出版状況クロニクル81(2015年1月1日〜1月31日)
14年12月の書籍雑誌推定販売金額は1367億円で、前年比2.1%減。その内訳は書籍同1.5%減、雑誌2.5%減で、雑誌のうちの月刊誌は1.6%減、週刊誌6.7%減。
マイナスが小幅だったのは送品稼働日が前年よりも1日多かったことで、このことによってかろうじて1兆6000億円台をキープしたことになる。
しかし返品率は書籍が38.2%、雑誌が38.1%と前年よりも高くなり、相変わらず高止まりしたままになっている。
年末年始の書店売上動向はそれぞれの調査で、日版が5.7%減、トーハンが7.5%減と、12月の小幅なマイナスから上昇へと転じている。
15年はどこまで出版物売上が下がり、さらにどこまで返品率が上がっていくかという状況を迎えている。
出版業界の地獄の一年の幕開けである。
1.出版科学研究所による1996年から2014年にかけての出版物推定販売金額の推移を示す。
■出版物推定販売金額(億円) 年 書籍 雑誌 合計 金額 (前年比) 金額 (前年比) 金額 (前年比) 1996 10,931 4.4% 15,633 1.3% 26,564 2.6% 1997 10,730 ▲1.8% 15,644 0.1% 26,374 ▲0.7% 1998 10,100 ▲5.9% 15,315 ▲2.1% 25,415 ▲3.6% 1999 9,936 ▲1.6% 14,672 ▲4.2% 24,607 ▲3.2% 2000 9,706 ▲2.3% 14,261 ▲2.8% 23,966 ▲2.6% 2001 9,456 ▲2.6% 13,794 ▲3.3% 23,250 ▲3.0% 2002 9,490 0.4% 13,616 ▲1.3% 23,105 ▲0.6% 2003 9,056 ▲4.6% 13,222 ▲2.9% 22,278 ▲3.6% 2004 9,429 4.1% 12,998 ▲1.7% 22,428 0.7% 2005 9,197 ▲2.5% 12,767 ▲1.8% 21,964 ▲2.1% 2006 9,326 1.4% 12,200 ▲4.4% 21,525 ▲2.0% 2007 9,026 ▲3.2% 11,827 ▲3.1% 20,853 ▲3.1% 2008 8,878 ▲1.6% 11,299 ▲4.5% 20,177 ▲3.2% 2009 8,492 ▲4.4% 10,864 ▲3.9% 19,356 ▲4.1% 2010 8,213 ▲3.3% 10,536 ▲3.0% 18,748 ▲3.1% 2011 8,199 ▲0.2% 9,844 ▲6.6% 18,042 ▲3.8% 2012 8,013 ▲2.3% 9,385 ▲4.7% 17,398 ▲3.6% 2013 7,851 ▲2.0% 8,972 ▲4.4% 16,823 ▲3.3% 2014 7,544 ▲4.0% 8,520 ▲5.0% 16,065 ▲4.5%
[リードでも記しておいたように、14年の出版物販売金額は1兆6065億円で、かろうじて1兆5000億円台まで割りこまなかったことになる。
しかし前年比は4.5%減で、売上推移から見てわかるように、最大の落ちこみである。その内訳は書籍が7544億円で同4%減、雑誌が8520億円で同5%減。
1996年の2兆6564億円と比べると、1兆円を超えるマイナスであり、この間の定価値上げなども考慮すれば、出版物販売金額は半減したと見なすことができる。
まさにこのような過程が出版業界の20年近くの現実であり、帰結でもあったのだ。これもいつもの繰り返しになるけれど、日本の出版業界でしか起きていない特異な事象に他ならず、それはもはや近代出版流通システムの完全な崩壊へと向かっているといっても、過言ではないだろう]
2.アルメディアによる2014年の書店出店・閉店数が出された。
■2014年 年間出店・閉店状況(単位:店、坪) 月 ◆新規店 ◆閉店 店数 総面積 平均面積 店数 総面積 平均面積 1月 4 625 156 75 11,548 178 2月 21 5,103 243 59 6,117 109 3月 37 7,695 208 111 10,065 101 4月 27 6,842 253 41 2,441 69 5月 7 2,692 385 71 7,700 113 6月 22 5,416 246 36 2,896 88 7月 22 4,036 183 43 2,675 67 8月 6 802 134 50 4,544 99 9月 14 1,564 112 38 3,377 94 10月 21 6,539 311 53 7,733 155 11月 18 3,429 191 41 2,045 55 12月 18 3,472 193 38 3,809 106 合計 217 48,215 222 656 64,920 108 前年実績 220 52,678 239 619 47,984 85 増減率(%) ▲1.4 ▲8.5 ▲7.2 6.09 35.3 26.5 [出店217店に対して、閉店は656店である。14年も書店が減少し続けている事実を示しているが、14年の特徴はアルメディアが調査を始めて以来、閉店1店当たりの面積が100坪を超えたことである。そのために閉店による減床は6万4920坪となり、その広大な面積に想像が及ばないにしても、すさまじいほどの返品が生じているとわかる。14年の書籍、雑誌の返品率の高止まりも、その一端は閉店の返品にもよっていると推測される。そしてまたかなりの赤字や不良債権が発生したことも。
■2014年 年間出店大型店ベスト10(単位:坪) 順位 店名 売場面積 所在地 1 コーチャンフォー若葉台店 1,000 東京都 2 蔦屋書店長岡新保店 911 新潟県 3 蔦屋書店東松山店 900 埼玉県 4 ゲオ藤岡店 790 群馬県 5 スーパーセカンドストリート大宮日進店 700 埼玉県 6 ジュンク堂書店滋賀草津店 658 滋賀県 7 ゲオ笠懸店 650 群馬県 8 ゲオ木田余店 630 茨城県 9 TUTAYA八戸ニュータウン店 600 青森県 10 ゲオ塩沢店 600 新潟県
2000年代の初頭の千店を超える閉店ラッシュよりも少しは鎮静化したと見えたが、坪数が大きくなったことを考えれば、相変わらずの閉店状況が続いているのである。
出店のほうだが、表に見られるように、所謂書店はジュンク堂の滋賀草津店だけで、あとの9店はいずれも複合店であり、書店だけの大型店の出店はもはや困難になっている状況を浮かび上がらせている。といって、もちろん複合店も盤石なはずがないし、危うい出店であることに変わりはない]
3.ヴィレッジヴァンガードが大阪屋からトーハンに帳合変更。
[これは前回もふれておいたが、意外だったのはヴィレヴァン385店の全売上高365億円において、出版物の占める割合は、30から40億円だという事実である。とすれば、今やヴィレヴァンはコミックや雑誌や本も置いてある雑貨屋と見なせるだろう。
今年も書店をめぐる取次間の帳合戦争は続いていく。なぜならば、大手取次にしてもそれ以外に売上を維持することができないからだ。草刈場となっているのは大阪屋、栗田、太洋社で、TRCのストックブック帳合もほとんどが太洋社から日販へと移行してしまったようだ]
4.栗田出版販売の決算が出された。売上高329億円で、前年比11.5%減。10年連続の減収、2年連続の赤字決算。
[廃業による閉店が42店で、新規開店は6店だったことから、売上高は前年よりも42億円減少している。返品率は書籍45.3%、雑誌37.3%。
46人の早期退職、本社賃貸契約の見直し、支店統廃合などの経費削減といったリストラに加え、有価証券の売却もあったが、2億6200万円の赤字となっている。
栗田だけでなく、太洋社も同様の苦境にあるはずで、様々な支援、対策案が聞こえてくるが、いずれも実を結んでいないようだ]
5.KADOKAWAが300人の希望退職者を募集すると発表。41歳以上で勤務5年以上の正社員を対象とする。
[KADOKAWA はM&Aでの膨張、ドワンゴとの経営統合などによる業務や人材の重複からの組織や人員体制の再構築のためとリリースしている。
だが一方で、14年の上半期決算は文庫やコミックの売上減、返品率の上昇もあり、売上高704億円で、前年比2.4%減、営業損益9億3300万円の赤字となっている。それに加えて電子書籍の伸び悩み、出版業界に起きることが避けられない危機に備えてと見ることもできよう]
6.講談社は『ヤングマガジン』『月刊少年マガジン』『週刊少年マガジン』の電子版を刊行し、6月までに全コミック22誌をすべて紙と同時配信。
[集英社の『週刊少年ジャンプ』も電子版が出され、アマゾンの電子コミックス誌の無料配信が始まっている。そこのこの講談社の22誌も加わることになる。
しかしこれが読者を多く得て成功するのであれば、それはダイレクトに取次と書店、コンビニにも影響が出てくるだろう。とりわけコミックやコミック誌の電子化は諸刃の剣であることを、大手出版社はどこまで理解し、電子化に臨んでいるのか、その明確な意図が見えない]
7.『新潮45』(2月号)が特集「『出版文化』こそ国の根幹である」を組んでいる。リードの惹句は「このままでは、日本のこの多様性に満ちた出版文化はいずれ消えてしまうだろう。だが、本当にそれでいいのか?」。
[内容はともかく、大手出版社の総合誌が出版危機特集を組んだことは初めてだろう。著者たちも含め、出版危機は関係者たちにも切実なものになっているのに、どの雑誌も正面から取り上げてこなかった。
例えば、『週刊ダイヤモンド』(12/27、1/3)の「2015総予測」、『週刊東洋経済』(同)の「2015大予測」にしても、なぜか出版だけは避けているのである。
出版状況に通じた記者や論者の不在は承知しているが、それでも培ってきた取材力は各誌が備えているはずなので、『新潮45』に続いて、多面的な出版危機特集を組むべきだし、それが他ならぬ総合雑誌に課せられた使命ではないだろうか。
ただ一言だけ付け加えておくと、『新潮45』の特集は2月2日に予定されている日本文芸家協会のスペシャルシンポジウム「公共図書館はほんとうに敵か? 図書館・書店・作家・出版社が共生する『活字文化』を考える」の露払いの役割を担っているのではないだろうか]
8.『文化通信』(1/5)に「注目を集める武雄市図書館のいま」と題する、CCC図書館カンパニー長・高橋聡執行役員へのインタビューが掲載されている。それを要約してみる。
* 2013年度の来館者数は92万人で、市の人口の20倍に当たる。以前は25万人、貸出冊数も34万冊だったが、55万冊になった。
* 初年度の収支は赤字。指定管理費1億1000万円、それにカフェと蔦屋書店の収益で運営するというのがビジネスモデルだが、来館者数が想定の50万人より多かったので、そのためのスタッフ経費が増えたためである。今年度は70万人ほどで、とんとんになるはずだ。
* 著名人とその著書のプロモーションも兼ねたイベント、ボランティア団体による読み聞かせイベントなどを13年度は96回開き、6500人の参加を得た。
* 人の集まる図書館から自主教育活動の場、市民活動のワークショップへとステップアップし、最終的に地域の知識や暮らしのレベルアップのお手伝いをできるようにするのが、CCCの目指す図書館事業である。社会貢献から始めたけれど、ビジネスモデルとして儲かる手応えも感じている。
* 今後予定しているのは15年10月のTRCと組んだ神奈川県海老名市図書館、それから宮城県多賀城市、18年は宮崎県の延岡市、愛知県の小牧市、山口県の周南市。
* 選書の基本は武雄市教育委員会の選書方針に従い、それをふまえ、旅行、料理、趣味、実用系の「ライフ・スタイル・ジャンル」と児童書に力を入れている。
* あくまで仮説だが、図書館と書店の併設は、ベストセラーの貸出や予約数の倍近く売れるポテンシャルがあるかもしれない。[CCCの図書館事業担当者のそれなりの肉声はめずらしいので、紹介してみた。
しかしこのようなインタビューの背景で、CCCを誘致した武雄市の桶渡啓祐市長は辞職し、佐賀県知事選に出馬し、落選している。
そのような動きを見ると、メディアをにぎわしたCCCによる公共図書館運営も、一種の政治的パフォーマンスだったと考えるしかない。そのために本も図書館も、またCCCすらも利用されたといったら、言い過ぎになるだろうか]
9.毎日新聞社が準備会社毎日新聞出版企画を設立し、秋に向けて出版部門を分社化。12年に創刊90周年を迎えた『サンデー毎日』の刊行も新会社での刊行となる。
[近年の朝日新聞出版に代表されるように、多くの新聞社が出版部門を切り離し、分社化している。
しかし現在の出版状況において、出版部門を分社化すれば、それだけで利益が挙がるものではなく、さらなる困難を招き寄せることも視野にいれておくべきだろう。
実際に朝日新聞出版にしても、分社化後は出版点数が増えただけのバブル出版のような印象を与えるし、実質的には赤字が積み上がっているのではないかと思われる。近いようでいて、新聞と出版の間には深い断絶があることを忘れないようにすべきだ]
10.『フリースタイル』 (28)が恒例の特集「THE BEST MANGA 2015 このマンガを読め!」を組んでいるので、そのBEST20を挙げてみる。
■コミックBEST20 順位 書名 著者 出版社 1 ドミトリーともきんす 高野文子 中央公論新社 2 五色の舟 近藤ようこ[画]
津原泰水[作]KADOKAWA
エンターブレイン3 あれよ星屑 山田参助 KADOKAWA
エンターブレイン4 子供はわかってあげない 田島列島 講談社 5 ムシヌユン 都留泰作 小学館 6 ハウアーユー? 山本美希 祥伝社 7 ぷらせぼくらぶ 奥田亜紀子 小学館 8 先生の白い嘘 鳥飼茜 講談社 8 どぶがわ 池辺葵 秋田書店 8 春風のスネグラチカ 沙村広明 太田出版 11 魔法使いの嫁 ヤマザキコレ マックガーデン 12 聲の形 大今良時 講談社 12 リトル・ニモ1905−1914 ウィンザー・マッケイ 小学館集英社
プロダクション14 冷馬記 山上たつひこ[作]
喜国雅彦[画]小学館 15 フォトグラフ E・ギベール他 小学館集英社
プロダクション16 瞼の母 小林まこと 講談社 17 東京タラレバ娘 東村アキコ 講談社 17 まちあわせ 田中雄一 講談社 19 健康で文化的な最低限度の生活 柏木ハルコ 小学館 19 ちーちゃんはちょっと足りない 阿部共実 秋田書店社 [今回のベストは不勉強なために、5の『ムシヌユン』、8の『春風のスネグラチカ』しか読んでいなかった。ちなみに近隣のTSUTAYAなどを見たが、これらは一冊もなかった。だがこれらのすべてが揃っている書店は稀ではないだろうか。
アンケート回答者の一人である高狩高志も「20年近く書店員をやっていますが、昨今の新刊発売点数の多さに驚いています。(中略)日々売り場に立って仕事をしてますけど、全部把握が出来ませんよ」と語っているほどだ。
出版危機などものともせずに、マンガだけが作品の多様性を体現していることになるのだろうか。
このような『フリースタイル』の特集の一方で、『ダ・ヴィンチ』(1月号)も「BOOK OF THE YEAR2014」特集で「コミックランキングTOP50」を発表しているが、『フリースタイル』のベスト20とダブっているのは、大今良時の『聲の形』の一点だけである。
ここにインディーズ誌『フリースタイル』と広告収入をベースとする『ダ・ヴィンチ』の差異、いってみれば作品と商品の差異そのものが表出しているし、現在の書店市場におけるマンガの品揃えの難しさがあるように思える。
『フリースタイル』のベスト20は早いうちに全点を読むつもりでいる。
また『サイゾー』(2月号)も特集「人気マンガの危ない裏話」を組んでいることを付け加えておこう]
11.「男の隠れ家教養シリーズ」として、『一度は読んでほしい小さな出版社のおもしろい本』(三栄書房)が出された。
[これは「地方の個性的な出版者25社と注目の400冊」を紹介したムックで、思いがけない好企画である。それこそ10 のフリースタイルと発行人の吉田保も登場している。
この一冊を読んでいると、地方出版社からその土地の高度成長期の写真集が多く出されていることを教えられる。機会を見つけて入手することを心がけよう。
それと思い出されたのは「出版人に聞く」シリーズ〈4〉の『リブロが本屋であったころ』で、中村文孝が語っていた西武百貨店における地方出版物の販売催事のことである。この時初めて地方出版社とその出版物が一堂に会したという。
未見の方は資料として、もしくは保存版として一冊購入することをお勧めする]
12.『選択』(1月号)が「作家『百田尚樹』とはなんぼのものか」という記事を掲載している。
それによれば、デビュー作『永遠の0』は坂井三郎の『大空のサムライ』(光人社)と軍記物を下敷きにした引用と要約であり、文学作品としてもレベルが低い。他の作品も同様である。それでも売れたのはコミックや映画やテレビと連動したプロデュースが功を奏したからだとしている。
「『噂の真相』が廃刊になってから、ネット上はともかく、作家批判やスキャンダルはほとんど書かれなくなってしまった。この百田批判にしても、『選択』が出版業社系ではない直販誌だから書けることであろう。
しかしこのような百田の『海賊とよばれた男』が本屋大賞に選ばれ、ベストセラーになってしまう出版業界もまた、現在を象徴しているというべきだろう]
13.『いける本いけない本』第21号が出された。
そこで七ツ森書館の上原昌弘による「ひとり出版社に、注目!」が掲載されているので、それらの出版社を紹介してみたい。
* あんず堂/安藤和男 天野喜孝、夢枕獏、桐生操など三三冊を出し、最後の本を白石征『母恋い地獄めぐり』として、14年に廃業。
* ユビキタ・スタジオ/堀切和雅 村上春樹研究者必読の書『あのひとと語った素敵な日本語』など二一冊を刊行。
* 左右社/小柳学 注目の最新刊は臼田捷治『工作舎物語』
* 夏葉社/島田潤一郎 その著書『あしたから出版社』(晶文社)刊行記念として、東京堂書店で「ひとり出版社フェア」が開催される。
* 港の人/里舘勇治 飯沢耕太郎編『きのこ文学名作選』は祖父江慎が手がけた装幀の最高傑作。
* 吉田書店/吉田真也 柏倉康夫『石坂洋次郎「若い人」をよむ妖しの娘・江波恵子』
* ころから/木瀬貴吉 朴順梨『離島の本屋』、加藤直樹『九月、東京の路上で』
* 里山社/清田麻衣子 『井出真木子著作撰集』
* 共和国/下平尾直 都甲幸治『狂喜の読み屋』
* えにし書房/塚田敬幸 内藤陽介『朝鮮戦争』
* 苦楽堂/石井伸介 苦楽堂編『次の本へ』
これらを挙げた後で、上原は次のように述べている。
「ネットを介し地道に口コミを広げることが可能になった現在、おのれの感動をとどけたいという小出版社の熱い思いは、書物離れを喧伝される若年層との距離を一挙に縮める可能性がある。実用的な価値のある書物文化の未来を、小出版社が担う時代が目の前に来ている……とはいえ、毎日の売り上げを見る限りでは、その未来に到達できるまでどう頑張ればよいのか、途方に暮れてしまうのですが」と。[14年は『いける本いけない本』にとって受難の年だった。創刊発起人の鷲尾賢也が急逝し、編集人の中嶋廣も病に倒れた。中嶋の早期回復を祈る。同誌のセレクションには疑問も多々感じられるが、これからも刊行されることを願っているからである]
14.『日本古書通信』(1月号)が13 の上原などの編巣者や古書店主などに対する「『本の魅力』についてのアンケート」、及びブックスページワンの片岡隆、河野書店の河野高孝などによる「新刊書店と古書店の課題」を掲載している。
[後者において、新刊書店と古書店の30年の変遷が語られている。その中で、日本の古本屋が25年間で15%しか減っていないことに比べ、東京の新刊書店は1390店から435店と3分の1になってしまった事実にふれ、片岡は次のように述べている。
「それだけ本が人々の目に触れなくなっている。毎日学校に行く途中に本屋があるのと無いのとでは全然違ってしまうのです。読者が育たないし、読書離れが進むことになるのです。」
これはまさに正論で、「その街に住んでいる人たち、奥さんや子供たちが書店の看板を見ているだけで違うのです」という環境が、かつての商店街の時代であったことを思い起こされる。
しかしその時代がすでに地方では終わってしまったこと、2で示したように、書店状況もまた逆行していることも]
15.同じく日本古書通信社から大屋幸世の『百円均一本蒐集日誌』が刊行された。
[大屋は全4冊からなる『蒐書日誌』(皓星社)の著者で、大学を退職した近代文学研究者である。私見として、文学の研究者を名乗る以上、何よりも本を買い続けるべきだと考えていることからすれば、大屋はその鏡のような人物だといえよう。それは百円均一本であっても、蒐集に反映され、自らの位相を浮かび上がらせてしまう。
同書は『蒐書日誌』のブックオフ版とでもいうべき一冊で、年齢もあり、二冊目は出せないのではないかと書いているが、それこそ高齢化社会なのだから、二冊目といわず、三冊、四冊と出し続けてほしい]
[本クロニクルに引きつけていえば、同書に代表される安藤の折口に関する一連の著作は、明治後半から大正時代にかけての翻訳も含めた宗教、民俗学をめぐる近代出版史として読むことができる。それゆえに安藤自身がどれだけ意識的かどうかわからないが、昭和円本時代以前の出版の重要性を浮かび上がらせている。
しかもそれは欧米の宗教、民俗学に関する出版史ともクロスしているし、私は同書のかたわらにドゥニ・オリエの『聖社会学』(工作舎)、同じく昨年江澤健一郎の新訳が出たジョルジュ・バタイユの『ドキュマン』(河出文庫)を置いてみたい誘惑に駆られた。
また奇しくも、折口の『死者の書』が近藤ようこによってコミック化され、『コミックビーム』で連載も始まっている。なおこれは蛇足かもしれないが、宇月原晴明の時代小説『信長』や『聚楽』(いずれも新潮社)などは安藤の評論とバイブレーションしていると思われる]
17.「出版人に聞く」シリーズは〈17〉として、植田康夫『「週刊読書人」と戦後知識人』が2月下旬に刊行予定。
〈20〉として、宮下和夫『弓立社という出版思想』はインタビューを終えた。ちなみにフリースタイルの吉田保は弓立社出身である。