これまで続けてふれてきた吉屋信子や西條八十を始めとする少女小説家や詩人たちが勢揃いした円本があるので、それを紹介しておきたい。それは昭和四年に平凡社から刊行された『令女文学全集』全十五巻である。
『令女文学全集』 9巻 8巻
平凡社は最も多く円本を刊行していて、拙稿「平凡社と円本」(『古本探究』所収)に昭和二年から六年にかけての一覧を示しておいたし、本連載でもそれらについて取り上げてきた。しかし円本の特質からいってかなりの部数が出されたはずなのに、現在では全巻が揃えられず、入手困難だったり、見かけることがなくなっている円本も多いし、またそれらの企画の事情や経緯もよくわからないことも同様である。
そのひとつが『令女文学全集』で、実は最近になってようやく古書目録で端本を見つけ、購入している。それは西條八十の『令女詩集』で、残念なことに裸本であり、山六郎による箱の装丁は見られないが、挿絵は蕗谷虹児が受け持っている。全巻が山の装丁、蕗谷の挿絵であるのかは確かめられないけれど、この一巻だけでも『令女文学全集』に当時の抒情詩や少女小説をめぐる画家たちが加わっているとわかる。そして判型も三五版を採用し、抒情詩や少女小説の半截判を模していることも。
それでも『平凡社六十年史』に『令女文学全集』のラインナップは掲載されているので、その明細を記しておく。
1 加藤武雄 『春のまぼろし』 2 福田正夫 『茨の門』 3 長田幹彦 『嘆きの夜曲』 4 吉屋信子 『白鸚鵡』 5 南部修太郎 『白蘭外』 6 北川千代 『小鳥の家』 7 生田春月 『愛の小鳥』 8 岩下小葉 『秘密の花園』 9 片岡鉄兵 『夜明前の花畑』 10 横山美智子 『処女の道』 11 加藤まさを 『月見草』 12 西條八十 『令女詩集』 13 三上於菟吉、長谷川時雨 『春の島』 14 三宅やす子 『夢の花』 15 水谷まさ子 『海のあなた』
この『令女文学全集』は『平凡社六十年史』にも述べられているし、そこに収録された内容見本や広告が伝えているように、流通販売にあたって、『少年冒険小説全集』とワンセットで売られたのである。後者も一冊五十銭全十五巻、昭和四年七月からの配本で、第一回配本は吉川英治『ひよどり草紙』、第二回配本は佐藤紅緑『あゝ玉杯に花うけて』となっている。前者の第一、二回配本は先に挙げた1と2であるあから、『ひよどり草紙』と加藤の『春の幻』が同じセット箱入で売られたとも考えられる。入手した『令女詩集』が裸本であったことはそれが理由なのかもしれない。
『少年冒険小説全集』
『少年冒険小説全集』はまったく未見であるが、やはりこれも『平凡社六十年史』に明細の収録があるので目を通してみると、こちらは総タイトルに示されているように、冒険、ナショナリズム、ミステリなどが主体で、抒情詩や小説をベースとする、『令女文学全集』とコンセプトが相反するものだとわかる。
呉越同舟とはいわないにしても、このような異なる少年少女の当時のトレンドをまったく無視してセット販売することは無理があったのではないだろうか。それはおそらく営業の発想から生まれた、少年と少女を児童へとひとくくりにして逆行させるようなものだったように思われる。『同六十年史』にも、「これは博文館の編輯にいた本位田準一のもちこみ企画だったが、うれゆきはあまりのびず、初版五千部でしかもかなりな返本だったといわれる」とあるのはその証明となろう。またそれゆえに現在では入手が難しくなっているのであろう。
本連載32のやはり平凡社の円本『世界猟奇全集』のところでもふれておいたが、本位田は江戸川乱歩の鳥羽造船所時代からの友人で、昭和初期には博文館の『文芸倶楽部』の編集者を務めていた。博文館は積極的に円本合戦に加わらなかったこと、だがその一方で、当時『文芸倶楽部』によった作家たちが円本に参加したり、企画が持ちこまれたりすることがあり、それを本位田が平凡社へとつなげていたと推測できる。それらが『世界猟奇全集』であり、『少年冒険小説全集』『令女文学全集』も含まれていたとすれば、その他にもいくつか関係していたのかもしれない。
それらのことはともかく、『令女文学全集』と『少年冒険小説全集』は前述の販売事情もあって、売れ行きは芳しくなかったようだし、それほど知られていないにもかかわらず、『日本児童文学大事典』には立項されている。このことはふたつの少年少女のための円本が後世から見て、それなりに重要な企画だったことを意味しているのだろうか。
いずれにそのうちに『少年冒険小説全集』の実物を見てみたいし、『令女文学全集』の箱の有無、あるいは両者がセット箱入だったのかも確かめてみたいと思う。しかしあらためて実感させられるのは、これらの新しい出版の大正のトレンドは、昭和に入ってすべてが円本として刊行されたという出版史の事実であり、それはすべての分野に及んでいると考えるべきだろう。
なお国会図書館のデジタルアーカイブで、双方の全集の箱を見ることができ、私の同じセット箱入りで売られたのではないかという推測が間違っていたことを教えられた。
[f:id:OdaMitsuo:20140223154209j:image:h120]『少年冒険小説全集』『令女文学全集』
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