出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル57(2013年1月1日〜1月31日)

出版状況クロニクル57(2013年1月1日〜1月31日)

『週刊ダイヤモンド』(1/26)が新年早々から、特集「倒産危険度ランキング」を組んでいる。それは近年の大企業の崩壊と凋落、中堅・中小企業の劣化の二つの視点を通じ、その倒産リスクと危機の内実を浮かび上がらせている。

この特集の背後にあるのは、安倍政権の景気浮揚策だが、「その実態は倒産の先送り」でしかなく、むしろ倒産危機は高まっているという認識だ。とりわけ中小企業の金融円滑化法は3月で終了するし、それは危機がまったなしでやってくることを告げている。そして倒産危険企業500社がリストアップされ、その中には書店も3社含まれている。

出版業界においても、近年の大手出版社、取次、書店の凋落、中小出版社、取次、書店の劣化はもはやいうまでもなく、危機の真っ只中にある。それがどのように顕在化していくかを、出版業界の「地獄編」として、冷静にレポートしていくのが、本クロニクルに課せられた役割であろう。たまたま必要もあって、ドロシー・セイヤーズ訳のペンギンクラシックスのダンテ『神曲』も読み進めているからだ。

週刊ダイヤモンド(1/26) 神曲


1.出版科学研究所による2012年の出版物推定販売金額が出されたので、それを含め、1996年からの数字を示す。

■出版物推定販売金額(億円)
書籍雑誌合計
金額(前年比)金額(前年比)金額(前年比)
199610,9314.4%15,6331.3%26,5642.6%
199710,730▲1.8%15,6440.1%26,374▲0.7%
199810,100▲5.9%15,315▲2.1%25,415▲3.6%
1999 9,936▲1.6%14,672▲4.2%24,607▲3.2%
2000 9,706▲2.3%14,261▲2.8%23,966▲2.6%
2001 9,456▲2.6%13,794▲3.3%23,250▲3.0%
2002 9,4900.4%13,616▲1.3%23,105▲0.6%
2003 9,056▲4.6%13,222▲2.9%22,278▲3.6%
2004 9,4294.1%12,998▲1.7%22,4280.7%
2005 9,197▲2.5%12,767▲1.8%21,964▲2.1%
2006 9,3261.4%12,200▲4.4%21,525▲2.0%
2007 9,026▲3.2%11,827▲3.1%20,853▲3.1%
2008 8,878▲1.6%11,299▲4.5%20,177▲3.2%
2009 8,492▲4.4%10,864▲3.9%19,356▲4.1%
2010 8,213▲3.3%10,536▲3.0%18,748▲3.1%
20118,199▲0.2%9,844▲6.6%18,042▲3.8%
20128,013▲2.3%9,385▲4.7%17,398▲3.6%

[先月の本クロニクルで、前年マイナス600億円ほどで、1兆7419億円ぐらいではないかと予測しておいたが、12年12月期が大幅減の6.3%だったこともあり、1兆7398億円とさらに下回る結果になってしまった。この数字を見ても、まだ下げ止まっていないことが明白であろう。今年は96年のピーク時に比べ、雑誌7000億円、書籍3000億円という1兆円マイナスの販売金額に至る可能性が高い。

そのような段階に入った場合、雑誌にベースを置き、それに書籍を相乗りさせた近代出版流通システムが、実質的に破綻してしまうことも考えられる。雑誌自体が赤字になってしまえば、休刊に追いやられるし、それが続き、集中して起きるようになれば、流通そのものの問題へとも跳ね返っていくだろう。

その綻びはまず返品率へと投影されていくはずで、兆候はすでに出ていて、12月の書籍は37.8%で前年比0.2%増、雑誌は37.6%で同1.5%増となっている。書籍と雑誌の返品率がほぼ同じというのはこれまでなかった異常な事態であり、近年の読者の雑誌離れが加速して進んでいることを意味していよう。これは、雑誌がよく売れ、返品率も低かったので、書籍の流通販売も可能であった日本の出版業界の前提が崩れてしまった事実を、あからさまに突きつけているといえよう]

2.アルメディアによる2012年の書店の出店、閉店数が発表された。

■2012年年間出店・閉店状況(面積:坪)
◆新規店◆閉店
店数総面積平均面積店数総面積平均面積
1月314950453,22785
2月971980943,45544
3月345,840172956,48878
4月254,299172763,98661
5月132,556197592,60853
6月131,718132786,56792
7月122,279190583,42360
8月7926132352,46075
9月141,19585604,25477
10月111,420129353,08199
11月183,537197473,06270
12月121,400117472,21753
合計17126,03815272944,82869
前年実績27248,91918076651,32375
増減▲101▲22,881▲28▲37▲6,495▲6
増減率(%)▲37.1%▲46.8%▲15.3%▲4.8%▲12.7%▲7.8%

出店数は171店で前年比37.1%減、出店による増床は2万6038坪で同46.8%減。閉店数は729店で同4.8%減、減少面積は4万4828坪で同12.7%減。差し引きで売場面積は1万8790坪(同2400坪減)。

新規出店、増床面積は過去10年で最大の落ちこみを示している。

[今年はさらに閉店が増えるように思われ、すでに私の近隣でもこの数ヵ月で2店の閉店を見ている。

これは三つの要因が挙げられるだろう。それらは雑誌をメインにしていた立地のよい書店も、雑誌の売上が落ちこみ、採算が悪くなったこと、コンビニの大量出店、ナショナルチェーンの大型店の出店によるものだと推測される。新規出店の売場面積上位10店のうち、5店がTSUTAYAで、そのうち3店はそれぞれ2300、1800、1200坪である。

今年の出店、閉店状況に関しては、従来よりも細かくフォローしていくつもりだ。そのような書店状況の中で、大垣書店や精文館の先代社長の死が伝えられている]

3.2のような書店状況にあって、これも閉店した書店と見なせるであろう松丸本舗松岡正剛が、『朝日新聞』(1/23)のオピニオン欄「本屋サバイバル」で、セレクトショップ書店について語っている。それを要約してみる。

*ファッション業界では店主のセンスで選んだセレクトショップがあるが、ほとんどの書店はベストセラーと文庫、新書を機械的に並べているだけで、本の魅力は伝わらないし、本屋の退潮も防げない。

*そこで「本の世界でもセレクトショップを作りたい」という願いを実現させ、丸善内に松丸本舗を出した。

*従来の分類を廃し、100冊単位でひとつの文脈とする編集、本選びのコンシェルジュの配置、著名人を読者モデルとする店内での再現という三つの工夫をこらした。

*客単価は日本一高かったが、丸善の他の売場と比べ、売上はふるわず、途中で経営陣が代わったために理解がえられず、続けられなかった。

*本の選択や読み方について、書店側がちょっとした提案をして、本と人とをつなぐことに貪欲になれば、まだまだ書店はいけるはずだ。

松丸本舗主義

[松岡の『松丸本舗主義』については、出版状況クロニクル54ですでに言及しているが、このような書店のセレクトショップ発言は誤解を与えかねない危惧を含んでいるので、批判しておくべきだろう。

松岡はこれまでセレクトショップ的書店がなかったようにいっているが、1970年代以後、どの書店もそれなりにセレクトショップの試みに挑んできている。しかしそれはあくまで本を売るプロとして、「三つの工夫」も考えながら、売上とのバランスを考慮した上でのことである。

これらの事実は「出版人に聞く」シリーズの元リブロの今泉正光、中村文孝、元さわや書店の伊藤清彦、元多田屋の能勢仁の発言をみれば、ただちにわかるだろう。中村が
『リブロが本屋であったころ』で語っているように、品揃えに凝りすぎる危険とマーケット創造の限界、一人の客がリピーターである限定マーケット、棚の固定化によるマーケット対応の欠如といった書店原則を、松岡はまったく理解していない。

それは旧「経営陣」だった小城武彦も同様である。残念なことに、出版社や書店の現状において、「本屋として成功するものは商品の本を読まない。販売に必要なことだけを身につける」(アレン・カーズワイル『驚異の発明家の形見函』、東京創元社)という言葉もひとつの真実なのである。それゆえに松丸本舗も失敗したというべきだろう。

それから古書業界のことを考えれば、古本屋はセレクトショップをコンセプトとして成立してきたのである。日本の近代出版業界において、新刊書店は雑誌と一般書籍、古本屋が専門的書籍のセレクトショップとして営まれてきた。これはまた書籍販売の利益率に起因する問題で、読者の流れも含め、新刊書店はセレクトショップを運営することは困難であり、そのセレクトショップに他ならない古本屋すらも、危機に追いやられているのである。

書店だけでなく、そのようなセレクトショップに他ならない古本屋も危機的状況に置かれているのに、『朝日新聞』のこのような企画と松岡の発言はそれをミスリードしかねないので、ここで記しておく]

リブロが本屋であったころ 驚異の発明家の形見函

4.2で示したように、大型出店を続けているCCCは、2012年のTSUTAYA BOOKS 全696店の雑誌書籍売上高が前年比7%増の1097億円となり、紀伊國屋の売上高1082億円を抜き、首位になったと発表。

[これは複数の報道を見ているので、明らかにCCCのプロパガンダと見なせよう。先月の本クロニクルで掲載した「2011年度書店売上高ランキング」に呼応しているとも考えられる。それはともかく、TSUTAYA BOOKSの雑誌書籍以外のレンタルDVD、CD、コミック、セルDVD・CD、ゲームソフトなどの売上高は3650億円に達しているという。両者を合計すると4747億円となる。これはTSUTAYA BOOKS市場が、出版物がサブ、その他商品をメインとして成長してきたことを物語っている。

その流通と金融のメインを担ってきた日販とMPDの11年売上高はそれぞれ5895億円、2094億円だから、トータル的に考えれば、CCCはTポイント事業も含め、日販から離脱し始めているということだろうか。

しかしそのようなCCCであっても、やはり問題なのはMPDの売上高の推移から見ても、今年であろう。丸善の松丸本舗と同様に見なせるであろう代官山蔦屋書店はどのような行方をたどるのか、それを注視したいと思う]

5.文教堂京都店が、コミック、フィギュア、文具、雑誌等を扱うホビー店「JQSTORE京都店」にリニューアル。その書店からホビーへの殿堂化レポートが『日経MJ』(1/21)に掲載されている。

地下1階は戦車、飛行機、ミニカーなどのプラモデルが、かつての雑誌や文庫売場の1階は「ワンピース」や「ガンダム」のフィギュアが並び、2階が文具、3階がコミック、ライトノベル、ゲームといった商品構成である。これまで文教堂が展開してきた文具、コミック、ホビーの専門店の3ジャンルを集約した複合店であるという。

[ヴィレッジバンガードの雑貨との複合店から始まり、TSUTAYAのDVDレンタル複合店、三洋堂書店のバラエティストアに至るまで展開されてきた複合戦略は、どこに向かおうとしているのだろうか。

それこそこのような複合化がさらに進んでいけば、本や雑誌を売っているのか、DVDをレンタルしているのか、ホビーの仕事についているのか、書店員の境界はぼやけてしまい、カリスマ書店員と称される人たちも消えていく事態を迎えることになろう]

6.こちらは書店ではないが、ヨドバシカメラが梅田、吉祥寺、川崎の3店で、コミック売場を設け、また通販サイト「ヨドバシ・ドットコム」でも販売を開始。3月末までに横浜、博多、札幌、仙台店にも導入。取次は大阪屋。

[これもまたコミックをサブ商品とする複合化であるが、売場は45坪、在庫は7万8000タイトルとされるので、ゲーム本などとの客層が合えば、大型書店と同様の売れ行きを示すかもしれない]

7.海外の複合店ニュースも記しておこう。かつて日本にも出店していた、フランスの書籍、CD、DVD販売大手のヴァージン・ストアが会社更生法の適用を申請。

ヴァージンはフランス全土に26店舗を展開し、1000人の従業員を抱えていたが、アマゾンやアップルなどのインターネット販売の普及によって、CD、DVD販売が急激に悪化していた。3年間で売上高は29%減の2億8600万ユーロで、負債額は2200万ユーロ(約25億円)。1988年にシャンゼリゼ大通りに世界最大のレコード店として開店したヴァージンは、25年で破綻したことになる。

[出版物と異なり、特にCDの市場は欧米に共通するもので、世界市場もこの12年間で4割減少した。日本の場合も1998年には6000億円が3分の1近くまで縮小している。CD誕生から30年経っていないにもかかわらず、インターネット、スマートフォンの普及により、レコード会社のリストラ、録音スタジオの閉鎖に見舞われ、作品の音質の低下という負のスパイラルに陥っているという。

これらの事情に関しては、同じく『週刊ダイヤモンド』(1/12)の特集「誰が音楽を殺したか?」が好レポートで、ぜひ一読されたい。しかもその原因について、「最大の戦犯はレコード会社だといえる。既存の権益、収益構造を守ろうとするあまり、リスナーの利便性を奪ってきたからだ」と明確に指摘している。

これは出版業界とまったく同じで、笑ってしまうし、同誌も他業界のことだと歯切れがいいことにも感心する。この調子で出版業界特集を組むことをお勧めする]
週刊ダイヤモンド(1/12)

8.経産省の東日本大震災復興予算10億円を補助金とする、日本インフラセンター(JPO)の「コンテンツ緊急電子化事業」が最終的に6万5000点になると発表。

[本クロニクルで一貫して「緊デジ」を批判し、11月13日時点で、目標の6万点に遠く及ばない6725点にとどまっていることを既述しておいた。それがいきなり1ヵ月ほどで6万5000点とはどう考えても、所謂「動員をかけた」にちがいない操作によっていると見られても仕方がないだろう。この発表は12月半ばだったのに、その後詳細についての報告は何もなされていない。

この「緊デジ」に関して、『河北新報』(12/6)が復興予算の「流用」ではないかと問うている。その連載記事「政どこへ―被災地は問う」によれば、11月中旬に大手印刷会社から仙台の出版社に、緊デジ申請が今月締め切りなので、ぜひご検討をとのメールが届き、その文面には予算を使い切りたいという思惑がにじんでいた。

そして経産省は「将来発展が確実な電子書籍の普及を後押しし、電子化作業を東北に誘導することで、被災地での雇用につながる」と力説するが、JPOは「電子化作業のメーンは東京です」と認めているのである。

こんな復興予算の「流用」を利用してまで、自社の本を電子化したい、500社に及ぶという出版社名を、JPOは明らかにすべきだ。このような「復興予算の『流用』の陰で、復興にほど遠い被災地はじっと逆境に耐え忍んできた」というのに。

「地方・小出版流通センター通信No437」(1/15)は潔く この記事を引き、「当センターも各社にこの事業をご案内したわけで、責任を感ずるとともに、忸怩たる思いです」と述べている]

PS  読者からの情報により、「コンテンツ緊急電子化事業特設サイト」に463社が掲載されていることを知った。
これらの出版社は「流用」の事実を知っているのだろうか。

9.『日経MJ](1/7)が一面で「ICタグ」の特集を組み、ICタグを導入した衣料品のビームスや青山商事について取材し、棚卸しの効率化、万引き防止システムを報告している。

そしてICタグが2004年に経産省が中心となって、その普及を目的とする「響プロジェクト」を発足させたことから始まったことを知らされた。ICタグは1枚10円で、この5年間で5分の1に下落しているが、決して安くないということで、まだ多くのアパレルが導入をためらっているとされる。

[このICタグに関して、もうひとつのJPO絡みのことも書いておく。
出版状況クロニクル51において、JPOは4部門で構成され、そのひとつが研究委員会で、その中にICタグ研究会があることを示しておいた。その際に、これらの研究委員会と経産省の関係を記しておいたが、経産省の響プロジェクトとダイレクトな関係にあることは知らずにいた。

かなり前からICタグのことはいわれていたが、そのコストと手間から考えても、書籍にICタグをつけることなど不可能でしかないことは自明なのに、どうしてこのような案件が検討されているのか、ずっと疑問に思っていたのである。要するに経産省の肝入りで、上意下達によって研究会が発足し、それがJPOにも引き継がれていたことになる。

出版はあくまで民に属し、官の仕事ではないし、官の許認可も必要としていない。だから改革も改善も自助努力すべきなのに、経産省とJPOの活動をアリバイ工作にしているから、失われた16年が生じてしまったのだと思わざるをえない]


10.実業之日本社の
『漫画サンデー』が2月発売の3月5日号で休刊。1959年創刊で、90年代には30万部を超えていたが、最近は7万部まで落ちこんでいた。

[戦後のコミックの流れは、まず貸本漫画があり、そこで育まれた膨大な読者と作者を背景にして、大人、少年少女マンガ誌が創刊され、1960年以後のコミックの日本独自の成長と展開があったことになる。それを支えたのはコミックの進歩と深化もさることながら、量の問題もふくまれていたことに留意すべきだ。

それは少年誌に例をとれば、毎週数千万部を超える単位で発行され、量として浸透していったことからわかるだろう。その量の中から話題作とベストセラーが絶えず生まれてくることで、コミックの驚くべき成長があったといえる。

この事実は大人を対象とするコミック誌も同様で、その一角を『漫サン』が長きにわたって担い、「マンサンコミック」として、新田たつおの『静かなるドン』を始めとする多くの作品を提供してきた。

私にとっての1本は畑中純の『まんだら屋の良太』で、よく通っていた大衆食堂に『漫サン』が置いてあり、愛読していたことを思い出す。そういえば、昨年畑中も亡くなってしまった。このようにして、ひとつのコミックの時代も終わっていくのだろう]
静かなるドンまんだら屋の良太 漫画サンデー

11.『本の雑誌』2月号に久木亮一の「どうぶつ社の36年」が掲載されている。

本の雑誌2月号 出版状況クロニクル3

『出版状況クロニクル3』でも どうぶつ社の廃業について既述しておいたが、昨年でようやくすべての残務整理も終えたようだ。
それに関する久木の一文も身につまされる。彼は「弱小出版社の36年」を振り返り、編集作業よりも記憶に残る事柄として、次のようなことをしたためている。

取次への見本出しで、必ず希望配本部数を減らされたこと、書店営業で冷たいあしらいを受け、居酒屋に飛びこみたくなったこと、取引正味と歩引き、返品と新刊委託保留と精算、返品の改装にまつわる話などは、すべて弱小出版社が身を持って味わっている現実であり、本当に長い間御苦労さまでしたとねぎらいの言葉をかけたくなるほどだ。

これを書いていて、博品社、蒼樹書房、どうぶつ社という出版社の系譜が浮かんできた。企画、出版物、廃業といったことも共通しているからだ]

12.時々紹介している岩田書院の「新刊ニュース裏だより」だが、No783が「著者のレベルが落ちている?」という一文を記している。それを引いてみる。

著者の学力・知識のことを言っているのではなくて、その表現力のこと。

よく言われることだが、編集者は最初の読者だと。その読者が読んでて判らない。これって、日本語としてどうよ?、というのが多すぎる。それを直すのが編集者の仕事なのかもしれないが、ちょっと勘弁してよ。

 こう書かれて、思い当たる人はまだいい。思い当らない人がいるかもしれない。それが怖い。あたりまえのことだが、自分で書いたものは、読み直そうよ。できるだけ客観的な眼で。自分だけで判っていてもダメなんですよ。判るかなぁ。

[岩田は「著者の学力・知識」は別にして、「表現力」のことだといっているが、トータルなものと見なしてかまわないだろう。「表現力」にも「著者の学力・知識」が必然的に表われてしまうことは自明だからだ。

ところが岩田が書いているように、著者としてそれが「思い当たる人」は少なく、「思い当たらない人」が多くなっていること、「それが怖い」という現実が当たり前の出版状況であり、における音楽の質の低下と同じ事態を迎えている。

もちろんそれは著者ばかりでなく、出版者も編集者も自戒しなければならないことでもあるのはいうまでもないが]

13.料理に関するすてきな本と、料理の本にインスピレーションを得た小説がほぼ同時に刊行されたので、ここで紹介しておきたい。

それらは高橋みどりの『私の好きな料理の本』(新潮社)とモニク・トゥルンの『ブック・オブ・ソルト』(小林富久子訳、彩流社)である。

[私は、高度成長期の時代に、各実用書出版社から出された料理屋趣味や旅行書に愛着を感じ、古本屋で目につくと買ったりしてきた。
高橋みどりの『私の好きな料理の本』もかつてそのような料理書を集め、食の歴史と内容にそって紹介したもので、とてもすてきな一冊に仕上がっている。装丁、造本もすばらしく、食をそそられる。電子書籍ではその味わいがまったく伝わらないだろう。

モニク・トゥルンの『ブック・オブ・ソルト』は、パリに住んでいたガートルードスタインとアリス・B・トクラスに雇われたベトナム人を主人公にしている。トゥルンもベトナム系アメリカ人で、『アリス・B・トクラスの料理読本』(集英社)に数行だけ言及されているベトナム人の料理人のことから構想された小説である。これも翻訳が出されているが、残念なことに高橋の同書には見当たらない。料理の本も奥深く、まだ知られざる多くの世界があることを教えてくれる]

私の好きな料理の本 ブック・オブ・ソルト アリス・B・トクラスの料理読本

14.「出版人に聞く」シリーズは刊行が遅れてしまっている。もう少しお待ちいただきたい。刊行予定〈10〉は内藤三津子『薔薇十字社とその軌跡』、〈11〉は『名古屋と ちくさ正文館』、〈12〉は小泉孝一『鈴木書店の成長と衰退』となっている。


《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》

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