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古本夜話315 木村小舟と『図解趣味の仏像』

本連載261で木村小舟が坂東恭吾のために、雑誌『興国少年』(後に『皇国日本』)を立案し、昭和十年代に坂東が七年間にわたってその発行に携わっていたことを既述しておいた。

木村は博文館の『少年世界』に寄稿したことがきっかけで、その主筆巌谷小波に見出され、明治三十三年に博文館に入社し、同誌や『幼年世界』『幼年画報』の編集に従い、また多くの少年読物を執筆し、大正三年に博文館を辞める。だが小波には終生師事し、小波が昭和三年に自ら興した千里閣の『小波お伽全集』全十二巻の編集に従事し、十七年に童話春秋社から体験に基づく資料的価値が高い『少年文学史・明治篇』上下別巻を刊行している。同書の奥付の「著者略歴」のところに、「現在は童話春秋社編輯部員」とあるので、同社に在籍し、自著を刊行したことになる。

これらの事実から推測できるように、博文館退社後から、木村小舟は様々な出版社を経ているし、大正四年には本連載220でふれた東亜堂にも勤めていた。それについて小川菊松は『出版興亡五十年』の中で、「堂主伊藤芳次郎氏は才気溌剌の手腕家、木村小舟氏を招じて当時の出版界に活躍したのであるが、惜しくも成功しなかつた」と述べている。童話春秋社は昭和十四年に篠崎仙司によって創業され、槙本楠郎『春の教室』、与田準一『牡蠣の旅行』、北川千代『山上の旗』、坪田譲治『善太と三平』、小川未明『雪原の少年』などの児童文学史に残る作品を出し、戦後は同和春秋社へと改称し、「世界名作物語」「日本名作物語」といったシリーズ物を次々と刊行したとされる。これらの企画にも木村は関わっていたと思われる。

出版興亡五十年

木村小舟が児童文学史や出版史において、重要な人物だと位置づけていることがわかるように、『日本児童文学大事典』『日本近代文学大事典』などと異なり、一ページ以上の長い立項となっているのだが、博文館以後の東亜堂や童話春秋社を始めとする多くの出版社との関係にはふれていないし、『興国少年』に関しても見当たらない。しかし時代的にはこの雑誌の刊行と童話春秋社編輯部員の時期は重なっているはずだ。それから古美術に関する著作もあると明記されているが、具体的に書名は挙がっていない。

[f:id:OdaMitsuo:20130226145328j:image:h130]『日本児童文学大事典』

それらは『図解趣味の仏像』に類するもののように思われる。私の手元にあるのは昭和十年の、発行所を坂東三弘社、発売所を帝国図書普及会とする「増補版」の四版で、初版は同七年となっているが、その出版社は確認できていない。帝国図書普及会については本連載でも繰り返し書いてきたので、ここではふれないが、坂東三弘社はやはり坂東恭吾が甥の毛利亀雄と出版や卸を目的として、昭和九年に設立され、『ペン字高速度上達法』がベストセラーだったという。なお『全国出版物卸商業協同組合三十年の歩み』によれば、毛利は同十五年に、やはり出版と卸の文海堂として独立し、佐藤春夫『大都会の片隅』、江戸川乱歩『白昼夢』、城左門『空中魔』など、主として文芸書を出版し、戦後は書道をベースとする実用書版元になったとされている。

さて『図解趣味の仏像』だが、木村はその昭和十年一月付け、つまり坂東三弘社版の「訂正改版、価を廉にして更に読者諸君に見ゆるに際して」の「緒言」において、次のようなことを述べている。京都奈良方面への古社寺への歴訪者が多くなっているが、専門家は別にして、どれが阿弥陀仏か、釈迦如来なのか、観世音菩薩であるのかわからない。それは自分も同様だったので、初心の人々のために「其仏の有る所の特性を記して、古寺巡礼の場合の参考書を作つて見たい」というのが同書の編纂動機にして目的であったと。

そうしたコンセプトから『図解趣味の仏像』は仏、菩薩、明王、天、眷属、曼荼羅、浄土変相の七部に分類され、様々な仏像とそれを取り囲む神将や曼荼羅が多くの口絵写真、図版入りで紹介されている。もう少し具体的に示すならば、仏部の其一として廬舎那仏が挙げられ、その「定義」が記され、次に東大寺と唐招提寺のそれぞれの廬舎那仏の解説に及び、しかも活字も大きく、総ルビつき「図解」であるから、まさに特価本業界特有の啓蒙的な「古寺巡礼」といった仕上がりになっている。

ただ四六判ながら写真や図版も多く掲載されていることもあって、四百五十ページを超え、重さもあるので、携帯用には向いていないように思われる。定価の三円五十銭は特価本業界ルートで流通されることから考え、割引されるであろうし、それなりに安い価格だったのではないだろうか。これは「造り本」的体裁にもかかわらず、木村の特価本業界の位置と関係を示すように、奥付には木村の捺印があるので、印税が支払われているとわかる。それは坂東が語っているように、木村が彼の師匠筋、いや、坂東のみならず、特価本業界の顧問的重要人物だったこととつながっているのだろう。

また『図解趣味の仏像』といった企画にも、特価本業界の「造り本」のスタンスを感じることができる。岩波書店から和辻哲郎の『古寺巡礼』が刊行されたのは大正八年で、多くの読者を得たと伝えられているが、木村の同書はその啓蒙的実用書と捉えることも可能ではないだろうか。

古寺巡礼 古寺巡礼 (岩波文庫版)

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