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古本夜話667 杉浦貞二郎と「基督教各派源流」

大東亜戦争下の昭和十六年に思想統制を目論んだ宗教団体法により、合同教会としての日本基督教団が成立した。しかし戦後は宗教団体法が廃止されたのだが、大半の宗派がそこにとどまったことで、キリスト教宗派はまとめられたような印象を与えてしまう結果をもたらした。

私なども早逝した母がクリスチャンだったので、幼い頃から教会に通っていた。ところがその教会がどの宗派に属していたのかを知ったのは本連載559の柳田国男の『石神問答』の中で、最も多く書簡を交わした民俗学の先達者の山中共古を調べ始めてからで、その他ならぬ共古が開いた教会に通っていたのである。それはメソジストに属していたのだった。そしてそのメソジスト派によって、青山学院や関西学院などが開校され、そうした関係から共古が牧師を退職後、青山学院の図書館に奉職した事情を了解したことになる。

そのような事柄も含め、日本におけるキリスト教宗派の問題を確認すべきだと思っていたのだが、『世界聖典外纂』の中で、杉浦貞二郎が「基督教各派源流」を担当し、「基督教内の宗派が幾許に分れて居るか殆んど誰も知る者はなからう」と始め、そこではその内の日本にある主要なるものを取り上げている。それらを挙げてみる。

 1天主公教会
 2 基督(ハリストス)正公教会
 3 日本基督教会
 4 日本組合教会
 5 日本聖公会
 6 日本メソヂスト教会
 7 福音教会
 8 美晋教会
 9 基督同胞教会
10 自由メゾヂスト教会
11 日本バプテスト教会
12 基督教会
13 日本クリスチヤン教会
14 福音ルーテル教会
15 基督友会
16 東洋宣教会
17 統一教会

あらためて列挙してみると、予想以上に多いし、日本各地で見られる教会にしても、それらが一様ではなく、それぞれの宗派に分かれていることを実感させてくれる。それらのいくつかにコメントを付すと、1がカソリックで、所謂切支丹と称されてきたもの、2はギリシャ正教で、日本ではニコライ派と呼ばれてきたもの、3は外国において、長老教会、もしくは改革教会として知られ、日本への最初の宣教師はヘボンで、明治学院や東北学院はこの派に属している。本来であれば、このようにすべてに補足を加えておくべきだが、それは紙幅が許さないので、『世界聖典全集』の近傍にあったと思われる5の日本聖公会、17の統一教会、つまりユニテリアンに限って言及しておきたい。それは杉浦にしても佐伯好郎にしても5に属していたし、17は新仏教運動に寄り添っていたと思われるからだ。
世界聖典全集

日本聖公会は英国協会と米国監督教会からの日本伝導によるもので、日本開国と同時に上海からリギンスとウイリアムズ宣教師が派遣され、後者は在職五十年に及び、明治七年には立教大学を創立している。この教会の特色は監督政治で、教職が監督と長老と執事という三段階に分かれ、各個教会の牧師が長老、執事は副牧師、監督は地方を司る知事のような存在である。それに基づき議会は各教会、各教区、全国総会で営まれる立憲代議政体のかたちをとっている。教会の教義としては三教職位を護り、一般基督教会と同様に新旧聖書を受け、洗礼と聖餐を行なうが、解釈は信徒の理性と良心に委ねられるので、他の新教諸派よりも信仰の自由はより深い。

17の統一教会はキリストの神性を信じることなく、神の統一を主張することから、ユニテリアン統一信者を擁する。十九世紀初めに米国で始まり、一八二五年に米国ユニテリアン協会が組織され、明治二十年に宣教師ナップが日本に派遣されてきた。二十二年にはマコーレーも加わり、二十六年に東京の芝に会堂を建設し、三十年から四十年にかけて隆盛だった。ユニテリアン協会には一定の教義を設けて信徒を束縛するものがない。ただこの宗派にも保守的な者と左翼的な者に分かれている。

前者は信条においてキリストの神性は否定するが、それ以外は他の基督教徒と変わらない。しかし後者はキリストをただの聖人と見なし、聖書もまた他の宗教の聖典と同様のもので、贖罪は認めず、人間の罪悪は不完全な教育から生じるものだから、人生の救済は完全な教育を施すことにあるとされる。教会政治は組合政治による。日本では後者が多く、釈迦も孔子も基督も同様だとする主義が目立つ。ここに明治三十年代から四十年代にかけての新仏教運動との連鎖とコラボレーション、それに社会主義者たちも同伴していたことなどの事情が説明されているようにも思われる。

そしてまた『世界聖典全集』の出版企画も、そのようなキリスト教と仏教などの同一視、すなわち「仏耶一元論」を背景として実現したのではないだろうか。それは『世界聖典全集』のオリエンタリズムならぬオクシデンタリズムであったのかもしれない。


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