出版状況クロニクル66(2013年10月1日〜10月31日)
『週刊東洋経済』(10/12)が「今、始めなきゃ!就活」特集で、「業界最新天気図一覧」を掲載している。その中で出版業界だけが最低ランクの「大雨」で、そこからの脱出の可能性はまったくないとされ、「市場に構造的な不況要因があり、多くの企業が赤字や減益の状態」とコメントされている。いうなれば、これは出版業界の内側にある経済誌からの、就活対象とすべき業界ではないという宣告と考えるべきだろう。
そのような出版危機を知らしめる、同じく内部での事件が次々と出来している。それらは『週刊朝日』編集長セクハラ事件、『週刊ヤングジャンプ』編集長強盗容疑での逮捕、『女性セブン』におけるパワハラと労使の衝突、秋田書店プレゼント不正とそれをめぐる問題などで、それこそ報道されていないものを含めれば、無数に起きているはずだ。もちろん出版社が聖人君子の集まりと考えているわけではないし、他業界以上に権力争いが盛んであることは承知しているが、時期が時期であるだけに、ガバナンスとビジョンも失われた出版業界の内部崩壊の予兆のように思われてならない。
1.帝国データバンクの「出版業界2012年度決算調査」が出された。これは出版社、取次、書店の3つの分野に及んでいるが、取次や書店については本クロニクル63、64で既述しているので、ここでは出版社の売上高上位10社を取り上げてみる。
※ 上記は単独決算数値、一部推定値含む [上位10社のうち7社が減収であるが、9社が2期連続黒字となっているのは、不動産売却や赤字部門のリストラにより、売上減少が続く中でも一定の収益を確保している出版社が多いと分析されている。
■2012年度売上高 上位10社     売上高(百万円) 前年度比(%) 当期純損益(百万円) 順位 企業名 2011年度 2012年度 2011年度 2012年度 2011年度 2012年度 1 集英社 131,865 126,094 1.1 ▲ 4.4 5,547 3,751 2 講談社 121,929 117,871 ▲ 0.3 ▲ 3.3 164 1,550 3 小学館 107,991 106,466 ▲ 2.8 ▲ 1.4 ▲144 1,282 4 角川書店 40,176 39,901 33.9 ▲0.7 1,822 1,294 5 日経ビーピー 38,677 38,300 ▲ 4.5 ▲ 1.0 1,465 1,700 6 宝島社 33,300 26,995 1.8 ▲ 18.9 374 10 7 文藝春秋 25,673 26,601 0.8 3.6 434 628 8 東京書籍 27,011 25,052 30.6 ▲ 7.3 1,202 604 9 光文社 23,321 24,630 5.9 5.6 1,096 1,118 10 ぎょうせい 21,447 21,641 ▲ 15.4 0.9 2,695 4,337
これらのことは本クロニクルでも言及してきている。2012年の出版物売上高シェアは、上位50社でほぼ30%を占めていることからわかるように、出版危機は雑誌を中心とする大手出版社を直撃している。リードで示した「就活」における出版業界の「大雨」状況や帝国データバンク調査は、その内外を問わず、もはやそれが「不況」ではなく、「危機」そのものであることを知らしめている]
2.『出版ニュース』(10/中)にニッテンと日販の資料による「出版社・書店売上ランキング2012年」も出されているので、出版社3676社の売上額推移と総合出版社20社の売上実績金額を示す。こちらの出版社総売上額はいうまでなく出版科学研究所と異なり、実売金額によっている。
■出版社売上額推移 年 出版社数 総売上額
(億円)売上高
前年比(%)2012 3,676 20,312.12 ▲3.53% 2011 3,734 21,055.54 ▲1.06% 2010 3,815 21,281.85 ▲8.40% 2009 3,902 23,232.47 ▲5.66% 2008 3,979 24,625.94 ▲7.18% 2007 4,055 26,531.77 ▲1.01% 2006 4,107 26,802.42 ▲0.15% 2005 4,229 26,841.92 ▲7.90% 2004 4,260 29,124.79 ▲0.70%
[2012年総売上額は2兆円割れをかろうじてまぬがれたが、05年に比べ、6530億円減となっている。13年もマイナスは確実で、14、15年は消費税増税もあり、さらに売上額は落ちこんでいくだろう。
■出版社売上実績金額(単位百万円) 出版社 2012 2011 2009 2005 集英社 126,094 131,865 133,298 137,848 講談社 117,871 121,929 124,500 154,572 小学館 106,466 107,991 117,721 148,157 学習研究社 - − 76,346 70,864 文藝春秋 25,673 25,673 29,659 31,860 角川書店 - − 29,416 95,066 新潮社 22,000 24,500 27,800 29,000 光文社 24,630 23,321 24,500 32,500 日本放送出版協会 17,289 18,697 21,439 22,880 岩波書店 17,500 18,000 18,000 20,000 マガジンハウス 14,645 14,800 16,800 21,300 PHP研究所 12,400 12,700 14,567 14,030 朝日新聞出版 12,944 12,598 13,362 − ダイヤモンド社 11,139 11,583 12,009 15,200 徳間書店 10,856 10,773 11,751 13,739 東洋経済新報社 8,958 9,389 10,621 11,507 幻冬舎 8,800 8,800 9,305 10,947 日本文芸社 6,681 7,039 7,269 8,814 中央公論新社 6,399 6,320 6,959 − 実業之日本社 5,780 6,070 5,958 8,029 日本経済新聞出版社 4,744 - - - 平凡社 2,209 2,042 2,928 3,500
総合出版社20社の売上実績金額も同様で、これも出版社の入れ替えはあるにしても、05年に比べ、トータルすると2000億円近くのマイナスとなっている。しかも上位の講談社、小学館、集英社の3社だけで900億円のマイナスで、順位も異なってしまっている。
これらの事実は中小零細出版社以上に、大手出版社のほうに強く出版危機が押し寄せていることを告げている。それは大手出版社の雑誌をベースに成立してきた、再販委託制による近代出版流通システムの制度疲労と限界を物語り、このような出版社の危機的状況の投影として、これも危機の中にある取次や書店の現在が浮かび上がってくることになる]
3.この際だから、続けて人文書を刊行している中堅出版社の12年売上実績金額も拾ってみよう。
[よく知られた出版社であっても、他産業に比べ、売上額が大きくないことにあらためて驚くかもしれないが、これが人文系出版社の12年の売上額実態である。ここで留意しなければいけないのは、かつての既刊分比率が著しく落ち、新刊依存度が高まっていて、それが経営をきわめて危うくしていることである。
■出版社売上実績金額
(単位百万円)出版社 売上金額 祥伝社 4,703 河出書房新社 4,250 大和書房 3,820 潮出版社 3,102 筑摩書房 2,808 新書館 1,680 朝日出版社 1,600 東京創元社 1,333 洋泉社 1,296 美術出版社 1,134 白水社 1,113 創元社 995 勁草書房 800 太田出版 787 吉川弘文館 786 国書刊行会 766 春秋社 750 みすず書房 632 原書房 618
しかもこれらは中堅出版社であって、さらにこれらのリストにも掲載されることのない小、零細出版社が無数にあり、それが出版物の多様性を支えていることになる。
だがこちらも大手出版社と同様に、危機にさらされていることに変わりはない。小さな出版社の可能性について語られたりするが、まずこのような現実をふまえ、点ではなく線で見てから発言すべきだ]
4.このような出版状況の中で、11月に蔦屋とTSUTAYAのFCの大型出店が続く。
それらは蔦屋の盛岡店900坪、精文館の一宮店1000坪、明文堂プランナーの小松店1000坪、トップカルチャー本庄店1200坪である。
[この大型出店をどのように見るべきなのだろうか。
TSUTAYAに限っていえば、これはFCも含め、1400店に及ぶTSUTAYAの再編成ということになるが、それは同じ地域にあるTSUTAYA既存店への影響は必至で、多くが閉店に追いこまれると考えられる。すなわちこれらの出店はTSUTAYAの共食いというカニバリズム的現象を露わにするだろう。
しかもこれらの大型店の採算は様々な複合店によるものとされるが、メインのDVDレンタルはゲオとの競合で100円となり、かつての儲かるレンタル複合店ビジネスモデルではなくなっているはずである。それは代官山プロジェクトも同様であろう。
日販、MPD、CCC= TSUTAYAの関係において、CCCはFC本部としてMPDに歩戻しを含んだ100%支払いを行なうことで、日販における重要な位置を保ってきたと思われる。しかし出版危機に加え、近年のレンタル状況を考えれば、傘下の直営店やFCにしても、順調に売上は伸びておらず、本部としてはそれらの立て替え払いが多大なものになっているのではないだろうか。そのような金融操作としての大型出店の可能性も考えてみる必要があるのではないだろうか]
5.立川のオリオン書房が日販、CCCと資本業務提携し、社長は日販の小河洋一郎が就任。
[オリオン書房に関しては、しばらく前から様々な話が伝えられていたが、結局のところ、日販とCCCの傘下に入ったことになろう。
地方の老舗書店の自己資本や体力がなくなり、閉店する代わりに、このような処置に至ったと推測される。
同様にトーハンに買収された明屋書店も、トーハン出身の小島俊一が社長に就任している。
かつてと規模の異なる大型店が出店すれば、商店街の衰退と相俟って、地方の老舗書店は苦戦どころか、閉店に追いやられるのは必然であり、そこにはもはや共存も棲み分けも成立しない。その最終段階に入っていると見て間違いないだろう。
現在でも小さな町の書店の可能性がよく語られるが、このような現実をはっきりわきまえているのだろうか]
6.札幌明正堂が破産、負債は1億5000万円。
1933年創業の老舗で、1999年には売上高10億円だったが、2012年には4億円と半減していた。
[これはちょうど5のオリオン書房のことを書いた後で、もたらされたニュースである。今年も余すところ、あと2ヵ月だが、書店の破産はまだ起きるようにも思われる。
なお8月末時点での書店の閉店は455店で、前年の540店よりも下回っているにしても、やはり毎月のように撤退、廃業、破産などが起きているのである]
7.TSUTAYAのライバルであるゲオの動向だが、関東、信越地域で、AVレンタル店を72店展開するファミリーブックを買収。
同社は12年売上高182億円で、4億8100万円の赤字。ゲオの買収取得額は公表されていない。
[近隣にあるゲオはレンタル80円が定着し、TSUTAYAの100円にぶつけている。また中古本販売から撤退していて、これは全国的に行なわれているのだろうか。
本クロニクル63に示しておいたように、ゲオの店舗数はトータルで1553、売上高は2592億円で、これにファミリーブック分も加わるわけだから、13年度は3000億円近い売上高になるかもしれない。
これに対し、TSUTAYAはレンタル、書店、カフェという大型店で出店していくという戦略をとっていると推測される。
しかし両者による80円、100円というレンタル価格は週刊誌や文庫本一冊よりも安く、このようなレンタル価格もまた、出版物売上の減少の一因だったと考えざるをえない]
8.イオンが『週刊文春』(10/17)を全国の自社売場から撤去。同誌が「中国米猛毒米偽装 イオンの大罪を暴く」という記事を掲載していたためである。イオンは「根拠を有さない著しく構成を欠いた報道」で名誉を傷つけられたとして、文藝春秋に1億6500万円の損害賠償を求め、東京地裁に提訴。文春は「記事には絶対の自信を持っている」とコメント。
![]()
[1980年代までと異なり、ナショナルチェーンの地方進出などによって、単独店はもはや少数で、書店はチェーン店ばかりになってしまった。
それらの一社がイオン系の未来屋書店で、ここはイオンのショッピングセンターに多く出店していることもあり、やはり『週刊文春』を撤去したようだし、同じくイオン系のコンビニ、ミニストップも同様である。
すでに書店は寡占化状態が進み、TSUTAYAは1400店に及んでいる。そこでCCC=TSUTAYA批判の記事を掲載すれば、その雑誌は売場から撤去されることも考えられる。すでにそれは理由は異なるにしても、『黒子のバスケ』の例に見られるし、武雄図書館にまで及ぶかもしれない。
雑誌販売に関してはコンビニのシェアも大きいので、今回のミニストップと同様のことを想定できる。例えば『選択』(10月号)が「セブン&アイHD―加盟店『収奪ビジネス』の悪辣」と題し、セブン‐イレブンの会計方式を告発している。これが取次ルートの雑誌であれば、並ぶどころか、セブン&アイHDの全国の自社売場から撤去されるにちがいない。
特定秘密保護法案やアダルト出版社への取り締り強化もさることながら、ナショナルチェーンによる書店の寡占化状況は、このような言論の自由の問題へとつながっていくことにも留意すべきだろう]
9.ブックオフがプライベートブランドの500円絵本、100円学習ドリルに続いて、新品文房具の販売を開始。
[8でゲオの中古本からの撤退にふれたが、ブックオフなどの新古本産業も新刊市場の凋落の影響を明らかに受けている。今期の既存店売上高は前期に比べ、5%マイナスで、そのために新しい商品の導入に迫られ、文具もそのメニューに加わったことになる。しかし絵本やドリルは売れていないことは明らかで、文房具にしてもブックオフの客層とマッチするのか、疑問に思える。
TSUTAYA、ゲオ、ブックオフはレンタル複合店や新古本産業として成長してきたが、それらの商品の限界やビジネスモデルの制度疲労もあり、やはり構造的転換の時期を迎えていると推測される]
10.KADOKAWA、紀伊國屋書店、講談社の3社が共同出資で、公共図書館向けの電子書籍貸し出しに関する支援、調査、研究、運営準備などを目的とした日本電子図書館サービスを設立。
[講談社、小学館、集英社、KADOKAWAの大手4社の経営者たちは、目の前にある出版危機を直視せず、また究明しようともしないで、電子書籍一辺倒だと見なしてかまわないだろう。それに合わせ、学研HDがデジタル事業会社「ブックビヨンド」を設立したように、他の大手出版社も追随している。
しかし戦後出版史を少しでも考えてみるならば、すぐにわかるように、大手出版社は町の中小書店に売ってもらうことで大きく成長してきたのは自明のことである。それは対角線取引とよばれ、中小書店は主として大手出版社の雑誌を売り、大書店は小出版社の書籍を多種多様に売ることで、戦後の出版業界は成長してきた。
そのような大手出版社の不可欠のインフラに他ならない町の中小書店が壊滅状態の中で、楽天と電子書籍がそれに代わるインフラと出版物になると本気で思っているのだろうか。大手出版社こそが中小書店によって支えられてきたわけだから、それらを失うことが、自らの凋落を招くことになったという事実すらもわきまえていないのだ。
これもまたTSUTAYAの大型出店ではないけれど、既存の書店のことなど考えてもいないカニバリズム的行為を意味しているのではないだろうか]
11.書協の広報誌『出版広報』(9月号)にアメリカの出版業界紙『パブリシャーズ・ウィークリー』(5/13)掲載のアメリカ書籍販売ルートシェア、フォーマット別シェアが紹介されている。
それによれば、オンライン書店部門が金額、販売部数とも40%以上のシェアを占める。続いて大手チェーン書店部門が金額で19%、部数で15%、ウォルマートなどの大型小売部門は金額8%、部数9%、独立系書店部門は金額、部数ともに6%。
オンライン書店の最大手はアマゾンで、アメリカ出版市場の売上全体の31%を占め、最大の書店になっている。また主要フォーマット別金額ベースでの売上率は、ペーパーバックが43%(前年比1%減)、ハードカバーが37%減(同2%減)、電子書籍11%(同4%増)である。なお電子書籍の部数ベースは全体の22%(同14%増)で、金額ベース以上の伸びを示している。
[これをそのまま日本に当てはめてみると、金額ベースでアマゾンや楽天などが40%、丸善、ジュンク堂、紀伊國屋書店などのナショナルチェーンが19%、未来屋などのショッピングセンター内書店8%、一般書店が6%ということになる。
幸いにしてまだオンライン書店が40%のシェアは占めていないが、さらにリアル書店が凋落し、オンライン書店が成長を続ければ、それが現実になってしまう可能性もある。
ちなみにアメリカの11年度出版社総売上高は本クロニクル61で示しておいたが、調査方法がちがうのか、数字に乖離があるので、『パブリシャーズ・ウィークリー』の数字もひとつのサンプルとして参照したほうがいいと思われる。それゆえに電子書籍総売上高シェアも鵜呑みにしないほうがいいだろう]
12.ドイツのアマゾンでストライキが相次ぎ、数百人が参加し、賃上げや待遇改善を要求するもので、今年6回目のストが9月にも起きたという。ドイツ国内のアマゾンの8拠点には9000人が働いているが、そのうち2カ所に労組が組織され、5月に初めてのストに突入。
アマゾンはドイツに進出して15年になり、売上高はアメリカに次ぐ87億ドルであるが、独米の労働慣行のちがい、米国流の傲慢な経営手法や低賃金への批判、ルクセンブルグへの租税回避などから、ドイツメディアは大きく報じているようだ。
[以前に日本のナショナルチェーン書店の相次ぐ開店の過酷な労働問題に関して、よく労働争議が起きないものだという声を聞いたことがあり、それを思い出した。それはまだ続いているはずだし、おそらくアマゾンも同じ問題が起きていて、それがピークに達したのだろう。
ドイツに続いて他のユーロ圏でもストが続発することを懸念してか、アマゾンはドイツでの縮小を否定しながらも、ポーランドに3ヵ所物流やセンターを新設すると発表]
13.模索舎、及び本コミュニケート社の創業者だった五味正彦が亡くなった。
[本クロニクルは出版業界の死者の追悼の場にもなっているが、今月もまた一人が亡くなったことになる。五味とは10年ほど会っていなかったけれど、本コミュニケート社を閉じてからほどなくして病に倒れたようだ。模索舎がなければ、地方・小出版流通センターも設立されなかったと思われる。冥福を祈りたい]
14.「出版人に聞く」シリーズ12として、飯田豊一『「奇譚クラブ」から「裏窓」へ』が11月下旬に緊急出版される。まさに遺書として残されたようでもあり、急遽刊行することで、ひとつのレクイエムに代えたい。かつてなかった異色の出版史、文学史として出される。
ご期待下さい。
《既刊の「出版人に聞く」シリーズ》
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
なお今月は高橋輝次から『ぼくの創元社覚え書』を恵送された。これは創元社史ともいえる大谷晃一の『ある出版人の肖像』を補う一冊で、知らなかったいくつもの事柄を教えられた。
出版社は、幻の作家といっていい倉田啓明譎作集『稚児殺し』を刊行した亀鳴屋(電話076−263−5848)である。