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古本夜話551 国民図書『現代戯曲全集』と仲木貞一

前回、前々回と続けて、大正末期から昭和円本時代にかけて近代社と新潮社の『近代劇大系』、同じく近代社『古典劇大系』『世界戯曲全集』、第一書房『近代劇全集』が連鎖するように刊行されたことを既述しておいた

(『近代劇大系』)(『世界戯曲全集』)

このような活発な戯曲全集の相次ぐ出版は、本連載205「金子洋文『投げ棄てられた指輪』と新潮社『現代脚本叢書』」でクロニクルとして示しておいた、大正時代の多くの劇団や試演会の創立とパラレルに企画されていったと考えていい。それはまた日本近代における空前の新劇ブームを反映するものだった。

しかも前述した四つの大系や全集に先駆けて、大正十三年から国民図書の『現代戯曲全集』全二十巻も出されていた。これも『日本近代文学大事典』にラインナップも示され、立項されているので、まずそれを引いてみる。

 坪内逍遥から大正末までの先進、新進の戯曲家の作品中、すでに舞台に上演されたものを中心に編まれたもの(まだ上演されていないものも若干含まれている)。編集者は、岡本綺堂、中村吉蔵、菊池寛、山本有三、仲木貞一の五人。実務の推進にもっとも努力したのは仲木貞一、国民図書株式会社は麹町区幸町一丁目六にあり、発行者は中塚栄次郎。どの巻にも作者の小伝と最初の上演および著作目録、跋文などが掲げられていて便利。

実はたまたまこの『現代戯曲全集』は全巻を入手していて、確かのそのような構成で、しかも菊判布装、函入六百から七百ページに及ぶ大冊である。その理由を先に記しておくと、この全集は本連載105で言及した国民文庫刊行会の鶴田久作の流れを引く大冊の予約出版システムを導入していたからだ。国民図書の中塚については以前に「中塚栄次郎と国民図書株式会社」(『古本探究2』所収)を書いているが、中塚には『欧米の物心両面に触れて』(ジャパン・マガジーン社、昭和十四年)という著書がある。それによれば、中塚は年少にして渡米し、帰国してから鶴田と共同で、予約出版物の外交販売を手がけ、成功したのだが、意見の衝突が起き、分かれてしまった。それで中塚は国民図書を興し、同じ予約出版システムを独力で展開するようになり、そのひとつが『現代戯曲全集』だったのである。
古本探究2

その他には『泡鳴全集』『福沢全集』『校註国歌大系』などが出されているのだが、全出版物は把握するに至っていない。中塚はコロンビア大学出身と称していたらしく、後に東京市会議員となり、政治にのめりこみ、昭和五、六年に出版から手を引いたと推測される。なお中塚とその予約出版システムの実態などは、小川菊松の『出版興亡五十年』や原田三夫の『思い出の七十年』でもふれられているので、そのさらなる詳細は拙稿を参照されたい。
出版興亡五十年思い出の七十年

されこれで出版者とそのアウトラインは提出できたはずだが、まだ実質的編集者とされる仲木貞一のことが残っている。実は仲木はすでに本連載113「藤沢親雄、横山茂雄『聖別された肉体』、チャーチワード『南洋諸島の古代文化』」で紹介していて、この南洋にムー大陸があったとする『南洋諸島の古代文化』(岡倉書房、昭和十七年)の訳者なのだ。そして藤沢と同様に日ユ同祖論者で、これは藤原明『日本の偽書』(文春新書)にも述べられているように、岩手県戸来村にキリストがきていたという『キリスト日本往来記』という映画をも製作している。
日本の偽書

しかしまだ大正時代には演劇の近傍にいたようで、仲木は『日本近代文学大事典』でも次のように立項されている。

 仲木貞一 なかぎていいち 明治一九・九・一一〜昭和二九・四・二六(1886〜1954)劇作家。金沢の生れ。父は長州の人。早大英文科卒。はじめ読売新聞記者。大正三年芸術座の舞台主任。六年には新国劇の座付き作者となる。のちに東京中央放送局、松竹シネマに関係、一二年からは日本大学講師となった。(後略)

この演劇史から想像するに、仲木は大正二年に島村抱月が設立した芸術座に入り、やはりそこにいた沢田正二郎が同六年に旗揚げした新国劇に加わったが、十三年に沢田が亡くなったことで、そこから離れる。そして抱月も七年に病没し、芸術座も解散していたが、その芸術座の運営に献身した中村吉蔵の関係から、仲木の戯曲の収録ばかりでなく、編集も依頼され、『現代戯曲全集』の仕事に携わることになったのではないだろうか。もちろんそれらの詳細はつかめないけれども。ちなみに中村は第四巻を一人で占め、仲木は第十四巻に秋田雨雀、藤井真澄と三人で一巻を分け合っている。

そのような組み合わせで、異色の巻の印象を与えるのは第十八巻である。この巻は坪内逍遥、長谷川時雨、右田寅彦、岡村柿紅、中内蝶二、岡鬼太郎、山崎紫紅、坪内士行、生田葵、久松一声、佐川一郎、勝本清一郎、楳茂郡陸平の十三人からなるもので、坪内逍遥は別格としても、大正時代の演劇や戯曲の裾野というか、様々な新進劇作家の登場がうかがわれるように思う。

また手元にこれも先に挙げた新潮社の「現代脚本叢書」第三集として、大正十年刊の谷崎潤一郎の三作からなる『法成寺物語』があるのだが、これらはやはり谷崎で一冊を占める第六巻に収録されていることからすれば、三年ほどで『現代戯曲全集』へと吸収されてしまったことになる。何らかのバーターということだったのだろうか。円本時代に先駆ける予約出版システムの編集の内実は本当にわからないことが多い。

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