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出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル86 補遺

出版状況クロニクル86 補遺


本クロニクルとしてはイレギュラーであるが、出版状況が非常事態に入ってきたと見なし、7月7日付で、もうひとつの項目を付け加えておく。それは6月末時点で書くと、まだ、様々な状況が明らかになっているとはいえず、錯綜してしまうのではないかと判断したからだ。そのこともあって、6日の栗田出版販売の出版社向け説明会の後でと考えていた。

この間に、これは昨年12月段階のものだとされているが、栗田の出版社などに対する負債額も「倒産・民事再生・債権者情報」で判明しているし、各出版社の対応も、「図書新聞」などで伝えられ始めている。だが本来であれば、何らかの声明を発表すべきである書協、雑協、取協、日書連は沈黙したままで、戦後の出版業界にあって、ついに起きてしまった初めての、栗田という総合取次の破産に対し、何も発言していない。これは出版危機下の状況にあって、ずっとそうであったように、今回も出版業界の中枢にある諸団体が講ずる手立てもないことを告げていよう。



18.7月6日に栗田の債権者説明会が開かれたが、返品問題をめぐって紛糾し、栗田弁護団側は再検討するとし、また栗田の山本高秀社長はスポンサー支援確定段階での辞意を表明。

 この説明会の詳細な実況中継は「ウラゲツ☆ブログ」でレポートされているので、ぜひ参照されたい。

[今回の栗田の民事再生、大阪屋への統合、出版流通機構の支援スキーム、それを背景とした中での出版社の返品問題は、書店のバブル出店による再販委託制のメカニズムの崩壊を表出させたというしかない。それは同時に現在の正味体系に基づく出版社・取次・書店という近代出版流通システムの終焉を意味している。

1980年代から始まった郊外店を中心とする書店の出店は、バブルであっただけでなく、従来の中小書店を壊滅させてしまった。しかもその郊外店ラッシュは他の業界の場合、所謂流通革命を経て、つまり仕入れやロジスティックスなどに現代システムを導入してのことだったが、書店は再販委託制という近代出版流通システムのままで展開され、現代出版流通システムへの転換を伴っていなかった。

そして90年代に入り、それはさらに大型店、複合店化していった。しかしその内実は出版社の資産に他ならない書籍や雑誌を担保として、バブル的に膨らんでいったのであり、いわば再販委託制を逆手に利用するようなかたちで進行した。

そのバブル出店状況をたどってみる。

■出店状況推移
総坪数書店数出版物売上高
199080万坪2万3000店2兆1298億円
1996125万坪2万2000店2兆6563億円
2014140万坪1万4000店1兆6064億円

ちなみに1976年は27万坪、2万5000店であり、また70年代後半から2014年にかけての閉店は、新旧トータルで3万店を超えると推測される。

それはともかく、この表から歴然としているように、90年に比べ、もちろん複合店化があるにしても、驚くほど書店坪数が増えている。それに反比例して、書店数と売上高がこれもドラスチックに減少していることも明らかだ。

90年代のバブル経済崩壊後も、書店出店バブルは続いていったが、それはまだ出版物売上の増加によって支えられていた。しかし問題なのは、売上がピークだった96年以後も坪数が増えていったことだ。それは大型店を主とするバブル出店に他ならず、その結果、書店数は8000店減り、売上高は1兆円のマイナスとなり、出版危機は臨界点に達し、ついに今回の総合取次の栗田の民事再生として表出してしまったのである。今年になって総坪数が減少し始めていることも影響していよう。

栗田は説明会レジュメで、民事再生申立に至る経緯について、売上の落ち込みに合わせ、大型書店の閉鎖や縮小、中小書店の転廃業に伴い、書店からの返品率が増加し、書店に対する売掛金の延滞や回収不能も増加したことを挙げている。

その根幹にあるのは、大型店出店における開店口座問題と考えられるし、これこそはバブル出店を象徴し、他の取次とも共通するものである。これは新規出店にあたっての取次と書店間で結ばれる密約といっていいし、詳細はオープンになっていないけれど、そのラフなチャートは描けるので、簡略に説明してみる。

これはきりのいい数字としたいので、書籍1億円、雑誌1千万円の在庫を持つ大型店が開店したとする。雑誌の1千万円のほうは翌月支払いだが、書籍1億円は開店口座に仕分けされ、支払いは何年か据え置き、数年かけての分割払いになる。いってみれば、開店はコストもかかるので、ゆとり返済のような仕組みが導入されていて、これは一部の大手書店と取次間の特販条件だったと思われる。それが大型店出店バブルにも広く応用され、現在に至るまで及んでいることになる。

開店口座の金融と書籍のメカニズムは、次のようなものである。この書籍の1億円分は1年後には売れたり返品されたりしてなくなってしまう。しかし書店はとりあえず、売れた分の支払いをする必要はないし、返品にしても支払いが迫っているものではないので、仕入れ相殺以外のものと見なすことができる。つまり開店口座分の売上はキャッシュフロー、返品は資金繰りの支えとなる。

だから1年経つと、書店にはもはや開店口座分の在庫は残っていないのに、買掛金として残り、同じく取次にも売掛金として計上されたままになっている。ところが書籍はほとんど通常返品として出版社に戻り、注文分と相殺になったり、とりあえずは出荷条件にそった請求がたったりして、出版社の売掛金からは消えているので、その実状はわからないままである。しかし取次のほうは書店から回収していないし、出版社に支払うことは難しいので、常備や長期の仕入れでその開店口座分を回していくしかない。

それは書店も同様で、なくなってしまった開店口座分の棚を埋めるしかない。といってすぐに請求が立つ新刊ですべてを代用するわけにはいかず、半分ぐらいは常備か長期、延勘口座仕入れを使わざるをえない。すると開店1年後の取次の未回収分は開店口座1億円、常備など5千万円を合わせ、1億5千万円となる。仮に開店2年目に閉店したとすれば、在庫を全部返品しても1億円しかない。といって現金もないわけだから、結局のところ、5千万円が未回収、不良債権となってしまうのである。

かつての取次の書店取引は担保や保証金を必要としたが、大手書店の出店ラッシュに対しては帳合戦争もあり、実質的にほぼフリーになってしまった。それゆえに取次にとって担保は、出版社の資産である書籍しかないという状況へと追いやられたことになる。

さらに開店口座条件も、帳合戦争を受け、当初は1年据え置き、2年24 回払いなどという短期であったものが、書店大型化と売上の伸びが見こめないことから、次第に長期化していった。これはシークレットにされているが、5年から10年へと延長され、さらには凍結を意味するしかない常備扱いになったともされている。それもそのはずで、この開店口座支払いは採算ベースの売上の2倍くらいの売上がないと、つまりキャッシュフローから支払うことはできないと考えられる。それゆえに開店口座を消却していない大型店が増えているのである。

近年の大型店出店の採算売上を見ると、超大型店でも驚くほど低く設定されているのは、最初から開店口座支払いを想定していないからではないだろうか。

このようにしてバブル経済崩壊後も、出店バブルは続き、さらに大型店化していったのである。そして出版危機は出版社や書店のみならず、ついに総合取次の大阪屋や栗田にも及び、今回の民事再生に至ったことになる。大阪屋は大手出版社による増資と資産売却によって、債務超過は解消したものの、危機の構造は変わらないので、赤字はずっと続いていく。

そこに今回の栗田の民事再生に合わせ、出版社の資産である出版物を利用し、それこそさらなる大阪屋の再生を試みたといってはいい過ぎになるだろうか。

しかし今回のスキームは実質的に出版社に対し、栗田に対する債権分の倍の損失を与えるものである。おそらく半年間で栗田の債権額と同額の返品が、大阪屋を通じて戻されるのであれば、その金額までの納品は相殺されてしまうからだ。もしこのスキームが成立するのであれば、それを判例のようにして、取次の危機が起きるごとに採用されてしまうし、取次が生き残るために出版社は潰れてもかまわないという論拠にもなってしまうだろう。そしてそのダメージは大手出版社に及んでいくことも必至だ。

このスキームを考えたであろう弁護士団と大手出版社の人々は、このような出版危機の背後にある事実と出版流通のメカニズムを弁えたうえで、このような構図を提出してきたのであろうか]