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古本夜話460 三笠書房『現代小説選集』と『現代長篇小説全集』

前回既述したように、石川淳『白描』三笠書房の『長篇文庫』に連載され、昭和十五年に三笠書房から出版されている。しかし石川淳研究にあっても、『白描』の『長篇文庫』連載と三笠書房からの刊行はその経緯と事情が不明のようで、渡辺喜一郎『石川淳伝―昭和10年代20年代を中心に―』明治書院、平成四年)を見ても、版画荘や平井博への言及はなされているが、三笠書房に関してはまったくふれられていない。
白描(集英社文庫) 

私も本連載445などで、創業者の竹内道之助と三笠書房を取り上げてきたし、とりわけ昭和十年代の三笠書房に注視しているわけだが、実は肝心の資料が入手できず、年月が流れてしまっている。それは昭和五十七年に竹内幸子を発行人として出された私家版『わが生 竹内道之助』で、どうもこれは道之助が三笠書房を始めた頃の日記らしく、この一冊を読まずして三笠書房を語れないのではないかと考えてしまったからである。

これは五年ほど前に、内神田の書肆ひやねの古書目録で見つけ、申しこんだけれど、外れてしまい、それからずっと探しているのだが、図書館などにも見出せずにいる。コピーでもかまわないので、読者のご教示を乞いたいと思う。

さてそうはいっても、石川の『白描』については少し手がかりをつかむことができたので、それを書いてみよう。先日、古本屋で石川達三の『三代の矜持』という小説集を見つけた。これは表題作を始めとする五つの短編からなり、昭和十五年六月に出され、購入した一冊には七月十二版発行とあり、奥付発行者は竹内富子で、これは竹内道之助の夫人だと考えられる。四六判並製だが、カバーのない裸本ゆえに装丁はどのようなものであったのかわからない。

それらのことはともかく、収穫だったのは巻末広告で、そこには『現代小説選集』とあり、石川淳の『白描』も掲載され、次のような文言が記されていた。

 古典の如き沈静の中に、今日の憂思をひそめた石川淳氏の文学は、その題材の新奇と着想の警抜に於いて、現代日本作家に比肩し得るものはないであろう。この文体、この気品の無類さ、知性人を扱つた小説としては正に独断上の境地である。本書はこの氏が芥川賞以来、真に縷心の一大長篇傑作!!

編集者の自負が伝わってくるようなコピーライティングの印象を与えるし、戦時下に刊行される小説のカテゴリーをはみ出している感すらもある。この出版のかたわらでは大政翼賛会が結成され、翌年には太平洋戦争が始まろうとしていたのである。この際だから、そこに収録された二人の石川の他のラインナップも示しておこう。岸田国士『幸福の森』、葉山嘉樹『子狐』、和田伝『くろ土の唄』、鶴田知也『あたらしき門』、尾崎士郎『猫』、伊藤整『霧氷』、福田清人『愛情の境界』、丹羽文雄『風俗』で、「以下続刊」との案内が最後に置かれている。

幸にして、『現代小説選集』は『日本近代文学大事典』に立項されていた。それによれば、「昭和十年代の中堅作家を動員した選集」とあり、前述と同じ著者とタイトルがリストアップされていた。「以下続刊」の表記はあったにしても、全十冊で、後が続かなかったことになろう。

日本近代文学大事典

それから『三代の矜持』の次の巻末ページには、やはり小説を中心とする三十点ほどが並んでいる。タイトルから類推するに、その半分が昭和十一年から十三年にかけて、やはり三笠書房から刊行された『現代長篇小説全集』全十五巻に当たるものだと思われた。それはこちらも一冊だけだが、その第十二巻の林房雄の『青年』を所持していて、箱入表記は省かれていたけれども、ページ数と定価がまったく同じだったからだ。

この『現代長篇小説全集』『日本近代文学大事典』に立項とラインナップがあり、島崎藤村や志賀直哉の旧作を収録し、彼らを筆頭に始まっていることからすれば、『現代小説選集』が「中堅作家」を対象にしていたことと異なり、「大家」を中心にして編まれたとも考えられる。おそらく三笠書房が昭和十年代に文芸書出版に参入していく戦略から企画されたのではないだろうか。その他に掲載されているのは内田百輭の小説と著作の六冊で、これは『全輯百輭随筆』を刊行していた版画荘の倒産と関係しているのかもしれない。
 (『現代長篇小説全集』第四巻、室生犀星)

これらの小説出版のことを考えると、三笠書房は発行者に名前を連ねる竹内富子を中心にして企画が進められ、昭和十年代に入って、それらの文芸書出版の中堅どころを占めたといってもいいかもしれない。またそれを支える三笠書房ならではの出版状況もあった。昭和十三年にマーガレット・ミッチェルの大久保康雄訳『風と共に去りぬ』がベストセラーになっていたのである。したがってこのような時代においても、三笠書房は日本文学と外国文学の双方の出版をコンセプトとしていたように思われる。
風と共に去りぬ(三笠文庫)

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