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古本夜話436 非凡閣『新選大衆小説全集』と加藤雄策

前回非凡閣刊行の『新選大衆小説全集』第八巻に『三上於菟吉集』が含まれていることを既述した。それゆえにこの出版社にも言及しておこう。この全二十四巻に及ぶ著者と収録作品細目は『日本近代文学大事典』第六巻に収録されているので、それを参照してほしいが、私の推測によれば、戦前戦後を通じて、大手出版社とはいえない版元から多くの大衆文学、大衆小説全集が刊行されているけれど、その範となったのが、平凡社『現代大衆文学全集』と異なり、時代小説、現代小説、風俗小説を混合させたこの非凡閣だったように思われる。本連載433「大村書店と磯部同光社」のところで、磯部同光社の所持している本として、土師清二の『黄金騎士』を挙げておいたが、実はこの全集の第十六巻『土師清二集』に収録された作品なのである。

日本近代文学大事典(『日本近代文学大事典』) 現代大衆文学全集(『現代大衆文学全集』第22巻、平山蘆江集)

非凡閣という出版社を知ったのは三十年ほど前で、かなり安い古書価がついていた。昭和十一年の『横光利一全集』 全十五巻を買った時だった。そしてその月報の広告によって、非凡閣が『室生犀星全集』『鉄兵傑作全集』『秋声全集』『長田幹彦全集』といった個人全集の他にも、『現代語訳国文学全集』『作者別万葉集評釈全集』などを出版していることを教えられた。さらに『新選大衆小説全集』も刊行していたことになる。非凡閣は文芸書出版社として知名度も高くないので、どうしてこのような全集類の出版ができるのかと不思議に思った。
作者別万葉集評釈全集(『作者別万葉集評釈全集)

その後平凡社円本を調べるために、『平凡社六十年史』『下中弥三郎事典』を読んでいたら、非凡閣の発行者の加藤雄策の名前が出てきた。本連載でも既述してきたように、平凡社は円本の『現代大衆文学全集』『世界美術全集』が成功し、経済的ゆとりができたので、下中は雑誌を出したいと考え、『キング』『中央公論』を折衷した『文藝春秋』的な『平凡』を昭和三年十一月に創刊した。菊判五百ページ余の大雑誌で、創刊号は六十万部を刷り、定価は五十銭だった。ところが大返品となり、五号限りで廃刊してしまった。この廃刊の断を下したのが平凡社の常務兼支配人の加藤雄策だったのである。彼はその責任をとり、辞任し、非凡閣の創業に至った。さらに付け加えれば、この『平凡』の誌名は戦後になって無償でゆずられ、平凡出版の歌と映画の娯楽雑誌『平凡』に継がれた。
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これらの事実によって、非凡閣の社名が平凡社に由来し、その出版形態が全集を次々に刊行する円本時代に類似していることも了解された。そしてまたこれも平凡社の企画と同様の非凡閣の辞書も入手に至った。それは菊池寛監修とある三六判の『文芸辞典』で、『小辞典全集』第八巻と銘打たれていた。とすれば、このシリーズは少なくとも八冊は刊行されていることになる。当時のこの種の辞典を多くの執筆者たちが参加していることもあって、それらの名前は記されていないのが常だが、非凡閣版には執筆者と編集者名が記載され担当項目も名前入りになっている。

それらの名前を挙げてみると、伊藤喜一朔、番匠谷英一、青柳信雄、佐谷流平、八住利雄、松元竹二、奥付の編集者欄には松元の名前が置かれている。そこで彼らの名前を『日本近代文学大事典』で繰ってみた。番匠谷と八住の二人が立項されているだけだったが、彼らが昭和五年から八年にかけて、五冊出された演劇雑誌『劇場』(劇場社)の同人であるとわかった。『劇場』は久保栄が編集発行人だった『劇場街』(劇場街社)の後続誌で、両誌の編集者が松元だとされている。しかも松元は近代社の編集者でもあったようなので、おそらく円本時代の『世界戯曲全集』の編集に携わっていたのではないだろうか。つまりどのようなルートをたどったのかはわからないが、非凡閣の『文芸辞典』は『劇場』同人が編集と執筆を引き受け、菊池寛監修となって刊行されたことになり、他の辞典も同様の形式で編まれたと思われる。

この非凡閣の加藤雄策は『出版人物事典』にも立項されているが、小川菊松の『出版興亡五十年』にも登場し、こちらのほうが興味深いので、紹介してみる。小川によれば、加藤は「菊池寛氏の兄弟分を似って任じ、口の人、腕の人、筆の人であつた」という。

出版人物事典 出版興亡五十年

 加藤君は商船学校出という変りもので、平凡社出身であるが、下中氏を押さえていた出資者高橋守平君の親友なので、一二年で出版業のコツを会得し、非凡閣を起して、「実話雑誌」を創刊し、出版では「工業大辞典」「菊池寛全集」「薬学大辞典」を発行し、端倪すべからざる存在であつた。また、趣味と実益をマッチさせて、競馬界に於も一家を成し、数頭の名馬の持主でもあつた。菊池寛氏を菊池、菊池と呼び捨て、川口松太郎氏を松ちやんの松公のと、今の文壇の大家を呼び捨てにしたもので、これは加藤君の実力であつたのか、菊池氏の御蔭か、または政策でやつているハツタリであつたかは知らないが、なにしろ業界の快男子であつた。

続けて小川はさ「才人加藤君も震災禍で、行年四十三才で早逝」と述べているが、加藤は昭和二十年没なので、この記述は間違いだし、『菊池寛全集』本連載387でもふれたように、平凡社時代に手がけたものをさしていると思われる。また高橋守平は『下中弥三郎事典』にも立項されている平凡社の一大スポンサーで、衆議院議員でもあった。
[f:id:OdaMitsuo:20140302114834j:image]『菊池寛全集』

小川の語る加藤の才人ぶりから想像するに、非凡閣の様々な企画において、平凡社よりもさらに進んだ編集プロダクションシステムを導入することで、多様な全集や辞典類の出版を加能にしたのではないだろうか。ちょうど『文芸辞典』を『劇場』同人に丸投げしたように。その全貌はつかめないのだが、円本時代における数年間での無数の全集類は、このような編集プロダクションの多くの介在によって生み出されたと思われる。だからこそ、この時代の様々な出版物を考えるにあたって、出版社の背後に控える編集プロダクションにも留意する必要があるだろう。

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