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古本夜話381 抒情詩と福田正夫『夢見草』

西條八十『砂金』も例によって浜松の時代舎で購入したのだが、その後にまたしても交蘭社の本を見つけたので、それも書いておきたい。ただこちらは昭和五十九年に冬至書房新社から出された福田正夫の復刻版「抒情小曲詩集三部作」のうちの一冊である。その三部作は『海の瞳』(新詩壇社、大正十三年)、『青き落葉』(素人社、同十四年)、『夢見草』(交蘭社、同十四年)で、まったく偶然ながら、本連載255263でふれた金子農夫雄の素人社、富永茂樹の新詩壇社に交蘭社も揃い、詩歌の小出版社が勢揃いしていることになる。ただここでは『夢見草』を取り上げてみる。

砂金  [f:id:OdaMitsuo:20140219232151j:image:h110]『夢見草』[f:id:OdaMitsuo:20140219232507j:image:h120]

その前に福田のプロフィルを紹介しておくべきだろう。『日本近代文学大事典』は少しばかり長いこともあり、『増補改訂新潮日本文学辞典』のほうを採用する。それに後者は冬至書房新社の『福田正夫全詩集』(昭和五十九年)が挙げられているからでもある。

増補改訂新潮日本文学辞典 高原の処女 『高原の処女』

 福田正夫 ふくだまさお 明治二六・三・二六−昭和二七・六・二六(一八九三−一九五二)詩人。俳号愚明。神奈川県生れ。東京高師中退。小学校教員を経て文筆生活に入った。雑誌「民衆」に拠って民衆詩運動を進め、『農民の言葉』(大五刊)、『トラウベル詩集』(訳詩、大九刊)、『世界の魂』(大一〇刊)、『船出の歌』(大一一刊)、『耕人の手』(大一三刊)そのほかの詩集を出版し、また長編叙事詩『高原の処女』(大正一一刊)、『嘆きの孔雀』(大一三)が映画化された。国民歌謡『愛国の花』(昭和一三放送)の作詞者でもある。(後略)

ここでは「抒情小曲詩集三部作」は一冊も挙げられていないが、民衆詩から出発した福田が大正十年代に入って、「そのほかの詩集」として、抒情詩、叙事詩へと移行し、後にナショナリズムに基づく流行歌の作詞者となっていったアウトラインが示されていると考えていい。それはまた多くの詩人たちが歩んだ道でもあった。

それならば、「抒情小曲詩集三部作」、その中でも『夢見草』に示されている詩とはどのようなものであるのかを確認してみよう。『夢見草』は福田の「跋」に見える言葉によれば、「私の胸にある抒情の夢」「純情の小さな花の唄」からなる「抒情小曲集」で、「かなしみぐさ(佳調小曲)」「なやみぐさ(純情小曲)」「ねなしぐさ(小唄)」「おとめぐさ(少女小唄)」「あこがれぐさ(朗吟調)」「おもひでぐさ(短唱朗吟調)」「かたり草(物語小詩2、長編詩1)」の六章、百七編によって構成されている。

福田の「抒情の夢」の典型はその冒頭にすえられたエピグラフ「さびしければ/きみよわがうたに/ゆめのこゝろをきけよかし」、及びタイトルと同じ最初の詩「ゆめみぐさ」に表出していると見ていい。

 わがむねに
 そと咲きいでしゆめみぐさ
 空色なればさびしかり。   
 あかるきゆめにおきいでゝ
 とほき人をばまぼろしに
 いだきしめつゝ泣きぬれぬ。

 あはれ わがむねに
 ひそかに咲きしゆめみぐさ
 きえてあとなく
 しぼみてうせしゆめみぐさ。

この七五調のセンチメンタルにして空疎な短詩が伝えようとしているのは、こうしたイメージの時代の到来を告げていることになるのだろうか。あるいは関東大震災、治安維持法公布、迫りつつある世界金融恐慌の中で、「ゆめみぐさ」を「しぼみてうせし」と知りながらも、「いだきしめ」ようとしているのだろうか。

私は松永伍一の『日本農民詩史』(法政大学出版局)において、福田の民衆詩、農民詩を読んでいる。そのような詩から抒情詩への短期間での転換に、どうしても違和感を覚えてしまう。福田にとって民衆も農民も、「あはれ わがむねに/ひそかに咲きしゆめみぐさ」にすぎなかったのではないだろうか。だからこそ、松竹の池田義信監督、栗島すみ子主演のメロドラマ映画『嘆きの孔雀』の原作、国民歌謡の作詞家へとも転進しえたのである。そのような福田をさして、松永は「かなしきピエロ」とよんでいるが、それはまさに福田の一面をついている。
日本農民詩史

それから『夢見草』の巻末広告を見ると、西條八十の『砂金』や野口雨情の『十五夜お月さん』の時代よりも、はるかに出版点数が増え、先の二人の他に蕗屋虹児、吉屋信子、生田春月、水谷まさる、竹下夢二などの小曲詩集も見られ、交蘭社はそのような抒情詩、小曲詩集の時代に寄り添うことで、詩の出版社としての立場を獲得していったと思われる。それらの中に西條八十の『新らしい詩の味ひ方』というと一冊があることもそうした時代を象徴しているのだろう。前々回に同じく交蘭社の荻原井泉水の『俳句の新らしい味ひ方』も取り上げたばかりだ。

十五夜お月さん

また「抒情小曲詩集三部作」に付された福田美鈴の「別冊」解題によれば、『夢見草』は四六判で復刻されているが、元版はA6判であること、及び福田正夫の著書目録を見ると、彼は大正時代だけで、詩集、叙事詩、昔話、抒情詩、詩劇、翻訳、小説など二十八冊を刊行していて、とりわけ新潮社からは最多の十点に及び、多作ぶりがそのまま出版に重なっていた事実を教えてくれる。そしてA6判の抒情詩出版の時代があったことも。

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