出版・読書メモランダム

出版と近代出版文化史をめぐるブログ

出版状況クロニクル124(2018年8月1日~8月31日)

 18年7月の書籍雑誌推定販売金額は919億円で、前年比3.4%減。
 書籍は439億円で、同6.0%減。雑誌は480億円で、同0.8%減。
 雑誌の内訳は月刊誌が384億円で、同0.6%増、週刊誌は96億円で、同6.2%減。
 月刊誌が前年を上回ったのは16年12月期以来のことだが、それは前年同月が17.1%減という大幅なものだったことに加え、コミックスやムックの返品が大きな改善を見たことによる。
 返品率は書籍が41.8%、雑誌が43.2%。
 しかし月刊誌の増や返品率の改善といっても、西日本豪雨の被害の影響で、輸送遅延が長期化し、中国、四国、九州エリアで、7月期には返品できなかったことも大きく作用していることに留意すべきだろう。
 それに記録的な猛暑と豪雨の影響を受け、書店店頭状況も、書籍が6%減、雑誌の定期誌8%減、ムック3%減、ただコミックスはジャンプコミックスの人気作もあり1%減。
 18年のマイナスは7月でついに600億円を突破し、2の大阪屋栗田の17年売上高に迫りつつある。
 


1.出版科学研究所による2018年上半期の 紙+電子出版市場の動向を示す。

2018年上半期 紙と電子の出版物販売金額
2018年1〜6月電子紙+電子
書籍雑誌紙合計電子コミック電子書籍電子雑誌電子合計紙+電子合計
(億円)3,8102,8926,7028641531081,1257,827
前年同期比(%)96.486.992.0111.2109.396.4109.394.2
占有率(%)48.736.985.611.02.01.414.4100.0

2017年上半期 紙と電子の出版物販売金額
2017年1〜6月電子紙+電子
書籍雑誌紙合計電子コミック電子書籍電子雑誌電子合計紙+電子合計
(億円)3,9543,3277,2817771401121,0298,310
前年同期比(%)97.391.594.5122.7114.8121.7121.597.2
占有率(%)47.640.087.69.41.71.312.4100.0

 前回は表が多かったこともあり、紙の出版物だけを取り上げ、電子出版市場に関してはふれなかったので、今月はそれに言及してみる。
 上半期の紙と電子出版物販売金額は7827億円で、前年比5.8%減。そのうちの電子出版市場は1125億円で、同9.3%増で、金額にしても96億円のプラス。そのシェアは2%増の14.4%で、書籍は48.7%、雑誌は36.9%となる。
 電子出版の内訳は電子コミックが864億円で、同11.2%増、電子書籍が153億円で、同9.3%増、電子雑誌が108億円で、同3.6%減。
 電子コミックシェアは76.8%に及び、二ケタ成長を続けているが、17年の同期22.7%増と比べれば、半分以下の伸び率である。
 それに電子雑誌が始めてのマイナスとなったことで、これは読み放題サービス会員の減少が原因とされる。だが前年同期が21.7%増だったのだから、大幅な落ちこみで、やはりそれは下半期も続くと見るべきだろう。
 出版科学研究所のデータからすると、明らかに電子出版市場も頭打ちの兆候を示し始めている。

 その一方で、インプレス総合研究所も17年度の電子書籍市場規模を発表している。それによれば、17年度は2241億円で、前年比13.4%増。その内訳は電子コミックが1845億円で、同14.1%増、そのシェアは82%を超える。電子雑誌は315億円、同4.1%増、文芸、実用、写真集などは396億円、同10.3%増。
 無料のマンガアプリ広告市場は100億円の大台に達したが、電子コミック市場の成長は鈍化しつつあり、電子雑誌の将来も不透明とされている。
 それでもインプレス総研は、2022年の電子出版市場規模は2017年度の1.4倍にあたる3500億円規模を予測している。
 しかし5年先どころか、出版業界は数年先がどうなっているのかわからない状況にあるのは自明なことで、電子出版市場もまたそれと併走していることを認識すべきだろう。



2.『日経MJ』(8/1)の17年度「日本の卸業調査」が出された。「書籍・CD・ビデオ部門」を示す。

■書籍・CD・ビデオ卸売業調査
順位社名売上高
(百万円)
増減率
(%)
営業利益
(百万円)
増減率
(%)
経常利益
(百万円)
増減率
(%)
税引後
利益
(百万円)
粗利益率
(%)
主商品
1日本出版販売579,094▲7.32,3667.22,5505.972112.5書籍
2トーハン443,751▲6.84,452▲29.42,413▲42.975813.4書籍
3大阪屋栗田77,037▲3.9書籍
4図書館流通
センター
45,1315.31,648▲12.41,841▲10..61,05817.6書籍
5日教販27,367▲0.84029.221883.219010.7書籍
9春うららかな書房3,617▲6.0書籍
MPD180,793▲3.9417▲50.0418▲50.52124.3CD

 前回の本クロニクルなどで、大阪屋栗田やMPDが業界紙を始めとして、公式に決算発表をしていないことにふれておいた。しかし流通業界の恒例の調査なので、無視できなかったのであろう。
 ただそうはいっても、大阪屋栗田は売上高と伸び率だけで、大赤字の実態は露出していない。
 MPDの売上高は1807億円で、前年比3.9%減だが、営業利益、経常利益は双方とも半減していて、これが決算発表を避けた要因だと推測される。
 日販とトーハンの大幅なマイナスは雑誌の凋落とクロスし、それが18年も続いているわけだから、両社が赤字に追いやられることも想定できよう。流通業の場合、採算売上を割りこめば、急速に赤字が増大していくとされるし、それは取次そのものが置かれている流通状況に他ならないだろう。
 そのような減収の中で、昨年とは逆に日販のほうは増益、トーハンのほうは減益というコントラストを示しているが、そのうちにMPDも含め、様々なメカニズムの矛盾が露出してくると思われる

 それから17年調査の特色は税引後利益で、TRCが日販、トーハンを上回ったことであろう。粗利益と返品率の問題が絡んでいるが、出版業界のとりあえずの勝者は、主流ではないTRCと公共図書館ということになってしまうのだろうか。



3.『新文化』(8/9)がトーハンの近藤敏貴新社長に「トーハン課題と未来像」というインタビューを掲載しているので、それを要約してみる。

基本的な経営方針は「本業の復活」と「事業領域の拡大」です。
トーハンの本業は書店を通じ、本を売っていくことで、取引書店の繁栄を第一に考え、それが出版社の繁栄、ひいては社会や文化の発展につながるし、そうした考えがDNAとしてトーハンに脈々と引き継がれている。しかし書店の事業環境が非常に厳しくなっているので、サポートするために、物流改革、利益の適正な再配分が必要だし、その改革ができなければ、出版を支える公器としての取次の存在意義が問われる。
物流網が非常に疲弊し、トーハンだけではその運賃値上げをとても吸収できないので、出版社にその支援をお願いしている。それに出版流通を支える雑誌、コミックの売上低下の中で、書籍を中心とする流通構造を構築するために、書籍の赤字の改善も必要である。
多くの出版社が状況を理解し、早々に回答してくれているし、まだ十分な回答を得られず、交渉を継続している出版社もある。
書店マージンも重要な課題だが、返品も減らしていかないとその原資が確保できない。新刊委託制を見直し、プロダクトアウトの発想から、マーケットインの受注生産出版構造にシフトしていかないと、返品減少と書店の粗利向上は不可能だろう。
ICタグは1個4~5円なので、定価を上げてコストを吸収できるだろうし、導入できれば、出版社、取次、書店の仕事は劇的に変わり、検品や棚卸しも不要で、事故品の追跡調査や万引防止にも活用できる。
そのシミュレーションのために、営業統括本部にAIとデータキャリアの導入というミッションを与え、AIに関してはまず雑誌と書籍の配本を考えている。
「本業の復活」に向けて市場開発方針があり、地方だけでなく、都市部の生活圏内にも書店のない区域がめずらしくないので、商圏人口や商業業種動向などを見ながら、デベロッパーや書店と組んで、常に出店可能性をリサーチしている。
今期上半期の紙市場の規模は、過去最大の減少率の前年比8.0%減で、衝撃をもって受け止めた。生半可なことでは回復できないし、一刻も早く委託制度に依存しない書籍を主軸とする出版流通を確立しなければならない。
カフェ、文具、雑貨は本を売るための取次事業であり、「事業領域の拡大」はそれ以外の領域で、介護事業や不動産事業が該当する。グループ会社トーハン・コンサルティングでは2棟目の介護施設を東京の西新井に建設中で、不動産事業も京都支店跡地にホテルが完成する。また本社の再開発経計画も控えているし、M&Aも含めた新規事業開発も積極的に考え、グループ経営をより重視していく。
本社再開発計画は東五軒町の本社ビルを立て直し、敷地一帯を再開発し、新本社ビルは2021年春をめどに完成させたい。現在本社内での書籍新刊物流は和光市に最新の作業所を確保したので、来年のゴールデンウイークに移転を考えている。
これらは大きな投資であり、数年がかりのプロジェクトとして、「本業の復活」と「事業領域の拡大」を絡めて進めていく。


 本クロニクル119で、大阪屋栗田が株主にしか目が向いていないこと、日販の「非常事態宣言」は日販傘下書店とCCC=TSUTAYAの売上状況の悪化を背景にしていることを既述しておいた。

 それにならえば、トーハンは「事業領域の拡大」を最大の目的としていることが伝わってくる。「本業の復活」に関して、プロダクトアウトの発想から、マーケットインの受注生産型の出版構造へのシフト、ICタグの導入による出版業界の仕事の劇的な変化、AIとデータキャリアの導入というミッションなどがまことしやかに語られている。だが、それらがただちに「本業の復活」にリンクしていくとはとても思えない。本気でそう考えているとすれば、現在の出版状況を直視していないといわざるをえない。
 
 日販の「非常事態宣言」には、傘下書店ともども沈没していくという危機感が見られたが、トーハンの場合にしても、同じように傘下書店売上は700億円から800億円に及んでいるはずだ。だがこのインタビューに感じられる限り、それらは他人事のようでもあり、それゆえにトーハンは「本業の復活」というよりも、「事業領域の拡大」にしか目が向いていないと判断するしかないだろう。
odamitsuo.hatenablog.com



4.三洋堂書店はトーハンとの資本業務提携、第三社割当による新株式の発行を決議。
 これによりトーハンが三洋堂書店の筆頭株主となる。

 まさにのトーハンの「事業領域の拡大」ではないけれど、三洋堂も雑誌やDVDレンタルの凋落の中で、コインランドリー事業、教育事業、フィットネス事業などを導入してきている。
 しかし本クロニクル122でふれておいたように、純利益は500万円という「かつかつの黒字」で、今期予想は純損失3億円と見込まれている。それもあって、金融機関からの借り入れではなく、トーハンからの直接金融による資金調達が選択されたのであろう。
 だが書店の「事業領域の拡大」も容易ではなく、コインランドリーや教育事業は苦戦していると伝えられている。
odamitsuo.hatenablog.com



5.日販傘下のリブロ、万田商事(オリオン書房)、あゆみBooks の3社が合併し、新会社としてリブロプラスを設立し、日販関連会社NICリテールズの100%子会社となる。3社は首都圏を中心に、14都府県に89店を有する。

 新会社の資本金は1億円で、統合によって、書店事業の未来につながる店舗づくりに向けた投資、リノベーションを進めるとされているが、ここに集約されているのは、取次による書店経営は可能かという問題のように思える。

 大阪屋栗田のケースは、出版社が取次を経営することの不可能性をあらためて教えてくれたが、それは取次と書店の場合にも当てはまるのではないだろうか。ましてそれぞれ異なる立地や店舗を統合し、新たな書店ブランドを取次が立ち上げることは困難だというしかない。たやすくそれができるのであれば、それまでの書店の苦労は何だったのか、ナショナルチェーン化すれば問題は解決するかといった疑念が生じてしまう。
 そのケーススタディをで見たばかりではないか。



6.これも日販のNICリテールズとファミリーマートは、書店とCVSを一体化した新業態店の展開に向けて、包括提携契約を締結。
 その1号店として、積文館書店の佐賀三日月店(佐賀・小城市)を改装。
 売場面積は160坪で、書店エリアは100坪、CVSエリアは60坪。レジは一ヵ所に集約し、営業時間は午前10時から午後9時までが24時間営業に変更。

 『出版状況クロニクルⅤ』で、ちょうど1年前の兵庫県加西市の西村書店とファミマの融合のケースを紹介しておいた。その背景には日販が書店存続の最終手段として、ファミマにコンビニ書店展開を持ちかけたこと、ファミマにとってはFCオーナーの確保と新規出店が結びつくことも挙げておいた。

 しかしその後、単独書店の参加は続かなかったので、日販は傘下書店を新業態店に組み入れるしかなかったと判断できよう。その第一の目的は、ファミマと提携することによる家賃コストの軽減であり、そこまでしなければチェーン店の維持ができないところまできていることを意味している。
 もし日販が今後も次々とファミマとのコンビニ書店を展開していくのであれば、それをあからさまに証明していることになろう。
 それは北陸でも始まっていて、富山県のファミリーブックスは、北陸地方で初めてのコンビニ書店「ファミリーマート+ファミリーブックス福光店」(南砺市)を開店する。
出版状況クロニクルⅤ



7.習志野市のBooks昭和堂と東京中央区のLIXILブックギャラリーが閉店。
 前者は1986年開店で、手書きpop による『白い犬とワルツを』(新潮文庫)を平台販売で書店発リバイバル・ベストセラー化へと導いた。後者は1988年にINAXブックギャラリーとして開店し、ショールームとギャラリーを併設し、建築、デザイン、インテリア書などをメインに販売していた。


白い犬とワルツを

 Books 昭和堂の手書きpop による平台販売は、現在に至る書店員の手書きpop の嚆矢といえるだろうし、INAXブックギャラリーは90年代に営業にいったことがある。
 だがどちらも30年間にわたってそこに存在していたわけだから、閉店後は何らかの空白感に包まれるのではないかと察せられる。本クロニクル121の青山ブックセンター六本木店、同118の幸福書房と同じようにして、町から書店が消えていくことになる。
odamitsuo.hatenablog.com
odamitsuo.hatenablog.com



8.日販から出版者社に「計算書および関連帳表のご提供方法変更のご案内」が届いた。
 それによれば「計算書」「計算明細書」「控除明細書(及びその補正資料)」について、紙の郵送を廃止し、インターネット画面でのデータ提供に移行する(WEB化)とし、移行時期は2019年2月予定とされる。
 その利点として「帳票情報取得の早期化」「データ活用による業務効率化」「控除の明細書の様式統一」が挙げられている。
 日本出版社協議会はそれに対し、以下の4つの問題を挙げているので、それを示す。


(1)インターネット画面でのデータ提供は、第三者へ取引内容を記した文書を私、そこからその文書を取得することを強制する仕組みである点。
(2)上記の仕組みを使用する場合、第三者(サーバー会社等)へIDやメールアドレスなどの自社の情報の登録を強いる点。
(3)「控除明細書」には物品代、運送料運賃類、広告費、売上値引や歩戻など各種の取引条件が含まれ、通常その通知は「信書」扱いとされ、その通知方法の変更が行われる場合、双方の同意が不可欠である点。
(4)その同意がない場合は、従来通り、郵送でなければならない点。

そしてこれを添え、会員各社に「緊急アンケート」を配信している。

 これは6月下旬から7月にかけて、日販から文書として届いているが、業界紙などでも報じられていない。出版協のアンケートにしても、7月下旬配信で、まだそれらの集計が出ていないこともあり、本クロニクルでも注視を続け、レポートしていくつもりである。
 またこちらはトーハンだが、小出版社の新刊配本に対し、総量規制ならぬ総量緩和が起きていて、これまでより多い仕入れが生じている。だがこれも大手出版社でも同様なのか、まだ確認できていない。こちらも続けてレポートしていきたい。



9.本クロニクル121で、文春の内紛を伝えたが、その後「文藝春秋 木俣正剛常務取締役による『社員の皆さんへ』というメール」が出回り、そこには文春の社長人事の内紛事情がしたためられ、次のような文言が見える。

 いうまでもなく出版不況はさらにこれから厳しさを増すでしょう。そのなかで生き残る のに問われるのは、なぜ文藝春秋という会社がこの国に必要なのか、文藝春秋が日本人の ために何ができるのかを常に自戒することだと思います。私は文藝春秋という会社は日本 にとって大切な会社だとずっと思ってきました。ただ、数字的に生き延びればいい、という会社ではあってはならないと思いますし、これからもそうであってほしい。


この一文を引いたのは、「文藝春秋」を「出版業界」に置き換えて読むことができるからだ。ただ残念なのは、木俣が依然として「出版不況」というタームを使っていることで、やはり出版業界の人々は、自分がいた場所とそこでの体験を通じてしか、出版とその状況を理解できず、語れないと実感してしまう。

 これはもはや今世紀初頭の話になってしまうけれど、文春の労組に呼ばれ、文春で講演したことがあった。そこで再版委託制に基づく近代出版流通システムが崩壊していること、書店のバブル出店と郊外消費社会の関係、ブックオフとCCC=TSUTAYAの台頭による書店の退場、公共図書館の増殖などを挙げ、すでに出版状況は危機を迎え、このまま書籍の再版委託制を続けていけば、その危機は加速していくばかりだと話してきた。
 おそらく木俣たちもその場にいたはずだが、当時は誰も理解しておらず、現在のような出版状況、それに重なるような文春の内紛が生じるとは予想もしていなかったにちがいない。
 その頃、私は同じことをダイレクトに、小学館の相賀社長、ジュンク堂の工藤社長にも伝えたし、それは新潮社や岩波書店も同様である。しかし彼らにしても、木俣や文春と同じだったことがよくわかる。

 結局のところ、私の出版危機論は一部の人にしか理解されず、ついにはここまできてしまったというしかない。



10.筑摩書房は大宮の老朽化した物流倉庫「筑摩書房サービスセンター」を閉鎖し、在庫の保管や物流を小学館グループの昭和図書に移す。

 それに伴い、1100坪の敷地は売却されるようで、すでにその金額も固まっていると伝えられている。
 前回の本クロニクルでも既述したが、社長の交代と倉庫用地の売却はパラレルで進められたことになろう。
 でトーハンの本社内書籍新刊物流が和光市の最新作業所に移されることにふれたが、日教販も本社内の教科書物流機能を、京葉流通倉庫の笹目流通センター(埼玉県戸田市)に移管する。



11.彩流社が京都のIT企業コギトにM&A され、コギトグループの一員となった。
 ただし代表取締役には竹内淳夫が引き続き就任し、出版事業に何ら変更はないと発表されている。

 これまでも本クロニクルで多くの出版社のM&Aを伝えてきたし、それによって出版物が変わってしまった例も見てきた。だが幸いにして、彩流社は経営者も出版物も変わらないままということなので、まずはよかったというべきだろう。
 出版社のM&Aをめぐっては水面下で多くの交渉がもたれているようだが、買収企業が定かでなく進められている場合も多くあるようで、これはこれで一筋縄ではいかない世界なのであろう。



12.岩田書院から創立25周年となる2018年『図書目録』を送られた。
 そこには「25周年記念謝恩セール」の案内とともに、「新刊ニュースの裏だより2017・5~2018・3」も収録され、次のような「売上高・出版点数推移」が公開されている。

 1997年(創立4年目)が売上8730万円で新刊31点、これに対して、昨年2016年(創立23年目)が同じ8780万円で40点、しかも1997年は総点数が98点に対して、2016年は10倍の984点に達しているにもかかわらず、である。
 これは、いかに新刊1点あたりの売上が落ちているか、ということと、既刊本の点数がいくらあっても、売り上げとしては あまり期待できない、ということを示している。途中の2006年の谷間は何か?、なんでだろう。そんな大きな企画があったわけではないし、よく判らないが、いずれにしろ、出版社は新刊を作り続けなくてはならない、ということか。


 かつては在庫点数が増えるほど、出版社の財産となると信じられたけれど、そうした神話はとっくに失われてしまったのである。
 出版点数が10倍になっても、売上高はまったく変わらないという出版社の恐るべき現実がここに語られている。
 それは大中出版社も例外ではなく、小出版社と同様に「新刊を作り続けなくてはならない」現実を浮かび上がらせている。



13.『選択』(8月号)が「滅びゆく『大学出版会』」という記事を発信し、次のように始めている。

 学者、研究者が自らの研究成果を世に問う学術書を出す機能を担う大学出版会の衰退が加速している。東京大学出版会、慶應義塾大学出版会などトップ大学の出版会すら経営は実質赤字。経営破綻し、民間の出版社に業務を丸投げした名門大学の出版会もある。学術的価値よりも「売れる本」づくりに走る出版会も多く、肝心の学術書は科研費や研究者の自己負担でようやく日の目をみる、といった状況だ。日本語で書かれた学術書は世界に市場を持たないという事情はあるにせよ、大学出版会の惨状は日本の「知の衰退」そのものを映し出しているようだ。

そして実際に大阪大学出版会、名古屋大学出版会、慶応義塾大学出版会などの例が挙げられ、安定収入だった教科書出版の激減、大学や国からの助成金、著編者負担金が出版収入を上回る実態がレポートされている。

12の岩田書院ではないけれど、東大出版会の『知の技法』などを例外として、おそらく既刊書もまったく売れなくなっているのだろう。それほど「全国の大学出版会の本は売れていないのだ」。
 これが一般の出版社と変わらない大学出版会の現在の姿といえるであろう。
知の技法



14.同時代社から三宅勝久『大東建託の内幕』を送られた。

大東建託の内幕

 同書はアマゾンの隠れたるベストセラーとなっているようで、それを受けて『朝日新聞』(7/26~28)で、「サブリースリスク」が付された「負動産時代」特集が組まれたといっていい。
 スルガ銀行に端を発したサブリース問題はレオパレス21や大東建託にも及び、18年はサブリース破綻元年になるのではないかとも伝えられている。しかもそれにリンクする個人の賃貸アパート向け融資残高は23兆円に達していて、これが日本版「サブプライムローン問題」となって現実化するのではないかとも観測されている。

 「サブリース」とは『大東建託の内幕』に詳しいが、オーナーが建てたアパートなどを建設業者が一括で借り上げ、家賃も一括で支払うシステムをさしている。
 それならば、出版業界との関係はないように思われるかもしれないが、大手ハウスメーカーなどはこのシステムを利用し、テナント開発を行なってきたのであり、それを通じて1980年代以後の郊外消費社会も形成され、そこでは書店も例外ではなかったのだ。

 実際に書店の大手ナショナルチェーンは大手ハウスメーカーと組み、資産家を対象としてフランチャイズ展開をしていたし、その建物と商品代金の巨額な投資は自殺者まで発生したと伝えられている。これは資産家と大手書店FCを直接リンクさせているとはいえないけれど、サブリース商法の一環として、生み出されたことは間違いない。
 このサブリースの第一の特徴は建築費が高いことで、それが家賃へと反映され、商業テナントも同様である。だがその代わり、サブリースを導入したことで、テナント側は家賃は高いけれど、賃貸拘束期間も他に比べて短く、どちらかといえば、容易に出店、閉店できる。また1990年に入っての大店法の規制緩和と2000年の大店立地法の成立も相乗し、店舗は大型化していき、そこには多くの場合、サブリースが応用されていた。そして当然のことながら、家賃は高くなり、ビルテナント、ショッピングセンターにも及び、その結果採算がとれる業種とそうでない業種に分かれていった。その後者の典型が書店の大型複合店で、しかも雑誌とレンタルの凋落を受け、現実的に高い家賃を払えない状況を招来している。その表われの一端が、書店マージン30%要求だと見なすべきだろう
 
 本クロニクルはずっと書店の出店をバブルだと指摘してきたが、それはこのようなサブリース問題を含んだ出店メカニズムに注視してきたからである。
 それからこれは稿をあらためてけれど、CCC=TSUTAYAに象徴されるフランチャイズ展開もサブリースシステムといえるだろう。取次に対し、フランチャイジーの支払いを一括で引き受けることによって成立しているのだから。
 また郊外消費社会成立のメカニズムに関しては、拙著『〈郊外〉の誕生と死』『郊外の果てへの旅/混住社会論』を参照されたい。
『〈郊外〉の誕生と死 郊外の果てへの旅

 

15.『脈』(98号、地方・小出版流通センター扱い)が特集「写真家潮田登久子・島尾伸三」として届けられた。 

f:id:OdaMitsuo:20180825162338j:plain:h113 みすず書房旧社屋(『みすず書房旧社屋』)

 『脈』は那覇市の比嘉加津夫を編集発行人とする文芸同人誌で、友人がずっと恵送してくれることもあって、愛読している。『脈』は沖縄に関係する人々の特集をマインとしているのだが、今回の特集は思いがけないものだった。
 とりわけ巻頭の『みすず書房旧社屋』の写真家である潮田の「本と景色と私」における17の「PLATE」は近代から現在にかけての本の生々しい景色を物語っているようで、現在のメタファーとなっていると思われた。またそれに続く島尾伸三による島尾敏雄の写真も興味深い。
 ちなみに『脈』96号は「芥川賞作家・東峰夫の小説」、97号は「沖縄を生きた島成郎」を特集し、次の99号は「吉本隆明が尊敬した今氏乙治作品集」(11月刊行)予定となっている。



16.「出版人に聞く」シリーズ番外編2として、関根由子『家庭通信社と戦後五〇年史』が8月下旬に刊行された。
 論創社HP「本を読む」㉛は「『二十世紀の文学』としての集英社『世界文学全集』」です。

家庭通信社と戦後五〇年史