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古本夜話617 ウージェーヌ・シュー『さまよえるユダヤ人』

前回の谷譲次訳『猶太人ジユス』に「不思議な異人」や「通り魔のやうな怪人」のメタファーとして、「漂泊(さまよ)へる猶太人」という言葉が何度も使われていた。これは原文を確認していないけれど、ウージェーヌ・シューの『さまよえるユダヤ人』(小林龍雄訳、角川文庫)の原文タイトル“Le Juit Errant”がそのまま引かれているのではないだろうか。

Le Juit Errant

シューは新聞に十九世紀社会小説の典型とされる『パリの秘密』(江口清訳、集英社)を書き、新聞小説流行のきっかけとなった。続けて一八四四年から四五年にかけて書かれた『さまよえるユダヤ人』はそれ以上の成功を収めたと伝えられる。そのことからすれば、『さまよえるユダヤ人』はタイトルからして、ひとつのユダヤ人のステレオタイプなイメージを造型することに寄与した大衆小説と見なせるだろう。『猶太人ジユス』は一九二五年の作品であるから、それは欧米でも半世紀以上にわたって広範に伝播したユダヤ人伝説と絡み合っている。

日本でも大正八年に『青銅のメダル』(福岡雄川訳、白水社)として翻訳されているが、こちらは未見である。しかし本連載でも繰り返し書いてきたように、日露戦争関係者たちがユダヤ問題に関する伝説を展開していった時期における翻訳なので、白水社版にも影響を与えたと思われる。角川文庫版の小林訳は戦後の昭和二十六年に刊行されているけれど、この時代は第一書房長谷川巳之吉角川書店の企画顧問のような立場にあったことからすれば、彼のルートを通じて上梓に至ったのかもしれない。

それはさておき、『さまよえるユダヤ人』は物語も登場人物も錯綜しているので、そのコアを要約紹介してみる。この小説は一八三一年から始まっているが、物語の発端は一六八二年の地方のカトリック司祭からもたらされた覚書に求められる。カトリックの頑強な敵である新教徒=プロテスタントのレーヌポンは反宗教的放蕩から財産が没収の危険にさらされ、カトリックへと改宗した。ところがそれは不敬な計略と見なされ、ルイ十四世の命により、レーヌポンの財産は没収され、彼自身も無期懲役に処せられたけれど、自殺によってその罪を免れた。ルイ十四世はカトリック教会のエスイタ会にその没収財産の利用を許した。しかしその財産からはパリの館と五万エキューの金貨が除かれ、館はカトリック信者の友人に譲渡され、金貨については誰の手に預けられたのか定かでないが、いずれも百五十年間保管され、金貨は利殖を計った上で、レーヌポンの子孫の間で分配されることになっていた。

その一方で、レーヌポンの家族たちは新教徒に対する禁令からフランスを追われ、ヨーロッパ中に四散し、後裔として残ったものは、様々な社会階級に属する七人であった。これらの遺産継承者たちは百五十年後の一八三二年二月十三日に、配られていたその日付を刻んだ青銅メダルを持参し、パリのその館に集合する手はずになっていた。カソリック側が四散した家族を百五十年間にわたって監視してきたのは、その年月によって遺産もまた莫大なものになったと考えられてきたからだ。貴種流離譚的登場人物たちと隠された遺産や財宝が、大衆小説の主たる物語コードであることはいうまでもないだろう。

『さまよえるユダヤ人』は物語が展開するにつれて、青銅のメダルを有するレーヌポンの遺産継承者たち、それらを追うカトリックエスイタ会関係者とに分類され、これもパリの百五十年間保管された館における大団円へと向かっていく。それはユダヤ人が代々管理してきたのである。

『さまよえるユダヤ人』カトリックと新教徒の後裔たちの間における財産の争奪戦の物語であるのだが、一方において、この財産をめぐる物語にはその利殖に精通したサミュエルというユダヤ一家が併走していた。一六七〇年頃、レーヌポンはポルトガル旅行中に、宗教裁判で火あぶりの刑に処せられたユダヤ人を助けたことがあった。それが現在のサミュエルの祖父のイザックで、そのことをきっかけにして、フランスで莫大な財産を持つレーヌポンは、リスボンで両替屋を営んでいたイザックに財産管理をも依頼した。当時においてもユダヤ人排斥と不信は高まるばかりだったので、イザックは生命を救ってくれたことと自分を信頼してくれたことに二重に感激し、恩人のために自分の一生を捧げる決意をした。

ところがレーヌポンは迫害と破産に追いやられ、自殺してしまった。その際に彼はイザックに五万エキューの金貨を託し、それが代々受け継がれ、十七世紀から十九世紀へと橋渡しの役を果たした。そのかたわらで、サミュエル一族は最初に為替手形を発明し、十八世紀の終わり頃にはほとんど一手に両替や銀行業務に携わっていたので、レーヌポンの残した金貨もそこでの安全な利殖で、巨大な投資へと成長し、莫大な資本の増加が実現し、何と二億フランを超えるまでになっていたのである。

だから実際にはかつての「さまよえるユダヤ人」が金融資本家として成長することで、新教徒レーヌポンの「さまよえる遺産継承者たち」を助け、カトリック教会を敗北させる物語がシューの『さまよえるユダヤ人』だといっていい。だがそのタイトルは『猶太人ジユス』に見られたように、ステレオタイプ化され、十九世紀半ばの金融資本を牛耳るユダヤ人のイメージを確立することにつながっていったのかもしれない。

バブル経済と高度成長期ともいえる第二帝政期も始まろうとしていたし、そこにはカトリックやミスティズムの奇妙な動きがあったことは、ゾラの『プラッサンの征服』『夢想』(いずれも拙訳、論創社)などにもうかがわれる。それはおそらくドレフュス事件に象徴されるユダヤ人問題も絡んで、普仏戦争後も続いていたにちがいない。
プラッサンの征服 夢想

なおさらに付け加えておけば、エマニュエル・トッド『シャルリとは誰か?』堀茂樹訳、文春新書)において、カトリシズムと反ユダヤ問題の関係にふれ、それがイスラム恐怖性へともリンクしていることを指摘している。

シャルリとは誰か?

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