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古本夜話455 知的協力会議『近代の超克』と創元社

文藝春秋社の社史である『文藝春秋三十五年史稿』『文藝春秋七十年史』において、、戦前戦後の二度にわたって、『文学界』の発行を引き受けるに至った経緯と事情が述べられていないことと同様に、『文藝春秋七十年史[資料編]』にも『文学界』の総目次は収録されていない。前回既述したが、『文学界』は昭和八年に始まる文化公論社から文圃堂を経て、一一年に文藝春秋社の発行となり、一九年まで続き、通算一一九冊が出されているけれど、文化公論社と文圃堂版の二五冊が近代文学館から復刻されているにすぎない。したがって戦前の文藝春秋社版『文学界』の全貌は明らかになっているといえないだろう。前回記したようにその後不二出版の復刻を知ったが、高価なので架蔵している図書館も少なく、前言を取り消す必要はないと思われる。

文芸春秋三十五年史稿 文藝春秋七十年史

おそらくそれには事情も秘められ、昭和十六年の太平洋戦争の始まりとともに戦時色が濃くなっていった紙面と内容に関して、公開することを阻んでいるようにも察せられる。以前に「小林秀雄と『文藝春秋』の座談会」(『古雑誌探究』所収)なる一文を書き、戦前の小林の『文藝春秋』などにおける座談会発言が封印されている事実について言及し、それらの座談会が外国人研究者によって発掘され、新たな研究対象になるかもしれないと記したことがあった。小林が出席した座談会は『文藝春秋』だけでなく、『文学界』も同様だが、まだ不二出版の『文学界』総目次を入手していないので、それらの詳細はつかめていない。だがそれらを収集して編めば、優に単行本一冊になることは間違いないほど出ているはずだ。

古雑誌探究

そうした座談会の中で一冊だけ単行本化されているものがあり、それは『近代の超克』で、昭和十八年七月に創元社から刊行されている。『近代の超克』は昭和十七年の『文学界』九、十月号の二回にわたり、「知的協力会議」による同タイトルでの特集が組まれ、それに基づき、編まれている。これは小林、河上徹太郎中村光夫林房雄といった『文学界』編集同人に、西谷啓治鈴木成高下村寅太郎などの京都学派が加わり、開催されたもので、単行本『近代の超克』は彼らの十一本の論文を第一部とし、第二部が二日に及ぶ座談会となっている。創元社の社史を兼ね、創業者矢部良策を描いた大谷晃一は『ある出版人の肖像』の中で、『近代の超克』は「西洋的な『近代』を超克して日本の古典に向かう。思想としてまっとうだが、やや時局がにおう」と述べている。

河上の『近代の超克』結語によれば、この会議は亀井が提唱し、河上や小林とプランを練り、五月に人選して、参加を慫慂したところ、全員の賛成を得て、七月二十三、四日の両日、酷暑の中を八時間にわたって挙行されたとある。なおメンバーには保田与重郎も挙がっていたが、その日に急用ができ、不参加になったと伝えられている。

それらの内容について多くはふれないが、座談会のまさにイントロダクションに見られる西洋史学者の鈴木成高の発言を読めば、この一冊のキイトーンを想像することができるだろう。そこで鈴木はヨーロッパ的近代の出発点がフランス革命で、それに続いて政治上はデモクラシー、思想上ではリベラリズム、経済上では資本主義が形成されたが、「ヨーロッパ的近代というものは間違つて居るといふことを、この頃頻りに考へるやうになつて来て居り」と述べ、次のようにいっている。

 さういふ近代的なものがヨーロッパ的なものであるといふ、そのヨーロッパといふのはヨーロッパだけではない、もっと世界的なものといふ意味のヨーロッパなんですが、それでヨーロッパの世界支配と言つて居るわけですが、さういふヨーロッパの世界支配といふものを超克するために現在大東亜戦争が戦はれて居ります。さういふのもやはり一つの近代の超克といふことであるといつて宜しいと思ふ。

ここに語られているのは「近代」が「ヨーロッパの世界支配」であり、それを「超克」するために、「大東亜戦争」が戦われているという認識である。もちろん座談会がこうした単純な構図だけで展開されていくのではなく、西洋宗教、科学、哲学、神学、音楽などへの入りくんだ言及がなされ、それから他ならぬ日本の近代が論じられることになる。小林の発言を借りれば、「なんとか日本的原理といふものを発見しなければならん」ということになってきて、この座談会が開かれたと了解できるのである。

もう少し小林の屈折した発言をたどってみたいのだが、それは差し控える。ここで書いておきたいのは『近代の超克』創元社から刊行された事情であるからだ。『ある出版人の肖像』は『近代の超克』刊行に関して、ほぼ前述のことしか述べていないが、これには前史があり、昭和十三年に出され始めた創元選書と関係している。この選書は小林秀雄が企画し、青山二郎の装丁で、河上徹太郎島木健作も顧問に加わっていた。つまり『文学界』編集同人と関係者たちが中心になって、創元選書は立ち上げられたと考えていい。『近代の超克』も創元選書と同じ判型で、同じく青山の装丁によっていて、私の所持する一冊はカバーのない裸本であるために、断言できないけれども、そのフォーマットと色彩も共通するものだったように思われる。

しかし本来であれば、『近代の超克』は『文学界』に連載されたわけだから、文藝春秋社から出されてしかるべきだと考えられるが、何らかの事情があって、小林秀雄の意向と創元社におけるポジションも作用し、創元社からの刊行となったのではないだろうか。

だがそのことに関する言及も証言も見出せない。それもあってなのか、この創元社版は一度も復刻されておらず、廣松渉『〈近代の超克〉論』朝日出版社)やハルトゥーニアンの『近代による超克』梅森直之訳、岩波書店)などでも使われておらず、主として冨山房百科文庫『近代の超克』が参照されているようだ。ただこれは戦後になって竹内好が書いた創元社版に基づく論考「近代の超克」に『文学界』の座談会を加えたもので、創元社版とは異なっている。もちろん著作権の問題が絡んでいるにしても、そのままの再刊が望まれるし、やはり『近代の超克』問題に関しては『文学界』初出と創元社版から始めてしかるべきだと思われる。
〈近代の超克〉論近代による超克 近代の超克(冨山房百科文庫)

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