出版状況クロニクル63(2013年7月1日〜7月31日)
旧知の読者から連絡が入り、様々な情報を伝えてくれたのだが、それには本クロニクルを続け、最後まで見届けてほしいとの依頼も含まれていた。
彼は大手取次経験者なので、取次関係に限定して要約してみる。取次によっては実質的に債務超過に陥っているところがすでにあるのではないか、取次を必要としない電子書籍問題、雑誌の異常な返品率の改善は難しいし、ガソリン高による運賃値上げも迫っているし、消費税アップはただでさえ疲弊している出版業界を直撃する、それらのことなどを考えれば、流通システム自体が危機にさらされていることは明白で、もはやその一部の破綻は覚悟しておくべき状況に入っているのではないかというものだった。
だからそこに、本クロニクルを続けてほしい理由があるというわけだ。
これが本クロニクルの読者の意見を代表するものとは考えていないが、そうした声に応えるためにも、本クロニクルは続けなければならないだろう。
1.出版科学研究所による、13年上半期の売上データを示す。
■2013年上半期 推定総販売金額 推定総販売金額 書籍 雑誌 月 (百万円) 前年比(%) (百万円) 前年比(%) (百万円) 前年比(%) 2013年
1〜6月計878,196 ▲2.6 433,296 ▲0.1 444,900 ▲4.9 1月 114,431 ▲4.0 55,256 ▲1.9 59,175 ▲6.0 2月 158,729 ▲5.4 83,393 ▲3.6 75,335 ▲7.3 3月 205,973 ▲3.6 113,660 ▲0.2 92,314 ▲7.4 4月 143,289 1.3 65,810 1.7 77,479 0.9 5月 118,334 0.0 54,604 4.9 63,730 ▲3.9 6月 137,441 ▲2.5 60,573 0.5 76,867 ▲4.8
この表にも明らかなように、推定販売金額は8782億円で、前年比2.6%減。書籍は4333億円で、同0.1%減。雑誌は4449億円で、同4.9%減。その内訳は月刊誌が3502億円で同4.1%減、週刊誌が947億円で同7.9%減。
[書籍が前年並と比較的健闘しているのは、村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や百田尚樹の『海賊とよばれた男』などのミリオンセラーに支えられているからだ。
しかし雑誌は前年に引き続きマイナス幅も大きく、特に週刊誌は深刻な落ちこみとなっている。
13年度の販売金額を前年比マイナス3%で計算すれば、1兆7000億円を割りこみ、1兆6800億円ほどになると推定される。ピーク時の1996年は2兆6563億円だったから、それに比べれば、何と1兆円が失われたことになるのだ。今年が正念場だといっているのはそれも含めてである]
2.『日経MJ』(7/17)の第41回「日本の専門店調査」が発表された。そのうちの「書籍文具部門」を示す。
■2012年 書店売上高ランキング 順位 会社名 売上高
(百万円)伸び率
(%)経常利益
(百万円)店舗数 1 カルチュア・コンビニエンス・クラブ(TSUTAYA、蔦谷書店) 174,980 1.4 7,375 − 2 紀伊國屋書店 108,190 ▲1.5 820 64 3 ブックオフコーポレーション 76,670 1.3 2,366 1,059 4 ジュンク堂書店 51,315 0.4 67 52 5 有隣堂 51,311 1.3 624 46 6 未来屋書店 49,431 3.0 − 236 7 ヴィレッジヴァンガード 38,932 4.4 3,037 390 8 フタバ図書 35,199 ▲5.1 995 68 9 文教堂 34,306 ▲3.4 62 191 10 トップカルチャー(蔦屋書店、峰弥書店、TSUTAYA) 32,197 ▲0.6 647 73 11 三省堂書店 27,604 0.2 66 36 12 三洋堂書店 26,140 − − 86 13 カルチェ・イケダ(くまざわ書店) 22,780 ▲0.9 − 95 14 リブロ(mio mio、よむよむ、パルコブックセンター) 22,507 ▲4.1 − 88 15 精文館書店 19,575 4.7 643 48 16 ニューコ・ワン 17,145 ▲4.9 − 33 17 キクヤ図書販売 15,026 ▲3.2 − 30 18 神奈川くまざわ書店 14,460 1.6 − 76 19 オー・エンターテイメント(WAY) 13,917 2.4 239 55 20 文真堂書店 12,781 ▲7.8 85 − 21 あおい書店 11,351 ▲12.1 ▲93 39 22 すばる 10,852 ▲7.1 24 30 23 京王書籍販売(啓文堂書店) 10,368 ▲3.1 − 43 24 アシーネ 9,508 ▲1.7 − 94 25 戸田書店 8,284 ▲9.8 53 37 26 アバンティブックセンター 7,574 − − 113 27 四国明屋書店 6,245 ▲6.3 51 28 28 くまざわ 3,624 0.5 − 15
  ゲオホールディングス
(ゲオ、ジャンブルストア、セカンドストリート)259,288 0.4 15,643 1,553 [前回CCCは「楽器・CD」部門にあったが、業種変更したために、第1位となった。しかしこれはCD、DVDのレンタルなども含めた金額で、「TSUTAYA BOOKS」701店の雑誌書籍売上は1109億円、前年比5.9%増。だがこの金額でも第2位の紀伊國屋書店を上回り、日販、MPD、CCCのコラボゆえにもたらされた売上高だと実感する。
しかし第10位のトップカルチャーはその代表的FCで、昨年は北関東最大の蔦屋書店ひたちなか店を開店しているにもかかわらず、前年比0.6%減となっている。このようなFC本部とFC店の明暗は、どのような軌跡をたどっていくのだろうか。
ちなみに参考までにゲオの売上高も挙げておくと、1553店で2592億円である。
第6位のイオングループの未来屋書店だが、この調査とは別に売上高505億円で前年比5.3%増と発表された。今期は250坪から300坪の新規店18〜20店を出すという。
それらに加え、やはりチェーン店が多いブックオフとヴィレヴァンが売上を伸ばし、これらの複合店とリサイクル店とショッピングセンターインショップ店が優勢である。それに対し、旧来の書店チェーンは大半が前年割れで、既存店売上を回復させる状況にはない。
しかも出版物売上高が下げ止まらない中であるだけに、これらの関係はゼロ・サムゲームではなく、伸びているチェーンの背後には、多くの消えていく書店がある事実に留意すべきであろう]
3.日書連の組合員数がこの1年間で259の脱退があり、4459となる。
[1990年にはピーク時は過ぎたとはいえ、1万2556店を数えていたことからすれば、ほぼ3分の2の日書連加盟店が失われてしまったのである。4000店を割ってしまうのも時間の問題だろう。
なお2 に関して付け加えておけば、2012年の書店数は1万4696店]
4.北海道の苫小牧市の進藤書店が自己破産申請。
97年の年商10億円が、12年には3億円に落ちこみ、負債は3億3000万円。
5.群馬県高崎市の秋名書店が破産。
07年売上高4億5000万円が、12年には2億7000万円となり、負債は1億4500万円。
[4 は1973年設立で、郊外ショッピングモール店を展開し、5 は02年創業のアダルト店で、これまでの商店街の老舗書店の破産とは少し異なると考えられる。
ショッピングモール内やアダルト業態といった新たな書店も、さらに淘汰される状況に入っていることを、この2店の破産は告知している。それはアマゾンなどのネット書店、コンビニの大量出店の影響を多大に受けていたはずだ]
6.このような書店危機の中で、『ダ・ヴィンチ』(8月号)が「わたしを本好きにしてくれた わたしの街の本屋さん」特集を組んでいる。
[たまたま前回も『ダ・ヴィンチ』にふれ、基本的に高額な宣伝費を払うことができる出版社の大量販売の売れ筋宣伝用雑誌と書いておいたが、これは危機の本質を隠蔽する役割を演じているといって過言ではない。しかもそれはあざとすぎる印象を与える。そのような「街の本屋さん」の大半が消えてしまったことは周知の事実であるからだ。
これも先月、札幌のくすみ書房の廃業の危機を伝えておいたが、そのくすみ書房も登場している。幸いにして、ネット上でそれを訴えたことで支援を得られ、とりあえずの危機は脱したようだが、おそらくここに出てくる書店も同様の危機にさらされているところが何店もあるはずだ。
編集部にしても、「ぶらり東京書店」に登場している永江朗にしても、それらのことは百も承知のはずなのに、このような特集を組むのはあまりにも能天気過ぎると思う]
7.大阪屋は先に発表していた決算を変更し、売上高948億円を942億円と下方修正。
その結果、赤字となり、22億円の減損処理が生じ、純資産1億1800万円のマイナスとなった。
[6月27日から延期され、7月31日に予定されている臨時株主総会と第三者割当増資に向けての処理だろうが、増資をめぐって新たな監査法人の介入も想定できる。
そうなれば、これまで特殊な出版会計とされてきた取次会計システムにも、新たなメスが入れられようとしているのかもしれない。大阪屋と栗田の関係、及び帳合と書店をめぐる問題も不透明であるし、入り組んでいると考えられるし、増資また難局が控えているはずだ]
8.角川GHDは社名をKADOKAWAに変更し、その連結売上高は過去最高の1616億円、前期比9.6%増を計上。純利益も50億円で、大幅増収増益決算。
それらの内訳と連結子会社の売上高を示す。
■内訳 内訳 売上高(億円) 前期比 書籍関連 698 4.4% 雑誌広告関連 327 ▲1.3% 映像関連 340 28.0% ネットデジタル関連 166 21.9% 海外関連 82 17.6%
■子会社 子会社名 売上高(億円) 前期比 角川書店 399 ▲0.1% アスキー・メディア・ワークス 234 7.7% 角川マガジンズ 189 ▲1.3% メディアファクトリー 181 ▲22.6% エンターブレイン 167 ▲5.2% 中経出版 39 ▲2.0% 富士見書房 40 ▲6.6% 角川学芸出版 16 5.1% 角川プロダクション 7 14.8% [小学館1064億円、集英社1260億円、講談社1178億円をはるかにしのぐ売上高を、KADOKAWAは達成したことになる。そしてその内訳を見ても、雑誌を除けば順風満帆なように見える。
しかし連結子会社の数字はアスキー・メディア・ワークス、角川学芸出版、角川プロダクションがプラスになっているだけで、他の6社はマイナスであり、今期の過去最高の売上高が、ひとえに6の『ダ・ヴィンチ』などのメディアファクトリーの買収によっているとわかる。
そしてKADOKAWAが06年から08年にかけて、1500億円前後の売上を維持していたことからすれば、その後はM&A戦略を導入し、業績を保ってきたことも明らかだ。
07年に出された佐藤吉之輔の角川書店社史ともいうべき『全てがここから始まる―角川グループは何をめざすか』は株式上場からM&Aを経て、メガ・ソフトウェア・パブリシャーからメガ・コンテンツ・プロバイダーへと至る道筋と売上2000億円達成が語られている。
だがその道は険しく、M&Aによる売上増と見なすべきだろう。佐藤の同書にはまったく言及がないが、数年前まで角川GHDの角川歴彦に続く第2位の株主はCCCの増田宗昭だったが、確認してみると、増田の名前は株主リストから消えていた。CCCの上場廃止に伴い、株式の持ち合いの解消といった経緯が絡んでいるのだろうか]
『全てがここから始まる―角川グループは何をめざすか』
9.そのKADOKAWAの角川歴彦会長が東京国際ブックフェアで「出版業界のトランスフォーメーション」を基調公演。その要約が『文化通信』(7/8)、『新文化』(7/4)に掲載されているので、抽出してみる。
* 電子書籍点数が増え、フォーマットも統一され、アマゾン、アップル、楽天も電子ストアに参入し、出版社の権利の確立のための結束もあり、アナログ出版から音楽やゲームも含めたデジタル出版時代に入った。
* アマゾンなどの外資系デジタル事業によって、日本の出版業界はゆさぶられ、危機にあり、改革や改善ではなく、内側からのイノベーションが必要だ。
* そのためには日本の出版業界のプラットフォームを全国の書店とし、アマゾンに負けない新たなルール作りをし、オンライン・トゥ・オフラインで対応できるハイブリッド書店化をめざす。
* 図書館に対しては電子書籍貸出システムを、講談社や紀伊國屋書店とともに構築していく。
* ナショナルアーカイブ構想、電子書籍の権利情報やデータの管理と整備は、文化省や経産省などの関係省庁と連携していく。[これらの発言は8でふれた『全てがここから始まる―角川グループは何をめざすか』に示されたメガ・コンテンツ・プロバイダーのコンセプトから始まり、角川の10年の自著『クラウド時代と〈クール革命〉』へと至るデジタル化の流れをそのまま継承している。
このような角川のコンセプトに講談社、紀伊國屋も賛同し、また小学館も参加することになっているようなので、アマゾンなどの外資系に対抗する楽天も加わるナショナルデジタル出版連合とでもいうべき構想と見なせるだろう。そしてこれが日本を代表する大手出版社の描いたビジョンなのである。
しかしこのビジョンは正しいのだろうか。本クロニクル58でも角川の発言にふれているが、数年後には電子書籍市場が3500億円になるという見解はきわめて疑わしい。また電子辞書と異なり、ここでいわれている電子書籍は「ネット書籍」をさし、その流通販売のために、取次も全国の書店もネット化しなければならないという構想は、実現可能なのだろうか。
それに『クラウド時代と〈クール革命〉』で語られていた、そのコアとなるクールジャパンの失墜は大きな問題ではないのか。この問題については本クロニクル50で既述しているので、ぜひ参照されたい。
疑問はその他にも多々あるが、これらのことだけは指摘しておくべきだろう]
10.MM総研による、12年の国内電子書籍端末出荷台数、新プラットォームのコンテンツ市場規模調査によれば、電子書籍端末出荷台数は47万台。
内訳はアマゾン18万台、楽天15.5万台、ソニー12万台、その他1.5万台。新プラットフォームのコンテンツ市場規模は270億円。
ジャンル別に表化してみる。
■2012年度 電子書籍コンテンツ市場規模とシェア
(新プラットフォームのみ)ジャンル 売上高(億円) シェア 推理・ミステリー・ホラーSF 33 12.1% 学習系(ビジネス書、自己啓発、語学など) 32 11.9% 文芸小説、エッセイ、論評、詩 28 10.4% 雑誌(ビジネス、ファッション、情報誌) 26 9.6% マンガ・コミック 23 8.4% 歴史・時代小説SF 22 8.3% 写真集(趣味・実用・生活、タレント・グラビア) 20 7.4% ファンタジー・ライトノベル 19 7.1% 趣味・生活・実用・ガイド 16 5.9% 雑誌(エンタメ系・趣味・実用・生活) 13 4.8% 洋書 13 4.8% その他 25 9.3% [MM総研は12年の電子書籍端末出荷台数を93万台と予測していたので、キンドルなどの導入があっても、ほぼ半数の台数にしか達しなかったことになる。
ちなみに10、11年の出荷台数は、それぞれ16万台、33万台で、13年は52万台と予測されている。
新プラットフォームコンテンツ市場にしても、突出した分野は見られず、ヘビーユーザーやマニアの出現はうかがわれない。要するに少しずつ何でもありますといったコンテンツ市場を反映しているのだろう。
電子書籍フィーバーは続いていても、電子書籍端末は10年から13年にかけて、150万台の普及がせいぜいのところで、コンテンツ市場にしても、これからコンテンツが増えていくことをふまえるにしろ、驚くべき成長を期待すべきではない状況にあるといっていい]
11.インプレスのインターネット総合研究所の電子書籍ビジネス調査結果によれば、12年の電子書籍市場は729億円で、前年比15.9%増。その内訳は市場の中心を占めてきたケータイ向け電子書籍市場は351億円で、同26.9%減。新プラットフォーム向け電子書籍市場は368億円で、同228.6%増。
同調査は17年に、電子書籍市場は2390億円、電子雑誌市場は330億円と予測。
[10と11の調査結果から判断して、新プラットフォームコンテンツ市場規模は300億円前後と見なすことが妥当だろう。キンドルやコボタッチの導入があっても、ケータイ向け市場とほぼ変わらないことも明らかだ。
それから17年の2390億円電子書籍市場予測だが、本クロニクルで繰り返し既述してきたように、出版デジタル機構が17年に100万点、2000億円の売上をめざすと発表したことから始まっている。その延長線上にインターネット総合研究所の2390億円、角川歴彦の3600億円、楽天の三木谷浩史の1兆円といった架空の数字が独り歩きするようになったのである。
それを主導したのは経産省とJPOでもあり、もし仮にそれが実現したならば、これも何度も書いてきたように、従来の日本の出版業界は壊滅してしまうであろう]
12.角川歴彦の「出版業界のトランスフォーメーション」を基調講演とし、電子書籍関連のフォーラム、セミナー、展示を目玉とする東京国際ブックフェアが開かれ、これは第20回に当たる。
[国際ブックフェアは、東京国際ブックフェア実行委員会とリードエグジビジョンジャパン(株)の主催となっていて、前者は書協、雑協、取協、日書連の他に出版文化国際交流会、読書推進運動協議会、日本洋書協会がそのメンバーであるが、実質的には後者が仕切っていると考えられる。
「本展は商談および購入のための展示会」であるとされるが、それぞれ特色のあるフランクフルトやボローニャブックフェアのようなものではなく、出版社の顔見せ興行のようにしか見えない。書協、雑協はともかく、取協、日書連も加わり、このようなブックフェアを開催してきた意味はどこにあるのだろうか。
20回の開催といえば、今年も含めて出版物売上の1兆円が失われた17年とちょうどパラレルであることに気づく。そしてこのようなバニティフェアと出版業界が併走してきたゆえに、出版危機も生ずるに至ったことも]
13.アメリカの大手書店バーンズ・アンド・ノーブルのCEOウィリアム・リンチが辞任。リンチは10年から電子書籍強化に取り組んできたが、アマゾンを追い上げられず、赤字続きで、6月に販売不振のタブレットの自社生産を中止していた。
インターネット業界からの転身だったが、約3年で退場となった。今後B&Nは書店事業と電子書籍自嘲を分離すると見られる。
[本クロニクル61で、アメリカの電子書籍市場に起きていることを既述しておいたが、アマゾンのキンドルの強さを考慮に入れても、このようなB&Nの動向は、電子書籍の成長の急速な鈍化と関連していると考えるべきだろう]
14.10年間にわたって岩波書店の社長を務めていた山口昭男に代わり、『世界』の元編集長岡本厚が就任。それに際し、『文化通信』(7/8)のインタビューに答えているので、それを要約してみる。
* 経営状況はよくなく、出版業界と同様に右肩下がり状況が続いている。社長になって私の役割は会社の現場を元気づけ、活気づけることだ。
* 経営の大きな柱は、『広辞苑』で、それに岩波新書と文庫が続き、全集や講座はもはや多くは売れない。
* 買切制のリスクがあるので、書店が新刊と売れ筋しか置かないことも影響し、かつて書店の6割を占めていた既刊書比率が下がり、新刊依存度が高くなっている。
* 岩波書店は古典という財産の宝庫であるから、そういう財産に光りをあて、需要を喚起させ、既刊書比率を上げていきたい。
* 買切制などの取引条件を見直す考えはない。それは「出版圏」というものがあり、書店、取次、出版社が共存している中で、いきなり取引条件を大きく変えてしまえば、「出版圏」全体が崩れてしまうかもしれないからだ。そうはいっても早急に全体の売上が底を打つようにする必要がある。
[あとは電子書籍に関する発言であるので省略したが、現在の出版危機に対して、リアルな思考を有していないと実感するしかない。
要するにこのような危機状況の中にあっても、買切制高正味条件は維持したいし、それを変えると、書店、取次、出版社という「出版圏」が崩れてしまうからだといっているに過ぎない。
何をかいわんやであるが、戦時体制下で得た特権である買切制高正味を自ら是正し、速やかに買切制低正味へと移行していれば、少しは岩波書店の経営状態はよくなっていたのかもしれないのに。
新しい社長のこれらの発言は出版業界に対して、危機の打開にあたって、岩波書店に何も期待することはできないという失望感を与えたに相違ない。
その後『六法全書』からの撤退も発表された]
15.14の古典に関連してだが、明治古典会の第48回『七夕古書入札会』の目録が届いた。そこには次のような言葉が記されていた。
さて、私ども古書業界は問屋のない商売です。仕入れ先は一般の読者、愛書家の皆様で、いわばお客様が問屋であります。常に本は動きまわり、それが流通して古書市場が形づくられております。毎日のように開催される古書交換会では、夥しい量の取引がされております。
しかし、その中で次世代まで活き延びるものはわずかです。淘汰され生き残った約二〇〇〇点の優れた品物が一堂にならび、七夕の時期に一年に一度、下見公開のうえ入札にかけられる、その機会が七夕古書大入札会です。[このような言葉に出会うと、出版業界の失われた17年がブックオフを誕生、成長させ、そこで売られる夥しい百円均一本を大量生産してきた事実を思い浮かべてしまう。
それでなくても、「次世代まで活き延びるものはわずか」という古書状況の中にあって、古書業界も失われた時代を過ごすようになるのだろうか。
すばらしい古書群の中にあって、仏文のマルドリュス版『千夜一夜物語』全8巻がほしかったが、おそらく入札価格は数十万円だと予測されるので、あきらめる他はなかった]
16.ちょうど同じ頃、古書目録『ロードス通信』第35号も届いた。これは「サンパル店閉店記念号」とあり、次のような言葉がしたためられていた。
1986年12月以来、約27年間続けてまいりました神戸三宮サンパルビル、ロードス書房を、この度二ヶ月後の平成25年8月末日を持って閉店することに致しました。ご来店の大半のお客様には、棚の配列、法則がわかりにくかったとは存じますが、慣れてくるとそれなりに面白いと、お褒めにあずかることもあり、店頭販売の楽しさも充分に味わった年月でした。申し訳無さと感謝の気持ちで一杯です。
閉店理由の第一は、サンパルビルのオーナーである第三セクター神戸市都市整備公社(現すまいまちづくり公社)の背信行為といえる、商業ビルから事務所ビル(公社側は商業複合ビル変換と言っている)への一方的転換によるものです。テナントへの無断、無告知、無説明のまま2010年より土日・祝祭日が全く機能しなくなってしまい、即裁判所へ提訴(契約違反)したのですが、二年後に納得できないまま全面敗訴してしまいました。もう一点、第三セクターの管理費の内訳の謎についても究明したのですが、及びませんでした。(中略)。
1986年八軒でスタートした【サンパル古書のまち】は、これで遂に全面解体となりました。しかも、神戸市100%出身第三セクター公社の背信行為を引金に終焉することになったのは、象徴的であると思っています。「地方の時代」「地方分権」の実態が国家官僚支配化から、地方自治役人達への管理移籍でしかなく、住民や街、農村の実態に即した施策とは大きく乖離し、ゴーゴリの描く自己保身目的にしか興味がない19世紀露西亜の地方役人世界に似た、キメ細かい住民イジメと法律を楯にとった無責任な町づくり(崩壊)がすすんでいっています。[閉店のもうひとつの理由として、店主の病気も挙げられている。いずれ「サンパル古書のまち」に行ってみたいと思っていたが、一度も行けずに終わったしまったことになる。残念である。
ロードス書房は8月末まで閉店のため、店内全商品半額セールを行なっているので、出かけられる方はぜひ訪れてほしい。
なお前回取り上げた「ふるほん文庫やさん」事件だが、岡崎武志が取材し、『サンデー毎日』でレポートすると伝えられている]
17.CCCが宮城県多賀城市とも「パブリック・プライベート・パートナーシップ」方式で連携し、駅前再開発地区に建設予定の図書館の設計、建設などを受注し、15年夏のオープンをめざす。
[これは武雄市図書館プロジェクトとは異なるものと考えるべきだ。
日本の公共図書館事業はTRC、日本図書館協会とその周辺にいる建築、設計、什器関係者、大学の図書館学科の教師たちによって、ほぼ独占されてきたと見なしていい。
それに対して多賀城市の場合、CCCが日販図書館課とともに、独自の設計、建設に乗り出せば、ひとつの風穴を開けることになるのかもしれない。
そうなれば、Tカード問題どころか、設計、建築コスト、仕入れや運営ランニングコストといった問題にも焦点が当たることになるだろう。
だからこそ、CCCは、『図書館が街を創る』といった単なるパフォーマンス本を出すべきではなく、それらもトータルに含んだ、民間による総合的図書館プロジェクト本を刊行すべきなのだ]
18.芸術新聞社の相澤正夫から、草森紳一の『李賀 垂翅の客』を恵贈され、ずっと読んでいるが、こちらの素養が欠けていることに加え、大冊なのでまだ読了に至っていない。
[それでも読みながら、李賀とは別に著者の死後の出版や全集のことを考えさせられたので、そのことを書いておきたい。
草森は異例なことに、死後に十数冊の著作が刊行されている。それは相澤のような、草森の生前からの友人の力も大きいのだが、全集というかたちをとらなくても、未刊行のものを出していくのも、ひとつの著者に対する追悼のかたちではないかと思われる。
日本文学全集や世界文学全集の時代が終わった後、岩波書店も同様であろうが、個人全集もまた成立しない時代を迎えてしまったのである。
晶文社から『吉本隆明集成』全40巻の刊行が伝えられているが、これが個人全集の最後の出版の試みとなるかもしれない]
19.[出版人に聞く」シリーズは11の古田一晴『名古屋とちくさ正文館』がまたしも遅れてしまい、8月刊行となる。
飯田豊一『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』はシリーズ中 最大の分量で、編集を終えた。後は資料転載の問題を残しているが、著者が83歳の高齢なので、早く出さねばと思う。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》