出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル89(2015年9月1日〜9月30日)

出版状況クロニクル89(2015年9月1日〜9月30日)

15年8月の書籍雑誌の推定販売金額は1094億円で、前年比7%減。

その内訳は書籍が497億円で、前年比1.5%減、雑誌は597億円で11%減、そのうちの月刊誌は11.3%減、週刊誌は10.6%減。雑誌は5月に続いて2ケタのマイナスとなった。

返品率は書籍が43.1%、雑誌は42.5%で、これも5月から双方が40%を超える返品率である。雑誌は定期誌が6%減で、よくないことに加え、ムックの売れ行きが悪く、16%減という大きな落ちこみから、返品率増となっている。

年末年始商品の仕入れや発送も始まろうとしているが、出版業界はどのような年末年始を迎えることになるのか、まったく予断を許さない時期に入っている。


1.『新文化』(9/17)の付録「出版統計小事典」に「書店共有マスタ 店舗数推移」が収録されているので、そのうちの「新規・閉店推移」を引いてみる。

■書店共有マスタ 店舗数推移
年度 新規店閉店
20054801,880
20064511,342
20074751,594
20084341,015
2009337712
2010283570
2011256570
2012234692
20132941,068
20142351,109

[これまで本クロニクルは出店・閉店に関して、アルメディアの調査によってきたが、この「書店共有マスタ」が示すところによれば、新規店はそれほど変わらないが、閉店数は大きく異なっている。これは調査方法や取次からのデータ使用などの違いが反映されているのだろう。

ちなみにアルメディアによる13年新規店は220店、閉店は619店、14年新規店は217店、閉店は656店であるので、「書店共有マスタ」による閉店数はその倍近くに及んでいる。

この13、14年の閉店数の急増は、本クロニクル7081 に示しておいたように、出店の大型化の影響を受けているはずで、大型店出店が既存の周辺書店の閉店を加速させていったとわかる。何と2年続けて、1日に3店が閉店したことになる。そしてそれが高返品率の一因であることも。今月も1000坪の丸善京都店、富山市に1600坪の文苑堂書店が開店した。

13、14年に対して、15年は5ヵ月分のデータではあるが、新規店は83店、閉店は234店で、双方が減少に向かっている。だが返品率が高止まりしたままで推移しているのは、月を追うごとに出版物売上が落ちこんでいることを告げていよう。

だがそれにしても、「書店共有マスタ」に示された閉店は、10年間で1万552店に及んでいる。それは多くの倒産が起き、そこで働いていた人たちの仕事の場が失われたことを、今さらながらに浮かび上がらせている]

2.ジュンク堂池袋本店が、主帳合を大阪屋からトーハンへと変更。

[この理由について、様々な説が伝えられているが、これはまずトーハンが栗田の民事再生を含む大阪屋スキームに協力しないことの表明と見なすべきだろう。

それはこれからも丸善ジュンク堂の帳合変更があり得ることを示唆していて、それが続けて起きれば、大阪屋スキームは成立しなくなることも意味していよう]

3.トーハンが子会社トーハン・メディア・ウェイブの保有する三洋堂HDの株式54万株を譲受。

 これにより、トーハンは合わせて110万株を保有する第2位の株主となり、議決権数に対する保有割合18.76%となる。

[前回三洋堂HDの加藤和裕社長の現在の書店尾選択肢は「破綻」か「身売り」しかない状況のあるとの言を紹介ししておいたが、やはりトーハンの「囲い込み」ラインへと一歩近づいたことになろう。

またトーハンの連結子会社で山下書店などを運営のスーパーブックスは、中野区の商業施設の東京堂跡地に「BOOK+(プラス)東中野店」を出店し、32店舗目となり、今後も廃業書店の受け皿とするもので、これも「囲い込み」ラインの一環といえるだろう。

ここで「囲い込み」(エンクロージャー)という歴史用語を用いたのは、そのような動向がそもそも取次とは独立した存在であった書店に対する「囲い込み」に他ならないと判断するからである。

元来の意味はイギリスにおける農民たちによる分散していた農地を交換、売買、貸借などを通じて、1ヵ所に統合し、農民を減らすことなく囲い込み、生産力を向上させることだった。

このコンセプトを「BOOK+」に当てはめれば、商品や什器をそのまま引き継ぎ、開店初期コストを抑え、複合売場として、「add文具」を導入するものである。

しかしこのような跡地出店が可能な立地条件は限られているし、すべての廃業書店の受け皿にはならないことはいうまでもあるまい]

4.千代田区神保町の書泉ブックマートが閉店。

 1967年に開店し、アイドル・グラビア、鉄道やバス、コミックやライトノベルなどの専門誌、関連書籍を中心とする商品構成が特色だった。しかし2011年に経営、営業権をアニメイトに譲渡し、14年からは少女コミックやBL作品に特化した店舗となっていた。

 同じエリアに書泉グランデがあるので、今後は同店に一本化する。跡地はまだ何も決まっていないとされている。

[本の街神保町の地盤沈下と世代交替、スマホの普及などによるこれらの分野からの読者離れなども影響しているのだろう。細分化したマニア向けセレクトショップというコンセプトの書店展開も、転換期を迎えている。それはヴィレヴァンも同様だと思われる。

その一方で良品計画の「MUJIBOOKS」も立ち上がっているが、複合店の新しいかたちとして定着するかは疑問であろう]

5.東京書店組合の村上春樹『職業としての小説家』の注文は64店で500部。

職業としての小説家
[注文方法は仕入窓口である東京書店組合に5・10・15の事前注文を出すもので、最も多いのが5部だったという。紀伊國屋を除いて、東京書店組合は日書連加入の書店だけで400店を超えているにもかかわらず、注文は2割の店にも満たず、注文部数わずか500部だったことは何を意味しているのだろうか。いくつかを挙げてみる。

* 買切に対する拒否。

* 紀伊國屋だけが売ればいい。

* 村上春樹の新刊でも売れ残りに対する危惧。

* その5冊は仕入完売も難しくなっている、東京の中小書店市場の疲弊。

それに加え、前回の本クロニクルで、粗利30%はあるのではないかと記したが、実は通常正味と変わらず、そのためにこのような部数でしかなかったという説も伝えられている。

紀伊國屋にしても東京書店組合にしても、どうして取引条件を非公表としているのだろうか。せっかくの鳴り物入りの試みであったわけだから、それを広く公表し、委託制に代わる買切制のメリットを強調し、次なるステップに備えるべきだったと思う。だが東京書店組合のこのような反応を見ると、それは難しいと考えざるを得ない。

残念ながら、「ハリー・ポッター」のような集団熱狂とでもいえる販売状況でないと、委託販売の壁を破ることはできないのだと実感してしまう]

6.こちらは時限再販本の導入を呼びかけるMPDの奥村景二社長が、『文化通信』(8/31)の付録「文化通信bBB」のインタビューに登場している。管見の限り、MPDの社長としてのまとまったインタビューはこれが初めてではないかと思われるので、要約してみる。

* 日販とCCCが合併で設立したMPDは創立10年目で、日販取締役の奥村が3代目の社長である。日販入社は1987年だが、当時は社員が2600人だったが、現在は半数になっている。

* MPD設立時は日販北関東支店長で、ビッグワン、うさぎや、ブックエースなどのTSUTAYAのFCオーナーに、MPDとの取引を依頼して回った。

* 現在のMPDの社員は311人で、日販、CCC、つまりプロパーがそれぞれ3分の1を占めている。プロパー社員が100人以上いるわけだから、親会社に頼らず、自立し、3年連続減収減益の現状を立て直さなければならない。それが自分に課された大きな役割だ。

* TSUTAYAの文具事業はCCCと協業を検討中だし、蔦屋書店も多くの商材を販売しているので、それらもMPDがオールインワンとし、それらの商材を他の書店やそれ以外にも展開し、取引先を拡大していきたい。

* 新しい店舗スタイルの開発は専門のプロジェクトチームと日販のリノベーショングループが一緒になって取り組んでいる。

* 書店マージン30%が目標だが、実現できていないし、返品率25%も7月は35.7%で、こちらも同様である。だから良質な「仕入」で、「販売」の力を高め、中身を良くするために、「ハイプロフィット企画」や「時限再販」などを提案していく。

* 具体的には2014年度に28タイトルだった時限再販買切商品を、今期は100タイトルに増やし、値引き販売のルールも提示できるようにしたい。

* 10年以上も出版物販売額が落ち続けているのに、まだ出版業界全体が本当の意味での店頭改革に目を向けていないのではないかという危機感を持っている。それに反して、CCCが代官山、函館、湘南、二子玉川、梅田などで「蔦屋書店」や「蔦屋家電」に取り組んでいる試みはすごい。

* 出版社にはメディアが取り上げ、みんなの関心が集まる「気になる商品」をどんどん出してほしい。

[このインタビュー後、MPDは10月から人文、実用、ビジネス書の26社の80タイトルを時限再販企画として、TSUTAYA加盟店に投入し、粗利4.5%の改善を提案している。

しかし現実的に考えても、3年間で300点ほど時限再販を流通させたところで、MPDの3年連続減収減益の現象を立て直すことはできないし、奥村自身もそれは十分承知しているはずだ。

むしろMPDにとって問題なのは、ネットフリックスなどの動画配信サービスの普及と成長が、TSUTAYAのDVDレンタルにどのような影響を与えるかであろう。それがすごい試みの「蔦屋書店」を直撃するし、MPDの業績にも跳ね返っていくことは、自明だと思われる。それが焦眉の問題であるにもかかわらず、何も語られていないことが、逆に気になってしまう。

なおMPD(Multi₋Package Distribution Co.,Ltd.)の創業と経緯などについては、拙文「日販とCCCによるMPDの立ち上げ」(『出版業界の危機と社会構造』所収)を参照されたい]
出版業界の危機と社会構造

7.ネットフリックスに続いて、アマゾンのプライム・ビデオも動画配信サービスを開始した。

 それらのリストと運営会社、会員数、月額料金、特徴などが『日経MJ』(9/2)に掲載されているので、それを示す。

■定額制の動画配信サービス比較
名称 会員数月額料金特徴
ネットフリックス
(ネットフリックス)
6500万人650円から豊富な資金を投じて作る独自作品や、利用者への推奨機能
HuLu
(日本テレビ放送網グループ)
100万人
(国内会員)
933円地上波テレビと連動堂させた番組を配信する。国内コンテンツも充実
dTV
(NTTドコモなど)
450万人500円低料金や音楽のライブ中継などが売りで、12万作品を配信する。
ビデオパス
(KDDI)
100万人562円視聴者の好みや作品データを基にテレビ朝日と番組を共同制作する。
U-NEXT
(U-NEXT)
非公表1990円絵本やビジネス誌も楽しめる。都度課金で新作が見れるサービスも
プライム・ビデオ
(アマゾン・ドットコム)
非公表325円ネット通販の翌日配送なども無料で利用できる。独自作品も強み
TSUTAYATV
(CCC子会社)
非公表933円映画やドラマの旧作品は見放題。新作も2本まで視聴できる。
                 (注)カッコは運営会社、料金はプライム・ビデオのみ税込み
[これらの動画配信サービスはスマホやタブレットで、どこでも視聴できることから、限られた時間消費の一角を占める可能性が高い。

とすれば、出版物やレンタル、とりわけ複合店を直撃するだろう。それは複合大型店に対し、どのような波紋と影響をもたらしていくのか。ネットフリックス上陸によって、それが現実のものとなり始めるだろう]

8.太洋社の決算が出された。売上高は171億円、前年比30.1%減。大きなマイナス幅の原因はゲオ、TRC、姫路市の楽学書簡Beginの帳合変更で、67億円の売上が失われたことにある。

 外神田の本社ビルを売却し、長期借入金を全額返済し、本社売却金3億円を計上したが、当期純損失は8億円。

[まさに國弘晴睦社長が決算発表で述べているように、太洋社は仁義なき帳合変更の的にされてきた。その結果2010年の400億円の売上高が半減してしまったことになる。

本クロニクル77で、前期の決算での國弘社長の「書店の取引条件を引き下げる同業他社との帳合戦争には太刀打ちできない。武器をもたずに戦場にいるようだ」との言を紹介しておいたが、今期はもっと深刻な状況下にあったといえよう。

しかもそれは終ったわけでなく、来期の目標売上高144億円とされているので、まだ続いていくことを示唆している]

9.『出版ニュース』(9/中)に出版協相談役で、現代書館の菊地泰博が「栗田再生スキームは受入れ難い」という一文を書いている。要約してみる。

* この再生スキームは大阪屋も業績不振で再建途上であり、栗田のすべてを受け入れる力がないことから発想されたもので、これが問題なのだ。

* 簡単にいうと、これは旧栗田の返品を大阪屋の売掛金と相殺するもので、委託・注文書籍の所有権が栗田にあり、合法的とされる。ただ出版社が他の取次に納入した商品の返品を受け付ける契約はないので、「お願い」となっているが、大阪屋の優位的地位で押しつけられたもので、出版協加盟社のような小出版社の立場からすれば、はね返せない。

* それに大出版社と中小出版社には正味を含めた取引格差があり、大手出版社は支払条件からして売掛債権が1ヵ月分だと推測される。だが中小出版社は6〜7ヵ月分の納品額が失われることになる。確かに額はちがうにしても、破綻処理まで不公平な再建スキームは承認できない。

* 栗田破綻の翌週の6月29日付で、栗田の取引書店に「栗田出版販売とお取引の皆さまへ」という文書が送られている、それは大手3社の役員の3名の連名で、「私ども3社は業界の健全な発展のためにも栗田の再建再生を全力で支援していくことをお約束します」とのお墨付きの言葉が書かれている。そのことから推測すると、この3社(3人)が中心になって再生スキームを考えたのではないだろうか。

[以下は菊地ではなく、本クロニクルの見解である。

栗田の民事再生申請、大阪屋による統合スキームの公表から3ヵ月が経とうとしているが、それに関する記事、異議申し立てなども、もはやマスコミや業界紙からも消えつつあり、過去の出来事、決定事項として処理されてしまったようなニュアンスの中に措かれている。そのことはハーバーマスの
『公共性の構造転換』(未来社)ではないけれど、出版業界から自由な言論の場が失われてしまったことを象徴しているように思われる。

ここでいわれている大手出版社とは、講談社、小学館、集英社のことである。3社(3人)は栗田の大阪屋スキームの疑問に対して、説明責任を果たすべきだし、それに基づき、少なくとも具体的な売上高や利益を含んだ再建の見取図を示すべきである。そうした説明責任と具体的な再建見取図の提示もなく、上意下達的に進めるのであれば、それは今回の安倍首相による安保関連法案の成立と変わらないと断じる他はない。

同号の『出版ニュース』にはどういう経緯と事情なのかわからないが、「歴代首相の安保関連法案について『安倍首相への提言』――法案に反対する首相経験者の見解から」も掲載されていることを付記しておく]
公共性の構造転換

10.これも『出版ニュース』(9/中)だが、「武雄図書館・歴史資料館を学習する会代表世話人」の井上一夫による「武雄市図書館・歴史資料館の復権に向けて!」が掲載されている。こちらも要約してみる。

* 「同市民の会」は2012年に両館が建つ地元行政区の老人2人(当時86歳と72歳)が立ち上げた市民学習会で、両者とも高齢ゆえに活動期間を2年と限定して進めてきたが、3年目を過ぎた今年も継続を余儀なくされている。それはようやく市長交代で情報開示が進み、実態が見え始めたところだからだ。
* 2012年5月、武雄市長は武雄図書館と歴史資料館を直営から指定管理に代え、CCCに特命すると東京で発表した。

* この発表に驚いたのは「両館」で活動している「エポカルフレンズ」や「武雄歴史研究会」で、すぐに市長へ直接の説明を求める会議を開いたが、その会場での録音を禁じ、強権的説明に終始した。

* そのような中で、「同市民の会」を立ち上げ、この図書館問題を広く市民に伝える必要性があったが、市長や市議会からのバッシングが予想されたので、2人が代表としてその矢面に立ち、他のメンバーについては情報を開示しないことにした。

* 武雄問題の根幹は、権力を誇示する首長や市議会議員から一般市民が「言論の自由」を制限せざるを得ない状況に追いやられていることにある。私は市議会で首長と市議会議員の双方から非難され、それは地元CATVで放映され、それは市民への「沈黙化現象」を強いるメッセージとして機能している。

* 「両館」は2000年にようやく完成したが、2012年の前市長の「両館」改修計画は、過去の社会教育政策は見向きもされず、CCCの「ノウハウ」というブッラックボックスの中で、すべてが処理されようとしている。このような公共事業が白昼堂々とまかり通り、それがマスメディアを通して喧伝され、追随する自治体が続いているが、これは「地方創生」の真逆の方向にある。

* 「両館」改修後、それらは蔦屋書店そのものになってしまい、2階の増築した鉄骨回廊に装飾壁が書店を演出するものとして出現し、地震時などへの配慮はない。また読み聞かせの部屋などはスターバックスコーヒーのサプライセンターになり、トイレも一ヵ所に集約されてしまった。

* 誰がこのような計画を進めたのか。この改修工事に対して、市民への説明は一切行なわれていない。この改修工事の出費は市が4.5億円、CCCが3〜3.5億円で、8億円近くがかかったとされるが、工期は3ヵ月、しかも改修であり、にわかに信じ難い。

[廃棄図書、購入図書問題は省略したが、こちらは『週刊朝日』(9/1110/2)が「武雄市TSUTAYA図書館 関連会社から“疑惑”の選書」、「ずさんな選書とCCCが反省」を続けて記事にしている。

なお後者は愛知県小牧市において、CCCと連携した図書館建設計画について、賛成か反対かを問う住民投票条例案が市議会で賛成多数で可決され、10月4日に住民投票が行なわれることを伝えている。

これらに対して、武雄市教育委員会は当初の図書購入費が削減されたので、1万冊を当時CCCが出資していたネットオフなどから、CCCが選書し、購入したと説明している。

この問題に関しても、構造的には栗田と大阪屋スキームと共通していて、官僚的で説明責任も果たさず、十分な情報公開もせず、上意下達的に推し進めた結果ということになろう。

来夏青森県八戸市が「本のまち八戸」構想を掲げ、「八戸ブックセンター」開設をめざしているが、同種の問題を抱えていないか、気になるところだ]
9/11 10/2

11.9の3社のうちの集英社の決算も出されている。売上高1221億円、前年比0.9%減だが、営業、経常利益は紙、印刷コストの圧縮により2ケタ増で、減収増益決算。

 内訳は雑誌715億円、同4.4%減、書籍151億円、同7.6%減、広告105億円、同4.7%減で、その他が249億円、同18.9%増となっている。

[雑誌、書籍、広告のマイナスは続いているけれど、その他部門が伸びたことで増益に貢献したことになる。その内訳は版権107億円、同3.8%増、ウェブ(電子書籍など)81億円、同46.3%増、物販60億円、同19.5%増である。

伸び率から考えれば、従来の雑誌や書籍でなく、電子書籍と電子コミックが集英社の売上高を支えていく要となるのかもしれない。またそれが伸びれば伸びるほど、雑誌や書籍が売れなくなるというジレンマにさいなまれる状況へと近づいていくことが予想される]

12.『選択』(9月号)が「『Amazon』が握ったIT覇権」を掲載している。これも要約してみる。

* アマゾンはネット小売り最大手として日々拡大し、バーンズ&ノーブルだけでなく、世界最大の小売業ウォルマートなどにも影響をもたらしているが、今やアマゾン・ウェブ・サービス(AWSの)で、次世代コンピュータの覇権争いも制しつつあり、IBMやグーグル・マイクロソフトにも及んでいる。

* これまでアマゾンのクラウド事業の収益は二の次とされてきた。しかしAWS事業は急成長を遂げ、その売上規模は売上の8%を占めるに至り、小売り事業に匹敵する可能性を秘めている。

* AWS事業と何か。それは「低コストで大規模な情報を担うビジネス」「IT急成長ビジネス」に欠かせないITインフラがAWSで、ネットフリックスもAWSを使って成長してきたし、日本も含んだ大企業もこれを利用し始め、大部分のシステムを移管させるようになってきている。

* 「クラウドファースト」という言葉が聞かれるようになってきているが、AWSの優位性は基礎となるサービスがシンプルで堅牢、性能の逐次改善、中心のサービスに加えて、選択可能な多種多様な先進的付随サービス、間断なき値下げと低価格、ユーザーフォームにおける膨大な量のヘルプ情報の蓄積である。

* それによって今年に入り、クラウドサービスシェアはアマゾンが29%で圧倒的1位、2位マイクロソフト、3位IBM、4位グーグルを合わせても25%とアマゾンに及ばない。すでにアマゾンは競合14社すべてを合わせたリソースよりも10倍大きいというレポートも出されている。気がつけば、アマゾンがクラウド覇権を制していたことになる。もはやアマゾンは単なるネット小売業の大手ではない。

* 今後、アマゾンの帝国化は現実世界を大きく変え、加速し、日本にももっと浸透してくる。日本での1人当たりアマゾン売上高は62ドルにとどまり、北米の156ドルとは開きがあり、本邦本上陸のサービスはまだ多くある。生鮮食料品の「アマゾンフレッシュ」が始まる話もあるし、ネットでバナナやリンゴを買う時代も迫っている。

[このAWSについては本クロニクル77でもふれているが、その採算が悪化しているのではないかと市場が疑い始め、株価が急落した件に関連してだった。それがまさにドッグイヤーではないか。1年後にはIT覇権を制することになったわけだから、本当に雲をつかむようなクラウド業界を、地で行ったような話ということになる。さらに1年後にはネットフリックスも含め、どうなっているのだろうか]

13.『朝日新聞』(9/12)に、北京で民営書店「万聖書園」を営む劉蘇里(リウ・スーリー)へのインタビュー「書棚から見える中国」が掲載され、店内に佇む劉の写真から、大学街の書店らしい雰囲気が伝わってくる。

 彼は天安門事件に関わり、拘束され、釈放後の93年に創業している。そのインタビューを抽出してみる。

* 創業から20年あまり、自ら選んだ本を並べてきているし、それは日本の書籍も同様で、社会的事件による変化はない。

* 5年前から日本に関わる本は幅広く売れ始め、それは日本について理解したいと考える中国人が増えたからで、この百年で初めてのことでしょう。中国人は自らの仕事や旅行などを通じ、日本についての中国政府の伝え方は正しくないとわかってきたからです。

* 中国の出版はネットも含めて知識人ごとに縛りがあり、書店に並べてはならない人といった全方位に管理は厳しくなっているが、それは長い歴史でいえば、一時的なものだ。

* 翻訳本に関して、当局の指示と需要の間には大きな矛盾があり、実際に中国政府は最先端の科学技術や文化を取り入れ、世界に追いつきたいと考えている。

* 中国の発展には外からの風も必要だし、現在の中国は半分開放された国家で、半分でも開いた窓から風は入ってくるし、すべての窓を閉めるわけにはいかない。歴史の潮流に逆行する規定は、一時は有用でも長続きしない。

* 万聖書園は知識人の交流の場として、時代を動かしうる精鋭が集う公共空間をつくりたいと思い、講師を招いてセミナーを開いてきた。

* 今の中国では社会、経済、政治、どんな危機だって生じるし、危機が起きれば、崩壊の局面になりうる。グローバリゼーションが進む中で、これほど大きな国家に危機が起きれば災難は中国だけにとどまらない。人は知識を得ることが力となるし、知識を社会に提供できる仕事をしようと考え、書店を開いた。自分の選んだ本が並ぶ書棚が、私のメッセージを伝える「メディア」でもある。

[まだインタビューは続いているが、劉の感動的なメッセージのところでとめておく。

このような思いで書店が世界中で営まれていた時代があったのだ。劉は戦時中に上海にあった内山書店を挙げているが、私も『書店の近代』で内山書店について書いたことを思い出した]
書店の近代

14.こちらも中国人だが、『週刊エコノミスト』(9/15)のインタビュー「問答無用」(聞き手 毎日新聞外報部隅俊之)に、日本関連書籍を専門に出版する日本僑報社の段躍中が登場している。

 それによれば、段は中国で『中国青年報』記者だったが、1991年に来日し、新潟大学大学院を出て、96年に日本僑報社を創業し、月刊誌『日本僑報』と最初の本『在日中国人大全』を発行し、これまで日本関係の理解に不可欠なあらゆるテーマの本を300冊刊行しているという。

[不勉強で、段と日本僑報社の存在を知らなかった。2012年に「中国を知るための40冊フェア」を企画し、全国40ヵ所の書店で展開しようとしたところ、反日デモの影響で大量返品があったとの言も見えているので、取次の口座も開設しているとわかる。外国で出版活動を続けることは大変な苦労を伴うと思うが、20年も続いていることに本当に頭が下がる。

それと相前後して、『新文化』(9/10)で、中国の出版、書店状況に関してレポートしているが、他ならぬ段であることを再確認した。段の伝える14年の中国出版業界は政府機関認可(国営)出版社580社、それらの出版点数は45万点、総生産は47兆円に及ぶ。書店は国営の新華書房系列が8922店、民営書店が11万店強、その他を合わせると17万店で、書店売上はこの15年で2.5倍になっているという。

このようなデータに13の劉の証言を重ねると、中国出版状況は日本の1960年代に電子書籍を加えたような活況を呈しているのではないかと想像され、とても興味深い。

なお『新文化』同号の隣には、翻訳家の舘野翛の韓国書店状況もレポートされている。それによれば、ネット書店売上が全体の40%を占めるようになり、1994年に5683店あった書店は2013年には1625店と、最盛期の28.6%にまで減少し、この25年間でほぼ4分の3が消滅してしまったという。こちらもリアルな状況を伝えている]
週刊エコノミスト 在日中国人大全『在日中国人大全』

15.能勢仁の『出版業界版 悪魔の辞典』(メディアパル)が届いたので、いくつか紹介してみたい。

【委託販売】(いたくはんばい)
 お金を先払いして行う実験販売。マーケティング不在で市場をいい加減に撃つので、ほとんど無駄玉になる。ところが多くの出版社がこの実験販売に手を貸している。「当たるも八卦当たらぬも八卦」の無責任販売を指す。

【買切制度】(かいきりせいど)
 他業界では当たり前の流通条件であるが、出版業界では、異端視されている制度である。リスクを背負わない委託制度にどっぷり漬かった人々が、いま、痛い目にあっている。異業種参入を呼んだ制度であって、彼らの進出によって伝統的書店(委託大好き人間)が駆逐されつつある。

【基本図書】(きほんとしょ)
 何が基本なのか、その基本が分からない不思議な本の集団。選定を受けると市場を席巻するので、偽善者が暗躍する。「良い本が追いやられ、金の力で市場を跋扈する図々しい本の群れ。

【再販制度】(さいはんせいど)
 ブックオフの生みの親。公正取引委員会から指名手配されている犯人。正式には再販委託維持制度のこと。

[能勢はこの本が「逸脱派のパロディ版」で、「新人教育や新入社員研修には問題を残すことをご承知いただきたい」と断わっている。だが私の見るところ、これらはすべて能勢の「本音」だと思う。興味をもたれた読者はぜひご一読を]
 

16.風船舎古書目録第11号の『音楽と暮らし』が送られてきたので、これを紹介しておきたい。

[多くの写真入りで、A5判468ページに及ぶもので、音楽関連古書目録としては最も大部のものではないだろうか。

その表紙には、まさに「音楽と暮らし」のタイトルにふさわしい、一家で楽器をたしなむ写真が選ばれ、このような家族の時代もあったことを彷彿とさせてくれる。その隣には、本や雑誌がそれに代わる家族もあったにちがいない。

また最初のページには龍吟社の伊福部昭作曲「日本狂詩曲」総譜が掲載され、隆文館から龍吟社に至る不世出の出版者草村北星の生涯を、これも想起させてくれる。

さてこの「日本狂詩曲」の古書価に関しては、直接この目録で確かめてほしい]

17.写真家の中平卓馬が亡くなった。

[かつて『なぜ、植物図鑑か』を愛読していたこともあり、若い頃に新宿のある場所で中平と会い、写真を撮られたりもした。私の、所謂ブレボケ写真は残されているのだろうか]
なぜ、植物図鑑か

18.「出版人に聞く」シリーズ〈19〉の宮下和夫『弓立社という出版思想』は10月下旬刊行予定。

〈最新刊〉
小学館の学年誌と児童書 (野上暁『小学館の学年誌と児童書』

以下次号に続く。