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古本夜話625 河出書房『廿世紀思想』と『神秘主義 象徴主義』

前回の三木清が編集に携わった河出書房の『廿世紀思想』全十一巻を一冊だけ持っている。それは半世紀近く前に古本屋で購入したもので、第四巻に当たる。とりあえず、全巻の明細とその「概論」を担当している執筆者名を示しておく。ただし第十一巻は三木の「概論」ではなく、著書とされている。

1 『理想主義』 /杉村廣蔵
2 『実用主義 新明正道
3 『主知主義 唯物主義』 林達夫三枝博音
4 『神秘主義 象徴主義 /吉満義彦/片山敏彦
5 『進化主義』 谷川徹三
6 『伝統主義 絶対主義』 /落合太郎、熊野義孝
7 『人間主義 三木清
8 『全体主義 務台理作
9 『自然科学思想』 石原純
10 『人文科学思想』 /恒藤恭
11 『廿世紀思想論』 三木清

このように『廿世紀思想』の内容を挙げてみると、これが前回の『新版現代哲学辞典』と同様に、まさに「大項目主義」に基づく思想チャートだとわかる。またこれは昭和十三年からの刊行なので、『新版現代哲学辞典』に先がけていることからすれば、この企画がさらに細分化され、「大項目主義」のカテゴリーを増やすことによって、『同辞典』のコンセプトにつながっていったように思われる。ちなみに三木はもちろんだが、1の杉村、3の三枝、6の熊野、9の石原は『同辞典』の執筆者である。それはやはり河出書房から昭和十六年刊行の『社会科学新辞典』ともリンクしているのだろう。
新版現代哲学辞典 社会科学新辞典

『廿世紀思想』石原純、恒藤恭、三木清の共同編集と謳われている。石原は大正十一年のアインシュタイン来日の際の講演通訳や解説を務め、相対論ブームの担い手、恒藤は京大教授だったが、本連載602でふれた、昭和八年の瀧川事件に絡んで辞職した法哲学者である。これは未見だが、9、10、11が「主義」ではなく、「思想」を「大項目」として、それぞれの「主義」を俯瞰するかたちで、石原と恒藤と三木が総括していることによっているのだろう。

だが全巻を見ていないこともあり、ここでは第四巻『神秘主義 象徴主義』、それも前者のほうだけを取り上げてみたい。「神秘主義概論」を受け持っている吉満は、カトリック哲学者、司祭の岩下壮一の影響を受け、カトリックに改宗し、フランスに留学後、昭和六年から上智大学と東京公教神学校の教授となり、トマス・アクィナスの思想に基づく新スコラ主義によって、一時期を画したとされる。

吉満はその「概論」の「神秘主義」の中で、次のように述べている。

 事実廿世紀的神秘主義は十八世紀十九世紀的合理主義人間へのプロテストとして一種の非合理主義的乃至超理性的なものゝ自己主張として、近代的精神そのものゝ一つの自己宿命的な自意識の表現と言つた意味をもつてゐて、一つの否定性をモメントとせる飽くまでも近代人間的性格をもつてゐる所にその特色があるのである。(中略)かくして我々はミスティクをどこ迄も生ける生命意識のうちに我々自らの主体的生存意識の問題として把握せん事を求めつゝ所詮今日の我々の問題を永遠の魂の神秘的営みの歴史のうちに如何に位置せしめるべきかを反省して行かねばならないのである(後略)

そして現在にあって、唯物論や無神論、民族的神話と技術主義的神話などの中にも、神秘主義の表出を見る。だが本来的なミスティクとは「今日における高き霊性の宗教性のうちに或ひは高き知性の苦悶と深き精神の瞑想乃至活動のうち」にあり、それが「高き精神の霊的活動としての神秘主義」ということになる。吉満はこの認識に基づいて、西欧キリスト教の歴史を古代、中世、近世、近代とたどり、カトリシズムの流れの中において、「精霊の賜物の支配せる所にのみ真実の神性参与のミスティクは成立する」と述べるに至る。

この吉満の「神秘主義概観」に続いて、河上徹太郎「レオ・シエストフ」、4「ニコライ・ベルジヤィエフ」、伊吹武彦「シャルル・ペギー」という三つの論稿が寄せられている。しかし現在から見れば、シエストフにしても、ベルジヤィエフにしても、ペギーにしても、「神秘主義」とくくることによって論じる対象のようには思われない。それは同巻の「象徴主義」にも共通し、シュペングラー、ゲオルゲ、リルケが挙げられている。また同じような『廿世紀思想』全巻にもいえるのである。

『廿世紀思想』の刊行が昭和十三年から十四年にかけてだと前述したけれど、一九二〇年代に当たり、それは『廿世紀思想』が立ち上がったばかりで、まだ正確な見取図が作成できなかったことに起因しているのではないだろうか。

そしてまた『廿世紀思想』は第二次大戦を経て、大いなる変貌を運命づけられていたことにもよっているのだろう。それは現在でも変わらないけれど、観念としてのヨーロッパ思想理解のアポリアを示しているようにも思える。

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