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古本夜話785 河出書房「短篇集叢書」

 「書きおろし長篇小説叢書」や「記録文学叢書」や『シナリオ文学全集』と同様に、やはり同時代に河出書房から「短篇集叢書」が刊行されている。だがこれは『日本近代文学大事典』にも解題や明細は収録されておらず、たまたま手元に二冊あったので、それを知ったことになる。その二冊とはいずれも昭和十五年九月刊行の和田伝『草原』と美川きよ『新らしき門』で、前者は函がなく、後者は函入りだったために、それぞれ独立した単行本だとばかり思っていたのである。

 ところが巻末には「短篇集叢書」が並び、その中に両者もリストアップされていたので、同じ「短篇集叢書」の一冊だと気づいたのである。そのような次第ゆえに、その明細を挙げてみる。

1 井伏鱒二 『鸚鵡』
2 坪田譲治 『村は晩春』
3 上田広 『りんふん戦話集』
4 太宰治 『女の決闘』
5 岩倉政治 『冬を籠る村』
6 張赫宙 『愛情の記録』
7 丹羽文雄 『或る女の半生』
8 中村地平 『小さい小説』
9 荒木巍 『女の手帖』
10 岩倉政治 『若い世代』
11 長与善郎 『幽明』
12 福田清人 『生の彩色
13 宮内寒弥 『秋の嵐』
14 和田伝 『草原』
15 伊藤整 『祝福』
16 美川きよ 『新らしき門』
17 近松秋江 『秋江短篇集』
18 舟橋聖一 『母代』
19 湯浅克衛 『怒涛の譜』
20 壺井栄 『窓』

f:id:OdaMitsuo:20180411151208j:plain:h120(『秋の嵐』)

 前々回も書いておいたが、河出書房もまた全出版目録を刊行していないので、「短篇集叢書」がここに挙げた二十冊限りであるのかは確認できていない。それに昭和十五年の文学状況を考えても、これも本連載782の「書きおろし長篇叢書」ならばともかく、「短篇集叢書」というのは出版販売の現実からしても、目を引く企画とは見なせない。また同時代において、1の井伏、2の坪田、4の太宰はそれなりの人気を集めていたとしても、大半は広範な読者層を期待できるメンバーのようには思われない。ただこれらの作家たちに共通しているのは、河出書房の雑誌『知性』の寄稿者ではないかと推測できる。

 この「短篇集叢書」をめぐって、そのような疑問が生じていたけれど、16の『新らしき門』にはさまれていた投げ込みチラシを見るに及んで、その一端が了解された。それは河出書房の昭和十五年九月の「新刊案内」で、この「叢書」は何と八冊も同月刊行されていたのである。それは11『幽明』、12『生の彩色』、13『秋の嵐』、14『草原』、15『祝福』、16『新らしき門』、17『浮生』(ママ)、19『怒涛の譜』で、既刊分として前掲の他に、岩倉政治の『冬を籠る村』も挙がっている。岩倉は10の『若い世代』に続いて二冊出していることになり、このような一挙配本から考えれば、「短篇集叢書」はさらに続いて出されていたと見るほうが妥当だろう。

 それらのことだけでなく、この「新刊案内」が教えてくれるのは、九月の新刊が「短篇集叢書」八冊以外に六冊あり、そこには太平洋協会『仏領印度支那』と9の荒木巍の『詩と真実』が見え、前者は河出書房も太平洋協会と関係があったこと、また後者は「書き下し長篇小説叢書」とされているので、こちらも続刊されていたことを示唆している。

 さらにまたそこには新刊とは別に、「予約刊行物」も示され、それらは『新世界文学全集』、『世界地理』、矢崎美盛『芸術史論』、岸田国士他『現代戯曲』、土岐善麿他『現代短歌』、『化学実験学』が挙がっている。先の新刊とこれらの「予約刊行物」を合わせれば、河出書房は昭和十五年九月期に、合わせて二十点を刊行していたことになる。
f:id:OdaMitsuo:20180411145942j:plain:h120(『新世界文学全集』第16巻)

 戦後になって河出書房は全集類の大量出版を繰り返し、二度の倒産をくぐり抜け、河出書房新社として存続しているけれど、その倒産の原因をもたらした出版発行システムは戦前にその原型が作られ、戦後もまたそれを繰り返してきたとわかる。その最初の範は昭和初年の円本時代に求められるが、河出書房の場合は、戦時下と小説の時代がクロスしたところで成立したように思われてならない。その大量出版システムもまた総動員体制と照応しているし、そのまま国策取次の日配の買切制度への移行によって、戦後への延命を可能にしたとも判断できよう。いずれにしても、戦時下の出版の謎は多くが出版史の中に埋もれたままになっている。

 その後、やはり昭和十五年十二月の河出書房の『阿部知二自選集』第一輯を入手した。するとその巻末に、ここに掲載した以外の徳永直『結婚記』を始めとする十八冊が並び、これらが「短篇集叢書」として続けて出されていたことを知った。


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