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古本夜話628 河出書房『シナリオ文学全集』

本連載625の『神秘主義 象徴主義』の巻末広告に「河出書房予約刊行十種」として、次のようなタイトルが挙げられていた。河出書房も多くの出版社の例にもれず、全出版目録を刊行していないので、読者によっては初めて目にするシリーズもあるかもしれない。まずは引いてみる。ナンバーは便宜的にふったものである。

 1 『バルザック全集』全十六巻
 2 『モーパツサン短篇全集』全十巻
 3 『シユニツツラー短篇全集』全五巻
 4 『世界短篇傑作全集』全五巻
 5 『シナリオ文学全集』全六巻
 6 『家族制度全集』全十巻
 7 『廿世紀思想』全十二巻
 8 『メリメ全集』全六巻
 9 『アリストテレス全集』全二十三巻
 10 「書きおろし長篇小説叢書」既刊分九冊

また近年には小冊子『河出書房新社創業120周年』(二〇〇六年)が出され、その「あゆみ」のところの昭和十四年には『ボードレール全集』、十五年には『新世界文学全集』、十六年には『三大名作全集』などもあり、続けての刊行を伝えている。昭和十三年には日支事変が勃発し、十四年には第二次世界大戦が始まり、十六年には太平洋戦争が起きていたが、それとパラレルなかたちで、これらの海外文学や思想の全集類が刊行されていたことに奇異な思いを抱かざるを得ない。これも戦時下の出版の奇妙なメカニズムと考えるべきなのだろうか。

そうした出版の中でも、5の『シナリオ文学全集』も意外な感がつきまとう。これは昭和十一年から十二年にかけての風雲急を告げる前の刊行で、第五巻に当たる『文壇人オリジナル・シナリオ集』の一冊だけを所持しているだけだが、巻末の一ページ広告と『日本近代文学大事典』の立項で、その明細はわかる。
日本近代文学大事典
これは先の一冊に加えて、『シナリオ大系』『日本シナリオ傑作集』『欧米シナリオ傑作集』『映画人オリジナル・シナリオ集』『前衛シナリオ集』の全六巻で構成されている。責任編輯は飯島正、内田岐三雄、岸松雄、筈見恒夫で、本連載215でふれている飯島の他に、内田と岸は『キネマ旬報』関係者、筈見はヨーロッパ映画の輸入会社東和商事の宣伝部長兼映画評論家である。彼らの編集の意図はそのキャッチコピーに直接的に表出しているので、それを示す。

   小説・戯曲・詩などの旧文学形成を打つて一丸とした新し文学的ジャンルがこれだ!
   シナリオを文学せよ!!
   オール文壇映画界の欣然たる参加に覇業今や成らんとす!
   文学と映画の鎔接茲に全し!!

また先の『文壇人オリジナル・シナリオ集』は筈見が「跋」を寄せ、この全集の編集者たちは「従来のシナリオといふものに対する決算と同時に、それから出発するシナリオの新しい形式を生み出して行きたいといふ希望」を持っていると述べ、続けて記している。現在の映画に欠けているのは人生や社会や人間に対する「文学的内省」であり、「シナリオといふものの社会的地位が余りにも貧し過ぎる。この社会的地位を獲得するためにも、シナリオが先ず文学であり、読物であることが必要なのだ」と。つまりここでは「シナリオ文学の台頭」がめざされていることになる。

その編纂趣旨に賛同して、『文壇人オリジナル・シナリオ集』には岡田三郎「東京の女」、丹羽文雄「職業と姫君」、楢崎勉「美しき日」、高見順「播州皿屋敷物語」、武田麟太郎「一の酉」、石川達三「秋の日の男達」、村上知義「生活の湖」の七人七作が収録されている。その後、これらの「オリジナル・シナリオ」は、確認をとっていないけれど、彼らの全集に収録されたのだろうか。

それから『前衛シナリオ集』にはルイス・ブニュエルの『アンダルシアの犬』が見える。一九二五年にブニュエルがダリと共同で脚本を書き、第一作として発表した、まさにアバンギャルド映画は日本でいつ公開されたのだろうか。これはわずか十五分の映画であり、単独での上映、もしくはコマーシャルベースでの公開はなかったと思われるからだ。その翻訳は内田岐三雄によるものとされ、この巻には瀧口修造訳の『ババウオ』も並んでいるが、この映画に関しては知らない。

また『日本シナリオ傑作集』には小津安二郎の『一人息子』、『映画人オリジナル・シナリオ集』には同じく『父ありき』を始めとするシナリオが収録されている。これらは『日本名作映画集』(コスモ・コンテンツ)によってDVD化されているので、現在では容易に見ることができる。それは『アンダルシアの犬』(IVC)も同様であり、そうした意味において、『シナリオ文学全集』の目論見の一端は実現したことになるのかもしれない。
一人息子 父ありき アンダルシアの犬

また編輯者の一人で、『日本シナリオ傑作集』の「跋」を書いている岸松雄は脚本家でもあり、やはり『日本名作映画集』に収録されている清水宏監督『小原庄助さん』や成瀬巳喜男監督『銀座化粧』のシナリオも書いていることを付け加えておこう。
小原庄助さん 銀座化粧

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