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古本夜話809 『アナトオル・フランス長篇小説全集』と『小さなピエール』

 やはり昭和十年代後半に白水社から、『アナトオル・フランス長篇小説全集』が刊行されている。これは昭和十四年からの、同じく『アナトオル・フランス短篇小説全集』が全七巻の完結に続く企画で、全十七巻予定だったが、十冊が出されただけで中絶し、全巻の刊行は戦後の昭和二十五年を待たなければならなかった。戦前刊行の十冊を、『白水社80年の歩み』から挙げてみる。左の数字はその巻数である。

アナトオル・フランス長篇小説全集 (『アナトオル・フランス長篇小説全集』第1巻、戦後版)
アナトオル・フランス短篇小説全集 (『アナトオル・フランス短篇小説全集』、戦後版)

1『シルヴェストル・ボナールの罪』 (伊吹武彦訳)
2『鳥料理レエヌ・ペドオク亭』 (朝倉季雄訳)
3『現代史Ⅰ』 (水野成夫訳)
4『現代史Ⅱ』 (大岩誠訳)
5『現代史Ⅲ』 (杉捷夫訳)
8『舞姫タイス』 (水野成夫訳)
10『ジャン・セルヴィヤンの願ひ』 (大塚幸男訳)
14『ペンギンの島』 (水野成夫訳)
16『小さなピエール』 (岡田真吉訳)
17『花ざかりの頃』 (大井征訳)

この際だから、戦後刊行の残りの巻も示しておこう。

6『現代史Ⅳ』 (川口篤訳)
7『神々は渇く』 (水野成夫訳)
9『ジェロム・コワニャールの意見』 (市原豊太訳)
11『白き石の上にて』 (権守操一訳)
12『『赤い百合』 (小林正訳)
13『楽屋裏の話』 (根津憲三訳)
15『天使の反逆』 (川口篤訳)

 このように挙げてみると、読んでいるのは1の『シルヴェストル・ボナールの罪』と7の『神々は渇く』の二冊だけであることに気づく。それを考えても、私たちのような戦後生まれの世代にとって、すでにアナトオル・フランスの人気は失われていたのである。その事実は前回のブールジェにしても、また次回にふれるルナアルにしても、同様だったと思われる。

 しかし辰野隆の『仏蘭西文学』『吉江喬松全集』においても、アナトオル・フランスはそれぞれ長い一章が割かれ、昭和戦前のフランスの確固たるポジションを伝えているし、柳田国男がその愛読者だったことも知っている。それは戦時下に大学生だった中井英夫のような世代まで継続され、昭和六十年代になって、彼が白水社にこの全集の復刻を提案したことも仄聞している。

f:id:OdaMitsuo:20180616084750j:plain:h120(『仏蘭西文学』上、昭和十八年初版)吉江喬松全集

 それはフランスがパリのセーヌ河畔の古書店の息子として生まれ、ルーブル美術館やノートルダム大聖堂に囲まれた環境の中で育ち、広範な教養に基づく洗練された文体で、すべての独断決定論からの脱却、及び政府、社会、教会制度に対する批判者を志向していたことによっている。そのことは『シルヴェストル・ボナールの罪』や『神々は渇く』からもうかがわれる。またその一方で、上院図書館の司書ともなっている。そして都会人として古典文学に向かったことから、ヴェルレーヌやマラルメの象徴主義やゾラなどの自然主義には批判的だった。それでもドレフュス事件ではゾラの味方についた。それゆえに十九世紀末から二十世紀初頭にかけての代表的文人と見なされ、一九二一年、つまり大正十年にはノーベル賞を受賞し、二四年の死に際しては国葬となっている。同時代の日本におけるフランスの流行も、そのようなフランスのトレンドの反映であったにちがいないし、それを受けて、短編や長編の全集も企画されたのである。

 入手しているのは16の『小さなピエール』だけだが、訳者は映画評論家の岡田真吉で、「訳者序」によれば、それはフランスの晩年の「自伝的小説ともいふべきもの」で、この後に続くのは『花咲ける人生』だけだと述べられている。これは17の『花ざかりの頃』のことであろう。それはともかく、この『小さなピエール』におけるもっとも印象的なシーンを引いておこう。それはパリの風景や出来事ではなく、ピエールが初めて見た海に関してだ。

 私が、初めて海を見た時、海は、それを眺め、それを呼吸して私の感じた巨大な悲しみの存在によつて初めて私には広大なやうに思へた。それは、荒れた海だつた。私達は、ブルタアニュの小村への夏の一月を過しに行つたのである。海岸の光景が、私の記憶の中に、銅板彫刻のやうに刻み込まれた。沖から吹いてくる風に鞭打たれ、低く垂れた空の下に、平胆で何も生えて居ない大地に向つてその曲つた幹や貧弱な枝を差し出して居る一並びの樹々の姿が彫み込まれた。その光景が、私の胸に喰い込んだ。私の心の中には、今でも比べるもののない不運の象徴のやうなものが残つて居る。

 ここにはパリで育った人々が初めてブルターニュの海を見た時の共通する印象が描かれているように思われる。それは南仏の光あふれるバカンスの海とは異なる北仏の風景なのだ。私は思わずユグナンの『荒れた海辺』(荒木亨訳、筑摩書房)という小説のタイトルを想起してしまった。ひょっとするとユグナンも、この『小さなピエール』のこのシーン、「カスリンとマリエーヌ」と題されたこの章を読んでいたのかもしれない。
荒れた海辺

 ところで話は変わってしまうけれど、この『小さなピエール』に関する出版事情も書いておかなければならない。これは昭和十七年十月に発行されているわけだが、初版部数は五千部とある。大東亜戦争の進行下において、書店も統合され、一万六千店から一万二千店へと減少しつつある状況だった。もちろん外地書店があったにしても、二重の意味でのフランス文学書の五千部は、どのように取次を経由し、流通販売され、読者の手元へと届いていたのだろうか。これも繰り返し述べているように、戦時下の出版の謎というしかない。


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