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古本夜話307 石井琴水『変態郷土史』と石田龍蔵『明治変態風俗史』

本連載などで、昭和円本時代がエロ・グロ・ナンセンスの時代でもあり、梅原北明たちによって多くのポルノグラフィが、アンダーグラウンド的出版として刊行されたことに言及してきた。その時代にあって、「変態」や「猟奇」という言葉が流行語にもなっていたようで、それは文芸資料研究会の「変態十二史」シリーズや新潮社の『現代猟奇尖端図鑑』などのタイトルにも反映されている。

それは当然のことながら特価本業界の出版物にも及び、これもまた必然的に大阪の出版社からも出されることになる。そうした二冊が手元にあるので、紹介してみる。それらは石井琴水『変態郷土史』(洛東書院、昭和二年)と石田龍蔵『明治変態風俗史』(宏元社書店、昭和九年)である。

まず石井の『変態郷土史』だが、これは「著者のことば」によれば、京都は「伝説の都」であって、それは「史実の戯曲化」によって形成されたもので、同書は京都の名所をたどり、伝説と史実と戯曲の関係を探る目的で書かれている。したがって戯曲から見られた郷土史とでも称すべき一冊で、『変態郷土史』なるタイトルは当時の流行語を強引に当てはめただけだとわかる。

版元の洛東書院に関しては『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』にしばしば出てくるし、京都で東京書院を営む伊藤松五郎がそのアウトラインにふれているので、それを引いてみる。なおこの東京書院は本連載294の東京書院とは別である。

 大正の末期から昭和にかけて、京都ではじめて本格的に特価本を扱ったのが洛東書院である。兄伊藤嘉一の経営するものだったが、特価本の卸をやりながら、「坊さん大学物語」という小型本の出版などもおこなっていた。昭和に入って本格的な出版物が特価本として出回るようになると、洛東書院も四条通大宮東入ルに移転、大々的に卸をおこなった。いわば京都における特価本卸の草分けであった。

小型本でない四六判上製箱入の『変態郷土史』の奥付を見ると、確かに発行兼印刷者は伊藤嘉一、住所も引用文にあるのと同じで、印刷所も設けられていたことからすれば、この時代に本格的に出版にも進出しようとしていたのかもしれない。『変態郷土史』はそうした一冊だったのではないだろうか。

もう一冊の石田龍蔵の『明治変態風俗史』は菊判上製五百ページ近くに及ぶ堂々とした本で、私の所持するのは裸本だが、おそらく箱、もしくは表紙カバーがあったと思われる。同書の内容は「成り上り者と明治風俗」から始まり、「明治秘録亀戸」に至る五十編の秘話といっていい。その筆致や語り口からは石井研堂の『明治事物起原』(ちくま学芸文庫)や山本笑月の『明治世相百話』、生方敏郎の『明治大正見聞史』(いずれも中公文庫)を思い浮かべてしまう。後者の二冊はともかく、石田が前者を範としたと考えてしかるべきだろう。

明治事物起原 明治世相百話 明治大正見聞史


それならば、『明治変態風俗史』に表われている石田の特色ということになるが、風俗でも映画、俳優、流行歌、落語、講談、浪花節、義太夫といった芸能、妾を世話する高等慶庵、浅草十二階の娼婦、花柳界や吉原の話、女角力などの性的逸話がふたつの柱になっている。おそらく石田自身がそれらの芸能に通じ、そのことから花柳界の近傍にもいるニュアンスが伝わってくる。それを評して「序」を記した笹川臨風が明治文化資料収集に際し、正確か否かの区別はつけるにしても、「実際の見聞も皆取りて資料とすべき」だと述べているのであろう。

さてこちらも版元だが、それは奥付を見ると、大阪市浪速元町宏元社書店で、著作権所有発行者として松浦忠次の名前が記されている。しかし留意しなければならないのは、それらの下に小さな横書きで、次のような文言が付されていることである。

 (世相百態明治秘話改題)
 東京星文館ヨリ昭和九年二月二十日
 著作権 改題権 出版権 譲受

つまりこれらの文言はこの『明治変態風俗史』の原題が『世相百態明治秘話』であったこと、宏元社がそれを著作、改題、出版権を含めて、星文館から買い受け、タイトルを変えて出版したことを意味している。ここに至って、石田が「巻頭に」で、「題して『世相百態明治秘話』と云ふ」との一言を付している所以がわかる

星文館は『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』に東京神田神保町一−三五の荻原一男が携わる見切本数物商、「造り本」版元として、その名前がよく出てくる。そして戦後の星文館の動向までフォローされているので、それも引いておこう。

 荻原一男氏は疎開先から帰京、店舗を改築すると特価書籍、マンガ、絵本、少年少女小説などの卸を営み、中部日本新聞社の週刊誌の東京地方一手販売も行うなど活発に営業するかたわら、手紙や書道の出版も行いました。昭和二十五年荻原氏病没のあとは、夫人の実弟大木正男が経営を継続しました。

しかしここで断わっておかなければならないのは、星文館の『世相百態明治秘話』も「造り本」と推測され、元版は別の出版社が刊行していると考えられる。それがさらに大阪の宏元社に譲渡されたことになるのだが、宏元社の名前は『三十年の歩み』にも脇坂要太郎の『大阪出版六十年のあゆみ』にも出てこない。時代から考えても「変態」なる流行語ももはや古くなっていたであろうし、おそらくこの宏元社版は社会状況やと装丁とタイトルのミスマッチ、三円という高定価ゆえにそれほど売れなかったのではないだろうか。

なお『世相百態明治秘話』の初版は昭和二年の日本書院出版部だと考えられる。ブログ産業ロック製作所にも紹介と言及がある。

その後、ある古書目録で『世相百態明治秘話』の昭和十四年の内外出版社版の掲載を見た。古書価は5500円だった。

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