忠俊 | 集英社 |
− | 20 | こびと観察入門(1) | ながばとしたか | 長崎出版 |
[大半が実用書と自己啓発書であり、これが日本の現在の出版業界と社会の等身大の姿を伝えているのだろう。もちろんベストセラーとはいつだってそんなものだということもいえるにしても、これもまた日本特有の現象ではないだろうか。
宮崎学は『「自己啓発病」社会』(祥伝社新書)において、病理的自己啓発ブームの中にある近年の日本社会が、殺人事件の50%にあたる、理由不明の親・子殺しを多発させていることを指摘している。
その一方で朝日新聞の「グローブ」が創刊101号を迎え、100号までの「世界の書店から」で紹介した世界各地の印象に残るベストセラー7冊を掲載しているが、それらは日本のベストセラー表に見える本とはまったく異なっている。
邦訳があるものを挙げれば、ケイト・サマースケイル『最初の刑事』(早川書房)、エイミー・チュア『タイガー・マザー』(朝日出版社)、ロベルト・サヴィアーノ『死都ゴモラ』(河出書房新社)、法頂(ポプチョン)『無所有』(東方出版)で、7冊のうちの4冊が翻訳されている。ちなみに私が読んでいるのは『最初の刑事』と『死都ゴモラ』で、後者については『出版状況クロニクル』で言及している。
それらには「読書は快楽であり、生きる喜び、あるいは生きる悲しみで、何よりも知識と数々の疑問だ」という感慨があった。この言葉は、今年読んだ中でベストワンと思われるロベルト・ボラーニョ『2666』(白水社)に記されていたものだ]
3.取次の中間決算が出された。
日販は2765億円で、前年比1.6%減、減収減益、トーハンは2295億円で、同3.8%減、減収増益。
[しかし問題なのは下半期であろう。これ以上出版物売上高が落ちこむと、書店はバブルと呼んでいい大型店を維持できず、キャッシュフロー問題もあり、さらに返品を加速することになろう。まして大型店はDVDレンタルによって支えられてきたわけだから、本クロニクルでしばしばふれてきた、レンタルの低料金化による収益の悪化は、まず雑誌や書籍の返品率へとはね返っていく。
すでにその兆候は出ていて、MPDの中間決算は985億円で、前年比3.2%減、日販単体よりも顕著な落ちこみを示し始めている。日販はパートナーズ契約による返品率の改善を謳っているが、書店状況はそれどころではない段階を迎えようとしているのかもしれない。
そうなると、さらなる書店の売れ行き不振、返品率の上昇、取次や出版社の売上減少というデフレスパイラル的状況へと向かっていくことになる]
4.トーハンが、親会社の阪急電鉄と基本合意し、ブックファーストを買収。買収金額は非公表で、株式取得時期や社長人事もこれから詰める。
[取次も売上を維持するためにはM&Aしかない状況を示している。トーハンの書店買収は本クロニクルでも既述している明屋に続くもので、ブックファーストの11年度の売上高は200億円であることからすれば、DNP傘下の丸善やジュンク堂などの帳合変更で失われた売上に匹敵する金額になる。
しかしブックファースト42店のすべてが利益を出しているとは考えられず、買収は成功したとしても、トーハンには様々な問題が待ちかまえているにちがいない。
またメイン取次は大阪屋であるから、ブックファーストを失うことは痛手のはずで、帳合戦争による被害は、太洋社に続いて大阪屋にも押し寄せているし、このような動きはまだ続くと思われる]
5.千葉県松戸市の辰正堂書店が破産、負債は2億円。
[本クロニクルでは風評や噂については記さないことにしているが、多くの書店や出版社の危機に関する話が絶えず聞こえてくる。
ニッテンの調査によれば、辰正堂の近年の売上高は3億円と横ばいの数字となっているが、おそらく負債と同額ほどに落ちこんでいたのではないだろうか。
確認は取れていないのだが、年末にはまだ報道されていない書店の破産がいくつも起きているとも考えられる]
6.出版社の武田ランダムハウスジャパンが自己破産、負債は9億円。
[前身はランダムハウス講談社である。当初は講談社の飲食事業を目的として設立された会社で、講談社とアメリカのランダムハウスの合弁会社事業のために、03年にランダムハウス講談社として発足し、単行本、ムック、文庫を刊行してきた。アメリカ副大統領ゴアの『不都合な真実』がベストセラーとなっている。
これは『出版状況クロニクル2』にも記しておいたが、10年4月に講談社とランダムハウスは合弁契約を解消し、両社は全株式を同社の武田社長に譲渡したことで、多くの負債を抱えながらも、現在の社名に変更していた。
ピーク時の08年には売上高13億円を計上していたが、12年には3億円へと落ちこんでいたようだ。
ランダムハウス講談社として、かなり多くのミステリーなどの翻訳を刊行していて、今でもブックオフの棚で見かけることができる。この文庫でしか読めないものもあったはずで、それらは買っておいたほうがいいかもしれない]
7.1から6までの12月の出版状況の中で、『2012年出版再販・流通白書NO.15』が出版流通改善協議会から出された。
そのA4判、180ページ余の内容を示す。
1 日本インフラ整備の取組み 2 取引制度の改革 3 東日本大震災に対する業界の取組み 4 流通改善の事例集 5 各団体の取組み 6 読書推進等の取組み 7 海外トピックス 8 資料編 [この『白書』を読んだのは初めてである。編集・発行の出版流通改善協議会は書協、雑協、取協、日書連で構成されているので、出版業界の実質的な「年次白書」と見なすことができよう。しかも「NO.15」とされているから、まさに出版業界の失われた15年と併走し、出され続けたことになる。その間に出版物売上高は落ち続け、9000億円ものマイナスを示している。とすれば、この『白書』に見られる「取組み」や「改革」が何の効果ももたらされていないことを意味しているのではないだろうか。
あらためてその内容を読んでみる。1は日本インフラセンター(JPO)の活動とその紹介、2は12年の出版社の計画販売、責任販売企画、取次の契約販売、日書連の書店再生のための提案実践の報告、3は東日本大震災に対して、書協、雑協などから構成される出版対策本部が行った活動を始めとする各団体のレポートであり、これらはすべて業界紙などで報道されている事柄で、『白書』にそのまま採録する必要があるのか、疑問に感じる。
それは4から8に関しても同様で、この『白書』の編集も含め、出版流通改善協議会が改善を各諸団体に丸投げした実態が浮かび上がってくる。
この種の『白書』にとって、何よりも肝要なのは、その歴史と構造をふまえた現在の状況分析であり、それに基づいた「改革」と「取組み」だと考えられるのに、そのような視点はまったく欠けている。例えば「再販」がタイトルに銘打たれているにもかかわらず、その導入に関しての問題は何も提出されていない。
再販制の始まりに関しては、拙著『出版業界の危機と社会構造』(論創社)で既述しているが、そのアウトラインをもう一度挙げてみよう。
* 再販制の導入は1956年のことであり、それ以前は戦前も含め、雑誌の定価販売は取次カルテルによって推進されていたが、書籍は流通販売において、現在でいう時限再販が組みこまれていた。
* それは書協の前身といっていい東京出版協会も図書祭を開催し、買切低正味の特価販売を行ない、在庫調整と資金調達を兼ね、それは書店も同様で、この仕入れによって利益を確保していた。* この特価販売は、日本の場合、書店は雑誌店の色彩が強く、そのためにどうしても書籍は過剰生産になってしまうことから、必然的に生じたものだと考えられる。
* これには様々なルートがあり、書店ばかりでなく、広く古書業界も含んだ月遅れ雑誌、特価本、見切本処分市場が存在し、それらがバックヤードを形成していた。つまり日本の出版業界は出版社、取次、書店の三者だけで形成されていたのではなく、古書業界が流通、販売に大きな役割を果たしていた。そのことを称して、神田村と呼ばれたことになる。
* 再販制の成立は、占領下におけるGHQの独禁法の導入に端を発し、そのために公取委が設けられた。そして53年に著作物は独禁法の適用除外となり、56年に再版制が始まったとされる。しかし当時、出版業界はほとんど関心も払わず、法定化されただけで、放置され、契約もなされなかった。それで公取委が取次に圧力をかけ、出版社と書店との再販契約を結ばせるに至った。
* 3年ほど放置されていた再販制に熱心だったのは東京の書店組合だけで、それは大学生協などの割引に対する警戒で、大学生協がほとんどない地方の書店の場合には導入の必要がなかった。
* そのかたわらで、3万店に及んだという貸本屋、それにコミックや大衆小説、エロ雑誌などの悪書を提供する特価本業界などをルーツとする小出版社への差別意識が生じていた。それゆえに再販制による意図的分断も含まれていた。貸本屋に本を売るほど落ちぶれてはいないという大手出版社の経営者の発言にそれはよく表われている。
これらのことに関して『日本古書通信』12月号でも、八木書店の八木壮一へのインタビューの中で言及しているので、さら具体的に知りたければ、目を通されたい。
このように再販制によらない出版業界の前史が確固としてあり、戦後のその導入と成立がきわめてあやふやで、恣意的なものであったのに、いつの間にかそれが出版業界の金科玉条のようになり、文化の守護神のように祭り上げられ、それを守ることが出版業界の義務とされてしまったことが、失われた15年の背後にあることを想起すべきだ。
『白書』にはそのような視点はまったく見られない。かくして出版危機はひたすら深刻化していったのだと『白書』は教えてくれる]
8.7の出版流通改善協議会を出版業界の与党とすれば、この10月に出版流通対策協議会(流対協)から一般社団法人化した日本出版者協議会は、小出版社を中心とする野党と位置づけられるが、再販制についての神話化はまったく変わっていない。
それを示すように、新法人の目的は「出版の自由を擁護し、出版者の権利を確立し、出版物の再販制度を守り、出版物の公平・公正な流通を確保し、もって出版事業の発展を図り、文化の向上と社会の発展に寄与する」とされている。
[私は出版協会長高須次郎にインタビューしているし、流対協の公取委への消費税定価訴訟や、グーグル問題に対する取り組みは評価しているけれども、「再販制度の維持と擁護」はいただけないと思う。
高須はこの問題を除けば、ほぼ私と同意見といったけれども、再販制に関しては7で示したような歴史的認識をふまえ、話すことがまだできていない。あらためて、再販制に関する一冊の討論を考えてみるべきかもしれない]
9.『週刊ダイヤモンド』>(12/15)が「特集 楽天VSアマゾン」を組んでいる。ネットショッピングの2大プレーヤーの誌上対決のふれこみで、両社の電子書籍、ビジネスモデル、それらがもたらす影響などがチャートも含め、広範にして具体的にレポートされている。
ただここでは「2012年度書店売上高ランキング」を挙げるだけにとどめよう。このようなランキング表は初出だと思われるからだ。
■2011年度書店売上高ランキング 順位 企業名(本社) 売上高
(億円)前年度比
(%)1 アマゾンジャパン 1,920 23.1% 2 紀伊國屋書店 1,098 ▲2.8% 3 TsutayaBooks 1,047 7.4% 4 ブックオフ 757 3.2% 5 ワンダーコーポ 657 0.1% 6 ジュンク堂書店 511 7.0% 7 有隣堂 506 ▲6.5% 8 未来屋書店 480 2.1% 9 ヴィレッジヴァンガード 373 6.5% 10 フタバ図書 371 ▲3.7% 11 楽天ブックス 370 12.7% 12 文教堂 355 ▲10.8% 13 トップカルチャー 324 7.6% 14 丸善書店 281 − 15 三洋堂HD 276 ▲1.3% [このランキング表とその業態は、アメリカでも導入されていない再販制を置き土産にした、かつてのGHQの代わりのように、日本の出版業界を占領するに至ったアマゾンの姿と位置を浮かび上がらせている。
そして7の『白書』がこのような存在へと成長してしまったアマゾンに対して、それに抗する日本の流通販売、ロジスティックスの「改革」とその「取組み」を打ち出していないことを想起するばかりだ。このランキング表こそは、「出版敗戦」と「第二の敗戦」を知らしめてあまりある。
バビル2世ですら復活し、『バビル2世 ザ・リターナー』としてアメリカと戦い始めているのに、出版業界はアメリカに呑みこまれ、敗退の一途をたどっていくしかないのだろうか]
10.『季刊小説トリッパー』冬号が「電子書籍戦争の現在」特集を組み、そこで永江朗が「ほんとのところ電子書籍はどうなのか」という電子書籍端末購入体験記を記している。それを要約してみる。年は入手年。
* 08年、iPod touch/違和感があったのは最初だけで、印刷本よりも電子書籍の方が快適で、「電子書籍は三日で慣れる」。混雑した電車の中で読むのに向いている。
* 09年、kindle 2/安っぽいが衝撃的。画面も機能もすばらしく、画面は紙のようで、ボタンひとつで電子書籍が買えて、1冊ダウンロードするのに1分もかからない。
* 10年、iPad/村上龍『歌うクジラ』、宮部みゆき『暗獣』、京極夏彦『死ねばいいのに』が 用 電子書籍として発売されたので、すぐ購入した。村上本はBGMつき、宮部本はイラストが動くけれど、これらはいらない。
* 11年、Reader/iPadより軽いが、画面は漫画を読むのにもキツイ。
* 12年、iPad mini/すばらしい、これさえあれば、ほかはいらない。小説、評論、漫画もかなり快適に読める。
* 13年、Kindle Paperwhite/1月に入手予定。
[これは「出版業界の観察を続けてきたもの」による購入体験記であり、仕事の必要性に迫られてといった側面に留意すべきだろう。
その永江はとりあえずの結論として、読みたい本は電子化されているものが少なく、読んでいる電子書籍は紙の本の数%にすぎない。やはり紙の本のほうが好きだ。電子書籍出版とそのタイトルと読者の増加、それによる出版システムの変化などのすべてについては「しばらく様子見」としている。
購入体験に比べ、歯切れの悪い結論になっているし、次々に電子端末が発売されても、「しばらく様子見」が続くであろう電子書籍状況の実態を、正直に告白しているように思える]
11.10のところでふれるつもりでいたが、『季刊小説トリッパー』冬号の同じ特集で、朝日新聞社デジタル事業部の林智彦が、「キンドルが開いた『自己出版』という扉」とサブタイトルが付された「電子書籍ゴールドラッシュがやってきた」と題するレポートは興味深いものなので、別にして紹介しておく。
* アマゾンはセルフ・パブリッシング(自己出版)サービス「キンドル・ダイレクト・パブリッシング」をキンドルストアでスタートさせている。
* セルフ・パブリッシング=「自己出版」は、著者が原稿さえ仕上げれば、経費ゼロで出版できるもので、著者の製作費などを出版社に払い、出版する「自費出版」と区別される。それは電子書籍でのみ作られ、売られるからである。
* キンドル・ダイレクト・パブリッシングの仕組みはきわめてシンプルで、著者登録を済ませたら、所定のフォーマットでファイルをアップロードさせ、価格や書籍を入力する。それをアマゾンの担当部署が審査し、問題がなければ、48時間以内に公開される。印税は35%から70%。
* この簡単すぎる「自己出版」が英語圏では革命的変化をもたらし、それを象徴する例が英国の作家E・L・ジェイムズのポルノ小説『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』三部作で、電子書籍で25万部を売り上げ、2012年3月にペーパーバックとしても売り出してところ、わずか6週間で1000万部を超え、11月には6000万部の世界的ベストセラーとなり、「ハリ・ポタ」シリーズを上回った。
* 版元のランダム・ハウスは、無名の自己出版作家の作品によって業績が急成長したことで、電子書籍ベストセラー自己出版作家たちが脚光を浴び、イーブック・スーパースター、イーオーサーズなどと呼ばれ、セレブ扱いされるようになっている。
[レポートはまだ続いているし、さらなる詳細は直接 林レポートにふれられたい。
ここまでの紹介で止めたのは、こうした現象はすでに日本で起きていて、ケータイ小説のベストセラー化と流行に酷似しているからだ。「キンドル・ダイレクト・パブリッシン」が携帯電話の代わりを果たし、ポルノ小説三部作の世界的ベストセラーを生みだしたということになろう。
この『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』の世界的ベストセラー化は、おそらくメディアミックス化され、さらに広く波紋をもたらしていくと思われるが、日本における「自己出版」の可能性は、永江ではないが、「しばらく様子見」ということにしておこう。
なお日本の「自己出版」として、同特集には藤井太洋の「ジーン・マッパー」、広瀬隆雄の「ニューヨーク三部作」が掲載されていることを付記しておく]
12.年末になって、恒例のベスト特集や読書特集の雑誌が出されている。この手のものは食傷気味であるにしても、次の2誌は教えられることが多かった。
それらは『フリースタイル』21と『ブルータス』(1/1・15合併号)で、前者は「THE BEST MANGA 2013」、後者は「男を知る本、女を知る本、212冊」。これらは名古屋のちくさ正文館の古田一晴に、ゲラ確認に出かけた際に購入してきたものである。
[近年マンガはかなり読んできたつもりだけれど、前者に挙げられたベスト20のうちの1冊も読んでいないことに気づかされた。雑誌に目を通していないことに加え、新刊への目配りが足りないことも痛感させられた。結局のところ、マンガにさよならをいう方法はまだ発見されていないというべきなのであろう。
後者は「男もつらいし 女もつらい/男と女は なおつらい」という歌謡曲のフレーズを思い起こさせた。軽いようでいて、深いテーマのセレクションで、様々な本が異なる輝きを放つような好特集]
13.菅原孝雄の『本の透視図―その過去と未来』が国書刊行会から出された。
[これは欧米の文芸書の紙と活字出版の歴史をたどり、コンピュータやインターネット、電子ブックの出版によって、紙の本が消えていくのではないかという見取図を描いている。だがそのような記述は大学の授業のようで、それほど面白いものではない。だが企画とタイトルもあって、そうした内容によって一冊が仕上がっている。
それだけであれば、本クロニクルで取り上げることもなかったのであるが、最後に添えられた「編集者の極私的な回想」は戦後文芸翻訳出版史において、必読の「回想」となっている。それはあの牧神社史でもあるからだ。同じ70年代の出版者のことゆえに、内藤三津子へのインタビュー『薔薇十字社とその軌跡』(近刊)とともに読まれることを願う]
14.「出版人に聞く」シリーズは12月に井出彰『書評紙と共に歩んだ五〇年』が出て、13年は内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』、古田一晴『名古屋とちくさ正文館』が続いていく。今年のうちに20本までのインタビューを実現できるといいのだが。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》