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古本夜話289 大城のぼる『愉快な探検隊』と中村書店

個人的なマンガの体験についても語ってみることにしよう。これはまったく入手した経路がわからないのだが、私が小学校の低学年だった頃、家に一冊のマンガがあった。私以外に子供はいなかったから、私が誰かからもらったマンガでないことだけは確かである。それに明らかに古めかしく、表紙もとれていて、タイトルもマンガ家名も定かでなく、背もかなり痛んでいた記憶も残っている。昭和三十年代前半の当時ですら、そのような印象があったのだから、戦後のマンガではなかったようにも思われる。

そのマンガは少年と猿と犬が一緒になって冒険旅行を試みるストーリーで、実に面白く、繰り返し読んだ。それ以前にマンガを読んだ記憶がないことからすれば、ひょっとすると、まだ小学生になっていない時に読んだのかもしれない。隣家に同じ年頃の姉妹がいて、読む本もまだ身近にほとんどなかった時代であり、貸してあげたりもした。彼女たちはその粗末といっていいマンガを毎晩祖母に読んでもらい、やはり私と同様にとても面白がっていた。

それ以後のことはよく覚えていないのだが、小学校の図書室で新しい本にふれるようになり、いつの間にかそのマンガはどこかへいってしまい、忘れ去ってしまった。ただその古いマンガが、後に読むようになった同時代のマンガとは異なる印象と体験をもたらしたという記憶だけはずっと残っていた。

それから長い時が流れ、昭和も終わろうとする六十一年に、「別冊太陽」の一冊として、『子どもの昭和史 昭和十年―二十年』が刊行された。その中に「ナカムラ・マンガ・ライブラリー」という中村書店のマンガ特集が十四ページにわたって組まれていた。そしてその一ページが大城のぼるにあてられ、そこに見覚えのある犬の顔を見出したのだ。題名は『愉快な探検隊』とあった。これこそが私がかつて読んだあのマンガで、それに間違いなかった。
子どもの昭和史 昭和十年―二十年
同書の解説によれば、昭和七年の晩秋、東京下町の生まれで、日本画家の村井湖山に師事した二十代半ばのマンガ家大城のぼるが、「のらくろ」シリーズを出し、人気を博していた講談社ではなく、自分の持ち味を生かしてくれる小さな出版社を求めて、中村書店を訪ねたことから、中村書店のマンガ出版が始まったのである。

 このようにして、中村書店から、八年三月、最初のまんが単行本が出版された。表紙は布張りのカラー印刷、外箱は紙装だがこれもカラー、一六〇ページの子供まんがとしてはぜいたくな体裁で、定価は七十五銭。これが『愉快な探検隊』である。(中略)
 『愉快な探検隊』は、少年とお猿とブルドッグがトリオの探検隊を結成し、海の彼方へ冒険旅行を試みるストーリーまんがだった。

売れ行きは好調で、「ナカムラ・マンガ・ライブラリー」としてシリーズ化され、それ以後の十年間で、中村書店は大城のぼるに続いて、謝花凡太郎、新関青花、石田英助などの新人の百数十点に及ぶマンガ単行本を刊行し、戦前において「名実共に日本一のまんが専門出版社へと急成長を遂げた」。そして戦後も昭和三十年代までは出版活動を続け、推定部数で五、六百万部は出回っていたとされる「ナカムラ・マンガ・ライブラリー」は、半世紀を過ぎると、ほとんど入手困難な「まぼろしのシリーズ」にして、「まぼろしの王国」になってしまっているという。

中村書店特集に収録されているマンガは六十冊余だが、これらの書影を掲載するだけでも、編集過程において、大変な労力が払われたのではないだろうか。だがその苦労は報いられたというべきで、「ナカムラ・マンガ・ライブラリー」の独特の装丁と造本の美しさ、そのマンガを見事に映し出し、それらをよく伝えている。

この中村書店は浅草橋にあり、個人商店のような店構えであったようだ。そして当然のことながら、中村書店も組合員として、『全国出版物卸商業協同組合三十年のあゆみ』の中に姿を見せている。

 中村書店中村惣次郎氏は、戦後も引きつづいて、「中村マンガ」をつぎつぎと出版、マンガ会をリードしていましたが、昭和二十三年新しく結成された組合の修善寺大市会で長男正之助氏が旅館の階上から墜落死しするという事故に遭遇、その精神的打撃は大きく以後出版活動も消極的となって、昭和三十四年八十三歳で亡くなられました。

残念なことにこの言及があるだけで、戦前についての出版の実態は何も語られていない。昭和九年の「全国見切本数物商一覧」に「東京浅草区瓦町二四 中村日吉堂」が掲載されていて、これが中村書店の前身である可能性も考えられるけれど、「名実共に日本一のまんが出版社」であったにもかかわらず、その全貌は不明のままなのだ。清水勲『「漫画少年」と赤本漫画』(刀水書房)において、中村書店から昭和十年代前半だけで二十九冊を刊行した謝花凡太郎同様に「中村書店も謎の出版社である」と書き、次のように述べている。

「漫画少年」と赤本漫画

 中村惣次郎の経営する出版社は、その児童文化史に与えた影響力の大きさとはうらはらによくわかっていない。大城のぼる氏の証言によると、大旦那の中村惣次郎よりも甥の中村信之助の方が番頭として編集にかかわっていたという。

そして昭和三十四年に中村書店は歴史を閉じたと推定している。戦前の「ナカムラ・マンガ・ライブラリー」の流通と販売はどうなっていたのだろうか。私が持っていた『愉快な探検隊』は、それこそ戦前の版であったのであろうか。それとも業界独特の戦後の「造り本」だったのだろうか。どうして私の家にあったのだろうか。中村書店のみならず、それらも謎だらけなのだ。

なおその後、この『愉快な探検隊』が三一書房『少年小説大系』第2期別巻3『少年漫画傑作集(一)』に復刻収録されていることを知った。
少年小説大系 別巻3

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