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古本夜話702 二宮尊徳偉業宣揚会と『二宮尊徳全集』

 前回、『東亜連盟』の発売所が育生社で、その住所が『要説二宮尊徳新撰集』の二宮尊徳翁全集刊行会と同じであることから、両社は同じではないかとの推測を述べておいた。

 そこで『二宮尊徳全集』の戦前における出版を、書誌研究懇話会編『全集叢書総覧新訂版』に見てみた。すると、次のような刊行推移をたどっている。

1『二宮尊徳全集』 全三十六巻、二宮尊徳偉業宣揚会、昭和二年
2『解説二宮尊徳翁全集』 全六巻、其刊行会、昭和十二年
3『要説二宮尊徳新撰集』 全六巻、二宮尊徳翁全集刊行会、昭和十三年
4『解説二宮尊徳全集』 全六巻、其刊行会、昭和十四年

 なお4は「第三次」と付されているので、2とは異なる内容だと思われる。
 残念ながら、いずれも所持していないし、未見であるのだが、幸いなことに1の内容見本だけは入手しているので、それを紹介してみたい。いうまでもないけれど、『二宮尊徳全集』も円本時代に出されていて、この十八ページの内容見本にも「予約募集」が表紙に赤字で打たれている。その宣伝コピーとして、まず「一万巻の遺著発見!」が謳われ、「小なる二宮金次郎より大なる二宮尊徳へ/勤倹力行より社会奉仕へ/道徳と経済、天地相和、理想と現実の一円一元の大哲学!」との惹句がしたためられている。

 それに続いて第一巻の菊大判天金の実物大写真が織りこまれ、全内容一班とその由来、農村振興社会救済の根本指針、最も理想的な出版方法などを含む「二宮尊徳全集刊行趣意書」が披露される。その最も理想的な出版方法だけにふれれば、この出版は営利でなく、保存普及を眼目とし、三十六冊を実費三百六十円、一ケ月一冊十円を前納として、五百部の予約を募る。その実費が不足した場合、刊行会が負担し、剰余金が生じた時は予約者へ割戻すという一種の「組合法出版」もしくは「報徳識予約出版の一方法」で、初めての試みとされる。

 そして次に版元の二宮尊徳偉業宣揚会の発起団体として、大日本報徳社、中央報徳会、帝国教育会、大日本農会、帝国農会、産業組合中央会、全国町村会、平凡社、興復社の名前が列記される。次に理事、幹事、編輯委員も挙げられ、理事と編輯委員を兼ねているのは下中弥三郎である。それから内容組方見本が置かれ、最後に申込所として東京市四谷区の中央報徳会内二宮尊徳偉業宣揚会、静岡県掛川町の大日本報徳社、神田小川町の平凡社の三ヵ所が示されている。

 このうちの報徳社に関しては『日本近現代史辞典』の立項を引こう。

 報徳社 ほうとくしゃ 二宮尊徳の思想を実践し農村の経済再建をめざして組織された結社。天保14年(1843)小田原報徳社の結成にはじまり、弘化4年(1847)遠江の下石田報徳社、嘉永5年(1852)掛川の牛岡組報徳社などが結成され、以後おもに東海地方農村に波及し、自作農を基盤とする農民組織に発展した。遠江の庄屋で掛川藩用達をつとめていた岡田佐平治らが藩内に報徳社法を推進し、諸村の負債を整理し、1875年(明治8)遠江国報徳社を設立、その後静岡・三河各報徳社が設立された。1924年(大正13)それら各地の報徳社が合同して大日本報徳社が生れた。昭和初頭には傘下700社を数えた。(後略)

 この立項によって、二宮尊徳偉業宣揚会の発起団体の筆頭に大日本報徳社と中央報徳会がすえられ、両者が『二宮尊徳全集』の申込所となっている事情を了承することになる。それにやはり発起団体と申込所を兼ねている平凡社、同様に理事と編輯委員の双方に名前を連ねている下中弥三郎がリンクし、「最も理想的な出版方法」での『二宮尊徳全集』全三十六巻の企画が成立したと考えられる。先の立項に昭和初頭の大日本報徳社傘下は七百社を数えるとあるから、五百部限定出版もそこから見積られたのではないだろうか。

 それを確認するために、『平凡社六十年史』を見てみたが、大日本報徳社と『二宮尊徳全集』のことはまったく言及されていない。だが想起されるのは本連載242の権藤成卿の『自治民範』で、この出版は昭和二年であり、『二宮尊徳全集』と同年に刊行されている。この事実は両者の出版が何らかの関係を有していたとも推測できる。

 それから『二宮尊徳全集』の刊行は、私たちの世代にとっても身近なアイドルを生み出したともいえる。井上章一文、大木茂写真の『ノスタルジック・アイドル二宮金次郎』(新宿書房)に具体的な全集出版への言及はないけれど、大日本報徳社に象徴される報徳運動の全国的拡がりと全集の出版が、金次郎の石像の普及とパラレルであったことを指摘している。そのようにして全国の小学校の校庭に金次郎像が置かれるようになったのであり、それは戦後を迎えても変わらぬ風景であった。さすがに「柴刈り縄ない草鞋をつくり」と始まる「二宮金次郎」の尋常小学唱歌を歌ったことはないけれど、戦前にはそれも広く歌われていたのだろう。

ノスタルジック・アイドル二宮金次郎

 『二宮尊徳全集』のことに戻ると、最初の出版は大部にして限定出版であったために、ダイジェスト版としての2の『解説二宮尊徳翁全集』や3の『要説二宮尊徳新撰集』が出されるようになり、やはりそれは1に関係した編集者たちが介在していたと思われる。3の場合、編輯代表として、吉池昌一、編輯委員として、本連載527、528の山崎延吉の名前が挙がっている。吉池は不明だが、山崎は二宮尊徳偉業宣揚会の理事でもあった。そのことからすれば、育生社もまたその人脈を継承して立ち上げられた出版社なのかもしれない。

要説二宮尊徳新撰集(『要説二宮尊徳新撰集』)


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