出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル96(2016年4月1日〜4月30日)

出版状況クロニクル96(2016年4月1日〜4月30日)

16年3月の書籍雑誌の推定販売金額は1816億円で、前年比3.4%減。

書籍は1063億円で、同2.5%減、雑誌は753億円で、同4.7%減。

雑誌のうちの月刊誌は630億円で、同3.6%減、週刊誌は123億円で、9.9%減だが、3月は送品稼働日が前年より1日多かったことで、小幅なマイナスになっている。

返品率は書籍が27.0%、雑誌は39.0%。

16年四半期販売金額は4331億円、前年比2.6%減とマイナスは近年と比べ、小さくなっている。

しかし本クロニクルとしては、5月連休明けからその反動がおきるのではないかと予測していたが、そこに熊本地震が出来してしまった。これも出版業界にどのような影響と波紋をもたらしていくのだろうか。

『出版状況クロニクル3』でも東日本大震災と原発事故にふれ、浜岡原発の被災距離内に居住しているので、私も同じ環境にあることを記しておいたが、熊本地震もそのような思いをあらたにした。

まだ今年は半分にも至っていない。出版業界のみならず、日本社会はどこに向かっているのだろうか。
出版状況クロニクル3


1.『出版月報』(3月号)が特集「文庫マーケットレポート2015」を組んでいるので、その「文庫マーケット」の推移を示す。

■文庫マーケットの推移
新刊点数推定販売部数推定販売金額返品率
(増減率)万冊(増減率)億円(増減率)
19954,7392.6%26,847▲6.9%1,396▲4.0%36.5%
19964,718▲0.4%25,520▲4.9%1,355▲2.9%34.7%
19975,0577.2%25,159▲1.4%1,3590.3%39.2%
19985,3375.5%24,711▲1.8%1,3690.7%41.2%
19995,4612.3%23,649▲4.3%1,355▲1.0%43.4%
20006,09511.6%23,165▲2.0%1,327▲2.1%43.4%
20016,2412.4%22,045▲4.8%1,270▲4.3%41.8%
20026,155▲1.4%21,991▲0.2%1,293 1.8%40.4%
20036,3733.5%21,711▲1.3%1,281▲0.9%40.3%
20046,7415.8%22,1352.0%1,3132.5%39.3%
20056,7760.5%22,2000.3%1,3392.0%40.3%
20067,0253.7%23,7987.2%1,4165.8%39.1%
20077,3204.2%22,727▲4.5%1,371▲3.2%40.5%
20087,8096.7%22,341▲1.7%1,359▲0.9%41.9%
20098,1434.3%21,559▲3.5%1,322▲2.7%42.3%
20107,869▲3.4%21,210▲1.6%1,309▲1.0%40.0%
20118,0101.8%21,2290.1%1,3190.8%37.5%
20128,4525.5%21,2310.0%1,3260.5%38.1%
20138,4870.4%20,459▲3.6%1,293▲ 2.5%38.5%
20148,5741.0%18,901▲7.6%1,213▲ 6.2%39.0%
20158,514▲1.2%17,572▲7.0%1,140▲ 6.0%39.8%

[「文庫マーケットの推移」は前年ほどではないにしても、やはり2年続きの大きなマイナスで、新刊点数はほぼ横ばいだが、販売部数は1億7572万冊、販売金額も1140億円と、この20年間で最悪のところまで落ちこんでしまっている。

このまま推移すれば、17年には1000億円を割ってしまうこともありうるだろう。12年まで急成長してきたライトノベルも、15年は212億円、5.8%減と3年連続のマイナスとなっている。

『出版状況クロニクル4』で、学研ホールディングスのリストラに伴う学研M文庫の廃刊に関して、同文庫が1500点ほど刊行するに至っても利益を上げておらず、赤字だったことから廃刊へと追いやられたのではないかとレポートしておいた。

それは学研M文庫だけでなく、他の文庫にも共通しているはずで、本来ならば、文庫は既刊本の重版率が高く、ロングセラーによって支えられていることで利益を生み出す仕組みになっている。

しかし現在の「文庫マーケット」もまた単行本と同様に、新刊依存度が高くなり、雑誌と変らない構造へと推移して久しい。それゆえに、15年の新刊の8514点の多くが返品されれば、既刊本注文として「文庫マーケット」へと再出荷されていく比率は低くなり、断裁の憂き目にあっていると考えるしかない。それは販売部数が20年間で1億冊マイナスとなっているにもかかわらず、返品率がまったく改善されていないことにも示されている。

2016年に入って、本クロニクルで雑誌とコミックの推移も見てきているが、文庫は雑誌とコミックに続いて、書店売上の大きなシェアを占めている。トーハンの15年「書店経営の実態」の「売上高構成比」の「総平均」によれば、雑誌とコミックスで51.1%、文庫11.9%であり、この3分野の占める売上高シェアは63%に及んでいることになる。

そのいずれも分野も大きな落ちこみを見せているわけだから、現在の書店市場がどのような状態にあるのかはいうまでもないだろう]

2.高知の興文堂書店が破産、負債は5億円。

 興文堂書店は取次の高知出版販売の関連会社として書店運営を目的に設立され、1996年頃は高知県にチェーン展開し、売上高15億円を計上していた。

 またそれに先立ち、1958年設立の高知出版販売も破産申請、負債は5億2000万円。

[太洋社の自己破産が興文堂書店と高知出版販売にも及んだことになる。太洋社の高知出版販売への売掛金は4億4000万円。

太洋社の社史ともいえる『大海原―さらなる発展に向けて』の中に、四国太洋会の隅田遼介会長(高知出版販売株式会社)の次のような発言が引かれている。

「太洋社とわたしの店が、取引をはじめたのは、わたしの先代の時代のことですので、そのきっかけとか、当時のエピソードなどについては、残念ながらよくわかりませんね。(後略)」

同書には1954年高知出張所開設、翌年高松出張所開設、68年第一回四国太洋会を開催とあるので、太洋社は四国エリアの取引を高知出版販売とともに推進し、発展させてきたことになろう。おそらく高知出版販売は、四国の小書店やスタンドなどと太洋社を結ぶ中取次のような位置にあったと思われる。

そしてその高知出版販売が興文堂書店を展開するに当たっても、太洋社が要を占めていたことは明白で、太洋社が倒れれば、当然のことながら、高知出版販売も興文堂書店も同じ破産という道をたどるしかなかったのである]
『大海原―さらなる発展に向けて』

3.大阪屋と栗田出版販売が合併し、「大阪屋栗田―OaK(オーク)出版流通―」として発足。

[あらためてその「経営執行体制」としての「取締役・監査役」を確認すると、元大阪屋は「取締役執行役員」の二人だけで、栗田はいない。あとは社長を始め、講談社、楽天、KADOKAWA、小学館、DNP、集英社、日販で占められている。

「経営執行体制」は増資に応じた大手出版社や楽天に移行し、流通とロジスティックスの現場は旧大阪屋と栗田に引き継がれたことになるのだろう。

しかし気になるのは発足とほぼ同時に起きた熊本地震で、大阪屋の九州シェアは高くなかったけれど、栗田は『栗田出版販売七十五年史』などに見られるように、かつてかなり大きい九州支店を有していた。旧栗田帳合書店も被災したかもしれない。

『新文化』(4/21)が熊本市などの被害書店に関して、レポートしているが、日販とトーハンだけでも100店近くに及んでいるようだ。なお取協によれば、4月21日現在で、43店が休業中という。

その一方で、出版協の前会長の高須次郎が『新文化』(3/17)で述べているように、出版協会員各社の返品が再生債権を超える金額になってしまったところも出てきている。またそれは出版協よりも中堅クラスの版元のほうが、さらに上回る事態であるとされている。
大阪屋栗田は、このような「出版社が事実上、債権額以上に自社の返品を買い取らされるという、“悪しき前例”を残した」ことによって発足したことを忘れるべきではない]

4.東京都書店商業組合の組合数が400店を割り、395店となる。

[『出版状況クロニクル4』で、日書連加盟の書店数の推移は2012年までたどってきている。

それを見ると、東京の場合、1990年は1401店、2012年は529店で、90年に比べれば何と1000店が閉店し、消えてしまったことになる。これは東京の25年において、非加盟店を含めれば、毎週1店が廃業していった事実を示しているし、出版物売上高の1997年からのマイナスとリンクしていることは疑いを得ない。

このような状況は規模のちがいはあるにしても、全国各地に起きていた光景に他ならず、それは紛れもなく、出版物売上高の絶えざる減少と重なっているのである]

5.ユニーはショッピングセンターのアピタ、ピアゴのインショップ夢屋書店57店のうちの36店を、日販グループの新会社Y・space に譲渡すると発表。夢屋書店事業部は廃止。

[夢屋書店は1985年に発足し、レンタルなどの複合店も手がけてきたが、今回の店舗譲渡と事業部廃止は、結局のところ、ユニーグループの書店事業からの撤退を意味していよう。

そして例によって日販が「囲い込む」という、毎月のように起きている取次による書店のM&Aチャートを見せつけるのである。

私が買物に出かけているピアゴにも小さな一店があるけれど、それはどうなるのだろうか]

6.丸善CHIホールディングスの決算が出された。

 その丸善ジュンク堂、TRC、丸善雄松堂、丸善出版の連結業績は売上高1751億円、前年比3.7%増、営業利益22億円、同17.3%増、当期純利益10億円、同21.4%増の増収増益。

 その内訳は図書館、大学向け文教市場販売事業が595億円と前年並だが、外国雑誌などの収益増加で、営業利益18億円、同15.8%増。

 店舗、ネット販売事業は752億円、同1.7%増だが、新規開店や店舗改装費用で営業損失3億3500万円。

 図書館サポート事業は206億円、同7.3%増、営業利益21億円、同6.2%増。出版事業は45億円、同3.0%減、営業利益は3億円、同10.3%減。

 店舗などの企画、設計、デザインといった「その他」は151億円、同33.8%増、営業利益7億円、同99.8%増。

[五つの事業のうち、赤字であるは店舗、ネット販売、すなわち他ならぬ丸善ジュンク堂で、名古屋本店など9店を開店、パピエ田無店など8店を閉店した結果、前年の6400万円を上回る3億円強の営業損失を計上したことになる。

出店と閉店を繰返す中で、赤字が積み上がっていく丸善ジュンク堂の実体、バブル大型店の現在が映し出されている。おそらくそれらを支える取次も同様であることをも]

7.日販のグループ会社のダルトンが、東急自由が丘駅に「DULTON JIYUGAOKA」を開店。

 売場面積は100坪、4フロア展開で、家具や雑貨を中心とし、カルチャーやアート関連の洋書古本4000冊、新刊和書400冊を並べ、ビールやコーヒーも飲める。ダルトンとしては渋谷や心斎橋などの6店を出しているが、「リノベーショングループ」の協力も得て、「DULTON JIYUGAOKA」を旗艦店と位置づけている。

 それに合わせ、『文化通信』(4/25)が日販の「リノベーショングループ」を特集している。これは15年に書店の場所の価値を高めることを目的とし、店作りをサポートする「企画部隊」で、仮想本屋ブランド「YOURS BOOK STORE(ユアーズブックストア)」をコアとする。
 実際に手がけてきたのは、あゆみBOOKSの「文禄堂」リニューアル化、「雑貨ハウス」「アウトドアリーディング」「BOOK ROUTE(ブックルート)」で、カフェ、イベント、雑貨などを加えた「書店価値、本の価値」を追求し、「人と本の接点をデザイン」していくとされる。

[取次が出版物の流通販売からテイクオフし、新しい地平に向かっているように見えるけれど、これは日販のTSUTAYA化のようにも映る。

『日経MJ』(3/30)がCCC=TSUTAYA特集を組み、そこで増田宗昭社長にインタビューし、「CCCは顧客が何を求めているかを考える企画会社」「CCCの最大の原則は顧客中心主義」「本屋はライフスタイルを提案する場所」との言を紹介している。そのようにして、代官山T‐SITE、公共図書館、蔦屋家電なども手がけてきたと。
先の「リノベーショングループ」のモチーフも、基本的には「企画会社」による「本屋はライフスタイルを提案する場所」というコンセプトから発想されていると見ていい。
しかし『日経MJ』はCCCが「企画会社」として新事業の種をまいている代官山T‐SITE、図書館、家電店にしても赤字と見られ、5月には枚方市に百貨店開業を控え、それらが打ち上げ花火に終わるのか、「企画会社」の力がためされているとレポートしている。

取次の手がける新しい事業も同じく、そのような危惧を孕んで進行しているように思われてならない。

これから大型店は縮小を迫られることが必然で、それに向けたプロジェクトの一環であろうが、CCCのようにフランチャイズシステムを導入することは困難だと考えられるし、本当に『文化通信』の見出しではないけれど、「日販リノベーショングループのこれから」の行方はどうなるだろうか]

8.これも『日経MJ』(4/10、4/22)が続けて、「セブン&アイHD鈴木会長突然の交代劇」に関して、「不信増大『お家騒動』」、「井阪体制4つの疑問」という大見出しでの特集を組んでいる。

 前者では「セブン&アイHD鈴木会長の足跡」も掲載され、1963年の東販からのイトーヨーカ堂への転職、71年のアメリカでのセブンイレブンの発見、74年のセブン‐イレブン1号店出店、80年の1000店達成、2003年の1万店達成などを追い、「コンビニという日本の経済・社旗に欠かせない流通インフラ」をもたらした鈴木の軌跡をたどっている。

 後者ではポスト鈴木体制への予測が示され、そのひとつとして、「オムニは重荷?」が挙げられている。それによれば、鈴木体制の崩壊により、インターネットと実店舗を融合させる「オムニチャンネル戦略」の先行に暗雲が漂ってきたとされる。昨年11月のオムニチャンネル戦略の第一弾として、グループ横断の通販サイトを開設し、180万品目をセブンイレブンなどで無料で受け取り、返品できることにした。しかし現状ではアマゾンの後塵を拝し、足元の数字は公表していないが、スタート当初の勢いは失われている。セブン&アイはオムニチャンネル戦略に1000億円を投じる計画だったが、井阪体制では難しいのではないかと見られている。

 [出版業界プロパーの出来事ではないけれど、鈴木敏文は隠れたる出版業界のキーパーソンであったように思われる。現実的に東販とセブンイレブンの結びつき、その後のトーハン役員への就任、トーハンとセブン&アイの接近、トーハンのオムニチャンネル参加にしても、鈴木の存在を抜きにしては語れないだろう。それに昨年の池袋西武からのリブロ撤退にしても、鈴木の意向があったとも伝えられている。

ただそれら以上に、出版業界と鈴木の関係は深く、私はかなり前から、セブンイレブンと全国多店舗システムの原型は、取次と書店の関係に求められるのではないかと考えていた。さらにそれに買切制とフランチャイズシステムを結びつけたのではないかと。

このことをかつて『出版状況クロニクル1』に記したところ、東販時代に鈴木の部下だった人物から連絡が入り、そのとおりだという証言も得ている。

確かにコンビニは日本の経済や社会を変えてしまう産業と化したが、それには出版業界がもたらした影響も含め、コンビニエンスに伴うダークな側面も拭い切れない。

今回の出来事も対岸の火事のように映るが、セブン&アイにおける鈴木体制の崩壊は、忘れた頃になって出版業界に大きな津波のようなものをもたらすかもしれない]

9.KADOKAWAはアメリカで日本のマンガやライトノベルなどの英語出版を行う新会社に、投資会社を通じ、51%出資とする。

 新会社アシェットグループのYen Press 事業部門から分社化されるYen Press,LLCである。YPはマンガ、ライトノベルに特化する英語出版事業としては北米第2位の規模で、ニューヨークを拠点として、日本原作の英語作品、アシェットグループやディズニー、韓国やYPオリジナルの作品も手がけている。

それに伴い、アニメ配信最大手のクランチロールとKADOKAWAアニメ作品の海外向け配信の包括許諾、北米におけるKADOKAWAの出版事業へのマーケティング協力などを含む戦略的提携に基本合意した。

[本クロニクルでも「クールジャパン」に象徴される日本のコミックやアニメの海外進出にふれてきたし、同94でもアニメイトやKADOKAWAなどが設立したタイのアニメイトJHAを取り上げたばかりだ。

しかしこれらの先行するアメリカ、フランス、中国などへの進出は、その立ち上がりは華々しく伝えられるが、いつの間にか立ち消えになってしまった印象が強い。今回のKADOKAWAの現地資本との提携、直接出資戦略はどうなるであろうか]

10.『新文化』(4/7)が「取次2社の破綻で分かったこと」と題して、PHP研究所の清水卓智社長にインタビューしている。要約してみる。

栗田と太洋社の対応は当事者意識が欠落し、破綻の噂が先行していたにもかかわらず、その時点で説明責任を果たさず、倒産という結果になってしまった。それに加え、出版社も書店も当事者としてどのように対応していくかという危機感が足りなかった。

当社の場合、太洋社の噂が出始めた昨年の夏頃、太洋社に数千万円の債権があったが、松下正幸会長から、「自社の本を回収すること、書店も商品をもっていたら支払いに困るし、返品したほうが三者の傷が浅くなる」といわれた。これが当たり前の対応だと後に認識したが、結果として実行できず、傷を深くしてしまった。

太洋社への出荷も続けたのは、努力している書店に対して、噂の段階で出荷を止めることは商道徳に適っていないのではないかと考えたこと、当事者としての出版社ができることは出荷数を最小限に抑え、これまで通り出荷することだけだった。

代金を回収して初めて仕事が完結するというのが経営の原則だが、出版社は書店からの回収を取次に委ねているので、商売そのものが見えず、自分も分からなかった。

それが委託制度の難しいところで、委託制を否定するものではないし、それによって多種多様な出版物が生まれ、日本の知的水準も保たれてきた。しかしこれからもこの委託制度を同じように運用して大丈夫なのか、返品率もこのままでいいのかと不安を感じている。
出版社の社長となって一番分からないのは、書店からの注文品でも返品があることで、委託と注文の区分けがなく、それに応じた取引条件による商いをすべきだ。

それに応えるために、出版者は書店が買い取ってもいいという商品をつくるべきであり、それは読者の感性に訴えられるような本でなければならず、そのリスクを負って出版する覚悟が必要だ。

当社もピーク時の2000年には新刊点数1100点、売上高210億円だった。2050年には売上高500億円という構想で、新刊点数を増やしてきたが、09年にとんでもない赤字決算を計上した。それで会長がトップにつき、大鉈を振るい、すべてのウミを出した。その結果、次期から黒字転換し、15年は新刊点数は700点弱、売上高は146億円となっている。

PHPがスタートしたのは1946年だが、取次口座を開設したのは初めて書籍を刊行した72年で、それまでは直販だったことから、現在でも生協ルートなどを始めとする直販売上が40億円ほどある。出版社や書店はそれぞれにデジタル化や複合化などといった事業内容を変えてきたが、栗田や太洋社は変えるだけの資力がなかったためか、取次という業態から脱皮できないまま終わってしまったのではないか。

[この清水社長がどのような人物なのか、まったく知らない。だが業界臭もなく、取次も含め、率直に現在の出版業界の根本的な問題を語っていて、まさに書協こそは傾聴すべきだと思われる。もちろん異論もあるけれども、PHPが出版の正論を唱える時期を迎えているのだ。

このインタビューを取り上げたのは、まだ複数の確認はできていないが、大手ビジネス出版社がファンドに買収されたとの話も入ってきたからで、ビジネス書出版社も様々な岐路に立たされていると思われるからだ]

11.岩崎学術出版社がミネルヴァ書房の子会社化となる。

[先月の本クロニクルで、昭和堂のミネルヴァ書房子会社化を伝えたばかりだが、それに岩崎学術出版社も続いたことになる。

岩崎学術出版社は、岩崎書店の社史を兼ねる『追想 岩崎徹太』の中に記されているように、1965年にその子会社として設立されている。1970年代に「現代精神分析双書」全20巻が出されていて、その中のライヒ『性格分析』やビンスワンガー『フロイトの道』などを読んだことを思い出す。しかしこれらは版権の関係もあり、そのまま引き継がれていくようには思われない。

同時期に、同じ岩崎書店の子会社として設立された岩崎美術社のほうはどうなったのだろうか。数年前に古本屋で特価本として出されていた「美術名著選書」を十冊ほど買い求めているけれど、その後の消息は伝わっていない]

12.岩波書店の隔月雑誌『文学』が11月発行の11・12月号で休刊。発行部数の減少が続いているためとされる。

[『岩波書店七十年史』によれば、『文学』は『講座 日本文学』の「月報」を前身とし、1933年に月刊誌として創刊されているので、戦時中の休刊はあったものの、80年以上の長きわたり刊行されてきたことになる。

かつて私も一度だけ『文学』に出ている。それは2003年3・4月号の「昭和初年代を読む」特集で、学習院大学の山本芳明との「円本の光と影」と題する対談においてである。あれからすでに10年以上経ったのかとの感慨をもよおしてしまう。

その後山本は、類書のない『カネと文学』(新潮選書)を刊行するに至っている]
文学 カネと文学

13.『新文化』(3/24、3/31)に続けて、翻訳エージェントの大原ケイが「米アマゾンリアル書店出店の狙いと背景」「米国、『電子書籍』落ち込みの真相」を寄稿している。

 前者は15年11月にアマゾンの本社があるシアトルに開店した「アマゾンブックス」に関するレポートである。その150坪の店舗は郊外の大型商業施設の中にあり、顧客のレーティングやネット販売の売れ筋など、5000タイトルの書籍がすべて面陳、平積みされている。値札はなく、店内のプライスチェッカーに本をかざすか、自分のスマホのアプリで確認することになるが、通販と同額設定だとされる。店舗中央にはアマゾンの扱う「キンドル」などの電子機器のデモンストレーションコーナーが設けられている。

アマゾンは全国のモールに300〜400店舗を設ける予定ともされ、「アマゾンブックス」2号店はサンディエゴにというニュースも伝わってきている。その狙いは実店舗顧客データをネット書店で生かすこと、それに加え、優れた書店員の知識、アマゾンが抱える多くの自己出版の著者のサイン会の場所を確保することにあるという。

 後者は昨年の1月〜5月期電子書籍売上が前年比で1割減少したという全米出版者協会(AAP)の発表とその背景についてのレポートである。こちらは抽出要約してみる。

米国電子書籍市場はアマゾン「キンドル」1号機発売の2007年から14年の8年間で、急成長したが、AAPが10%マイナス、足踏み状態となったことを発表した。それを受け、マスコミはこぞって、「紙の本の巻き返し」「電子書籍の衰退」「独立系書店の復活」といった見出しを躍らせた。
だがその数字の背景にあるのは、次の3点である。
 ➀14年以来の大人向け塗り絵ブームが続き、例外的に紙の本ベストセラー頻度が高まったこと。

 ➁アップル社と司法省の間の電子書籍価格談合裁判で和解が成立し、大手出版社5社に2年間禁止されていた、出版社が電子書籍販売価格を決定する契約である「エージェンシーモデル」が復活し、アマゾンの赤字覚悟の新刊電子書籍の9.99ドルという安売りができなくなったこと。

 ➂米国は「DIY文化」が根強く、自費出版の「セルフ・パブリッシング」(自己出版)も盛んで、これを受け、アマゾンは自費出版サービス「キンドル・ダイレクト・パブリッシング」、それらを中心とする定額読み放題サービス「キンドル・アンリミティッド」、刊行前の作品の評価、編集作業を手助けするクラウド出版「キンドル・スカウト」に力を注いだ。しかしこれらの電子書籍売上はAAPに反映されておらず、全体的売上の把握が難しくなっている。

このような状況を背景として、独立系書店がそうであるように、出版社もアマゾンを敵視してはいない。アマゾンは顧客に対し、「安価な商品を取り揃え、便利なサービスを提供」すればいいが、出版社の顧客は「読者」と「著者」の両方である。「読者」のために本を安く設定すれば、部数は伸びるかもしれないが、安すぎれば「著者」に支払う印税が減る。それに出版社にとって出版とは、アイデアを広くいきわたらせる媒体機能を使い、その仲介者として報酬を受け取るビジネスで、紙の本という〈モノ〉を売っているという発想は最初からない。

エージェントやセールスレップなどの本の専門家が関わる大手出版社5社による紙、電子出版ビジネスは「プロリーグ」、自己出版の著者の本を安価に提供するアマゾンの出版ビジネスは「アマチュアリーグ」である。

 ただこのような電子書籍流通、格安な価格、読み放題サービス、誰もが著者になれる出版の新たなパラダイムの出現の中で、米国の出版社の進むべき道は、本づくりのプロフェッショナルの道を究める以外にない。アマゾンは「アマチュアリーグ」だとしても、「物流」を変革しようとするグローバル企業だし、その自己出版の中から、「プロリーグ」をしのぐ著者が現われ、電子書籍を後押し、「アマゾンブックス」の書籍に加わるケースも現出するかもしれない。そうなれば、米国の出版社もその存在意図を問われることになる。

[アメリカにおける昨年の電子書籍のマイナス報道の背景がよくわかるし、アマゾンと独立系書店、大手出版社のスタンス、ポジションの相違を啓蒙してくれるレポートとなっている。

このところ『出版ニュース』の「海外出版レポート」の「フランス」が竹内和芳名になってから、とても充実し、アクチュアルに読ませてくれる。彼は祥伝社の元社長で、出口裕弘門下として語学に通じていることによっているのだろう。それと同じ感触を大原レポートにも覚えたことを付記しておく]

14.『出版ニュース』(4/中)に、「朝日新聞デジタル本部」の肩書を付した林智彦の「だれが『本』を殺しているのか 統計から見る『出版不況論』のゆくえ」が掲載されている。林は日本出版学会員と思われるし、同誌に「Digital Publishing」を連載している。

  この長たらしいタイトル文を簡略に要約してみれば、次のような論旨になる。

  出版科学研究所の2015年統計に電子出版も加わったことで、電子出版の発展が裏付けられた。そのうちの電子書籍228億円と電子コミック1149億円を合わせて「電子書籍」1377億円、及び単行本と見なす「雑誌扱いの紙コミック」1919億円を、「紙の書籍」7419億円を加える。これが「紙+電子」の総合書籍市場であり、2015年総合書籍市場は1兆715億円で、前年比0.4%プラスとなる。同様のインプレス総研の試算、これみよがしの12 に及ぶ図表掲載や数字への疑問は省略。

  インプレス総研の電子書籍も参照すれば、この成長は19年まで右肩上がりで続いていく。それゆえに「紙+電子」という「国際基準」で総合書籍市場を見るならば、「紙だけ」の数字に基づく「出版不況」や「万年不況論」の時代は終わりに向かいつつある。

[まったく出鱈目な言説であるし、このような言説が「連載特別編」の新しい「書籍」定義、「今後の出版物統計の正しい『使い方』」として、日本出版学会の準機関誌と見なしていい『出版ニュース』の巻頭に掲載されたことに唖然とするばかりだ。ここには「査読」という概念すらもない。

その背景にある事実認識の間違いも甚だしいし、何よりも「出版不況」を唱えてきたのは、『朝日新聞』を始めとするマスコミ、『出版ニュース』などの業界紙である。私がその代表のようにほのめかされているが、私は一貫して「出版危機」といってきたのであり、自分の言葉として「出版不況」という言葉をまったく使っていない。それは本クロニクルを通読しただけでもわかるだろう。要するに、出版史にしても、出版流通システムにしても、何も読めていないし、理解してもいないのである。

出版科学研究所の統計は書籍と雑誌に分類されているが、それは両輪のような関係にあるからで、出版業界を総合的に考察するにあたっては、切り離して論じることはできない。そのようにして日本の出版業界は始まり、営まれてきたのである。そこに電子書籍が出現したからといって、その枠組を手前勝手に組み替えることは現在の出版状況をミスリードするだけである。

それに笑ってしまうのは、「雑誌扱いの紙コミック」を総合書籍に組み入れた根拠というのが、林の息子が『進撃の巨人』を雑誌としてではなく、「コミック単行本」として買っていること、またユネスコが策定した国際的定義「本とは表紙はページ数に入れず、本文が少なくとも49ページ以上からなる、印刷された非定期出版物」に基づいていることだ。林は「ここから考えても、コミック単行本が『書籍』であることは一目瞭然である」からだとしている。

もちろん読者が雑誌と書籍を区別していないのは当たり前だし、ユネスコの定義にしても、それがまったく間違っていることにはならない。しかしさらに補足すれば、出版科学研究所が、書籍と雑誌とに分類してきたのは、日本特有の出版状況、雑誌をベースとして始まった近代出版史、取次の流通配本と返品事情などを弁えているからである。

それは雑誌の場合、書籍とは異なり、定期的に発行され、部数も圧倒的に多く、雑誌コードを付して刊行されている。それはコミックもムックも同様であり、流通配本において、書籍と同一視できない要素を備えているので、雑誌に分類されているし、それは決して不合理ではない。また書籍にしても、小説に代表されるように、雑誌掲載をベースとして成立している。それが日本の出版の特殊性でもある。

それはコミックも同じで、出版科学研究所データが必ずコミックスとコミック誌をセットで統計処理しているように、コミックスは大半がコミック誌の連載から編まれていることにあり、両者は不可分なのだ。そして流通配本もそのようにして行われている。それゆえに「雑誌扱い紙コミック」にしても、その流れの中にある「電子コミック」にしても、それらの売上を「書籍」に組み入れることは恣意的で、ご都合主義的な操作でしかない。

そうした言説が、「今後の出版統計の正しい『使い方』」、「国際基準」の正論として通るようであれば、本クロニクルどころか、出版科学研究所や出版ニュース社の従来のデータ分析やその視座もまったく無効となるし、それは出版学会に関しても同様であろう。

またこの出鱈目な言説に重ねて、本クロニクルが批判した、もうひとつの永江朗の、やはり同じご都合主義的「出鱈目な発言」を擁護するという、「生産年齢人口」をめぐる詭弁的な発言もなされている。その二人の関係と事情はここでは言及しないが、このように文中に紛れて、的外れなご託宣と批判を述べるという、出版学会員と『出版ニュース』による私への対応は、2度目であることも付記しておく。

なお、これらの事情に関して、永江批判は本クロニクル94−8、「生産年齢人口」の出所と批判については同67−3、出版学会と『出版ニュース』と私の関係も、本ブログ内「柴野京子の『書棚と平台』を批評する」「続 柴野京子の『書棚と平台』を批評する」1同2同3 で、特に同4 で詳細を既述しているので、それらを参照されたい]
進撃の巨人 書棚と平台―出版流通というメディア

15.『出版状況クロニクル4』は700ページを超える大部なものとなり、刊行が遅れてしまい、5月中旬発売となる。

 私はこれも一貫してマスコミの出版報道、『出版ニュース』などの業界紙も批判してきたので、書評されることはないであろう。

 それでも少数の読者の手元に届き、ひとつの愚直な出版史として、真摯に読まれることを願う。

 なお今月の論創社HPの連載「本を読む」3 は〈知られざる貸本マンガ研究家〉です。よろしければ、のぞいて下さい。

出版状況クロニクル4

以下次号に続く。