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古本夜話301 村田松栄館「評判長編講談」と『筑紫巷談妖術白縫譚』

前々回、またしても大阪の宝文館関連のことにふれたので、村田松栄館のことも取り上げておこう。

村田松栄館は『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』や脇阪要太郎の『大阪出版六十年のあゆみ』、湯浅末次郎の『上方の出版と文化』にもよく出てくるし、その村田政治は本連載272でふれた松要書店の出身である。湯浅の言によれば、「十五、六歳の少年の頃から単独で買物に出るとその場で値段を定めて取引をして商才家」、「商売は消極的であるが、財の利殖にかけては天下第一人者」と評されている。また『三十年の歩み』は大阪の村田といわれ、浅草の現金問屋の内山書店と並んで、安売りの代表格だったと記している。

この村田は湯浅の評からうかがわれるように、取次卸には力を入れていたが、自らの出版に乗り出すことは少なかったと伝えられている。その村田松栄館の本を一冊だけ拾っていて、それは「評判長編講談」シリーズの第2巻にあたる『筑紫巷談妖術白縫譚』で、愛川演とあるのは愛川なる講談師が演じたことになろう。ただ奥付の著作者は松栄館編輯部、及び著作権所有と記載されているので、他社の譲受出版の可能性が高いと思われる。

このシリーズの「目録」が奥付裏の巻末に掲載され、そこに「本書は全冊共一流の講談界花形講談師が読物選んで自慢の演題を熱演されたる物にて抄味百培身を徹す生たるが如き春宵秋夜の絶好の読物なり」とキャッチコピーが示されている。その二十冊に及ぶラインナップを挙げれば、『猿飛佐助』『真田十勇士』『霧隠才蔵』『水戸黄門』『水戸諸国漫遊記』などの立川文庫に代表される、大阪の様々な文庫が刊行してきたプログラム講談ともよんでいいほどで、本連載277でふれた『後藤又兵衛』もしっかりそれらに組みこまれている。

しかし『筑紫巷談妖術白縫譚』はタイトルも馴染みが薄く、それでいて赤の原色が目立つ芝居絵のような表紙と口絵は、立川文庫などと異なる鮮やかな印象を与えるので、その内容を吟味してみる。この一編は「玆に山城国愛宕郡芹生村と云ふ処に」という始まりで、それは講談調であるのだが、物語が進むにつれ、ピカレスク調と貴種流離譚性と仇討ちが加わり、それに伝奇時代小説の色彩が濃くなっていき、さらにとりかえばや物語的ファクターにも染められていく。その物語のニュアンスと文体を示すためにも、主人公の白縫が登場する一節を引いてみる。ルビは省略する。

 この怪しい浪人は大友若葉姫、彼れは男に姿を変へて、此の浅茅川の渡場を徘徊し、女ながらも菊池を仆し、父の怨みをはらさんと、習ひ覚へし蜘蛛の妖術を使ひ、当国錦ヶ獄の奥に岩窟を構へ、それへ立籠つて味方をあつめ、(中略)柳町の遊廓に入り込んだ。それから独鈷屋に登樓し、その身は男装してゐるから、当時全盛を極めてゐる綾衣太夫といふのを相方として遊んで見た。金銀は皆盗んで来たものだから、湯水の如くつかふ、独鈷屋でも白縫大盡と綽名し、(中略)然るに白縫大盡は、決して寝床に這入つて、契りを結ぶと云ふやうなことはない。

このような物語性と文体からいって、『筑紫巷談妖術白縫譚』は講談というよりも、むしろ現在でいう時代小説に分類したほうがふさわしいように思われる。しかも四百六十ページ余りに及ぶ長編で、本連載257などの明治期の講談、大正期の講談文庫に代表される物語よりもはるかに複雑になっていて、それゆえに伝奇時代小説の色彩が強いと指摘したのである。

念のために『日本伝奇伝説大事典』(角川書店)を引いてみると、『白縫物語』は立項されていた。『白縫譚』『不知火物語』とも記され、曲亭馬琴の『椿説弓張月』に鎮西八郎為朝の最初の妻として登場したことから、幕末から明治にかけての長編合巻『白縫譚』へと引き継がれたとあった。とすれば、この『筑紫巷談妖術白縫譚』もその物語の変奏ということになり、伝奇時代小説的パターンへと進化したといえるのかもしれない。

日本伝記伝説大事典 椿説弓張月 (岩波書店版)

『三十年の歩み』における「昭和初期までの大阪赤本業界」によれば、大阪の出版業界は大正期に黄金時代を迎え、その四つの柱が学参、実用書、娯楽本、地図だったようで、娯楽本の中心は講談本と立川文庫を始めとする各種の文庫本だった。しかしそれとパラレルに、新しい大衆文学としての中里介山の『大菩薩峠』や岡本綺堂の『半七捕物帖』などの誕生、その主流を占める時代小説を広く普及させた平凡社の円本『現代大衆文学全集』のベストセラー化もあった。大阪の講談本もまた影響を受け、変化せざるを得なかったはずで、村田松栄館の「評判長編講談」はその典型のようにも思われるし、それが『筑紫巷談妖術白縫譚』の物語に象徴的に表われているのではないだろうか。その著作者とある松栄館編輯部とは、新しい大衆文学としての時代小説の物語文法を会得しながらも、まだ売れていない作家たちが参加して構成されていたとも考えられる。

大菩薩峠   半七捕物帖

新島広一郎の私家版『講談博物志』(昭和資料館、平成四年)はこれまで見ることができなかった講談稀覯本を信じられないほどに収集し、収録して、失われた講談出版史を発掘し、明治から昭和戦後までをたどった労作である。そこにはもちろん村田松栄館の「評判長編講談」も『豪傑蒲生八剣士』の書影とともに収録され、「全編興味深いものばかり」で、表紙や口絵は長谷川小信によるものだと述べられている。しかし出版年と定価に関して、ここでは昭和十三年、七十銭となっているが、私の所持する『筑紫巷談妖術白縫譚』は同十年、五十銭で、これは前者が重版、後者が初版のちがいだと思われる。さらに『講談博物志』には同じ村田松栄館の昭和十三年に刊行した「評判忍術文庫」全十巻、二十銭も掲載されている。

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