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混住社会論121 谷恒生『バンコク楽宮ホテル』(講談社、一九八一年)

バンコク楽宮ホテル 比較の亡霊



 バンコクは癌が進行していくような速さで拡大し、周辺の田園地帯を飲み込み、水田を、投機的な住宅開発、
 あわただしく作られた郊外地図、そして巨大な新しいスラムへと変化させた。


本連載でも23 の佐々木譲『真夜中の遠い彼方』を始めとして、難民に象徴されるベトナム戦争後の物語を取り上げてきた。前回の矢作俊彦の『ロング・グッドバイ』も時代設定は今世紀に入った二〇〇〇年であるが、ベトナム戦争に物語の起源を発し、主要な登場人物たちも、その戦争と時代から召喚されている。それはアメリカ軍に属していたビリー・ルウたちばかりではない。例えば、冒頭に出てくるハンバーガー屋のチエン=チャン・ピントロンはベトナム解放戦線の幹部だった。ところが戦後に入ってきた北ベトナム政府から追放の憂き目に会い、難民として香港に流れつき、英国に情報を売ることで、中国名での英国のパスポートを入手し、日本へとやってきたとされる。それはヴァイオリニスト海鈴やフランス人神父なども同様で、ベトナムを出自とし、いずれもが二一世紀を迎えた横須賀基地の周辺にいて、『ロング・グッドバイ』の物語を支えるパーソナリティを形成する。そうした意味において、矢作のこの作品は横浜を舞台とし、ベトナム戦争に関わった人々が混住することによって生み出された四半世紀後の物語、つまりベトナム戦争後日譚とも呼べるであろう。

[f:id:OdaMitsuo:20130524085950j:image:h110] THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ

だが本連載でもすでに言及してきたように、日本でも多くのベトナム戦争後の物語が提出されてきた。それらの中でも一九八〇年前後に先駆けて刊行されたのは、船戸与一の処女作『非合法員』(講談社、一九七九年)と谷恒生の『バンコク楽宮ホテル』(同前)だったと思われる。前者は拙著『船戸与一と叛史のクロニクル』(青弓社)で詳細に論じているので、ここでは後者にふれてみたい。
[f:id:OdaMitsuo:20151010174648j:image:h118] 船戸与一と叛史のクロニクル

その前に、これらの二作だけでなく、『ロング・グッドバイ』の登場人物たちの背景とも共通する戦争後のベトナム、及びインドシナ半島周辺国の社会状況とはどのようなものであったのかを、まず確認しておく。

それは一九七五年から八〇年にかけてのクロニクルであり、もはや四十年の歳月が過ぎているので、もう一度たどり直す必要も生じているはずだ。『20世紀全記録』(講談社)から抽出してみる。
20世紀全記録

1975・4/ 南ベトナム民族解放戦線軍が首都サイゴンを進攻。グエン・バン・チュー大統領と代わったドン・バン・ミン新大統領は無条件降伏し、解放戦線軍はサイゴンに無血入城。アメリカ大使館は閉鎖され、大使館員はヘリコプターで脱出し、ベトナム戦争に終止符が打たれた。
  一方で、カンボジアでもカンプチア民族統一戦線が首都プノンペンを制圧し、5年にわたる内戦が終息。ロン・ノル大統領は亡命し、アメリカ軍も撤退。
1975・8/ ラオスでもパテト・ラオ(ラオス愛国戦線)がピエンチャン州を制圧し、国土全域に支配権。
1975・11/ 南北ベトナム代表がサイゴンで再統一政治協議を開始。
1975・12/ ラオスは王政を廃止し、ラオス人民民主共和国発足。
1976・4/ カンボジアのシアヌーク元首が辞任し、キュー・サムファンが元首、ポル・ポトが首相となる。
ベトナムで南北統一総選挙実施。ベトナム社会主義共和国誕生。
1976・5/ タイに亡命してきたカンボジア人が、国内における政権反対派の大量虐殺を告発。
1976・10/ タイで軍部がクーデターを起こし、全土に戒厳令。
1977・7/ タイとカンボジア両軍が国境地帯で衝突。
1977・12/ カンボジアが侵略を理由として、ベトナムと断交。
1978・5/ ベトナムの中国系住民の国外脱出が増え、すでに13万3000人に及ぶと香港紙が報道。
1978・8/ 中越国境で中国軍とベトナム国境警備隊が衝突。
1978・11/ ベトナム難民を乗せた汽船がマレー半島沖で座礁、沈没し、203人が死亡。ボートピープルは75年には数百人だったが、76年に5000人、77年に1万6000人と増え続け、78年には8万6000人、79年前半には月間5万人を上回るようになった。
1979・1/ ベトナム軍がカンプチア救国民族統一戦線とともにカンボジアの首都プノンペンを攻略し、ポル・ポト首相の民主カンボジア政府崩壊。カンボジア人民共和国政府樹立。
1979・2/ 中国軍が大兵力でベトナムに侵攻。ベトナムの国境侵犯に対する反撃との名目だが、西側の観測はカンボジアのベトナム軍を牽制し、ポル・ポト政権を支援し、ベトナムに経済的打撃を与えるためとされる。
1979・7/ インドシナ難民、その中でも海上からのベトナム難民、ボートピープルが国際問題となっており、ジュネーブで国連難民会議が開かれる。
1980・6/ ベトナム軍がカンボジア領からタイ領内に侵入。

これらが一九七〇年代後半のインドシナ半島国家の状況であり、ベトナム戦争後の周辺諸国の動向に他ならない。このような東南アジアの現代史の流動状況をふまえ、谷の『バンコク楽宮ホテル』は書かれている。彼は一九七七年に海洋冒険小説『喜望峰』『マラッカ海峡』(いずれもKKベストセラーズ)を同時刊行し、デビューしている。この二作は谷の外国航路を回る現役の1等航海士としての経験をダイレクトに反映させたものだったが、『バンコク楽宮ホテル』はこれらの海洋物と異なり、いわば陸物(おかもの)で、私見からすると、金子光晴の『どくろ杯』(中公文庫)などの東南アジア放浪記の影響下に書かれたようにも思える。
喜望峰 (徳間文庫版)マラッカ海峡(角川文庫版) どくろ杯

主人公の加田=「私」が巣喰っているバンコクの楽宮旅社は、タイトルに示されたホテルというよりも木賃宿にふさわしく、そのヤワラーと呼ばれる中国人街は「ごみごみした正体不明の路地が蜘蛛の巣のように錯綜している」。そして路地裏には「腐ったパイナップルのようなすっぱい臭いが充満し」、物乞いたちが通りすがりの人びとに哀れっぽく手を合わせている。このような描写は金子の『どくろ杯』における上海の街の体臭である「性と、生死の不安を底につきまぜた、蕩尽にまかせた欲望の、たえず亡びながら惨んでくる悩乱するような、酸っぱい人間臭」を想起させる。

日本の詩人ならぬ駆け出し作家である加田=「私」が物語の狂言回しを務めることになるのだが、やはり楽宮旅社に滞在したりしている日本人は自称ギャンブラー、フリーライター、旅行代理店現地ガイド、ボランティア志願者、ドラッグ中毒者、フォトジャーナリストたちで、ほとんどがバンコクでの体験を売りものにして、日本で有名になりたいと考えている。これらの登場人物たちも『どくろ杯』と共通し、時代の相違はあっても、七〇年代における所謂日本人ヒッピーのアジアでの跋扈を浮かび上がらせ、それとパラレルに大手新聞社特派員や難民ボランティアで名を馳せた女史評論家なども相対化される。なぜならば、それらの人々が日本における難民狂騒曲の発端だったからだ。

これらの日本人たちに加えて、楽宮旅行社を根城にしているのは娼婦たちで、その相場は日本円で五百円から千円とされる。『バンコク楽宮ホテル』はそのメオの描写から始まり、彼女の存在がこの物語とホテルを表象しているかのようだ。「メオは娼婦である。半年ほど前からこの旅社の隅の部屋にウィンユーと一緒に住みついている。メオとウィンユーはラオスから流れこんできた俗にゆう難民」であるゆえに、旅社に居つく他の娼婦からは疎外され、陰湿な確執も生じていた。メオの胸にある青い蛾の刺青は警察につかまった密入国の娼婦のしるしで、それは「ラオスを棄て、タイのバンコクで客をひさいでいる彼女の刻印」だった。
バンコク楽宮ホテル (徳間文庫版)

しかしメオは自らの選択でラオスを棄てたわけではない。真偽のほどは定かではないが、彼女は相当な家柄の娘、インテリ軍人だった父親がベトナムに後押しされたラオス革命政府による弾圧を恐れ、ビエンチャン陥落の一週間後に、一家全員でメコン川を渡り、タイのノンカイに脱出しようとした。ところがベトナム軍のスコールのような機銃掃射を受け、メオ以外はメコン川に沈んでしまった。彼女は無我夢中で泳ぎ、対岸のノンカイにたどりつき、野生のバナナや野ねずみを食べ、飢えをしのいでいたところ、タイの兵隊に発見され、輪姦され、放り出された。それからメオは盗みや身体を売ることを覚え、今日まで生きのびてきたのだ。だがチェンマイ出身の娼婦であるトワムワイはいう。

 「プノンペンが共産主義者どもに占領されてから、ラオス人がタイにどんどん入りこんできてさ。頭にくるよ、あたいたちだった苦しいんだ。チェンマイの百姓は月三百バーツで地主の土地を耕してる。どの家も、子だくさんでさ、だからあたいたちはバンコクに稼ぎにこなきゃならない。それなのに、ラオスのやつらが自分の国を放り出し、居ついちまうから、ますますあたいたちの暮しが苦しくなる。だって七十万人のラオス人をあたいの国が食わせていることになるんだよ。事情を知らないよその国は難民難民って同情するけど、同情してもらいたいのは、あたいたちのほうさ」

ここに語られているのは娼婦と難民の関係だが、娼婦の仕事を他に置き換えれば、民族の混住を認めようとしないナショナリズム言説に共通するものだといえよう。しかし最も留意すべきは、出稼ぎ者や難民が娼婦となるしかない社会構造であろう。楽宮ホテルにたむろする日本人たちもいう。タイはどこにいっても娼婦(おんな)が安く、この二十年間で値上りしないのは娼婦だけだし、タイで最も豊富な資源は女で、外貨の稼ぎは一番ではないか。

 「それにラオスから七十万人が流れこんいますし、カンボジア難民が百万人、ベトナムのボートピープルだった二十万人はくだりませんからね」
 「そのうちの半分は女なものですから、女の大半がバンコクへもぐりこんで娼婦となる。自分の身体しか稼げるものはありませんからね、(……)。
 日本は東南アジアではない。極東(ファーイースト)なんだ(……)。タイと日本を比較するのは無意味なことです。比較するなら、ラオスとタイ、インドとタイ、バングラデッシュとタイというように地続きの国ですね。そうなればタイのアジアで占めている国家的位置がわかるというものです。娼婦だってそうです。日本と較べられたらバンコクの娼婦も立つ瀬がありませんが、ビルマやバングラデッシュ、インド、カンボジアなど東南アジアの貧乏国の女と較べれば、彼女たちはどれだけしあわせかしれませんよ」

このような発言に露出しているのは八〇年前後におけるタイの日本人たちの実態、及び東南アジア諸国の娼婦と難民状況であり、『バンコク楽宮ホテル』はまさにそれらの三者の混住を必然的に描いてしまうことになる。またそこから逆照射されるのはインドシナ半島の戦争がもたらしたもの、もしくはアジアでいち早く消費社会化した「極東の貪婪な経済大国」日本とタイの関係に他ならず、それはアメリカと占領下にあった日本のメタファーで語られ、この物語にこめられた谷の眼差しを伝えているように思われる。

やはり一九八〇年代前半に毎日新聞特派員としてバンコクに駐在した永井浩は、八六年に『見えないアジアを報道する』(晶文社)を上梓し、タイの女性の位相についてレポートしている。そこで彼はチュラロンコン大学のパスク助教授の著書From Peasant Girls to Bangkok Masseusesを援用し、タイにおけるセックス産業の発展は歴史、経済、社会的要因が積み重なり、独自の形態をとるに至った経緯にふれている。それらは供給地としての農村における女性の経済的な地位と役割、強い母系的色彩と経済的責任にまず求められ、その一方で、バンコクを中心とする都市の上流階級の一夫多妻や妾を持つことが富や権力のシンボルという男性優位イデオロギーが重なる。そして同様のイデオロギーを有する華僑の流入による、米を始めとする商業部門の支配、資本主義経済と都市の発展を通じてのそれらのイデオロギーの蔓延、インドシナ戦乱を契機とする米軍基地の設置、その撤退後に生じた国家的外貨獲得のためのセックス産業支援などが挙げられている。それらの大半が『バンコク楽宮ホテル』のベースに埋められた社会的ファクターだとわかるし、谷はそれらを難民の娼婦に象徴させ、書こうとしたのだと了承される。

見えないアジアを報道する 

しかしその谷恒生も先年鬼籍に入り、ボートピープルに象徴される難民の存在を「国境線上の第四世界」(『現代思想』1993年8月号所収)と呼んだ船戸与一も同様に今年に入り、亡くなってしまった。だが日本でも3.11によって難民が生じ、また現在のシリア内戦は国内外で人口の半分を超える一千万人以上の難民を生み出し、それらは今世紀を迎えても難民の時代が終わっていない事実を突きつけているのだ。

なお続編として2002年に『バンコク楽宮ホテル残照』(小学館)が書かれている。また現在のバンコクは、幼児売春や臓器売買をテーマとする、梁石日の『闇の子供たち』(幻冬舎文庫)でも描かれている。

バンコク楽宮ホテル残照 闇の子供たち

◆過去の「混住社会論」の記事
「混住社会論」120  矢作俊彦『THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ』(角川書店、二〇〇四年)
「混住社会論」119  スタインベック『怒りの葡萄』(原書、一九三九年、第一書房、一九四〇年)とピエトラ・リボリ『あなたのTシャツはどこから来たのか?』(東洋経済新報社、二〇〇七年)
「混住社会論」118  ゾラ『大地』(原書、一八八七年、論創社、二〇〇五年)と長塚節『土』(春陽堂、一九一二年)
「混住社会論」117  渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、一九九八年)と久米邦武編『特命全権大使 米欧国回覧実記』(新橋堂、一八七八年)
「混住社会論」116  ゾラ『ボヌール・デ・ダム百貨店』(原書、一八八三年、論創社、二〇〇二年)
「混住社会論」115  M・M・ジンマーマン『スーパーマーケット』(経済界、一九六二年)
「混住社会論」114  『大和ハウス工業の40年』(同編集委員会、一九九五年)
「混住社会論」113  安土敏『小説スーパーマーケット』(日本経済新聞社、一九八一年)とテーラー『科学的管理法』(産業能率短期大学出版部、一九六九年)
「混住社会論」112  藤田 田『ユダヤの商法』(KKベストセラーズ、一九七二年)と『日本マクドナルド20年のあゆみ』(同社、一九九一年)
「混住社会論」111  ジョージ・リッツア 『マクドナルド化する社会』(早稲田大学出版部、一九九九年)
「混住社会論」110  藤原伊織『名残り火』(文藝春秋、二〇〇七年)
「混住社会論」109  ピエール・ブルデュー『住宅市場の社会経済学』(藤原書店、二〇〇六年)と矢崎葉子『それでも家を買いました』(大田出版、一九九〇年)
「混住社会論」108  庄野潤三『夕べの雲』(講談社、一九六五年)
「混住社会論」107  宮部みゆき『理由』(朝日新聞社、一九九八年)
「混住社会論」106  黄 春明『さよなら・再見』(めこん、一九七九年)
「混住社会論」105  日影丈吉『内部の真実』(講談社、一九五九年)
「混住社会論」104  ウェイ・ダーション『セデック・バレ』(マクザム+太秦、二〇一一年)
「混住社会論」103  松本健一『エンジェル・ヘアー』(文藝春秋、一九八九年)
「混住社会論」102  村上春樹『羊をめぐる冒険』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」101  赤坂真理『ヴァイブレータ』(講談社、一九九九年)
「混住社会論」100  中上健次『日輪の翼』(新潮社、一九八四三年)
「混住社会論」99  多和田葉子『犬婿入り』(講談社、一九九三年)
「混住社会論」98  本間洋平『家族ゲーム』(集英社、一九八二年)
「混住社会論」97  黒岩重吾『現代家族』(中央公論社、一九八三年)
「混住社会論」96  近藤ようこ『ルームメイツ』(小学館、一九九七年)
「混住社会論」95  鎌田敏夫『金曜日の妻たちへ』(角川文庫、一九八五年)
「混住社会論」94  山田太一『岸辺のアルバム』(東京新聞社、一九七七年)
「混住社会論」93  小島信夫『抱擁家族』(講談社、一九六五年)と『うるわしき日々』(読売新聞社、一九九七年)
「混住社会論」92  佐藤洋二郎『河口へ』(集英社、一九九二年)
「混住社会論」91  佐藤泰志『海炭市叙景』(集英社、一九九一年)
「混住社会論」90  梶山季之『夢の超特急』(光文社カッパノベルス、一九六三年)
「混住社会論」89  岩瀬成子『額の中の街』(理論社、一九八四年)
「混住社会論」88  上林暁『武蔵野』(現代教養文庫、一九六二年)島田謹介『武蔵野』(暮しの手帖社、一九五六年)
「混住社会論」87  徳富蘆花『自然と人生』(民友社、一九〇〇年)と『みみずのたはこと』(新橋堂、一九〇七年)
「混住社会論」86  佐藤春夫『田園の憂鬱』(新潮社、一九一九年)と『都会の憂鬱』(同前、一九二三年)
「混住社会論」85  『東京急行電鉄50年史』(同社史編纂委員会、一九七二年) 『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」84  『萩原朔太郎写真作品 のすたるぢや』(新潮社、一九九四年)
「混住社会論」83  谷崎潤一郎『痴人の愛』(改造社、一九二五年)
「混住社会論」82  三浦朱門『武蔵野インディアン』(河出書房新社、一九八二年)
「混住社会論」81  大岡昇平『武蔵野夫人』(講談社、一九五〇年)
「混住社会論」80  国木田独歩『武蔵野』(民友社、一九〇一年)
「混住社会論」79  水野葉舟『草と人』(植竹書院、一九一四年、文治堂書店、一九七四年)
「混住社会論」78  小田内通敏『帝都と近郊』(大倉研究所、一九一八年、有峰書店、一九七四年) 『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」77  『都市から郊外へ―一九三〇年代の東京』(世田谷文学館、二〇一二年)
「混住社会論」76  『宝塚市史』(一九七五年)と『阪神間モダニズム』(淡交社、一九九七年)
「混住社会論」75  小林一三『逸翁自叙伝』(産業経済新聞社、一九五三年)と片木篤・藤谷陽悦・角野幸博編『近代日本の郊外住宅地』(鹿島出版会、二〇〇〇年)
「混住社会論」74  柳田国男『明治大正史世相篇』(朝日新聞社、一九三一年)と山口廣編『郊外住宅地の系譜』(鹿島出版会、一九八七年)
「混住社会論」73  柳田国男『都市と農村』(朝日新聞社、一九二九年)
「混住社会論」72  内務省地方局有志『田園都市と日本人』(博文館一九〇七年、講談社一九八〇年)
「混住社会論」71  ローラン・カンテ『パリ20区、僕たちのクラス』(ミッドシップ、二〇〇八年)とフランソワ・ベゴドー『教室へ』(早川書房、二〇〇八年)
「混住社会論」70  マブルーク・ラシュディ『郊外少年マリク』(集英社、二〇一二年)
「混住社会論」69  『フランス暴動 階級社会の行方』(『現代思想』二〇〇六年二月臨時増刊、青土社)
「混住社会論」68  ディディエ・デナンクス『記憶のための殺人』(草思社、一九九五年)
「混住社会論」67  パトリック・モディアノ『1941年。パリの尋ね人』(作品社、一九九八年)
「混住社会論」66  ジャン・ヴォートラン『グルーム』(文春文庫、二〇〇二年)
「混住社会論」65  セリーヌ『夜の果ての旅』(原書一九三二年、中央公論社、一九六四年)
「混住社会論」64  ロベール・ドアノー『パリ郊外』(原書一九四九年、リブロポート、一九九二年)
「混住社会論」63  堀江敏幸『郊外へ』(白水社、一九九五年)
「混住社会論」62  林瑞枝『フランスの異邦人』(中公新書、一九八四年)とマチュー・カソヴィッツ『憎しみ』(コロンビア、一九九五年)
「混住社会論」61  カーティス・ハンソン『8Mile』(ユニバーサル、二〇〇二年)と「デトロイトから見える日本の未来」(『WEDGE』、二〇一三年一二月号)
「混住社会論」60  G・K・チェスタトン『木曜の男』(原書一九〇八年、東京創元社一九六〇年)
「混住社会論」59  エベネザー・ハワード『明日の田園都市』(原書一九〇二年、鹿島出版会一九六八年)
「混住社会論」58  『日本ショッピングセンターハンドブック』と『イオンスタディ』(いずれも商業界、二〇〇八、〇九年)
「混住社会論」57  ビクター・グルーエン『ショッピングセンター計画』『都市の生と死』(いずれも商業界、一九六九、七一年)
「混住社会論」56  嶽本野ばら『下妻物語』(小学館、二〇〇二年)
「混住社会論」55  佐伯一麦『鉄塔家族』(日本経済新聞社、二〇〇四年)
「混住社会論」54  長嶋有『猛スピードで母は』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」53  角田光代『空中庭園』(文藝春秋、二〇〇二年)
「混住社会論」52  宮沢章夫『不在』(文藝春秋、二〇〇五年)
「混住社会論」51  吉本由美『コンビニエンス・ストア』(新潮社、一九九一年)と池永陽『コンビニ・ララバイ』(集英社、二〇〇二年)
「混住社会論」50  渡辺玄英『海の上のコンビニ』(思潮社、二〇〇〇年)
「混住社会論」49  いがらしみきお『Sink』(竹書房、二〇〇二年)
「混住社会論」48  佐瀬稔『金属バット殺人事件』(草思社、一九八四年)と藤原新也『東京漂流』(情報センター出版局、一九八三年)
「混住社会論」47  山本直樹『ありがとう』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」46  重松清『定年ゴジラ』(講談社、一九九八年)
「混住社会論」45  ジョン・ファウルズ『コレクター』(白水社、一九六六年)
「混住社会論」44  花村萬月『鬱』(双葉社、一九九七年)
「混住社会論」43  鈴木光司『リング』(角川書店、一九九一年)
「混住社会論」42  筒井康隆『美藝公』(文藝春秋、一九八一年)
「混住社会論」41  エド・サンダース『ファミリー』(草思社、一九七四年)
「混住社会論」40  フィリップ・K・ディック『市に虎声あらん』(平凡社、二〇一三年)
「混住社会論」39  都築響一『ROADSIDE JAPAN 珍日本紀行』(アスペクト、一九九七年)
「混住社会論」38  小林のりお と ビル・オウエンズ
「混住社会論」37  リースマンの加藤秀俊 改訂訳『孤独な群衆』(みすず書房、二〇一三年)
「混住社会論」36  大場正明『サバービアの憂鬱』(東京書籍、一九九三年)
「混住社会論」35  ジョージ・A・ロメロ『ゾンビ』(C-Cヴィクター、一九七八年)
「混住社会論」34  エドワード・ホッパーとエリック・フィッシュル
「混住社会論」33  デイヴィッド・リンチ『ブルーベルベット』(松竹、一九八六年)
「混住社会論」32  黒沢清『地獄の警備員』(JVD、一九九二年)
「混住社会論」31  青山真治『ユリイカ EUREKA』(JWORKS、角川書店、二〇〇〇年)
「混住社会論」30  三池崇史『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(大映、一九九五年)
「混住社会論」29  篠田節子『ゴサインタン・神の座』(双葉社、一九九六年)
「混住社会論」28  馳星周『不夜城』(角川書店、一九九六年)
「混住社会論」27  大沢在昌『毒猿』(光文社カッパノベルス、一九九一年)
「混住社会論」26  内山安雄『ナンミン・ロード』(講談社、一九八九年)
「混住社会論」25  笹倉明『東京難民事件』(三省堂、一九八三年)と『遠い国からの殺人者』(文藝春秋、八九年)
「混住社会論」24  船戸与一「東京難民戦争・前史」(徳間書店、一九八五年)
「混住社会論」23  佐々木譲『真夜中の遠い彼方』(大和書房、一九八四年)
「混住社会論」22  浦沢直樹『MONSTER』(小学館、一九九五年)
「混住社会論」21  深作欣二『やくざの墓場・くちなしの花』(東映、一九七六年)
「混住社会論」20  後藤明生『書かれない報告』(河出書房新社、一九七一年)
「混住社会論」19  黒井千次『群棲』(講談社、一九八四年)
「混住社会論」18  スティーヴン・キング『デッド・ゾーン』(新潮文庫、一九八七年)
「混住社会論」17  岡崎京子『リバーズ・エッジ』(宝島社、一九九四年)
「混住社会論」16  菊地史彦『「幸せ」の戦後史』(トランスビュー、二〇一三年)
「混住社会論」15  大友克洋『童夢』(双葉社、一九八三年))
「混住社会論」14  宇能鴻一郎『肉の壁』(光文社、一九六八年)と豊川善次「サーチライト」(一九五六年)
「混住社会論」13  城山三郎『外食王の飢え』(講談社、一九八二年)
「混住社会論」12  村上龍『テニスボーイの憂鬱』(集英社、一九八五年)
「混住社会論」11  小泉和子・高薮昭・内田青蔵『占領軍住宅の記録』(住まいの図書館出版局、一九九九年)
「混住社会論」10  ウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(河出書房新社、一九五九年)
「混住社会論」9  レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』(早川書房、一九五八年)
「混住社会論」8  デイヴィッド・ハルバースタム『ザ・フィフティーズ』(新潮社、一九九七年)
「混住社会論」7  北井一夫『村へ』(淡交社、一九八〇年)と『フナバシストーリー』(六興出版、一九八九年)
「混住社会論」6  大江健三郎『万延元年のフットボール』(講談社、一九六七年)
「混住社会論」5  大江健三郎『飼育』(文藝春秋、一九五八年)
「混住社会論」4  山田詠美『ベッドタイムアイズ』(河出書房新社、一九八五年)
「混住社会論」3  桐野夏生『OUT』後編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」2  桐野夏生『OUT』前編(講談社、一九九七年)
「混住社会論」1