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古本夜話758 南江二郎『原始民俗仮面考』とレヴィ=ストロース『仮面の道』

 本連載756や前回と同じ地平社書房の「民俗芸術叢書」がもう一冊出てきたので、これも付け加えておきたい。それは南江二郎『原始民俗仮面考』で、やはり以前に浜松の時代舎で購入したのだが、これが「民俗芸術叢書」の一冊だと思っていなかったのである。巻末を見て、そのことに気づいた次第だ。

 そこには同書が柳田国男『民謡の今と昔』、小寺融吉『芸術としての神楽の研究』、中山太郎『祭礼と風俗』に続く四冊目として挙がっていて、「以下続刊」とあるけれど、それを確認していない。またその横には昭和四年六月の日付で、「民俗芸術叢書刊行の言葉」も掲載されているので、それを引いてみる。

f:id:OdaMitsuo:20180207174232j:plain:h120(『民謡の今と昔』)

 民俗学が、他の学問から独立したのは、そう古いことではありません。西欧に於ても、僅々半世紀を遡り得るに過ぎないのであります。然るに、今や此学問はかなりの隆盛を極めるやうになりました。民俗学の主眼とするところは、従来の、人類学・考古学のやうに、単に物質方面の探究に基礎を置かず、それらの事物を発生せしめた民族の精神生活を闡明するにあると言つていゝでありませう。それを探る方法としては、古く書き残された書物に拠るの外、或は神事として、或は芸能となり、乃至は民間のしきたり風習となつて残つてゐるものに就いて、これらを分析し考証して行くが其一つだと思ひます。恐らくは、雑誌『民俗芸術』の刊行せられる目的が、やはりそこにあるのだと信じます。私共は、過去一年有半、此雑誌によつて学び得たことの実に甚大であつたを喜ぶと同時に、更に一歩を進めたものが欲しくなりました。かくして此叢書は計画せられたのであります。(後略)

 これはまさに「同叢書」の企画編集者である北野博美の「言葉」と見なしていいだろうし、『民俗芸術』刊行のモチベーションも語られていることになる。

 それはともかく、南江二郎の『原始民俗仮面考』の「序」を読むと、彼は『人形劇の研究』をすでに上梓し、その姉妹編としての『演劇仮面・隈取の研究』への着手が述べられているそこで「その一大源泉とも云ふべき原始的民俗仮面・隈取の研究」が必要とされるので、この一冊をまとめたとある。また「日本に於いて一冊の書物としてまとまつたのはこの拙著が初めてではないかと思ふ」とも付け加えている。確かに同時代の出版物において、類書を見ていない。

 内容にしても、第一章が「原始民俗仮面概論」で、バーン編著『原始民俗概論』に基づき、「原始民俗仮面」とは未開、野蛮の民族に生じたる民間伝承の発生進化に伴うところの「その心理表現の一具象物として、おのづから作られたる最も原始的なる仮面を総称するものである」とする。それからタイラーの『原始文化』、フレイザー『金枝篇』、フロイト『トーテムとタブー』などの参照を通じ、民間伝承と信仰、仮面の始源と使用の意義が論じられていく。

金枝篇 (『金枝篇』) トーテムとタブー (「トーテムとタブー」所収)

 だが同書の圧巻は第二章の「各種原始民俗仮面考」にあり、そこには「狩猟仮面」や「トーテム仮面」から始まって、十二項目に及ぶ様々な仮面が列挙され、しかもそれぞれに実物の仮面の写真、及び挿画が添えられている。ただ著者は「可成多くの参考原書」を列記しているけれども、仮面の写真の出典を示していない。これらの様々な「原始民俗仮面」は何から引かれているのだろうか。それとも「舞踊・演劇研究家」の言として、「この仮面の各種を出来る限り古今東西にもとめて」と語っているように、自らの収集によるものであろうか。類書がないだけに、それが不明なのは残念な気がする。

 この『原始民俗仮面考』を読みながら想起されたのは、時代も造本もまったく異なるが、レヴィ=ストロース『仮面の道』(山口昌男、渡辺守章訳、「叢書創造の小径」、新潮社、昭和五十二年)であった。このアメリカ北西岸のインディアンの仮面の神話や呪術にまつわる起源を論じた、仮面の文化人類学ともいうべき一冊は、ヴォリュームにしても、思考の深さにしても、『原始民俗仮面考』が及ぶところではないけれど、仮面に関する根本的視座は共通している。しかも『原始民俗仮面考』が、半世紀以上も『仮面の道』に先駆けていることは特筆すべきことのように思われる。
仮面の道

 レヴィ=ストロースは『仮面の道』をアメリカ自然史博物館の仮面などの収蔵品のことから始めている。・そしてこの収集品に関しての不満から、マックス・エルンストやアンドレ・ブルトンたちと手分けして、当時の個人の資力の許すかぎり、ニューヨークの骨董商の出物を漁り、小規模のコレクションをなしたというエピソードを語っている。それは一九四〇年代のことで、それらはほとんど収集品の対象にもなっていなかったという。この言は南江二郎のそれと共通している。

 この南江二郎のプロフィルははっきりつかめないが、早大中退後、NHKに勤めていたようだ。『民族』の広告欄を見ると、昭和四年四月号の『民俗芸術』の「人形芝居研究」特集に、柳田国男、折口信夫、小寺融吉と並び、「我偶人劇の世界的地位とその特色」、及び「人形芝居に関する東西の文献」などを寄稿している。それらや先述した南江二郎の著書や研究からして、彼が人形芝居に関する第一人者で、「後記」にある小寺に対する出版の謝辞を踏まえると、小寺の誘いで『民俗芸術』の寄稿者、「民俗芸術叢書」の著者となっていったように思われる。


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