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古本夜話710 河野省三『すめら せかい』

 前回の鹿子木員信『すめら あじあ』の発行者を宇野橘とする同文書院に関して、そのプロフィルをつかめていないのだが、その巻末の十二冊の文学博士の肩書がついて刊行図書からすれば、人文系アカデミズム出版社と見なせるだろう。また戦後も実用書出版社として記憶され、その後インターナショナル的企画を展開していたことまでは仄聞している。しかしそれがどのような経緯をたどったのかは確かめるに至っていない。

 その同文書院から鹿子木の著書と同時代に、それもタイトルも重なる、河野省三の『すめら せかい』が出版されている。こちらも昭和十六年第一刷発行で、入手したのは昭和十八年第三刷、A5判のカバーのない裸本である。

 河野はその昭和十五年十二月付の「序」でいっている。満州事変、国際連盟脱退、支那事変に直面し、ここに「八紘一宇の理想に基づく皇道的国際活動に乗出さねばならぬ皇国日本の立場が明かになった」。それを象徴するのは日独伊三国条約の締結で、天皇と国民の上下一致する道徳が皇道、もしくは神道として国体の精華を発揚し、培養しつつある。そして次のように続いている。

 茲に「すめら みくに」(皇御国)の崇高なる国性が存し、其の歴史の展開に伴つて「すめら あじあ」(皇亜細亜)の理想が具現し、明治の末以来、力強く東洋の平和が唱へられて来たが、今やさらに東亜の新秩序から百歩進めて、世界平和の確立や世界新秩序の建設に、日本自らが指導的の位置に立ち、其の指導の精神が最も日本的に、而も同時に普遍的、世界的な本質を存する学術的、文化的の社会とを顕現せねばならぬ。そこに堂々と「すめら せかい」(皇世界)としての光華を万邦に及し、世界人類をして、宗教的、道徳的、家族的な国家生活を楽しましめる道が拡がつてくるのである。

 かくして「皇統連綿、万古変ることのない神国日本の時代は進んで、いよいよ皇道光被の世界新秩序建設の秋が近づきつゝある」ことになる。鹿子木にとっては「すめら あじあ」がビジョンであったけれど、河野に至っては「すめら せかい」が「すめら みくに」の究極のイメージとして顕現しているのだ。『すめら せかい』を形成する第一章の「八紘一宇の理想」から第十三章「世界に於ける皇国日本の使命」は、これも鹿子木の著書と同様に、大東亜戦争下における「すめら みくに」をたてまつる呪文とアジテーションに他ならない。

 河野は「すめら せかい」は新しい用語だとしているが、本連載121などのスメラ学塾の命名にも表象されているように、「すめら」というターム自体が昭和十年代になって、「皇国日本」のキーワードとして使用され始めたのかもしれない。

 『すめら せかい』の河野省三はやはり『現代日本朝日人物事典』に立項を見出せるので、それを引いてみる。
[現代日本]朝日人物事典

 河野省三 1882・8・10-1963・1・8 こうの・せいぞう 神道学者。埼玉県生まれ。号・紫雲。1905(明38)年国学院師師範蕪国語漢文歴史科を卒業して生家の業である埼玉県玉敷神社社司となった。15(大4)年国学院大講師、20年教授、35(昭10)~42年国学院大学長を務めたほか、文部省国民精神文化研究所の事業や大倉精神文化研究所の編纂事業にも参画、神道学に大きな功績を挙げた。戦後も、神道研究と神職の養成などに熱意を示した。学位論文「国学の研究」(31年)のほか、著書に『国民道徳史論』『国学の研究』『近世神道教化の研究』など多数ある。

 この神道学者という記述から、『すめら せかい』の「付録」として、「神ながらの道」が収録されている理由が了承される。河野がそこで述べているように、「神ながら」の「神」は皇祖の天照大神をさし、それが神道と神社をめぐる「思想の根本」でもあるし、国学にも通じていることになる。また「すめら」ではないけれど、この「神ながらの道」というタームもまた、大東亜戦争下における流行語のように機能していたと考えられる。

 河野の神道との関係から、神社新報社の『神道辞典』を見てみると、河野も立項されていて、戦後は神社庁長を務めたとあった。そしてその「国学とは古典、神道の研究を通じ国体の精髄・特色の発揮にある」とも述べられていた。しかし大東亜戦争下にあっては、それが「すめら みくに」から「すめら せかい」にまで及んだことに対する言及はなされていない。戦後を迎え、象徴天皇制下において、河野の「すめら みくに」はどのような変化を遂げなければならなかったのだろうか。
神社辞典

 それから付け加えておけば、この安津素彦、梅田義彦を編集兼監修者とする『神社辞典』は昭和四十三年に堀書店から刊行されたが、版元の事情により絶版となっていたものを、六十二年に神社新報社が復刻している。この辞典もまた河野の軌跡と重なるように、戦後の神道の位相とその変容を伝えているのだろう。

f:id:OdaMitsuo:20170916113134j:plain:h120(堀書店版)


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