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古本夜話815 ポオル・モオラン『レヰスとイレエン』と伏字

 前回の堀口大學訳『ドルヂェル伯の舞踏会』の「同じ訳者によりて」一覧に示したように、ポオル・モオランの『夜ひらく』『夜とざす』『恋の欧羅巴』の三冊は挙げられていたけれど、私が浜松の時代舎で入手している『レヰスとイレソン』の記載はなかった。これは同じく大正十四年に第一書房から、『恋の欧羅巴』よりも先行して出版され、初版が千五百部だったので、『ドルヂェル伯の舞踏会』刊行時の昭和六年には品切になっていたことによっているのかもしれない。

f:id:OdaMitsuo:20180809142644j:plain:h120(『ドルヂェル伯の舞踏会』) f:id:OdaMitsuo:20180809114854j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20180809115213j:plain:h120 f:id:OdaMitsuo:20180811115207j:plain:h120

 ただ私も『レヰスとイレエン』は購入したものの、『夜ひらく』『夜とざす』は未見未読のままだ。それは長谷川郁夫『堀口大學』も同様なようで、堀口がパリでモオランに出会い、翻訳許可を得て新潮社から出されたことは記されているが、内容にはふれておらず、むしろ『レヰスとイレエン』の紹介に紙幅を割いている。そうしたことから、よく引用される『夜ひらく』の「私の開いた口の中へ、咽喉の奥までダリアの花がとびこんだ。花合戦。花園が空中に浮かんで消えた」といった文体に直接ふれてこなかった。

堀口大學

 それにこの二冊は大正十三、十四年に新潮社から「仏蘭西文芸叢書」として刊行されているが、『新潮社四十年』では言及されていない。またモオランの文体が横光利一たちの新感覚派に大いなる刺激と影響を与えたとされるけれど、それは一過性の流行であったようで、篠沢秀夫の『立体フランス文学』(朝日出版社)において、モオランは立項どころか、言及すらもない。

 やはりリアルタイムでの認識は、例によって『世界文芸大辞典』によるしかないので、それを引いてみる。これはまさに堀口自身によるものである。

世界文芸大辞典(日本図書センター復刻)

 モーランPaul Morand(1888~1976)フランスの小説家、詩人。大戦直後の混乱した欧州各国の人情風俗に現はれた現代文明の断末魔のあがきを、映画風に変化の多い筆致と感覚的新奇なイマージュと豊な色彩とで描写するを得意とし、外交官としての旅行と外国生活の体験とに基く現実的な新エキゾティズムを文学の世界に樹立した。出世作たる『夜ひらく』『夜とざす』は忽ち世界の読書界を風靡し、各国の文学に影響を与へた。(後略)

 そしてさらにこの二作は別項として挙げられているので、それも示す。なおこちらはフランス文学者の根津憲三が担当している。

 「夜ひらく」「夜とざす」“Ouvert la nuit ”(1922)、“Fermé la nuit ” (1923)フランスの小説家ポール・モーラン(原語表記略)の小説。これらの作に於て、作者の作家的技巧は円熟の域に達し、多彩にして、スピリチュエルな筆致をもつて、気ままな人間の心により寸断された各国の夜の世界を遺憾なき迄に描写してゐる。共に堀口大学の邦訳があり、この邦訳により紹介された原作者の「感覚の花火」は、大正十三年頃の我が国の文壇、特に所謂、新感覚派と称せられた一群の人々の多大の影響を及ぼした。

 これらの立項、解題に加え、『レヰスとイレエン』の内容を紹介してみよう。主人公のレヰスは生粋の巴里人で、その特有の強い利己主義と老婆親切を合わせ持ち、勝手気儘に気力にまかせ、第一次大戦後の社会を生きていた。戦後社会はすべてが見掛け倒しで、投機の世界だった。レヰスは株券の大半を所有することに成功し、フランコ・アフリケエン銀行と傘下会社を支配するに至っていた。私生活においても、多くの女たちとの情事に励み、それを手帖に記録していた。そのひとりのマダム・マグニヤは次のような比喩で語られている。「かの女は小売店の店頭で色の褪せた、書店の『返品』みないた顔をしてゐた」し、その乳房は「戦争前の流行型」だった。原文を確かめられないのが残念だし、これが「感覚の花火」的描写だとは見えないけれど、女性に対しての「書店の『返品』みたいな顔」というレトリックはここで初めて目にするものである。

 レヰスがギリシャに向かい、そこでの鉱山採掘権の契約にこぎつけた後、海でイタリア語を話す女性と出会った。彼女は「腹這いひにねころんでゐた。青い血すじがかの女の太股の両側を刺青の蛇のやうに這つてゐた。黒い頭髪は、首すぢをあらわにして砂の上にまでひろがつてゐた」。これも「感覚の花火」的描写というよりも、ブラム・ダイクストラが『倒錯の偶像』(富士川義之監訳、パピルス)で提出した蛇と快楽をともにする女性に関する世紀末絵画を彷彿とさせ、セイレンのようである。それがイレエンに他ならなかった。

倒錯の偶像

 そうしてイレエンがギリシャのアポストラトス銀行の一族で、共同経営者の一人であることがわかる。彼女も鉱山の権利を買おうとしていて、レヰスに先をこされたことになる。だがそれで終わったわけではなく、イレエンに魅せられたレヰスは資金繰りの問題も生じ、鉱山をアポストラトス銀行に譲り、その後に彼女に求婚し、迫る。そのシーンは事業と男女間の闘争が重なるようなかたちで、数ページにわたって展開される。しかしそのコアの部分は、ここだけがフランス語のままである。それは伏字処置が施されていると見なしていい。そこで私訳してみる。

 もつれ合いながら、二人はベッドの上に倒れこんだ。英国製のベッドは、いわば冷ややかなベンチだった。イレエンは錠をかけて守るように、脚を閉じ、足で相手をはねつけた。

 現在から見れば、どうしてこのようなシーンが原文のままにされたのか、その判断基準が不明だが、この部分のフランス語はモオランの「感情の花火」的表出ともなっているのだろうか。だがその後のレヰスのセリフ、「そうだ! あなたの乳房あてを下さい、紙入れに入れてかへりますから」には苦笑させられてしまう。これもモオランの「感情の花火」的表出として読まれたのであろうか。

 まだ『レヰスとイレエン』は続いていくが、この小説が『夜ひらく』などと同様の影響を、日本の近代文学に与えたとは思えない。いずれ『夜ひらく』などを読む機会を得て、そのことを再考してみたいと思う。


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