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古本夜話405 朝倉無声「日本古刻書史」と『国書刊行会出版図書目録』

思文閣出版の復刻版『見世物研究』に寄せられた郡司正勝や小寺玉晃の解説によれば、朝倉無声『見世物研究』は江戸時代の風俗随筆集叢書『新燕石十種』中央公論社)所収の『見世物雑誌』の影響を受けているが、画期的なもので、先駆的意義を持つとされる。それゆえに前回既述したように、古河三樹によって『見世物の歴史』として継承され、昭和五十年に至って思文閣出版の耽奇郎「嗚呼朝倉無声」や林若樹「朝倉無声君『見世物研究』」と云った回想や書評も収録した復刻版が出され、しかもそれが版を重ねることになったのであろう。

見世物研究  

そうした『見世物研究』に関する再評価の流れはそれだけにとどまらず、平成時代にはいって、川添裕編・解説の『見世物研究姉妹編』平凡社)が刊行されている。これは本連載45で言及している宮武外骨の浮世絵研究誌『此花』などに発表された朝倉の見世物、大道芸、大道物売に関する単行本未収録の集成である。またその後、『見世物研究』ちくま学芸文庫化も見るに至っている。
[f:id:OdaMitsuo:20140423165136j:image:h120]『見世物研究姉妹篇』見世物研究(復刻、ちくま文庫)

このような流れの中で、それまで定かでなかった朝倉のプロフィルが次第に明らかになってきたので、まずはそれを記しておこう。

朝倉の本名は亀三で、明治十年大阪に生まれ、早大国文科を経て、上野帝国図書館司書となり、国書刊行会の復刻出版事業に参画し、『近世風俗見聞集』などの編集に携わる。その一方で、小説年表の編纂にも従事し、それは明治三十九年の『日本小説年表』 (金尾文淵堂)として結実している。これは当初『中央公論』掲載予定であったが、トラブルが生じて中止となり、金尾の好意により、「共同出版」の運びになったと同書に記されている。また朝倉は外骨から『此花』を江戸文学誌として継承し、その発行人を務め、戯号を五車籍楼主人としていたようだ。
[f:id:OdaMitsuo:20140424145316j:image:h120]
国書刊行会の出版事業については杉村武の『近代日本大出版事業史』(出版ニュース社)の中に一章が割かれ、国書の復刻出版と明治三十八年第一期から大正十一年にまでの十六年間に二百六十冊が出されたことをレポートしている。また私も、その主宰者といっていい「市島春城と出版事業」(『古本探究』所収)に関しての一文を書いている。

古本探究

だが朝倉の名前は杉村の著書に見えていなかったし、その後入手した『近世風俗見聞集』の端本にもその記載はなかった。これは少しばかりややこしいのだが、大正二年に前述の国書刊行会が出版したものを、昭和四十五年に国書刊行会が復刻したものである。つまり現在の国書刊行会は明治から大正にかけて復刻事業を営んだ国書刊行会という出版社名をそのまま踏襲していることになる。しかしこのような出版社名の同一、出版物の重複はあるにしても、出版史や人脈から考えても、何の関係もないことはここに記しておくべきだろう。

それらはともかく、明治四十二年刊行の『国書刊行会出版図書目録』に至って、ようやく朝倉の名前を見出すことができる。これは『図書目録』といっても、菊判三百三十ページに及ぶものであり、第一期出版物七十一冊一帖の総目録と細目と原本、書名、著者名分類目録も完備している。しかもそこには「「日本古刻書史」と「第一期刊行顛末」の二編が「付録」として置かれている。

この前者は「例言」にあるように、「本会か(ママ)朝倉亀三氏に嘱して新に編纂せしめたるものにて図書刊行の源流、沿革を知るに最も便なるを以つて公刊することゝせり」との理由で付されたとわかる。だがそれは「付録」どころか、二百ページ、折込み複写図版、模刻十五枚余に及び、『見世物研究』『日本小説年表』 とは異なる朝倉のもう一冊の著作ともいうべきものに仕上がっている。

「無声山人」で掲載された「緒言」によれば、「日本古刻書史」は「上は神護景雲勅版の陀羅尼より、下は慶長末年私版の角倉本に至るまで、約八百五十年間開版する所の印本、即ち世に所謂古版の由来及び沿革を累述したるもの」である。「序」は東京帝大図書館長も務め、同書編纂にあっても多くの助力を惜しまなかった和田萬吉が寄せ、その意義について次のように述べている。

 (前略)我国は世界の書史学上に重要なる一地位を占むるに拘らず、其一般刻本ほ沿革変遷を叙述せるもの未だ殆ど之有らざるは、真に文献界の闕典と謂ふべし。こゝに朝倉無声君は予と同感の士なり。平生心を本邦書史の研究に委ね、今や刻本の来歴を繹ねて日本古刻書史の作あり、其書簡明を旨とし、頗る読過に便、上下八百余年間に於ける古印本の事蹟掌を指すよりも瞭かなり。予固より君の著意の高さを多とし、又此書の要領を得たるを欣び、其公にせらるゝに臨みて一言を贅す。

私は残念なことにこの分野の知識を有していないので、和田の「序」の言葉にしたがうしかないのだが、通読するだけでも労作であることは間違いないように思われる。しかし『見世物研究』とは内容も趣きもまったく異なっていることから、この無声の著作は再評価、復刻といったことには至らないであろう。それゆえに無声といえば、『見世物研究』の著者として語り継がれていると見なしてかまわないだろう。なおもうひとつの「付録」である、市島謙吉の「第一期刊行顛末」も明治末期の古典出版事業の経緯と事情、その編集販売の内実を語っていて、とても興味深いのだが、こちらにはふれられなかった。またの機会に譲ることにする。

なお『見世物研究姉妹編』の編者川添裕が、見世物に関する詳細なブログ見世物文化研究所を設けていることを付記しておく。

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