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古本夜話404 朝倉無声『見世物研究』と古河三樹『見世物の歴史』

前回、片岡昇『カメラ社会相』において、昭和に入り、軽業に代表される見世物が消えてしまった社会状況に関する言及から始まっていることに留意しておいた。この片岡の著書とほぼ同時代に見世物に関する重要な一冊が出されていた。それは朝倉無声『見世物研究』春陽堂、昭和三年)であり、次のように始まっていた。

  見世物は所謂際物だけに、新陳代謝も亦激甚であつたものゝ、其展開した跡を観ると、自から三種類に分れてゐたやうである。即ち第一に手品、軽業、曲独楽、力曲持等の技術類、第二に畸人、珍禽獣、異虫魚、奇草木石などの天然奇物類、第三に練物や張抜きの人形から、籠貝紙菊等の細工物類であつた。
 室町時代には、未だ見世物の名目はなく、たゞ奈良朝時代に支那から伝来した散楽雑戯の流れを汲んだ幻術を初め、放下や蜘舞が時々寺社の境内に勧進せらるゝに過ぎなかつたのであるが、江戸時代にとなつて初めて香具職頭家に、天然奇物類の観場設置を許可せられ、見世物小芝居の名目が生じたのは、実に元和偃武以後のことであつた。かくて放下や蜘舞の一変した手品や軽業の技術類から、開帳奉納餝付の影響を受けて勃興した細工物類も、亦香具師等に依つて興行せられ、終に江戸時代に於ける民衆娯楽の第一位を占めるやうになつたのである。

ここで少しばかり用語説明を施しておけば、「放下」は一尺ほどの竹を打ち鳴らし、曲取りをする筑子(コギリコ)、二人で相対し、輪鼓を糸の上で回し、一方が高く投げやると他方がそれを巧みに糸で受け止め、曲を尽くす龍子(リウゴ)、手鞠による曲取りをさす手鞠などで、「蜘舞」は綱渡り、竿登り、トンボガエリ、角兵獅子の舞などを意味している。このような用語の問題を除けば、この冒頭の部分だけで、見世物の種類、歴史、経緯と変化、興行化による江戸時代における第一位の民衆娯楽への成長といった事柄が、明確にして簡略に語られているとわかるだろう。実際に同書もその分類どおり、「技術篇」「天然奇物篇」「細工篇」に分かれ、『和漢三才図会』を始めとする多くの図版を引き、それぞれの見世物が具体的に示され、描かれていく。
和漢三才図会

その中でも「畸人」の項が最も長く、江戸の寛永、寛文時代から見世物のメインになっていたのではないかと思われる。両手のない缶児(トクリゴ)、総身が真黒で猿のような顔をした可坊(ベラバウ)、これが「べらぼう」の語源であろうか。それから大女房と一寸法師、身体に貝殻などが取りついた異形の磯良大尽、三本足のお光、滑稽を極めた異相の四国野暮太郎もいるし、さらに二形(フタナリ)、鍋食ひ男、達磨男、熊女、碁盤娘、馬男、蘇鉄男、蟹娘、猫娘、花咲男、鳥娘、犬男、狐娘、鬼娘……とまだまだいくらでもといっていいほど続いていくが、このくらいで止めることにしよう。

思わずトッド・ブラウニングの映画『フリークス』、この映画へのオマージュとして書かれたレスリー・フィードラーの同名の評論集『フリークス』伊藤俊治他訳、青土社)を想起してしまう。アメリカの十九世紀がそうであったように、江戸時代もまたフリークスの世紀を過ごしていたのである。
フリークスフリークス

朝倉の『見世物研究』の上梓から四十数年後に『見世物の歴史』(雄山閣、昭和四十五年)が出された。「見世物研究の基本図書」「見世物に関する文献的研究としてもっとも価値の高いもの」である『見世物研究』をベースにして書かれている。それは見世物の元の姿がまったく失われてしまった時代を迎えていたからだし、古河にしてみれば、もうひとつのモチーフを抱えていたし、それを「あとがき」に書きつけている。

 青年時代に放浪の旅先で、世界各国の男女小人島の一座に会い、身長わずかに四尺、いわば因果物の私は一座に加わりたくて大へん憧れたこともある。兼ねて見世物に異常の興味をもっていた私は、今のうちに見世物に関する一本をまとめたい、資料として残さなければならない気持が非常に強いのである。

そしてまた見世物の世界の象徴ともいえるサーカスとテント小屋に対する憧憬も語られていた。そこには小人も必ず出てくるのであり、『見世物の歴史』もあの西條八十の「サーカスの唄」で閉じられている。

このように書いた古河は、大逆事件連座して処刑された古河力作の弟で、平凡社の編集者を務めながら、そのかたわらでアナキズム運動に関わっていて、彼の姿は古河三樹松として『平凡社六十年史』掲載の集合写真など三枚にも認めることができる。それに加えて、古河たちの川遊び写真を表紙として『月の輪書林古書目録』9が「特集古河三樹松散歩」を刊行し、二百ページに及び古河関連古書を編み、さらに巻末には「平凡社在社中担当作品一覧」も掲載している。それによれば、本連載169『伊藤痴遊全集』同385の『名作挿画全集』も古河が編集担当者だった。その兄の力作については付け加えれば、水上勉が『古河力作の生涯』(平凡社)を書いている。
[f:id:OdaMitsuo:20140224175937j:image:h110] 古河力作の生涯 

このように近年『見世物の歴史』の古河が再発見され、彼は『日本アナキズム運動人名事典』(ぱる出版)でも立項に至っている。また朝倉のほうも『見世物研究』思文閣出版から復刻され、これまで単行本化されていなかった『見世物研究姉妹篇』も平凡社から刊行され、これまで定かでなかった朝倉のプロフィルも明らかになっているので、彼についてはもう一編続けてみよう。

日本アナキズム運動人名事典 見世物研究見世物研究(ちくま学芸文庫)[f:id:OdaMitsuo:20140423165136j:image:h115]『見世物研究姉妹篇』

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